第20話 闇夜の毒牙
ウィリアムはイリアの援護を受けながら、下方に広がる市街地の様子を、高性能双眼鏡を用いて偵察していた。
辺りはすっかり夜の闇に染まっており、双眼鏡の暗視機能を使用しなければ索敵は困難であった。
そこそこ高い金を出した甲斐があったなと、そう心の中で呟きながら、ウィリアムは地形や敵の数、警備が厳重な箇所や、逆に手薄になっている箇所、そして各敵の巡回ルートなどの、潜入に必要な様々な情報を頭に入れた。
そしてそれらの情報から、潜入に最適なルートを割り出し、持参してきた地図にそのルートを記入した。
地図に書かれたルートを見たイリアは、感心した様子で頷き、潜入ルートを把握した。
「このルートで潜入するのが、一番接敵回数が少なくて済む筈だ。
まぁ、接敵ゼロというのは難しいだろうが、少なくとも殺される危険は減らせる」
「少しでもリスクを少なく出来るなら、それで上々さ。
いくらステルスミッションとはいえ、殺生をせずに済む任務なんて、私らには到底回って来ないだろうからね。
その為のナイフ、その為のサブソニックさ」
「ああ、そうだな。
ミッションを邪魔する奴には、毒牙の餌食になって貰うとしよう」
小声の会話を終えると、二人は音を立てないよう慎重に斜面を下り、林の中を抜けていった……
二人はウィリアムが先導し、それにイリアが随伴する形で市街地へと潜入し、ターゲットの破壊を目指して慎重に進んだ。
足音で敵に気付かれてしまわないように、忍び足で住宅地の中を一歩一歩着実に前進していく……
するとその道中、ウィリアムが住宅街の曲がり角から先の様子をそっと窺うと、1体のハイゴブリンがこちらへ向かって来るのが視認出来た。
このままでは鉢合わせになると思ったウィリアムは、一番近くにある家屋に隠れるようイリアに合図した。
二人は家屋の窓から室内の様子を覗き込み、中に誰も居ない事を確認すると、素早く家屋の扉を開けて、室内へと音も無く入った。
そして敵の目から逃れられそうな箇所に隠れ、敵が通り過ぎ去るのを待った。
だが、二人の願いとは裏腹に、ハイゴブリンは二人が隠れている家屋を通り過ぎず、逆に凝視し始めた。
音を聞いた訳でも、何か痕跡を発見した訳でも無く、何の根拠の無いただの“違和感”を感じて、ハイゴブリンは家屋を注意深く観察しているのだが、その“違和感”こそが二人の天敵であった。
「まぁ無いとは思うが、一応確かめてみるか……」
不幸な事に、ハイゴブリンは自身の違和感に従って、玄関の扉を開けて家屋の中へと入って来た。
最悪だ、と二人は心の中で呟いた。
ハイゴブリンはウィリアムの隠れている階段下の部屋を通り過ぎて、1階奥のダイニングへ向かった。
ウィリアムはその隙を見計らい、階段下の部屋の扉を音を立てないようそっと開けて、背後からハイゴブリンに毒蛇の如く静かに忍び寄った。
ウィリアムがハイゴブリンに掴み掛かった刹那、ハイゴブリンの首の骨がボキリという音を立てて折れ、絶命した。
ウィリアムは急いで階段下の部屋にハイゴブリンの死体とロングスピアを隠し、部屋の扉を静かに閉めた。
「後々の事を考えると、ここで死体を消滅させられる程魔力に余裕は無い。
早々にこの場を去るぞ」
「分かった、先を急ごう」
そう言って二人は家屋の玄関まで音を立てずに移動した後、周囲の安全を十分に確認してから家屋の外に出た。
そして万が一敵の死体が発見された事を考え、慎重さを少し犠牲にして急ぎ足で先へ進んでいった。
二人は先程の箇所からおよそ3km前進し、サタリード軍の攻撃によって荒れ果てた夜の市街を、依然として進み続けていた。
先程のハイゴブリンとの接敵以降、二人はどうにか敵と接触せずにここまで来る事が出来たが、念波塔に近付くにつれて警備は段々と厳重になっており、ミッションは厳しさを増しつつあった。
この付近にもなると、ハイゴブリン、ウェアウルフソルジャー、ボルトリザード、ソードスネーク(コブラの頭を持つ蛇人剣士)やグールなどの魔物だけでなく、AKシリーズのアサルトライフルやUZIサブマシンガンなどで武装したSWの兵士なども見かけるようになっており、今回のターゲットが敵にとってどれ程重要かを改めて思い知らされた。
「だから! 何度言えば分かるんだこのポンコツ人狼!
これじゃフルオートじゃなくてセーフになっちまうだろ! セーフの状態では射撃は出来ねぇって言ってんだろうが!」
二人が市街を進んでいる最中、ドラム缶で作った簡易的な薪ストーブの側で暖を取っていたSWの兵士が、一体のウェアウルフソルジャーに対して怒鳴った。
「いや、そうは言われてもよ……
この“セーフティレバー”で良いのか? これを上じゃなくて下に動かしちまったら、その……“セミオート”っていう状態になっちまうんだろ?
フルオートで撃てるようにするには、どうしたら良いんだ?」
人間と魔物の異例の会話に関心を持ったウィリアムとイリアは、何やら物分りの悪い異世界の魔物に対して苛立っているSWの兵士と、未知のテクノロジーを前に頭を悩ませているウェアウルフソルジャーのやりとりを、建物の影からそっと観察する事にした。
「良いか! この説明をするのはこれでもう6回目だ!
耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!
まず初めに言いたいことは、お前はセーフティを動かす時に力を入れ過ぎているって事だ。
このAK-47という軍用自動小銃は、セーフティを銃の排莢口の位置に持っていくと、引き金にロックが掛かって、“セーフ”の状態になる。
つまり、これでは撃てない。
ここまでは分かるな?」
「お、おう……何となくだがな……」
「宜しい。 では次だ。
銃をこの“セーフ”の状態から射撃可能な状態にするには、セーフティを下方向に動かさなきゃならねぇ。
まず一番オーソドックスな射撃モードは、セーフティを二段下に動かす事によって切り替え可能な“セミオート”だ。
セミオートってのはセミオートマチック、つまり半自動式の事で、引き金を一回引くごとに弾丸の発射と空薬莢の排莢、そして薬室への次弾の装填の三動作を半自動で行ってくれるというものだ。
アサルトライフルの場合、基本的にはこのセミオートを主体に戦う事になるな」
「なるほど。
俺には仕組みはよく分からんが、便利そうで良いな。
で、何度も聞くようで済まねぇが、連続で撃てる“フルオート”にするには、どうしたら良い?」
その質問を受けた直後、SWの兵士は苛立ちのこもった大きな溜息をついて、近代兵器の理解に乏しいウェアウルフソルジャーに仕方無さそうに説明した。
「……ああ、分かった。
しっかり丁寧に説明するから、良く聞いとけよ?」
「ああ、良く聞くとも」
「宜しい。 では説明するとしよう。
このAK-47でフルオート、つまり機関銃の様に引き金を引き続けるだけで連続発射が出来るようにする為には、セーフティをセーフからフルオートなら一段だけ下に、セミオートからフルオートなら一段だけ上に動かすんだ。
この時、あまり力を入れ過ぎずに、落ち着いて確実に操作する事がコツだ。
最も、このAK-47のセーフティは、他のアサルトライフルに比べ固くてやや動かしにくいから、“人間であれば”そんな事は滅多に起きるもんじゃねぇけどな」
「なるほど。
あまり力を入れ過ぎず、丁寧かつ確実に操作すれば良いのか。
……やってみても良いか?」
「ああ、どうぞ」
兵士からAK-47を手渡されたサタリード軍のウェアウルフソルジャーは、兵士に言われた通りAKのセーフティを動かし始めた。
一回目はやはり力加減が上手く行かず、セーフからセミオートへ、セミオートからセーフの状態になってしまっていたが、指先の力を少し緩めてセーフティを動かしてみると、セーフティがフルオートの箇所で止まった。
「うお! やった! 出来たぞ!
ほら見てくれ! お前の言う“フルオート”になったぞ!」
ウェアウルフソルジャーが、まるで初めて自転車を漕ぐ事に成功した子供の様にはしゃぎ、それにつられて兵士も笑みを浮かべた。
「ほう、所詮は魔物かと思ったが、やればできるじゃないか。
何だか、軍に居た頃を少し思い出したよ……」
未知の武器の扱い方を一つ覚えて歓喜する1体の人狼と、そのすぐ横で呆れながらも微笑ましそうに笑う、SWの兵士。
その何とも不思議で異様な光景は、二人の眼に焼き付き、人間と魔物の関係は、殺し殺され、支配し支配されるだけでは無いのだろうなと、二人は感じ取った。
しかし、だからといって今回の任務を最後まで遂行する決意が揺らぐような、ウィリアムとイリアでは無かった。
正義と不義、善と悪、そして大義名分などと言った、プライド以外の全てを棄て去り、傭兵という道を選択した二人に、任務を最後まで遂行する以外の選択肢は、端から無いのである。
「少し長居し過ぎた、行くぞ」
「ああ」
二人は何事も無かったかのようにその場から音も無く離れ、ターゲットの破壊に向けて先を急いだ……
ウィリアムとイリアが念波塔の周囲半径600m以内まで近付くと、そこは先程までの住宅や商店などが立ち並ぶ市街地から、まるで異世界の一部が切り取られたかのような、全くの別世界が広がっていた。
青々とした草花が生い茂り、高さ4〜5m程の木が所々に生えているその草原は、じっくりと観察しなくとも、この世界とは別の世界のものだとはっきり認識出来るものであった。
「正に別世界、別次元って感じの空間が広がってるな……
どうやら連中が向こうの世界から召喚したという話も、嘘では無さそうだ」
「そうだね。
ついでに、奴らの本拠地を簡単にぶっ飛ばせるような、伝説の武器が入った宝箱なんかも召喚されてたら良かったんだけどね……
仮に私らの手では使いこなせなくとも、売れば間違い無く金になりそうだし」
イリアのそんなぶっ飛んだジョークに対して、ウィリアムが苦笑いしながら冷静な指摘をした。
「仮に見つけたとしても止めておけイリア。
そんな物騒な武器が、俺やお前を含めたこの世界の人間の手なんかに渡ったら、その武器を巡って二度目の世界大戦が、いや、下手をすれば人類最終戦争すら起こり得るかもしれないぞ。
『触らぬ神に祟りなし』って奴だ、関わらない方が身の為だろう。
最も今となっては、この世界で神を信仰してる人間自体、少数派だけどな……」
するとイリアは、その冷静な指摘に対してクスクスと笑いながらこう返答した。
「分かってるさウィリアム、言ってみただけだよ。
それに、そんなイカれた武器なんかが発見されたでもしたら、私ら傭兵は“商売上がったり”なんて次元じゃ済まないだろうからね……」
敵の警備と監視を幾度と無く潜り抜け、ウィリアムとイリアの二人は、遂に今回のターゲットであるフォースフィールド発生装置の1つ目がある場所へ辿り着く事が出来た。
塔から見て南東に設置されているこの装置には、警備としてソードスネークが3体と、AKを装備したSWの兵士が二人配置されていた。
「ウィリアム、あの装置にC4を仕掛けて来るから、援護を頼める?」
「ああ、分かってる。 任せろ」
「頼んだよ」
イリアは茂みに身を潜めながら、足音を立てず慎重にターゲットへと接近を始め、ウィリアムは木陰からイリアの進路上に存在する敵の排除を行った。
よほどの上位種族でも無い限りは、魔物よりも銃火器を装備した人間の方が、基本的に厄介である事を知っているウィリアムは、辺りを眠たそうにうろつくソードスネークでは無く、SWの兵士を優先して狙った。
幸いな事に、二人の兵士は互いの方を向いておらず、別々の方向の警戒にあたっていたので、ウィリアムはサプレッサーとサブソニック弾によって消音性能を高めたAK-74Mで、一人目の頭を正確に狙い、そしてトリガーを引いた。
5.45mmのライフル弾が一人目の頭蓋を貫くと共に、真っ赤な鮮血が周囲の草花を染色し、頭を撃ち抜かれた一人の男がその場に音を立てて倒れ込んだ。
ウィリアムは間髪入れずに二人目に照準を合わせ、味方が倒れたガサッという音に気付いた二人目が、振り向いてその屍を視認した瞬間に射撃を行った。
仲間の死に気付き、声を発しようとしたその前に弾丸が彼の大脳に到達し、頭部を粉砕された二人目は膝から崩れ落ちて倒れ、自分と仲間が誰に殺されたかも知らずに死んだ。
ウィリアムが二人の兵士を排除したのを確認したイリアは、装置の最付近で明後日の方向を向いてボーッとしているソードスネークに背後から忍び寄り、まるで熟達の忍かの如く静かに飛び掛かった。
刹那、彼女はソードスネークの喉元にナイフを深く突き立て、その鋼鉄の毒牙をもって標的を屠った。
「闇夜に紛れ、異界からやって来たコブラに、毒牙を突き立て殺す地獄のヴァイパーか……
絵になるな」
ソードスネークをナイフで刺殺するイリアに対して、木陰で一人そう呟くウィリアムは、残りの2体の内彼から見て1時の方向に居る1体を、いつでも射殺出来るように狙いを定めた。
その間、イリアは1つ目のターゲットにC4プラスチック爆薬を設置。
これでこのクソみたいな装置を完璧にへし折る事が出来ると、冷たい笑みを浮かべてから、彼女は木陰に隠れているウィリアムに設置完了の合図を送った。
イリアからの合図を確認したウィリアムは、殺害した敵の死体が発見されるのを遅らせる為に、予め照準を合わせておいた、残り2体の内1体のソードスネークに向けて1発発砲。
亜音速のライフル弾が顎辺りに命中したものの、脳に見事直撃させる事は出来なかった。
それでも人間であれば十分致命傷になりうる一撃であったが、人間よりも生命力の高い彼らの場合は、そう都合良くはいかない。
悲痛な叫びを上げながら大量の血を流す標的に対し、ウィリアムは咄嗟に頭の中心部分を照準に捉え、二度目の射撃を行い、熱く硬い金属の弾が蛇人の脳を破壊した。
1体目を完全に絶命させる事に成功したが、先程仕留め損ねた際にその叫び声を仲間に聞かれてしまい、2体目にこちらの存在を悟られてしまった。
畜生! とウィリアムは心の中で叫んだ。
仲間を目の前で撃ち殺され、尋常では無い程の死の恐怖に襲われたソードスネークは、剣を引き抜いて襲ってくるというウィリアムの予測とは裏腹に、一番近くに合った木の後ろに身を隠した。
目撃者である奴に生きていられては、自身とイリアの命が危ういと危機感を抱いたウィリアムは、木に隠れたソードスネークを攻撃可能な位置に移動しようとした。
しかし、ウィリアムが走り出したと同時に、ターゲットの装置付近に展開していたイリアが、木陰に隠れていたソードスネークを射殺した。
AS VALの銃口から発射された2発の9×39mm弾が、首と頭にそれぞれ直撃し、イリアは死に怯えていた蛇人を、死をもってその恐怖から解放した。
これで装置の守備にあたっていた守り人達は全滅し、黒く不気味なその柱の周囲には、人と魔物の骸、主を失った武具、そして樹木と草花だけが残った。
「今ので片付いたみたいだね。
証人はゼロって訳だ、少なくとも生きてる証人はね」
「イリア……」
1つ目のターゲットに、プラスチック爆薬の設置を終えたイリアがウィリアムの元へ駆け寄って来た。
ウィリアムは先程、自分が警備の1体を一撃で仕留められず、その結果イリアに余計な手間を掛けさせてしまった事を申し訳無く思い、彼女に謝罪した。
「どうしたのウィリアム? 何やら顔色が悪いみたいだけど……」
「いや、別に体調不良という訳では無いんだ。
ただ、先程俺が奴の頭部に直撃させれ無かったせいで、余計な手間を掛けさせてしまったと思ってな……
済まない、イリア」
ウィリアムからの思わぬ謝罪に少し戸惑いを覚えつつも、イリアはウィリアムの手に肩を置いて、こう言った。
「もう少し相方を頼ったらどうだいウィリアム?
アンタの援護があったから、私はターゲットに無傷でC4を仕掛ける事が出来たんだからさ。
次も援護頼んだよ、“相棒”」
それは、ウィリアムにとっては思いもよらない言葉であった。
イリアとは共に傭兵稼業を続けてもう2年近くにもなるが、“相棒”という呼び方をされたのはこれが初めてだった。
動揺しつつも、やはりコイツは頼りになる、信頼出来る存在だと改めて認識したウィリアムは、優しく微笑して言った。
「ああ、任せてくれ。
次は外さんさ、絶対にな。
……が、万が一という事もある。 この次はお前にもう少し多く殺して貰おう」
「了解、それまで牙を磨いておくとするよ。
それじゃ、先を急ぐとしようか。
ミッションがミッションだ、のんびりはしてられない」
「そうだな、行こう」
不気味な夜の戦場を這い、無数の敵の目を避けながら、蛇は獲物に毒牙を突き立てる。
ウィリアムとイリア、年若い少年と少女の“青春”は、今日も血と硝煙に塗れていた……
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