第22話 異種格闘戦

 メテオファルコンの背後についたアルバートは、アフターバーナーを切って増速を止め、サイドワインダーの赤外線シーカーを作動。

 ターゲットをHUD(ヘッドアップディスプレイ)中央に捉えてロックオンを試みた。


 すると、目標が急降下して下方へと逃げた為、アルバートは『無駄な足掻きだ』と冷笑しながら機首を下げて追跡。

 自機を降下させながらメテオファルコンを下へ下へと追いやり、標的が上昇に転じたタイミングでターゲットロック、サイドワインダーを発射した。


「リーパー1、FOX-2!」


 赤外線ホーミング方式の空対空ミサイル発射時の識別コード“FOX-2”をコールし、その鋼鉄の翼に吊るした超音速の白羽の矢を放つ。

 降下の分の速度が上乗せされた状態で、ミサイルはロケットエンジンを点火して急加速、一気に最高速度のマッハ2.5を超過した。


 熱源をピット器官――もとい赤外線シーカーに捉えたサイドワインダーは、蛇行する白蛇の様な独特の軌跡を空に描き、左右に小刻みに揺れながら飛翔。

 旋回時の激烈なGをものともせずメテオファルコンに迫り、燃える身体を持つ獲物の心臓に、鋼鉄の毒牙を無慈悲に突き立てた。

 物体を凍結させる魔法の猛毒が肉体を破壊し、哀れな隼から空を飛ぶ為の力を完全に奪う。


 凍て付く鋼の毒牙によって心臓を破壊されたメテオファルコンは、凍り付いた肉の身体から冷たい血を吹き出して死んだが、アルバートはそれを気に留める様子も無く、残忍な野武士の如く次の標的に斬り掛かる。


 敵との距離が1kmを下回った為、兵装を20mm機関砲に切り替えて、オーバーシュート――つまり敵を追い越してしまわないよう注意しながら、ピッタリ背後について射撃の機会を伺う。

 ターゲットが急旋回を行いエネルギーを大きく消耗すると、アルバートはしめたと言わんばかりに射撃位置に着いた。

 そしてHUDに表示されたグリーンのガンクロスがターゲットを完全に捉えたその直後、アルバートが操縦桿のガントリガーを引き、M61ヴァルカンが憤怒の咆哮を上げた。


 機体のノーズに描かれた黒竜が、まるで本当に火炎の息吹を吹き出しているかのように、橙のマズルフラッシュが炎となって大空に煌めく。

 その光景が標的の眼に焼き付くと同時に、蒼白く伸びる冷たい火箭が、彼の羽根と肉を貫いた。


 左脚は千切れ、尾羽根は吹き飛び、幾つもの弾丸が貫いた腹部からは、身体に溜め込まれた多量の魔力が激しい出血と共に漏れ出す。

 そして腹から漏れ出た魔力は、まだ身体を覆っていた残り火に無慈悲にも引火し、可燃性の魔力エネルギーが爆発を引き起こした。


 アルバートに撃ち落とされた隼の骸は激しく炎上し、火球となって地上へ落下していった……



 その一方で、アルベルトも目標の背後を取る事に成功し、高速で逃げ惑う隼をロックした。

 ミサイルのヒートシーカーがターゲットを捕捉すると、まるでガラガラヘビの威嚇の様な独特の電子音が、ピーッという甲高い音へ切り替わり、アルベルトに攻撃準備が整った事を伝えた。


「FOX-2!」


 翼下パイロンのラックから外れたサイドワインダーのロケットモーターが点火し、猛り狂った灼熱の炎がミサイルを前へと押し進める。

 ブレイクしてどうにか逃れようとするメテオファルコンであったが、高い目標追尾能力を有する音速の太矢から逃れることは叶わず、近接信管の作動と共に鋭い金属片が彼に襲い掛かった。


 右翼を切り裂かれ、炎のヴェールを剥がされ、頭蓋を破片で貫かれた隼が、落とした生命を追うかのように落下してゆく……



「ヒャッホー! 撃墜だ!」

「ナイスキルアルベルト! これで残り1羽だ!

最後の奴はお前に任せる! 叩き落としてやれ!」

「了解した! 仕留めてやる!」


 無線を切るとアルベルトは自機の右下方を飛ぶ最後のメテオファルコンを目視確認し、残燃料の事を気に留めつつ、十分な空戦エネルギー得てから攻撃を開始。

 あわよくば奴を機関砲で撃墜し、ミサイル代を節約したいという願望を胸にガントリガーに指をかける。


 すると、彼の願いとは裏腹に、最後の標的は蒼い炎を激しく燃焼させながら急降下し、逃げの姿勢を見せた。

 次の瞬間、美しい羽根を真っ白なヴェイパーコーンが覆い、間髪入れずに超音速へと到達。

 少しの間加速を続けると、今度は急降下から緩降下へ切り替えて、音よりも速い速度を保ったまま逃走を開始した。


 アルベルトは勘弁してくれと言わんばかりに、頭を抱えて首を横に振ったが、すぐに殺意を呼び戻して追撃。

 この高度差では機関砲はおろか、サイドワインダーでの撃墜も不可能と判断し、兵装をスパローへ切り替えてバーナー点火。

 鮫の牙から逃れようとする小癪な音速の隼に、ファントムの最大推力をもって殺しにかかった。



「逃がすか! このソニック・チキンめ!

油で揚げてポテトと一緒に食ってやる!」


 酷い仇名をつけるものだなと苦笑するアルバートを余所に、アルベルトは軽口を叩きながらも全速力で追いかける。

 そして十分な速力を得たことを確認すると、目標をHUD中央に捉えレーダー照射を開始した。


 ロックが完了すると、すぐさま兵装発射ボタンを押してスパローミサイルを発射。

 機首角を調整しつつ、血を求めて飛翔する槍をレーダーで獲物の元へと導く。


「高度を下げて低高度に逃げたその判断は褒めてやる。

ミサイルは大気密度の高い低高度では、エネルギー消費が激しくなるからな。

だけどな――」


 アルベルトが何か言いかけた次の瞬間、生き延びようと必死に逃げていた隼に、凍えるようなミサイルの一撃が直撃した。

 最後のメテオファルコンは、逃亡の夢をその翼ごと砕かれると共に、近代兵器の恐ろしさを嫌というほど思い知らされたのだ。


 そしてアルベルトは酸素マスクの下で再び口を開き、言葉を発した。

「遅すぎるんだよ、何もかも。

逃げる判断も、逃走スピードも、そして頭の回転も……な」



 彼らしからぬ冷酷な言葉を紡ぐアルベルトに、アルバートは珍しいなと心の中で呟いた。

 そして、先程までチキンだの何だのと言っていた事からもしや空腹なのではないかと思い、冗談混じりに彼に尋ねた。


「お前にしては珍しく冷酷な事を言うなアルベルト。

腹減ってイライラしてるのか?」

「馬鹿言うなアルバート、腹減ってイライラするような性分じゃ、飛行機なんざ飛ばせないぜ。

ま、もし腹が減ってるとしたら、その“腹”は胃袋じゃなくて銭袋だろうな。

今回の戦闘は一体全体いくらの収入になるんだ?

計算するのが憂鬱だぜ、全く……」


 今回の収入に不安を抱いているのは、アルベルトだけでなく、アルバートも同じだった。

 着陸ミスで事故でも起こさない限り、収支がマイナスになるという事はあり得ないとは思うが、メテオファルコンの賞金単価は、苦労の割にあまり高額ではない。


 それに加えて、1発辺りの値段が高めなAIM-7を使用した為、今回は大した稼ぎにはならないだろうと、二人は予測していた。



 しかし得られる収入額はどうであれ、これで今回のミッションは達成した。

 アルバートとアルベルトは、レーダーで周囲の安全が確保されている事を確かめると、すぐに報告を行った。


「リーパー1よりHQ、全てのターゲットの撃墜を確認。

周囲に敵影無し」

「HQよりリーパー1、ラジャー。

リーパー1、リーパー2、面倒なミッションだが良くやった。

ミッションコンプリート、RTB」

「ラジャー、RTB」


 全ての標的を屠った2機は再び編隊を組み、作戦完了の報告と一時の休息の為、マラーシャの航空基地へと帰投した。

 


 ほんの数分前まで戦場であったそこ――ボルーラ上空は、青々とした空間に綿菓子の様な白い雲が漂っており、そこには死体も血痕も存在しなかった。

 隼達が死んだ事を示すその“証”は、二人の死神が残した複雑な航跡雲と、ミサイルの噴煙のみであった……


 ◇ ◇ ◇


 死神達が飛び去ってから数時間後、今日も銃声が鳴り響くボルーラの市街地にて、3体のオーガが敵の目を避けながらあるものを探していた。

 3体のオーガの内1体は魔導師、もう2体の方は大型の戦斧を携えた戦士といった所だろうか。


「ふぅむ、この辺りに墜ちやがった筈なんじゃがな……思ったよりも見つからんもんじゃのう」

「やっぱり無茶ですよ、激戦区のど真ん中で探知魔法も無しに、撃ち落された友軍を探すだなんて」

「フン! その無茶を平然とした顔で“やれ”と命令するのが、お前さんの言う『我らが魔王軍』なんじゃぞ?

名誉だの大義だの祖国防衛だの、綺麗事ばかり並べて兵隊をことごとく使い潰していく……

そんなのばっかりじゃよ、わしらの所属する軍というものは」

「そ、それは……」

「いや、と言うより“軍隊”なんてのは、元よりそんなもんなのかもしれんのう。

負け戦か勝ち戦かの違いはあれど、あの国連軍の兵隊共も、わしらと然程変わりない環境下に身を置いているように見えてならん」

「結局の所“世界”なんてものは、何処も彼処も狂ってるって事じゃないスか?

俺にはあんまり難しい事は分かんねーけど、“狂気”ってのはなんつーか、『世界ってモンの本質そのもの』なんじゃないかって、時々思うんスよ」

「フン、同感じゃな。

『狂っているからこその世界』なのかもしれんのう……」


 老人の様な口調で話すオーガの魔導師――オーガウィザードは、現在護衛のオーガアクスと共に、ボルーラ上空にて撃墜された友軍のメテオファルコンの捜索を行っていた。


 速度の遅いドラゴンならばともかく、超音速飛行を可能とするあのメテオファルコンが全滅したなどとは、考えたくも無かった。

 しかし軍本部の話では、視界外から仲間が4羽撃ち落され、2機の戦闘機と会敵したという交信を最後に、彼らはボルーラで消息を絶っている。


 2機――たった2機の戦闘機相手に全滅だと?


 そんな疑念を胸に抱きながらも、彼は懸命に隼達の亡骸を探す。

 撃墜された際に散らばった空色の羽根や肉片などを頼りに、国連軍の兵士に発見されないよう、慎重に捜索を進めていく。



 そして彼は遂に最初の一つを見つける事に成功したが、彼は見つかった事に対して安堵すると同時に、その悲惨な光景に絶句した。


「な……!? あの音速の隼が!?

おぉ……何たるザマじゃ……!」


 彼がそのように言うのも無理は無いだろう。

 爆発で破裂した腹部、吹き飛ばされた翼、肉に突き刺さった多数の鉄の破片。

 そして先程まで熱く燃えていたその身体は冷たい霜が覆っており、皮膚は凍傷で爛れている。


 それは、あの猛々しい姿から想像も出来ない、見るも無惨な姿であった。


「……ふむ、なるほど。

腹が酷く損壊しているのは爆発物によるものだとして、肉体に突き刺さっている大小様々な金属片は何じゃ?

これが、奴ら人間共の兵器“ミサイル”とかいう鉄槍の砕けた破片かのう?」

「はい、恐らくはそうかと。

私は奴らの武具に関する知識は乏しいですが、銃弾の類ではない事は確かです」

「ま、とりあえず軍団本部に報告しましょうよ。

俺らがこんな危険地帯で探偵ごっこなんかしてても、らちが開かないでしょうし」


 若手のオーガアクスが肩をすくめながらそういうと、オーガウィザードが溜息をついて言った。

「そうじゃな。

よし、わしが本部に通信を入れるから、お主ら二人は周囲の警戒を頼むぞ」

「はっ」

「ウッス」


 オーガウィザードは懐から美しい六角水晶を取り出し、心を落ち着かせてから指で優しく叩いた。

 そして軍団本部へと念波を送信し、自身の声を遠方の司令部へと届けた。


「本部、こちら捜索隊、聞こえるか?」

「こちら本部、聞こえている。

例の“念波塔”とかいうやつのおかげで妨害が一切効かないからな。

それで、死体は見つかったのか?」

「ああ、見つけたとも。

ボルーラの市街地で撃墜されたメテオファルコンの死体を発見した。

見た所、複数の金属片が身体に突き刺さってるからのう。

爆発物で殺られたのは間違い無いじゃろうて」

「ふむ……直前の交信から、恐らく敵戦闘機から発射されたミサイルによるものとみて、間違い無い無いだろうな。

他に何か特徴は?」


 本部にそう問われると、彼は隼の無惨な亡骸を再び凝視し、注意深く観察した。

「そうじゃのう、他に特徴と言えば……

ブリザードによるものと思われる凍結及び凍傷、破裂した腹、吹き飛んだ翼、それとギョっと飛び出た目かのう」

「ブリザードだと? 奴らブリザードを使いやがったのか?」

「ああ。

ブリザードを模した化学兵器の可能性も考えてはみたが、こやつの死体の残留魔力から推測するに、その可能性は低いじゃろうな」


 本部の通信手はしばし考え込んだ後、オーガウィザードに軍団長からの指示を伝達した。

「よし、了解した。

引き続き捜索を続行せよ。 草の根を分けてでも彼らの骸を探し出せ。

これは軍団長命令だ」

「ふむ、承知した。

だが、焦って敵に見つかってはどうしようもないからの。

『果報は寝て待て』じゃ、あまり急かさんでおくれよ」

「なッ!? おい待て! 貴様それでも偉大なる魔王軍の――」


 オーガウィザードは水晶をコツンと軽く叩いて通信を終え、しらばっくれたような顔をして捜索を再開した。

「さぁて、報告も済ませたし、そろそろ行くとするかの。

まだ墜とされて死んだ奴がおるじゃろうから、早いとこ見つけ出してやらんとな。

ほれ、行くぞお前達」

「は、はぁ……

しかし……良いのですか?」


 2体のオーガアクスの内、生真面目な性格をした1体にそう問われると、オーガウィザードはケラケラと笑いながら返答した。

「良い良い、すべき報告はしたんじゃ。

偉大なる魔王軍がどうだのこうだの言っとる阿呆の戯言に、付き合っとる暇は無いわい」

「ざ、戯言って……」

「ま、そういう事じゃ。 とっとと行くぞ」

「ウィース」



 護衛対象であるオーガウィザードのあっけらかんとした言動と、やる気が無さそうな相方の薄っぺらい返事によって、彼はこの任務に真剣に励んでいる自分の正しさを疑い始めた。

 脳内で自問自答を繰り返す彼を他所に、彼の護衛対象と相方は、気だるそうに戦場を歩くのであった……

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