アルカナカードの戦い方

 甘いマスクに軽薄な笑みを浮かべながら、青年は小首を傾げながら尋ねてきた。


「簡単な話だよ。君たちのアルカナカードが欲しいんだ」

「なんでいきなり先輩に声をかけられたと思ったら、難癖付けられないといけないんです? つうかそれ、カツアゲじゃないんですかね」

「平民はアルカナカードの奪い合いとかするのかい? 俺はそういうのには興味ないんだけどねえ」


 そう言いながら、かつかつと足音を立てて、距離を詰めてくる。彼に寄り添っている恋人らしき少女も、にこにこと笑っているだけで、止めるつもりもないらしい。


「正直ね、俺はどこの派閥にも興味はないんだよ。生徒会にも抗争集団にもね」

(……抗争集団? この学園にも、生徒会や【世界】に対立している人たちがいるんだ)


 スピカはそう考えつつ、アレスの背から青年を覗き込む。

 アレスは一発でスピカの嘘を見破ったが、どうもこの青年は【愚者】ではなさそうだ。


(ふたり一緒……ふたりとも違うアルカナなのかな。それに生徒会にも抗争集団にも関わってないってことは、貴族階級にも下克上にも興味はなさそう)


 スピカはそうひとり分析していると、アレスは青年に聞く。


「なら俺ら新入生からカツアゲなんて止めてくださいよー。俺ら、ただの雑魚っすよ?」

「いやね。俺の愛しい彼女がアルカナカードを揃えたいって言うんだ。だから俺たちは自分たちの能力を使って、自分たちと同じアルカナカードは除外した。でも強いカードを持っている相手にいきなり喧嘩を売って自分たちのカードを奪われても困るからね。だから君たちから奪おうって寸法さ。雑魚でもいいよ。くれるのならね」


 スピカは意外な顔で、青年の連れ添っている少女を見た。にこにこ笑うだけで、セミロングのプラチナブロンドが素敵だということ以外は特に我が強くも見えない。


(そんなに欲しいものなのかな……たしかに王族だったらその地位をちょうだい以外の願いだったら大概は叶えてくれそうな気がするけど……でも、ふたりで互いと同じカードは特定したって言っていたけど、そんな自分のカードを特定できるものなの? ん-……)


 スピカはどうにか全大アルカナのカードを頭の中で並べてみる。

 そこでふと気付いた。


「……先輩たち、もしかしてアルカナカード【恋人たち】ですか?」

「おや?」

「おい、スピカ?」


 三人の視線が一斉にスピカに向けられ、思わずスピカは縮こまるが、言葉を口にしてみる。


「ええっと……単純な勘、なんですけど。アルカナカードの特定じゃなくて、自分のアルカナカードの特定っていうのが引っかかってたんですけど、自分のアルカナカードがわかるとしたら、恋人だったら目と目で通じ合う……みたいなお約束で、【恋人たち】、なのかなあと……」

「ふふ……ははははははははは…………!!」


 途端に青年はブワリ……髪を揺らした。そのまましゅるしゅるとつむじ風が発生する。


「正解。今年の新入生は要注意と聞いていたけれど、本当のようだね。さあレダ。彼らを倒してカードをいただこう!」

「ええ、エルメス。ごめんなさいね。カードをくれたらこれ以上手荒な真似はしないけどっ!」


 エルメスと名乗る青年、レダと名乗る少女は、それぞれ風を巻き起こすと、それを一斉にアレスとスピカ目掛けてぶつけてきた。


「なあ……っ!」


 アレスは風を思いっきりぶつけられると、そのままつむじ風でなぶられて吹き飛ぶ。


「アレス……!」

「ごめんなさい、ね……!」

「きゃっ……!」


 スピカもまた受け身も取れずに吹き飛ばされるが、それはアレスに足首を掴まれ、どうにか壁に激突する前に地面に着地できた。


「スカートの中、見た!?」

「見るかあ!」


 ふたりは壁面に転がって逃げ込むが、外は風でぶんぶんと巻き上げられている。


「【恋人たち】は同じ【恋人たち】の存在を把握でき、風を操れるって、そんなところか……」

「というより、弱いアルカナカードがこんなんって、全然弱くないじゃない! 強いアルカナカードはもっとすごいの!? 今朝のナブー先輩なんかは全然怖くなかったけど……」

「ありゃナブー先輩はただ挨拶してただけだよ。ついでに寮では寮母さんのアルカナカードのせいなのか、強い力は使えないみたいだから」

「……そうだったの?」

「というより、お前まじでアルカナカードなしでどうやって大アルカナ持って生きてられたんだよ!?」

「……小アルカナって誤魔化して生きてたから」

「あー……それだったら、まあ納得か」


 アレスはガリガリと赤毛を引っ掻きつつ、壁面の向こうから暴風雨を撒き散らすエルメスとレダを睨む。


「ちなみにお前、自分のアルカナの力って把握してる訳?」

「私……自分のアルカナを誤魔化すことと、人から能力をコピーすることを無効化することと……あとひとつはそもそも今まで使う必要がなかったから使ったことがない」

「あっそ……つうかマジでよく誰にも殺されなかったな、本当に?」

「私だってずっと頑張って隠し続けてたんだよ! ここに呼ばれさえしなかったら、一生小アルカナとして隠れてたから! そもそも私ばっかり言うのはおかしいよ。アレスは?」

「俺ぇ?」


 アレスはスピカに【愚者】のアルカナの力を聞き、ようやく納得した。


「あー……だから私が嘘ついてるってすぐにわかったんだ。というかそれやっちゃまずくない?」

「お前と最弱王決定戦できるようなアルカナなんだから、こんなもんだってば。さて。あの先輩たちどうしようか?」

「先輩たちはふたりで風を巻き起こしてくるけど、他は目立った力はなさそうだね」

「だな。多分戦闘に使える力はこれしかないんだろ」


 風をどうこうするには、建物の影に隠れればやり過ごせる。だが、これじゃ撃退することもできない。

 アレスは「しゃあない」と自身のカードフォルダーを取り出す。


「あの人たちどうにか追い返すしかねえか。こっちのアルカナが割れそうだけどな」

「……アレスの力を使って撃退するの?」

「それしかねえだろ。それじゃ、お前囮」

「はいぃぃぃぃ?」


 いきなりアレスに指を出されて、スピカは悲鳴を上げる。

 アレスは心底悪い笑みを浮かべた。


「同盟結んでんだ。俺にだけ魔力ほいほい使わせる訳?」

「うーうーうーうー……わかったってば! やってやらぁな!」

「おうおう、その息その息」


 風の吹き荒れる中、スピカはカードフォルダーを手に走り出した。


****


 風になぶられ、エルメスはレダと寄り添い合いながら、壁面を眺める。


「ふたりとも出てこないな……そのまま逃げおおせたかね」

「でも、だとしてもここを通らなかったら寮に戻れないし、まさか町に逃げたのかしら?」

「ふうむ……あの子たちは言動からして平民だ。平民は基本的に仲良しこよしが好きだから、町の面々が怪我するような真似はしないと思うよ?」

「エルメスだって、人が傷付くのだって、あの子たちが傷付くのだって嫌でしょう? ごめんなさいね、私のために悪者ぶらせてしまって」


 レダの言葉に、エルメスは眉を寄せて彼女の風になびくプラチナブロンドの髪に指を滑らせた。


「似合わないことだって演じてみせるさ。君の望みだったらなおのことね」

「エルメス……」


 暴風の中でふたりの世界をつくっている中、間が悪いスピカはふたりの目の前でズベチャと滑ってこけた。

 ふたりの世界がぱっと消える。


「おや? 彼氏くんと喧嘩別れかな?」

「付き合ってないので別れてもいませんっ」

「だとしたら、降参してカードを届けに来てくれたのかな?」

「困ります! 私たち、アルカナ集めに興味がありませんから」


 しかしスピカはカードフォルダーのカードを必死に構えている。

 風になぶられて、カードフォルダーの中に納められたカードの中身がわからない。


「だとしたら、わざわざ戻ってきたのはどうしてだい?」

「……先輩たちに降参して欲しいからです。私たちは先輩たちを倒せますけど、先輩たちはアルカナ集めにご執心みたいだから。私たちが勝っても、先輩たちのカードを取りませんし、先輩たちのアルカナ集めを邪魔しません。だから、撤退してくださいっ」


 スピカの訴えに、エルメスは少し碧い瞳を揺らしてレダを見るが、レダは軽く首を振った。


「私が……欲しいから。ごめんなさいね、あなたたちを傷付けるような真似をしてしまって」

「……だ、そうだ。すまないね。君を彼氏くんから奪ってしまうような真似をして……!」

「きゃっ……!」


 ふたりの風が一斉にスピカを持ち上げる。スピカは必死にカードフォルダーを風に浴びせながら、堪える。


「さあ、そのカードフォルダーを渡したまえ! この高さから落とされたら、君も怪我だけじゃあ済まないよ!」

「わ、たしませんっ! だってこれは……!!」


 スピカのストロベリーブロンドはなぶられ、彼女のスカートもぶわんぶわんと広げられる。既に足は浮いており、高さは既に建物より上になってしまっている。

 たしかにエルメスの言う通り、ここから落とされたらスピカは間違いなく死ぬ。が。

 それでも彼女は、笑っていた。


「アインス、ツヴァイ、ドライ……!!」


 途端にスピカの構えていたカードフォルダーは消えた。それにぎょっとエルメスとレダは目を見開く。


「君……なにをした?」

「あー、すみません、先輩方。こいつ囮です。俺が先輩たちに近付くための」


 スピカの持っていたはずのカードフォルダーは、彼女がふたりに嬲られている間にさっさとふたりの背後を取っていたアレスが持っていた。


「ナブー先輩がカードの能力見せてくれて助かりました。あの人の実家は【魔法使い】家系だっつうのも知ってましたし。俺、魔力量ヘボなんで、あんまりすごい能力じゃあ、コピーできないんですよ」

「……! 君、まさか彼女を囮にするついでに……」

「コピーはできずとも、ダメージは受けられますから。受けたダメージは、反射できるでしょう?」


 そう言って、アレスは自身のカードをそのまんまふたりに広げて見せた。

 先程までスピカをなぶっていた風と同等の力が、ふたりに襲い掛かる。


「うわっ……!」

「きゃあ……!!」


 風は強く高く舞い上がり、そのままふたりは抱き合って吹き飛んでしまった。

 風は止み、力を失ったスピカはそのまま「ぎゃあ……!!」と地面に突き落とされそうになる前に、アレスが「うげっ!!」と下敷きになった。


「こ、ここって抱き締めて万々歳ってとこじゃないの!?」

「そんなんできるかあ!?」

「うううう……でも、まあありがとう。すごいね、アレスは」

「つうかお前も、俺が負けるとか思わなかった訳?」

「そこまで考えてなかった。というより、先輩たちもいい人そうだったから、私たち脅してカード取るだけにしたかっただけなのかもしれない」

「あのなあ……いい人は脅してカードなんか取らねえんだよ」


 スピカはどうにか立ち上がり、下敷きになっていたアレスものそのそと起き上がって、埃を払う。

 どの道スピカがこの学園を脱出するか否かは、物流を調べなければ出られない。

 ふたりは寮に戻る前に町に出ることにしたのだった。


****


 ヒクリ、と鼻を動かした。


「なんか若い匂いがするねえ」

「若い? 新入生か?」

「そうだね、新しいローブの匂いに……早速やり合ったみたいだね」


 暗い場所で、男女の声が響いた。

 まだ、入学生の一日は終わりを迎えそうにない。


****


【恋人たち】

・同じ【恋人たち】のアルカナカードを持つ人間が把握できる(コピー能力ではアルカナカードそのものをコピーできないため、【運命の輪】、【愚者】のコピーでは無意味)

・風の操作

・×××


【愚者】

・他アルカナカードの力のコピー(ただし相手のアルカナカードの力を特定しないといけない。【運命の輪】はコピー不可能)

・アルカナカードによる攻撃を一定量受けた場合、それを倍返しにする。

・×××

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