生徒会執行部への誘い

 翌日、スピカは未だに慣れないふかふかのベッドから頑張って起き上がり、制服に着替えて食堂へと向かう。

 相変わらず食堂は閑散としている中、ポンポンと肩を叩かれた。ルヴィリエである。


「おはよう、ルヴィリエ」

「おはよっ! 今日は食堂のご飯なんだろうね」

「うん。昨日はナブー先輩におごってもらっちゃったもんねえ。なんかお礼したほうがいいのかな」

「どうだろうね。今日はあの人いないと思うけど」


 スピカはそれに「えー」と言った。

 カウスが「敵に回すと厄介だし、味方に回すと面倒だけど、相談役にはいい」と称していたナブーとしゃべってお近付きになったほうがいいのではないかと思っていたが、廊下を通り抜けて食堂に入っても、たしかにいなかった。

 閑散とした食堂で、今日はなにを食べようとしていたら。


「サーモンサンドセットをふたつ」


 スピカとルヴィリエがなにを注文しようと迷っている中、先に注文されたと思って顔を上げて、ぎょっとした。

 それは昨日アレスと力を合わせて撃退した【恋人たち】のカップルだったのだ。

 スピカがぎょっとして仰け反っているのを、ルヴィリエは目をパチパチさせて見つめている。


「どうしたの? その先輩たちスピカの知り合い?」

「えっと……」


 スピカが言いあぐねている中、あちらの方から声をかけてきた。


「やあやあ、おはよう、お嬢さん方。昨日は格好悪いところを見せたね、お嬢さん。俺はエルメス、彼女は俺の愛しい人」

「レダよ。今日は彼氏さんがいないのね?」


 エルメスとレダと名乗るカップルにからかわれ、スピカが悲鳴を上げる。


「つ、付き合ってないです! でも……昨日はすみませんでした。先輩たち、怪我は……」


 思いっきり風で吹き飛ばしたとはいえど、ふたりとも無傷のようだった。エルメスは軽やかに笑う。


「いや? 風使いはこちらのほうが上手だからね。吹き飛ばされてもどうにかするさ。それよりもまあ、君たちも気を付けたまえよ」

「はい?」


 どうにも彼らは、アルカナカードを奪おうとしてきたものの、負けたらカード取らないという約束は守るつもりらしい。寮内が完全中立地帯だとしてもだ。

 エルメスは続ける。


「君たちほどに力を持っていたら、いずれ生徒会執行部が目を付けるだろうからね。まあ……俺は旨味があれば付き合う気はあるが、あそこは比較的窮屈だから、お勧めはしないよ。じゃあね。行こうか、レダ」

「ええ」


 ふたりは注文のサーモンサンドが届いたところで、席に向かおうとする中、ちらりとレダが振り返って、スピカに対して振り返ってきた。


「彼氏さんと仲良くね。あなたとちゃんと力を合わせられるもの。そんな人と巡り会える強運を軽弾みに捨てるような真似をしちゃ駄目よ?」

「え……? 付き合ってないですよ……?」

「物のたとえよ」


 それだけ言い残して、さっさとレダはエルメスに付いていってしまった。スピカは意味がわからないとポカンとしていたが、隣ではルヴィリエがどんどんと目を吊り上げていた。髪だって気のせいか逆立っている。


「スーピーカー! あの人たち、昨日やり合ったって言ってたのは!?」

「えっ!? う、うん……ごめん。でもなんとかなったから……」

「なんとかなったって! そんなのビギナーズラックであって、次もそう上手くいくとは限らないでしょう!? もう! もう! だからアレスとくっついてるのは駄目とあれほど……!!」

「……ルヴィリエ、前から思ってたけど、どうしてアレスが危ないこと率先して起こすって思ってるの? 私が原因かもしれないのに」


 どうにも最初にアレスがスピカを脅したのを目撃して以降、ルヴィリエはアレスに対する扱いが冷たいように思える。

 スピカからしてみれば、自分が【運命の輪】だと伝えた初めての他人であり、同盟を結ぶことで互いの夢を叶えようとしている仲間みたいなところがある。


(レダ先輩の受け売りかもしれないけど……私のこと、怖がって売り飛ばそうとせず、「貴族が嫌い」ってそれだけで助けてくれるような仲間って、そう簡単に現れないと思う)


 そう考えてはみるものの、スピカもルヴィリエにどう言ったものか困り果てていた。

 友達である以上、彼女に自分の面倒を巻き込みたくないから自分が【運命の輪】だと教えるのはためらわれるし、だからと言ってなんの説明がないのも愛想がない。


「私、地元には大アルカナの人っていなかったから。だからここに来て初めて大アルカナの友達ができたの。入学式から早々、五貴人の決めた訳のわかんないゲームに巻き込まれてびっくりしてるけど、アレスもルヴィリエもスカトも友達になってくれて嬉しいんだよ。だから、あんまり悪く言わないでくれると嬉しいな」

「────っっ!!」


 途端にルヴィリエが感極まった顔で、スピカに抱き着いてきた。スピカはその意外と力強い腕の力に、彼女の柔らかさに目を白黒とさせる。


「私だって、スピカを守りたいんだからね! 変な先輩たちとか、怖いものから」

「……うん、ありがと」


 ふたりでそう言い合ってる中「お前ら、さっさと注文済ませろよ。俺らが注文できねえだろ」と呆れ返った声が投げかけられた。

 ちょうど話をしていたアレスとスカトであった。それにルヴィリエはべーっと舌を出して、スピカに抱き着いた。


「今友情を温め合っていたところなんだから、ちょっと待って!」

「あははは……おはよう、アレス、スカト」

「おう、おはよ」

「おはよう……もう四人でセットメニュー頼んだほうが早くないか?」


 結局は一番安いセットメニューを四つ並べて、皆でせっせと食べはじめた。卵ソースをいもにかけながら、それを崩して食べつつ、今日の授業の内容について話す。


「一応今日から授業だけど、皆結構授業被らなかったな」


 スカトの指摘に、三人とも頷いた。

 授業は一年生は基本的に共通授業と一緒に選択科目になるが、その選択科目がとことん被らなかった。

 そもそも住んでいた町が住んでいた町で魔法の基礎教養がほぼないスピカは、魔法教養の授業を入れたし、その中で先生に魔力を増やす方法について聞いてみようと考えている。

 平民出身で貴族に舐められっぱなしのアレスは、ひたすら貴族階級が取るような授業ばかり取っていた。それを見て思わずスピカは「これ、ついていけるの? 私は全然駄目なんだけど」と聞くが、アレスは目をギラギラ光らせて「ゼッテーあいつら泣かす」とだけ答えた。彼の下克上計画は全くもって予定通りだった。

 どの授業もバランスよく取っていたのはルヴィリエで、ひたすら専門教養ばかり取っていたのはスカトだった。


「私はちゃんと卒業できたらいいなと思って、成績とかは別に。スカトは大分いろいろ取ったねえ」

「……僕も昔は荒れていたから、実家に申し訳がないからちゃんと卒業した姿を見せてやれって、尊敬する人から言われたんだ」

「あー、お前がやたらめったら腕っ節いいの、案の定昔の弊害か」

「別に君に暴力振るってないだろ」

「振るってたよね? 出会い頭にメキメキ音立てて肩掴んでくる奴初めて会ったわ」


 そう言いながら、サクサクのトーストを囓っていたときだった。


「新入生の皆さん、こんにちはー!!」


 いきなり大きな声が響き、思わず肩を跳ねさせる。トーストの上に載せた卵ソースがべちょりと皿に落ちた。


「はい……?」


 ルヴィリエが困った顔で顔を上げると、そこには三つ編みのメガネの少女が立っていた。年齢は自分たちよりひとつ上くらいだろうか。


「ええっと、先輩なんの用っすか?」

「はい! そこのふたりに勧誘に来ました! 初めまして! 私はイブ・ジュノーと申します! 生徒会執行部です!」


 それに思わずスピカとアレスは顔を見合わせた。

 一方のスカトとルヴィリエは訳がわからない顔で、イブを眺める。


「あのう……僕たちに生徒会執行部がなんの用でしょうか……?」

「はい! 単刀直入に言うと、サダルメリクくんとガレさんに、生徒会執行部に加入しないかと招待することとなったんです!」

「はいぃー?」


 それにスピカは内心バクバクする鼓動の音に困り果てていた。


(ちょっと待って……この優しそうな先輩も……生徒会執行部の人? しかもどうしてスカトとルヴィリエを……)

「あのーう、イブ先輩。質問いいっすか? ルヴィリエは口うるさい仕切り屋だし、スカトは元不良の喧嘩慣れで、はっきり言って生徒会メンバーにはふさわしくないとは思うんですけど、どういう理由で勧誘に来たんですか?」

「誰が仕切り屋だって!?」

「不良じゃない、荒れていただけだ!」


 アレスはルヴィリエとスカトの文句をスルーして、イブを見た。イブはにっこりと笑って答える。


「だって君たちは、貴族ですから。学園運営に携わって悪いことはなにもないと思ったんですよ」


 イブのひと言で、ガタンッとスカトが椅子をひっくり返して立ち上がった。椅子が派手な音を立てて倒れるのに一瞬こちらに視線が集中するが、生徒会執行部のイブがいるせいか、すぐに視線は散らばってしまった。


「……勧誘ありがとうございます。ただ、ちょっと考えさせてください」


 それだけ言うと「すまん、残りは食べていいから」とのろのろと席を離れてしまった。それに三人は顔を見合わせると、そそくさと朝食を食べ終え、スカトの残したものは包んで彼に持って行ってあげることにした。

 それを眺めていたイブは目をパチパチとさせる。


「いい話だと思ったんだけどな?」

「ええっと、先輩。多分あいつの踏んじゃいけない部分を踏み抜いたんじゃないかと」

「ええ?」


 イブは本気でわかっていないようだった。


(この人、生徒会執行部の人だけれど、悪い人ではないんだろうなあ……ただ、間がものすごく悪いだけで)


 そのまま三人はスカトを探しに食堂を飛び出した。


「どうしよう、スカトもう寮を出ちゃったかな?」


 スピカの言葉に、ルヴィリエが「ええ」と首を捻る。


「もう出てると思うけど……出てたらまずいの?」

「うーんと、そういうのを立ち聞きしちゃう魔法があるから、中立地帯の寮以外ではあんまり内緒話しないほうがいいよって教えてくれた人がいるの」

「なにそれ面倒臭っ!?」

「というより、俺お前らが貴族だって聞いてないんだけど」


 アレスはぶすっとした顔で言う。それにスピカは「ああ……」と少しだけ口の中で呻き声を上げる。


(せっかく仲良くなったのに、ずっと大嫌いだった貴族だって言われて、アレスはアレスなりに混乱してるんだ。でも)


 スピカはアレスの手に持つ文房具以外を見て、安心した。

 アレスの手には、スカトの朝食の包みがある。あんな中途半端な量では、食べ盛りの男子高校生が昼食まで持つわけがないのだから。

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