儚き付喪の戀と藍
珱瑠 耀
10年目の微熱と涼しげな夏のお話
僕は田舎で暮らしている。
コンビニはない、駅もない、買い物や通学なんて車で片道1、2時間。
その中に、平屋で小さめの家が一軒。
こんな場所で、今日から僕の人生で10回目の夏が始まる。
✦ • ✦ • ✦
「ただいまー」
午後4時過ぎ、熱を持ち始めた鞄を机の上に放り投げて扇風機のスイッチをオン。
送られてくる若干温い風が顔を撫で、多少だが体温が下がったような気がした。
「……宿題、は」
―――配られて家に帰るまでにはほぼ終わらせた。
田舎だからなのか人数が少ないのかその他の理由なのかは知らないけど、この小学校の夏休みの宿題は少ない。
自由研究もなければ教科書の音読もない。
その気になれば今日だけで解き終わるだろう。
「よっこい…しょ」
ブゥゥンと動く扇風機の首を止め、鞄の中にある宿題の残りを引っ張り出す。
「んー……32×44……が……」
そのまま背中に風を感じながら、僕の思考は目の前の冊子に落ち着いていく。
暇な時には図書室に行っていた僕にとって、これくらいの計算は屁でもない。
3秒程問題を見、サラサラと筆算や回答を並べて答えを書く作業を続ける。
そして、終盤に差し掛かるところで。
「……ん」
残り5問、種類的には発展問題の3問目で初めて右手が完全に停止する。
少し苦手な部類の文章題のせいで、解く数字を読み取るのに時間を取られていく。
「えっと……あれ、どれだっけ」
一つずつ必要事項に下線を引いていくが、途中でごちゃごちゃしてきて何度も消しては書いてを繰り返してしまう。
「あー……やめよっかな……」
ぐるぐると数字と文字が行き交う頭を深呼吸で追い払って、そうぼやきながら机に突っ伏した。
解らなくなるとすぐ投げ出してしまおうとする、僕の悪い所。
「ん……ふぁ……あふ」
もう後でやって、今は寝てしまおうかとまで思考が行き着いてしまう。
―――そんな僕に。
「そこ、違うよ」
鈴みたいな声が掛けられた。
「……どこ」
「ここ。この問題は時間を求めるから、道のりを速さで割るんだよ」
横から通る声は白く細い腕をプリントに伸ばして、解らなかった問題の最後の方を指差す。
そこには、普通に「Bに着くまでどの位かかるか」と書いてあり、ただ見落としていただけだという事を理解させられた。
「……あぁ、そういう事ね。ありがと」
「うん」
そして訪れる沈黙。
「……」
「…………」
「……………………」
「……………………」
暫しの間、先が少し丸くなった鉛筆が紙の上を滑る音だけが響く。
…………ん?
「えっ?」
そのナチュラルすぎる一連のやりとりに違和感――正しくは右から感じる人の気配――を感じ、僕はバッとその方を向く。
「ん?」
僕のその行動に、白い腕を伸ばした本人は首を傾げた。
腕から解る様に肌は家から出てないのかという位に白い。
綺麗だが幼い顔に掛かる銀髪はサラリと垂れ、背中を越して床にまで流れる位だ。
服はどこか浴衣を思わせるみたいで、それも真っ白い。
正座を崩している脚から見て、身長は僕と同じ位だろうか。
そんな僕と同い年に見える少女が、いつの間にか僕の勉強を監督していた。
固まっていた僕に顔をキョトンとさせる少女は、首を傾げて喋る。
「……どうしたの、いきなりこっちを見て」
「いや、誰ですか」
反射的にその言葉がでた僕は何も悪くないと思う。
✦ • ✦ • ✦
「だから、なにその"つくもがみ"って」
「だーから神様なんだって言ってるじゃん」
「本当に……?」
「本当なんだけど……?」
かれこれこのやり取りを10分はしている。
聞けばこの少女、つくもがみという物に宿る神様で暇だから出てきたと言っている。
僕としてはそんな話を信じろなんて言う方が難しいし、少し早めの
神様ならそれはもう「神の御業」とまで言えるものが出来るのだろうが、その少女はそれをやろうとはしない。
いや、出来ないと言えば正しいだろうか?
「やっぱり証拠が無いと信じられないじゃん……」
「ゔ……その、私はまだ"開花"してない……から……」
そう。
この(自称)少女神、まだ神様としては見習いらしく神の御業が出来るほどに成長しきってないと言うのだ。
まぁそれも残念ながら僕には体のいい言い訳にしか聞こえない訳なのだが。
「そのみわざ?以外で何か証拠になりそうなものってない?」
「えっと……あっ、じゃあ……あと10秒したら外からイタチが来るけど」
うっそだぁ。
「そんな顔しないで、ちゃんと見てなよ。ほら5、4、3――」
「いや、流石にそれは……」
……2、1、0。
そして、全開になった襖の奥に見える庭の方を見やる。
そもそもイタチがここら辺に姿を見せる訳も無いし、どうせそんなの嘘だろうと思っていたら。
―――奥の草むらから、ガサガサと草を掻き分けて小さな物体が飛び出して来た。
どこからどう見てもイタチだ。
そんな光景に少しばかり呆けていた僕は、そのままイタチが庭から去るのを見送る。
……いやいや。
「流石に偶然じゃない?」
初めてイタチを見た興奮と頭の片隅で湧き上がる「こいつはほんとに神なのでは」という感情をぐいっと押しやって再三否定すると。
「む、そこまでして信じないの……じゃあもう一個。これが当たってたら信じてよ?」
ぷぅっと頬を膨らませた少女が更に提案してきた。
「うん、まぁ……それならいいけど」
「それなら……君はこの夏休み中に、6匹の狸の散歩を見るよ。絶対に」
あまり信じる気が無い僕に、少女はドヤ顔をしながら言い切った。
「えぇ……イタチはあるだろうけど、狸がここまで降りてくる事なんてあるの?」
「流石に理由までは知らないけど、私の見立てでは夏休み中には必ずこの庭を通るよ」
そして、ムフフっと笑みを零す。
――鼻がとんがりそうな程のドヤ顔。
「ふぎゅ!?」
…………なんかイラッと来たので鼻を摘んでやった。
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