第21話 音速の騎槍
民間傭兵チーム、ヘルヴァイパーズ所属のウィリアム・アンダーソンとイリア・イヴァノヴァが、念波塔を守る防御装置を破壊するべく、東部ガディークに空挺降下する約5日前の事。
航空戦力を主体とする、類稀なる民間傭兵チーム“スカイリーパーズ”に所属するアルバート・ウィルソンとアルベルト・ハルトマンは、ガルターレス南東地域のボルーラ上空を飛行する隼の魔物、メテオファルコンを撃墜するべく、出撃準備に取り掛かっていた。
基地の駐機場に並ぶ2機の直列複座型戦闘機、F-4EファントムⅡの周囲では、幾人もの整備兵達が弾薬と兵装を機体の元へと運び込んでおり、機首に積まれたレーダーとコクピットの間にある大型弾倉には計639発の機関砲弾を、主翼下と胴体下に設置されたパイロンには、空対空ミサイルをそれぞれ4発装填する作業を手早く行っている。
今回の戦闘で使用する砲弾とミサイルには、ターゲットであるメテオファルコンの弱点が凍結魔法という事もあり、固定武装のM61ヴァルカン20mm機関砲に使用される20×102mm弾の弾頭に凍結魔法――ブリザードが充填されている他、主翼下パイロンに吊り下げているAIM-9Lサイドワインダー、赤外線ホーミング式短距離空対空ミサイルと、胴体下パイロンのAIM-7Mスパロー、セミアクティブレーダーホーミング式中距離空対空ミサイルの炸薬にも、同様にブリザードが込められている。
魔法を充填しない通常の弾薬と比べ少々値は張るが、費用対効果を考えればむしろ買い得な品と言って良い。
整備兵による弾薬及び兵装の搭載と給油作業、そして機体のスタートアップ作業を完了させた2機は、管制塔に無線でタキシング許可を求めた。
「リーパー1よりタワーへ、出撃準備が完了した。
滑走路へのタキシング許可を求む」
「タワーよりリーパー1、了解。
タキシングを許可する」
「了解した、これよりタキシングを開始する」
「リーパー2よりタワー、こちらもたった今機体の準備が整った。
俺の可愛いファントムが早く飛びたくてうずうずしてるんだ、タキシング許可を出してくれ」
「タワーよりリーパー2へ! お前はもう少し緊張感という物を持て! このお調子者が!
タキシングを許可する、リーパー1に追従する形で滑走路へ移動せよ」
「リーパー2、了解。
そうカリカリするなよ、この戦場って所は、ただでさえ絶大なストレスが常に付き纏う職場なんだ。
細けえ事いちいち気にしてると、頭禿げるぞ?」
「……了解、忠告痛み入る」
通信を切る直前に『はぁ……』と苛立ちのこもった大きな溜息をつく管制官に対して、アルバートは同情の念を抱いた。
彼自身、アルベルトのこうした陽気な性格に幾度か救われた事もあったが、それと同じくらい鬱陶しさを覚える事もあった。
それ故、アルベルトのジョークを良く思う者の気持ちも、悪く思う者の気持ちも、痛い程良く分かるのである。
「せめてもう少し、空気ってものが読めたらな……」
アルバートは狭苦しいコクピットの中で一人そう呟きながら、駐機場から滑走路へ移動を開始した……
タクシー開始から数分が経った頃、リーパー1ことアルバートは滑走路手前まで到着し、管制塔からの進入許可を待った。
滑走路への進入許可が下りると、アルバートは停止させていた機体を再び前進させ、誘導路に沿って滑走路へと進入、そのまま滑走路中央にて待機。
気を昂らせながら、彼はファントムⅡの前部操縦席の中で離陸の指示を待った。
「タワーよりリーパー1へ、離陸を許可する。
直ちに離陸、出撃せよ」
「了解、リーパー1離陸する」
遂に管制塔からの離陸許可が出ると、アルバートはさぁ仕事だと意気込みながら、コクピット左側の二連式スロットルレバーを前に大きく倒し、エンジン推力を最大にした。
ターボジェットエンジンの高温の排気に、大量のジェット機用航空魔力燃料が吹きつけられ、耳をつんざくようなアフターバーナーのノイズが周囲に轟々と響き渡る……
「さぁてファントム、今日もお前には荒稼ぎに付き合って貰うぞ。
老骨に鞭打つような真似したって、泣き喚いたりするんじゃないぞ? 歴戦の老戦士殿」
そう言ってアルバートは、機体後部のエンジンノズルから火炎を吹き出して加速する愛機に活を入れ、コクピット計器盤の対気速度計とマッハ計を注意深く見つめた。
約15t程の重量を有するやや大柄な鉄の鳥が、猛スピードで風を切りながらランウェイを滑走し、その大きな翼に大空へ飛び上がる為の揚力が与えられていく。
そして約270km/hまで加速すると、アルバートは操縦桿を手前へ引いて機首上げを行った。
機体は凄まじい轟音を立てながらアスファルトの地面を力強く蹴り、獲物を求めてガルターレスの広大な空へ飛び上がった。
そして規定高度まで到達するとランディングギアを格納し、アフターバーナーを切ってから大きく左へ旋回、反転して東の方角へ向かった。
「さ、次は俺の番だな」
管制塔から許可を得た2番機、アルベルトが滑走路へと進入し、同様に中央で待機し離陸許可を待つ。
そして、彼にも“その時”がやって来た。
「タワーよりリーパー2へ、離陸を許可する!
直ちに離陸し、僚機であるリーパー1と合流せよ!
急げ! さっさとしろこの人喰鮫!」
「リーパー2よりタワー、ウィルコ。
……やれやれ、随分と嫌われたもんだな……」
軽く溜息をついた後、アルベルトはスロットルレバーを倒して加速、離陸を開始。
大推力のジェットエンジンが機体を前へ前へと押し進め、十分に加速したのを確認し、ピッチアップ。
まるで雷鳴の様な轟音を轟かせながら離陸し、アルバートもといリーパー1に続いた……
基地から発進し、作戦空域であるボルーラ上空に到着した2機は、マスターアームスイッチを入れて兵装システムのロックを外し、友軍機から提供された情報を元に旋回して方位080へと転進。
レーダーディスプレイを睨みつつ、一定の感覚で周囲を目視確認しながら警戒を続け、高度12000mの高空でその牙を研いでいた。
「ここ最近、どうもメテオファルコンの数が急激に増えたよなぁ。
アイツらは速度も速いし的も小さいから、AAM(空対空ミサイル)を使わねぇと撃墜しにくい。
やや高価な兵装であるAAMを必要とするクセして、撃墜時の賞金は大して高くねぇから、稼ぎが少なくて困るよなぁ……
飛竜の方が墜としやすい割に賞金も高いから、ずっと飛竜だけ飛ばしてて欲しいぜ」
アルベルトが近頃のサタリード軍の動向に対して愚痴をこぼすと、アルバートは意外にもポジティブな考えを述べた。
「そう言うなアルベルト。
確かにあの隼共を狩るのは効率的なビジネスとは言えないが、足の遅い標的ばかり相手にしてると、いざ敵のジェット戦闘機と対峙した時に手を焼くようになる可能性もある。
それに、せっかくこのファントムⅡという機体に乗ってるんだ。
たまには景気良くサイドワインダーやスパローをぶっ放さなきゃ、息が詰まるんじゃないか?」
「ほう? お前にしちゃ珍しく、随分とポジティブな考え方だなアルバート。
そういう自己啓発本でも読んだのか?」
「まさか。 俺にそんな趣味は無い」
毎度の如く軽口を叩きながらミッションにあたる二人であったが、機体のレーダーに標的を捉えた際の反応速度は迅速そのものであった。
画面上に現れた計8つの輝点を注意深く見つめ、標的の方位、速度、高度などを正確に把握し、それを無線で報告した。
「こちらリーパー1、レーダーコンタクト、敵の編隊を捕捉した。
方位088、高度9000m、速度940km/h、向きはホット(正面)。
直前に友軍機から入った情報からして、奴らはターゲットであるメテオファルコンと見て間違い無いだろう。
8羽のV字編隊でこちらへ向かってくる」
「リーパー2、了解。
奴らは速い、ガルターレス軍の軍用機も何機か撃墜されてるって話だ。
ミイラ取りがミイラに――チキン売りがチキンになっちまわないよう、注意しないとな」
アルベルトのそのジョークが気に入ったのか、アルバートは無線越しに声を上げて笑い、アルベルトのセンスを褒めた。
「良いセンスだなアルベルト、久々にお前のジョークで笑えたぜ。
それなら、どっちが先に黒焦げのチキンになるか……音速のチキンレースと行こうじゃないか」
「あ、あぁ……そうだな。
チキンレースの意味が少し違う気もするが……まぁ要はいつも通り、敵を墜とすだけ墜として帰る、それだけの話って訳だ」
「そういう事だ。
さぁ、始めるぞ」
「ウィルコ」
蒼炎を身に纏う隼共を調理するべく、2機はアフターバーナーを炊いて増速し、メテオファルコンの編隊に急速接近。
音の壁を打ち破り、スーパーソニックに到達しても尚、機体は留まる事なく増速を続け、4本の槍と矢を抱えながらターゲットに段々と迫っていく……
そしてアルバートが編隊の内の1羽にスパローの回避不能距離にまで接近すると、単一目標追跡モードでレーダー照射を行い、ターゲットロック。
およそ3000mもの高度有利を活かし、速度を乗せた状態で胴体下に積んでいる白い騎槍を撃ち放った。
「リーパー1、FOX-1!」
セミアクティブレーダーホーミング方式の空対空ミサイルを発射する際の識別コード“FOX-1”のコールが発せられると同時に、宙に放られたミサイルのロケットモーターが点火、燃え盛る火炎を噴き出すミサイルが白煙を帯びながら飛翔した。
降下の勢いを得てマッハ1を軽々と突破し、デュアル推進のロケットエンジンがものの数秒で最高速度であるマッハ4を叩き出す。
ミサイルの固体ロケット燃料が空になってエンジンが燃焼を止める頃には、既に標的の数kmの所まで接近しており、その白い騎槍の穂先は獲物に対して精確に向けられていた。
生命の危機を察知した標的が必死に回避機動をとって運命に抗おうとしたが、その残酷な運命から逃れる事は叶わず、冷たく輝く爆風と硬い金属片が彼を殺した。
「スプラッシュワン! 一羽撃墜だ!」
レーダー画面に映っていた輝点の一つが、消失を意味するグリーンのクロスに変わった事を確認すると、アルバートは間髪入れずに次の目標へとレーダー照射。
ロックオンが完了すると、腹に抱えた超音速のランスを再び放ち、ターゲットに機首を向けたままレーダーによる誘導を行った。
母機からの誘導を受けたスパローが2羽目に対して容赦無く襲い掛かり、凍結魔法が充填された弾頭の近接信管が標的の零距離で作動。
身体を覆う炎を消火されると共に、左翼を切り裂かれた魔の猛禽が地上に向かって墜ちていった。
一方のアルベルトも既にスパローを用いて1羽墜としており、たった今2羽目をロックしてミサイルを発射する所であった。
「リーパー2、FOX-1!」
編隊右端のターゲットを狙ってミサイルを発射し、白煙を帯びながら飛翔するミサイルを母機からのレーダー照射によって誘導し続ける……
2発目も見事命中し、マッハ4のAIM-7が哀れな獲物の胴を貫いた刹那、その蒼炎に包まれた肉体が爆音と共に破裂し、散り散りになった羽根と肉片が空中を漂った。
「スプラッシュツー・ターゲット!
やっぱり敵の視界外からミサイルをブチかますのはいつだって爽快だな!」
アルベルトが操縦席で一人ガッツポーズを取り『フゥー!』と歓喜の声を上げた。
「俺とお前で計4羽撃墜か、上出来だな。
だが、視界外から一方的にミサイルを撃てるのはここまでだな。
間もなくスパローの最小発射可能距離を通過する」
「そうみたいだな。
奴らの火球は一発でも直撃すれば致命傷になる、気を抜くなよ」
「ああ、分かってる」
メテオファルコンに対してスパローが発射不可能な距離まで接近した2機は、ヘッドオンを回避する為アルバートは右に、アルベルトは左にそれぞれ急旋回し、背後に回り込む形で格闘戦を仕掛けた。
標的が編隊を解いて散開したのを確認したアルバートは、機体の翼下に吊るしている赤外線誘導式の白羽の矢――AIM-9Lサイドワインダーを携え、隼共を狩り尽くすべくスロットルレバーを倒したのだった……
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