少女の名前と美味しい夜ご飯のお話

「痛い……絶対これたんこぶ出来た」


「ふんっ、君が悪いんだよ」


 恐らくぷっくりと膨らんでいるであろう後頭部を擦り、その当事者である少女にジト目を送る。


 この後頭部は先程鼻を摘んだ彼女に叩かれ――いや、殴られたものだ。


 この少女のどこにそんな力が、と腕を見やると、


「神様の力はこんな事にも使えるんだよ」


 と先程みたいなドヤ顔で言われた。


 うわ、苛つくぅ……というか。


「開花してないんじゃなかったっけ……?」


「そっ、それは……別に開花してなくても神の力は普通に使えるし?」


 すかーすかーと出来てない口笛をしてしまっている為に、どこにも神と断定できる要素が無くなった。


「……まぁいいや、家は何処なの?」


「え、ここ


 え?


「…………家の何処?」


 念の為もう一度聞いてみると、あっけらかんと。





 もうね、驚かないよ。



  ✦ • ✦ • ✦



優莉ゆうり、ちょっとそこの直売所で……って、もつくちゃんじゃない」


 それから数時間程、宿題を埋めたりごろごろしたり狸出るかなーとだらけていると、庭からお母さんがやって来た。


「あ、お邪魔してます」


「うん……って、もつくちゃん?」


 誰……って言っても、今隣に居るこの銀髪の娘しか居ないだろう。


「あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてないよ」


「あはは、じゃあ今言ったよ」


 悪びれる事なくそう言う彼女は、謝る代わりに下を少し出した。


 いわゆる「てへぺろ」というやつだが、なんでか苛つく要素しかない。


「このっ」


「むひょ!?ひゃひほふぅう!?なにをするぅ!?


 その苛々を発散する為に、彼女の頬を左右に引っ張って動かす。


「おぉ、もちもち」


ふぁなへぇ〜!!はなせぇ〜!!


 上に下にとぐにぐに動かしていると、彼女がばぁっと両手を動かして僕の手を退けた。


「ふふ、もうすっかり仲良しね」


「違うし!」「違います!」


 その反論もぴったり同じタイミングで、お互いにむむむと睨み合う。


「あらそう……それじゃあ、二人で直売所に行ってもらっていい?この紙の野菜を買ってきて欲しいの」


 そんな姿をどう捉えたのか、お母さんははいっと食材の書かれた紙とお金を僕に渡した。


 そこにはじゃがいも、人参、キャベツ等の野菜が書かれている。


「夜ご飯なににするの?」


「カレーよ」


 その言葉を聞いて、少女の方が反応した。


「カレー!よし、早く買いに行こう!!ほら早く!!」


 ガッタンと机を鳴らして立ち上がった彼女は僕の肩をベシベシと叩いてそのまま玄関の方へと走っていく。


「……えぇ……」


 神なのにそんな子供みたいなソレでいいのか……?


 ……いや、能力的にはまだ子供同然だったっけ。


「あの娘、カレーが大好きなのよね。ほら、付いて行ってあげなさい?」


「……はーい、行ってきます」


 行ってらっしゃい、という上機嫌な言葉を背中に、僕も彼女の後を追い掛けた。



  ✦ • ✦ • ✦



「はぁーやくぅー!!」


「はぁっ、はぁっ……どんだけ楽しみなんだよ……」


 ぴょんぴょん跳ねる白い頭を追い掛けて数分、直売所の近くで漸く追い付いた。


 というかこの坂道と暑さのダブルパンチで息切れ一切してないってどういう事?


 この小さな身体のどこにこんな体力があるのさ。


 未だピンピンの彼女をジロリ、と見やる。


「何その目はー」


「……別に。体力おばけだなーって」


「ぬっ、神様とおばけなんかを一緒にするなし!?」


 プンスコと腕を振り回すが無視し、すぐに買い物を済ませた。


 ……買う途中でおばちゃんにお使い偉いねと福神漬けを貰った。


 そこは飴じゃないの?と聞いたがサルミアッキと福神漬けどっちが良い?と聞かれて後者を選んだ。


 おばちゃん、なんでサルミアッキ持ってるの……?



  ✦ • ✦ • ✦



「所でさ」


「なーに?」


 その帰り道。


 空は赤く色付き、鈴虫の鳴き声と僕達の歩く音だけが響く畦道で、僕は切り出した。


「もつく、ってどう書くの?」


「んー……」


 話題は彼女の名前、その漢字だ。


 なんか無性に聞きたくなっただけであって他意はないのだが。


よ」


 ―――そう返された時、何故か納得できた。


「例えば?」


喪付もつく縺久もつく持来もつくもつく物憑もつく……比喩的なものも多いけど、他にもいっぱいあるよ」


 漢字なんて無い時もあったし、最早名前すら無い時も。


「そんなに沢山名前があって、忘れたりしないの?」


「そりゃあ思い出せない時もあるよ」


 こういう時にきっぱりと「忘れないね」と言えるのではと淡い期待を抱いたが、全然そんな事はないらしい。


「それでいいの……?」


「大丈夫だよ。ちゃんとその人を前にしたら自然と名前が思い浮かぶんだもん」


 そう言う彼女の目は、何処か憂いでいる様だった。



 ―――余談だが、4つ目の名前の由来が「織田信長の遺骨に憑いたから」だったのには流石に驚いた。

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