考察と王の片鱗
五貴人居住区では、着々と戦闘配備の準備が進んでいた。
校内の見取り図を見ながら、カウスがポンポンと配置を決めていく。
「寮に生徒全員を避難させるにしても、相手はおそらくゾーンを突破できる……そうなったら最後、寮も安全圏とは言えねえから、ここに生徒会執行部二名ほど寄越せ」
「二名? 一部隊は出せるが」
「非戦闘員の防衛だけじゃ、校内を取られたら終わりだ。特に五貴人居住区を落とされたら、イコール国内に宣戦布告とおんなじだ。【世界】を取られる訳にゃいかねえよ」
カウスの話を聞きながら、オシリスは顎を撫で上げ、彼がチェスの駒を見取り図に置いていくのを眺めていた。
オシリスは次期宰相としての教育は受けてきたが、あくまで内政向きであり、五貴人居住区における騒動のときにも革命組織に出し抜かれた。カウスの先読みの思考が彼では読み取れないのだ。
「……【戦車】を持っているが、爵位は必要か?」
大アルカナは欲しいと言えば、爵位を得られる。一代限りの爵位から、家系で受け継げるほどの爵位まで。それらは大アルカナの力ではなく本人の働きに依存するが。
オシリスの申し出に、カウスはあからさまに顔をしかめた。
「はあ? ここで俺を買収か?」
「そうじゃない。平民階級を守ってくれる騎士が騎士団の上層部に入ってくれないと、こちらとしても国民を全員守り通せないと思っただけだ」
「……なるほど」
オシリスは貴族階級ではあるが、なにも貴族だけを贔屓にはしていない。そもそも学園アルカナはこの国の縮図なのだ。五貴人と一般生徒の間に挟まってあれこれと調整しているのは、学園を卒業しても変わらないのだろう。
金を出せば大アルカナを買える。【世界】に懇願すれば誰かの大アルカナは奪われ、誰かが大アルカナを得られる。
そんな金がない平民は、搾取され続け、踏み続けられる。
それでは、【黄金の夜明け団】となにも変わらない。
延々と金が搾取され続けるか、命を落とすまで魔力を奪われ続けるかという、そんなわずかな違いしかない。
それを終わらせたいと、どうして願わずにはいられようか。
「貴様、【世界】が心変わりしたから、本来やりたかったことに戻ったという訳か」
「なっ……俺は別に……アイオーンは関係ない」
「はいはい。まあ、考えといてやるよ」
ただ不思議なことに、彼の次々と配置していく部隊の中で気がかりなものがあった。
カウスは大アルカナ……特に【黄金の夜明け団】の持つトートアルカナを警戒して、ひとりにつきふたり以上で対処するように部隊を編成しているというのに、何故かアセルスだけ単独行動にしている。
「……彼女は遊撃隊扱いか? たったひとりで空を飛ぶなんて」
「いや? あれはひとりで対処しなかったら、死ぬからな。その代わり、今回はエリクシールの補給は諦めろ。魔力が尽きたらその時点で詰む」
「どういうことだ?」
「あの変人からの密告だよ」
暗にナブーを悪く言いながら、カウスは面白くなさげにソファーに身を投げ出した。常日頃からゾーン維持のために、ゾーン内にソファーだのバーだのをつくってくつろぎの場で休憩している彼が、ゾーンも張らずにせっせと頭を使い続けているのは珍しい。
「……プレセペ財団の坊ちゃんまでもが、【黄金の夜明け団】に傾倒していると」
「なっ……」
プレセペ財団。この国でもっとも金を集めている貴族である。アセルスはそこの分家家系に当たるが、その本家の御曹司がスポンサーになっているということは。
【黄金の夜明け団】のスポンサー支援で、相当力を溜め込んでいる危険がある。
物理的な攻撃についても考慮せざるを得ないだろう。
そのために、外壁に一番近い場所には、物理防御力のもっとも強い【女帝】イシスと【女教皇】イブをそれぞれ部隊編成した上で配置しているが。
カウスは苦々しい顔を浮かべる。
「あれは責任感が強いからな。下手に隠すよりも、先に告げておいた。あの坊ちゃんの対処ができるのは、あれしかいないだろ」
「……なるほど、たしかに彼女以外に適任者はいないな」
「一応アルとユダの解析で、あの坊ちゃんの所持アルカナも大方特定できた。アセルスの話を聞いている限り、ほぼ間違いはねえ。だからこそ、今回はエリクシールには頼れない」
「……仕方がないな」
頭を動かした褒美として、ヨハネが置いていってくれたキャンディーを口に含んだところで。
「大変大変大変~! 【世界】ちゃんいる~!?」
パタパタと羽ばたくズベンと、それを追いかけるシェラタン、スピカ、アレスの姿が見えた。
「なんだ、騒がしい。今アイオーンは休憩中だ」
「あら残念。じゃあ見てない? 侵入者のことは」
「侵入者?」
ピクリと眉を動かしたオシリスは、ズベンたちに「ついてこい」と言って、最奥のアイオーンのゾーンの元へと急ぐ。
それをカウスはソファーで座り込んでキャンディーを舐めながら、手を振った。
彼が珍しく疲れている上、普段は彼の傍につきっきりのデネボラの姿が見えない。スピカとアレスは首を捻りながらも「お疲れ様です」と頭を下げて、そのままオシリスたちに付いていった。
走った先には、真っ白な柱。
最初に見たときは荘厳過ぎて畏怖すら感じたものだが、今はすっかりと慣れてしまい、「今日も五貴人居住区は綺麗だなあ」くらいの感想しか流れなくなってしまったが。
その奥には、校内各地の情報が、絵のように映し出された空間が存在していた。
校内全土に張り巡らされた、【世界】のゾーンの中心箇所が、ここになる。
「やあ、まさか【調整】と遭遇するだなんて、君相変わらず変なひきがあるね」
アイオーンがそう言ってスピカに笑いかける。スピカからしてみれば、そんなひきはちっとも嬉しくはない。
そう言っていたら、アレスが「あのう……」と言う。
「【調整】、不自然に俺たちにぶつかってきて……その。あいつ【正義】と似たアルカナなんじゃないかなと思って、報告に来ました」
「なるほど。僕たちが【正義】の預言を活用して作戦を練ったのと同じく、相手は【調整】の力……預言かそれに近いなにかを持って、預言の穴を縫ってこちらに奇襲をかけようとしていると。妥当じゃないかなあ」
既にアイオーンは、ルヴィリエに何人分かの預言を集めて、そこから情報の算段を立てていたようだ。今はタニアは出かけているが、大方【星】の予知も織り交ぜてのことだから、そこまで的の外れた予測にはなっていないはずだ。
しかし相手側にも同じ戦法を立てられたとしたら、予測が役に立たなくなる可能性も出てくる。
「どうしますか? このまま聖夜祭に……」
「それは無理じゃないかなあ。向こうとしてみれば、これ以上日付変更を行ったら実行するのが難しくなると思うし」
スピカの不安を、アイオーンはあっさりと一蹴した。
「国のほうに連絡したんだよ。全国民、聖夜祭で遊び回ったあとは、落ち着いてそれぞれの家で聖夜を過ごせと。客商売をしている面々にはたっぷりと休んでいる間の費用を支払ってね。それならば稼ぎ時に店を閉めていても問題ないしね。貧民街のほうには、教会が食事提供をしている旨の情報を流したから、聖夜祭のあとはそこで新年を迎えるようにってね」
「え……?」
ただの国民たちの活動制限で、なにがそう【黄金の夜明け団】が困るのかわからなかったが、それでアレスは「ああ~……」と心底嫌そうな声を上げた。
「あちらの魔力供給源は小アルカナだから、小アルカナから魔力の搾取ができないように、ゾーンを展開している教会に移動させて、無理矢理魔力供給源を弾いた!?」
「正解。君意外と物わかりがいいよね」
「え? 教会ってそうなっていたんですか……?」
「普段はそんなことないんだけどね。あらかじめ、ヨハネに号令を出してもらって、教会にゾーン持ちの神官の派遣を頼んで、彼らに小アルカナの皆を守ってもらうことにした。貴族階級はそれぞれ別荘に篭もっているだろうけれど、護衛騎士には大概ゾーン持ちがいるはずだから、そこは心配無用かな」
「なるほど……」
アイオーンは【運命の輪】を皆の目の前で血祭りに上げ、階級制度の固定化を測っていた人物だ。元々抜け目がない性格なため、テロリストとの戦いにも、わざわざ校外の状況を操作して対抗策をつくっていたという訳だ。
「つまり、聖夜祭本番にしか、彼らは作戦を実行できない。ただでさえ多忙だけれど知名度の高いフリーダ・フォルトゥナを担ぎ上げての作戦だ。来年になってしまったら彼女の予定を抑えるのも難しくなるし、なによりも来年の夏には僕は学園を卒業してしまうからねえ。そうなったら、この国の法律に引っかかるから、簡単に次の【世界】を狙うことはできなくなってしまう」
彼の頭のよさに、思わずスピカは舌を巻いた。
(この人……本当に心変わりしてくれなかったら、まずい相手だったんだなあ……この人のアルカナの力も凶悪だけれど、更にそれを上回る【黄金の夜明け団】への対処は万全だもの……それに)
彼女が見直したのは、アイオーンが思っている以上に国民を愛していたことだった。
(そっか……だからレダ先輩は彼を信じて力を貸したし、心優しい先輩たちはアイオーン先輩のことが好きなんだね)
命を狙われていたが、どうにも彼のことを嫌いになりきれなかった理由を納得したスピカだった。
とりあえず、「部隊編成については、おいおい連絡するから、君たちは今日一日くらいは休んでおきなさい」と言われ、アレスとスピカは帰された。
お菓子の材料を抱え、ふたりは寮へと帰る。
「まっ、一応は聖夜祭で決着がつくみたいだな。よかったというか、よくないというか」
「そもそも、トートアルカナの危険性は封じたみたいだけれど、それだけでどうなるのかわかんないしね。それに、フリーダ・フォルトゥナや大金持ちの貴族がスポンサーになるような魅力が、【黄金の夜明け団】にはあるっていうのが一番怖い」
「んー、そうだなあ」
日が傾いてきたら、いよいよ冷え込んできた。
ブルッとスピカが震えていたら、アレスは彼女に寄ってきて、体を引っ付けてきた。それですぐにぬくもる訳ではないが、夜風になぶられる不快さは消え失せた。
アレスは鼻を赤くして言う。
「貴族って見栄っ張りだから。うちの生徒会執行部みたいな人たちのほうが珍しいくらい」
「そうなんだ?」
「人の足を引っ張るのが正しいって思い込んでる連中だっているんだよ。そして自分の敵の足を引っ張ってくれそうなところに支援して、そこが失敗しても『あっちが悪い』ってトカゲの尻尾切りしてくるようなサイテーな奴」
「……王都ってそんなゲスの貴族しかいないの?」
「俺が知ってる限り、マジで高潔な貴族が少ないんだってば。ただ、そういう連中をのさばらさておくのってヤじゃん」
そう言ってアレスはスピカにニッと笑った。
「頑張ろうな。あいつら全員ぶっ飛ばして、聖夜祭するために」
それにスピカも、ストロベリーブロンドのハーフツインを揺らして笑った。
「うん」
アレスに聖夜祭の贈り物を贈る。
そのささやかな幸せのために、彼女は頑張れるのだから。
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