宿題となめろうとお昼ご飯のお話

 地獄のようだった雰囲気が霧散した辺りで、僕は再び口を開いた。


「………で、舞唯は配達これ以外にも用があるんでしょ?多分」


 目を向ける先には、舞唯の鞄。


 そこには多少だが膨らみが見られ、ちらりと覗く物がどんな用かを殆ど伝えているのだが。


「あ、えっとね、その……宿題を一緒に解きたいなー、って……」


 いそいそとその鞄から取り出したのは、僕はもう既に埋め終わった宿題。


「あぁ、それは―――」


「あれ、それ確か優莉は終わってたよね?」


 それを見て、終わらせたよ、と舞唯に言おうとした僕の言葉を遮るように月雲が呟いた。


「えっ」


 ぐりんっ、と音が聞こえそうな位のスピードで舞唯が月雲の方を向く。


「うん、そうだね。丁度一昨日ぐらいに」


「え"っ」


 ねー、と微笑む月雲に対して、いつの間にかこちらに向けていた顔を驚きで染める舞唯。


 その姿がなんだか面白くて吹き出しそうになったのは秘密だ。


 あ、月雲が笑いを堪えてる。


「そっ、そういえばあの問題、ちゃんと理解してた?あの、ほら、優莉が唸ってた文章問題」


「あぁ、あれね……まぁ大丈夫じゃないかな、あの後ちゃんと読み込んだし」


 すーふーすーふーと舞唯に見えないように深呼吸を繰り返した彼女が、誤魔化すためか突然そんなことを言い始めた。


 よく見ればまだちょっと笑いそうになっている。


 ほら、我慢しなさい月雲。


「ほんとにー?優莉ったら見落とす所多いんだから心配だよー」


 頬のニヤつきが抑えられていない月雲。


 いや、これはからかってる時の表情だ。


「わざわざ心配するとか……月雲はお母さんか何か?」


 なんとなくわかった雰囲気に多少の苛立ちを覚えたせいか、少し素っ気ない返答になってしまった。


 だが、月雲はそんな僕への態度を変える事なく口を開く。


「お母さんは優莉をそんな風に育てた覚えはありませんっ!って言ったほうが良い?」


「いや―――」


「ご、ごごごめん話がズレてってるんだけど」


「あっ、ごめん」


「えへっ」


 やらなくていい、と言い掛けた口を遮る舞唯の言葉で、僕はいくらか落ち着いた。


 あと月雲、今更ぶりっ子しても遅いぞ。


「と、取り敢えず!その……宿題、手伝ってくれたりしないかなーって……」


「それは良いけど……写さないでよ?」


「そっ、そんな事しないよ!先月のは、ちょっと忘れてただけだし……」


 先月宿題を写して貰いに来た事を思い出しながら、胡乱な表情で舞唯を見やった。


 その視線を受ける舞唯もその事は忘れてないのだろう、ブーブーと唇を尖らせる。


「……ま、それは魚を置いてからね。月雲、手伝ってくれる?」


「あっ、はーい!」


「私は待ってて良いの?」


「うん、暑かっただろうし扇風機にでも当たってて」


 そう言った僕は月雲とクーラーボックスに手を掛け、よっこらしょと持ち上げて台所へと足を向けた。



  ✦ • ✦ • ✦



「ねね、魚は何で食べる?」


「うーん……こんなに種類があるなら、夜は海鮮丼とかにするかな」


「丼!?」


「うん、涎拭こうね」


 魚の使い道が楽しみな月雲が、もう夜ご飯の話を始める。


 アレだ、昼ご飯を食べている時に夜ご飯の話をされるみたいなアレ。


 ……しかし、こうして見ると本当に神様なのか疑わしい。


 今のところだけ切り取るとただの食いしん坊―――


「―――むっ、なんか優莉に貶されてる気がする」


「そんな訳ないじゃないですかヤダー」


「こっち向いて?ねぇ目逸らさないで?」


 なんでそういう時だけ察しが良いんだ。


「まぁまぁ……よし、早速なめろうでも作ろっか。嬉しいことに鱗は取ってくれてたし」


 そんな月雲の視線から逃げるように、クーラーボックスの中からアジを二尾取り出す。


 ちょっと前から魚を捌かせて貰ってたので、これ位であれば失敗はほぼ無いだろう。


 面倒な鱗も取ってくれてるし。


「ちょ、ちょっとー!無視しないでってばー!」


「ねぇ……包丁持ってる人にちょっかい掛けるなら夜ごは」


「ごめんなさいでした」


「よろしい」


 笑顔で言い聞かせる脅す僕に華麗な土下座を披露した月雲を居間に向かわせ、再びアジに向き直る。


「……〜〜、〜〜♪」


 そしてゆっくりと、右手の包丁を動かし始めた。



  ✦ • ✦ • ✦



 ―――そんな彼を、後ろからちらりと覗く二つの影が。


「優莉が鼻歌してる……」


「料理してるとき、たまにやってるよ」


 まぁ分かってただろう、舞唯と月雲だ。


「調理実習のときも凄い楽しそうだったし」


「あの様子じゃあ、そうだろうね」


 そうこそこそと囁きあう二人は、同じタイミングで彼の背中に視線を移す。


「〜〜〜、〜〜♪」


 そんな視線に気付かない彼の鼻歌は既に三曲目に入り、リズムに合わせて包丁を俎板まないたにダンダンと打ち付けている。


 そんな彼から味噌のいい香りがふわりと漂い、きゅうという小さな音が響いた。


 月雲はもう我慢が出来なくなったのだろう、ぴょいっと軽快な音が出そうなステップで優莉の傍に寄る。


「ゆーりー、できたー?」


「うん、丁度出来たよ。素麺そっちに置いてくれるかな」


「おっけー!」


 先程まで叩いていた包丁を流しに置き、その隣に置いてあるざるを彼女の手に乗せると、月雲は大皿にそれを重ねて居間へと飛び込んだ。


 そのまま振り返った優莉は、その視線の先に居た舞唯に大して驚きもせずに微笑む。


「舞唯、食べよっか」


「あ、うんっ」


 そうして、目を動かした先でキラキラした顔を浮かべて二人を待つ月雲の元へ向かった。




 ◁――――――――――――――――――▷



 お久しぶりです。

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儚き付喪の戀と藍 珱瑠 耀 @eil_hikari

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