買い物と襲撃

 唐突に降って湧いた休みで、どうしたものかとスピカとアレスは買い物をしていた。

 新入生や生徒会執行部が特訓に明け暮れてヘロヘロになっている中でも、一般生徒たちは楽しく聖夜祭の準備をしていたらしく、どこもかしこも星や月に彩られた飾りがあしらわれていた。


「普段だったら、この時期にはシュトーレンを発酵させて焼いて、それを一日一枚切り分けて大切に食べてたんだけれど、今年は全然そういう余裕がなかったもんなあ」

「シュトーレンなあ……あれ毎日一枚だけで済んでたの?」

「下町だったらもっと食べてたの?」

「腹減ってたら好きなだけ食べて、親にしばかれてた。聖夜祭なんて、下町だったら貴重なごちそうを食べられる日だったしなあ……学園アルカナに来てからだよ。普通に恋人同士が過ごす日だって意識できるようになったのは」


 そうアレスがしみじみと言うものだから、少しだけスピカもキュンとする。

 ふたり揃って付き合い出してからも、特に付き合ったからと特別なことがない。ただときどき、本当に流れるようにアレスがスピカを口説いてくるようになっただけである。

 そもそも恋人はおろか友達すらまともにつくれない状態で過ごしていたスピカからしてみれば、ちょっとのことですぐ喜ぶのだから、すぐにアレスに首を振られる。


「お前なあ……本当にそんなんで喜ぶな。もっと贅沢しろ」

「贅沢って、なにがよ?」

「そこまで謙虚が過ぎると、手ぇ出せないわ」


 そう言われた途端に、スピカはポポポポポと頬を染める。


「エッチ!」

「なんもしてないのにそれ言う!? そんな訳のわからん言いがかり初等学生でもしないわ!」


 本当にすぐに子供かと言われそうな言動での喧嘩になってしまい、話が一向に進まなくなる。それにスピカは少なからず申し訳がなくなる。


(アレスにいろいろ、私の都合に合わせ過ぎているような気はしてる……)


 そもそもが王都で出会った初めての同士であり、共犯者であり、友達。そういう時間が長過ぎたために、次の一歩までなんにも進めないというのがあった。スピカの人間関係が狭過ぎた弊害で、友達と一緒にすることですぐに喜ぶため、恋人同士ですることまでするのが贅沢が過ぎると、どこかでブレーキをかけてしまっているのだった。

 校内な上に、寮以外ではアイオーンのゾーンの中なため、全部彼に筒抜けなのだから、あまり余計なことはできないが、それでも少しはアレスを喜ばせたいと思うが、彼女自身もなにをすればいいのかわからずにいた。

 だからせめて、聖夜祭に焼き菓子をプレゼントしようと、ようやっとできた休みの日に、買い出しに来た次第だった。

 台所は寮の食堂のものを借りればいいだろう。そう思いながら食材屋に寄った。

 案の定というべきか、貴族階級の生徒はほぼ来ていなかったものの、平民階級の生徒たち……特に聖夜祭に贈り物をしたいような生徒たちでごった返していた。そのせいか、値段がだいぶ抑え込まれていたはずなのに、飛ぶように売れるせいなのか少しばかり値上がりしている。


「うわあ……」


 それをアレスは呆れた顔で見ていたが、スピカはぶんぶんと腕を振った。

 教会で下働きをしていた経験で、買い出しには少しばかり覚えがあった。


「アレス、ドライフルーツの種類はわかる!?」

「ええ? なに買えばいいの」

「レモンピール、オレンジピール、レーズン」

「待って待って待って待って」


 アレスが慌てている中、スピカは小麦粉とバターと粉砂糖を睨み付けていた。


「この時期のドライフルーツはほぼほぼシュトーレン用だけど、小麦粉とバターと粉砂糖は聖夜祭のお菓子の定番材料だものね。今のうちに買っちゃわないと、ますます手が出せない値段までに値上がりしちゃう。私、先そっちを買いに行ってくるから、ドライフルーツお願いね」

「聖夜祭の買い物っていっつもこんな物々しいの!?」

「当たり前でしょう!?」


 そう言いながら、スピカは定番材料を買いに、店の奥まで押し合いへし合いになっている中、小柄な体を生かしてどうにかバタバタしながら買い出しに漕ぎ出していた。

 それをアレスは唖然と見ていたが、首を振った。


「……まあ、あいつが楽しそうだし、いっか」


 スピカの指摘通り、ドライフルーツはほぼ難なく買えたのは、他よりも競争率が低かったからなのかどうなのか。

 ふたりでお菓子の材料を抱えて、のんびりと歩いて行く。


「それ、なにつくんの?」

「内緒ー」

「というか、俺が言ってたのより材料たくさん買ってない? マジでなにつくんのさ?」

「内緒ー。聖夜祭でことが終わったら教えてあげるー」

「えー」


 ふたりでそう言い合いながら、寮まで帰ろうとしたときだった。


「おーっと、ごめんなさーい!!」


 いきなりバンッと肩をぶつけられたのだ。それにアレスとスピカはつんのめる。


「キャッ!」

「ギャッ!」


 ふたりがぶつかった先にいたのは、真っ白な乗馬服の少女であった。ブルーブロンドの髪をふたつのお団子にまとめている姿は可愛らしいが、どう見たって学園アルカナの制服姿でも、ましてや町で働いている業者にも見えなかった。


「ご、ごめんなさい!」


 それでもスピカは思わず謝るが、アレスは金色の目を吊り上げて彼女を睨んだ。


「あんた誰だ? ここの生徒じゃねえだろ?」

「すみませーん、本当だったら明日の予定だったんですけど、ちょーっと間違えちゃったんですよねえ。ですから慌てて帰る予定だったんです。ですから帰りまーす。ごめんなさーい」


 全く悪びれない態度で、一瞬怯むが。

 今度は乗馬服の少女がつんのめった。彼女の乗馬服に付けていたチェーンが突っ張ってるのだ。

 手癖の悪いアレスが、彼女のカードフォルダーをすろうとしたが、失敗したのだ。


「……【調整】?」

「あれ、こんな大アルカナも小アルカナもないってことは……あなた……」


 ずっと存在だけは認識していたが。

 まさかこんな町中を堂々と歩いて、さっさと帰ろうとしていただなんて、考えも付かなかった。それに少女は「ゲゲッ!」と悲鳴を上げる。


「おい、そもそもあんたたちの存在、既にここの連中が知ってるってどうして思わないんだよ!?」


 アレスは未だに【調整】のカードフォルダーから手を離さず、少女を睨み付ける。

 途端に、先程までひょうきんな言動を取っていた少女から笑みが消える。代わりに浮かんだのは、侮蔑の態度。


「あらあらあらぁ……ここできみたちは特権階級を満喫中なんですかぁ?」

「はあ!? そんな訳あるか。俺たちはそもそも……」

「貴族って傲慢だと、本当にそう思いませんか?」


 その言葉に、アレスは押し黙る。彼の貴族嫌いは、いくら友達に貴族階級がいるから、親しく付き合っている先輩たちが貴族だからという理由だけで、簡単に払拭できるものではない。長年培ってきた嫌悪や憎悪は、そう易々と消え去ることはできないのだから。

 だからこそ、スピカは彼の代わりに口を開いた。


「人に寄ります」

「……選べるだけの人と会ってるってことですか?」

「だって元々命を狙われていた以上、身分関係なく逃げるしかないじゃないですか。だから人に寄りますよ」

「……きみ、まさか……」


 そこまで言って、少女もスピカの大アルカナに気付いたのだろうか。

 彼女が少しだけうろたえたが、なにかに気付いたのか、その場にあった聖夜祭用の飾りのモミの木の鉢植えをひっくり返した。思わず避けようとしたところで、アレスが彼女のカードフォルダーを離してしまった。


「しまっ……!」

「ええ、ええ、ええ、ええ……! きみが命を賭けてまで、ここに潜伏しなくっても、じきによくなりますよ! 黄金の夜明けのために」


 彼女はそれだけ言って、自身のカードフォルダーを額に押し当ててから、勢いを付けて走って立ち去っていった。

 ふたりが呆然としていたのと、こちらに大きく火の玉が飛んできたのは、ほぼ同時期だった。慌ててひっくり返った鉢を盾にして逃れるが、フーフーと威嚇しながら羽ばたいていたのはズベンと、ズベンの腰にしがみついているシェラタンだった。


「もう! 逃げられちゃった!」

「うん……残念……」

「ええっと……お久し振りです?」

「あら、お久し振りぃ。五貴人居住区襲撃以来だったぁ?」


 ズベンがのほほんと手を振りながら折り、しがみついていたシェラタンが離れた。


「ズベン先輩、五貴人が再編成されてからどうしてたんですかぁ?」

「どうしてたってぇ。【世界】ちゃんの親衛隊になったんだけど」

「それ前となにが変わるんすか。勝手にアイオーン先輩に仇なすもの全部敵扱いしてたじゃないっすか」

「えー。あーたたちもう【世界】ちゃんを名前呼びなのぉ?」


 単純に【世界】呼びは名前を知らなかったから、そう呼んでいただけである。彼の名前が既にわかっているから名前呼びになっただけで。

 しかし、どうもズベンにはこだわりがあるらしく、勝手にもじもじしている。

 それをぼんやりとしながら、シェラタンはいつも通りやる気なく言う。


「ズベンは、彼のこと好きだから、簡単に名前を呼べないみたい」

「ああ……そうなんですね……。でもシェラタン先輩も親衛隊に入ったんですか?」

「本当は入りたくなかったけど、ズベンから目を離したらまた勝手に暴走しそうだし……なんかさっきの人たちみたいな人がうろうろしてたら……怖いし困るというか……」

「ああ、なるほど……」


 ズベンはズベンでわかりやすく恋の暴走列車だが、シェラタンはシェラタンで友達を放置しておけなかったかららしい。あと【黄金の夜明け団】という得体の知れないテロ組織を野放しにできなかったと。

 それにしてもとスピカはふたりに尋ねる。


「あのう……先輩たちは【調整】ってアルカナご存じですか? 多分あれが、【黄金の夜明け団】の使うアルカナですよね」


 それにズベンとシェラタンは顔を見合わせると、ズベンは「やっばいじゃん!」と悲鳴を上げた。


「あ、あーたたち、もしかして、肩を触られ?」

「えっと? わからないけどぶつかりました」

「あーあーあーあー! 【世界】ちゃん【世界】ちゃん見てるー!? 取られた! 情報取られたぁー!!」


 そうズベンが明後日の方角に向かって叫んだ。

 それにアレスは顎に手を当て、シェラタンに尋ねる。


「もしかして……あちらの使ってくるアルカナって……こちらの上位互換なんですか?」

「そうかも」

「え、アレス。それってどういう意味で……?」

「……肩叩いたら情報抜けるって、そんなの【正義】とおんなじじゃねえかよ」

「あ」


【正義】は肩を叩いた相手の一週間以内の預言を行う。

 もし【調整】にも似た能力があったとしたら?

 出会った人々出会った人々の肩を叩きまくって預言をし、あの少女が逃げ出したのも、情報を抜いたからだとしたら?

 それはルヴィリエがしばらくの間五貴人に囚われる程度には有力な力だ。それを相手も持っているとしたら?

 ……聖夜が荒れる。


「一旦先輩たちんとこ戻るぞ! あー、スピカ」

「なに?」

「……お菓子つくるって言ってたのにごめん」

「仕方ないよ。私たち、さっきの【調整】さん逃がしたし。今日はまだ体力残ってるから、準備しておけば、当日に焼けるし」


 スピカがむんっと腕を曲げて力こぶをつくるのにほっとしてから、ふたりは元来た道を、親衛隊ふたりはパタパタ飛んで追従し、五貴人居住区へと急いだのだった。

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