第17話 希望の闇

 夜22時、基地のブリーフィングルームでは、今度実施される作戦についてブリーフィングが行われていた。

 夜遅くのブリーフィングルームでトーマスの説明を受けている者は、ウィリアムとイリアの二人のみだった。



「ウィリアム、イリア、二人ともよく聞いてくれ。

事前に伝えたとは思うが、今回の作戦はお前達二人だけでやってもらう」


 トーマスの緊迫した様子から、ウィリアムとイリアは今回の依頼がどれほど危険なミッションなのかを察した。

 だが一度依頼を受けると決めた以上、後戻りはしない。

 それが二人の“傭兵としての流儀”だからだ。



「作戦の詳細について説明する。

今回のクライアントは、アルティミール国防軍。

そしてターゲットは、サタリードの占領地域であるガルターレス東部ガディークの市街地に設置された、サタリード軍の運用する“念波塔”だ」


「念波塔だと? 何だそいつは?」

 ウィリアムが顔をしかめて尋ねた。


「順を追って説明しよう。


サタリード軍はこれまで、無線機の代用品として、テレパシー機能を持つ通信用水晶を使用し、報告や命令伝達を行ってきた。


連中のその努力を台無しにするべく、国連軍は強力な念波妨害能力を有する電子戦機を各地の戦闘空域に投入し、ジャミングによって敵部隊同士の連携を困難にするという作戦を実行した。

その結果、サタリード軍の情報伝達機能に大きな打撃を与える事に成功し、国連軍地上部隊は地上戦を比較的有利に進めてきた。


しかし連中、俺達には想像もつかないような事をやりやがった……」

 トーマスが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「一体どうしたのさ?

まさか、魔王の超魔法で、電子戦機が全機撃墜されたなんて言うんじゃ無いだろうね?」


 イリアが冗談半分でそう言うと、隣に座っているウィリアムが、イリアに対して白けた視線を送った。


「……いや、ガルターレスでの国連軍の電子戦機の損失は、現在の所は確認されていない。

しかし、今回連中が使った手は、ガルターレスの空で念波妨害を行っている、電子戦機の搭乗員達の努力を、一瞬にして無にする程のものだ。

そういった意味では、“超魔法”と表現しても、決して大袈裟では無いだろう」


 トーマスがそう言うと、ウィリアムとイリアの表情が先程よりも険しくなり、ブリーフィングルーム内の緊張が更に高まった。



「国連軍が念波塔の存在を認知したのは、2週間程前にガルターレス軍が、ガディークの市街地で超高出力の魔力反応を確認した直後の事だった。

ガルターレス軍からの情報を受け取ったアルティミール軍は、すぐさま魔力反応が確認された地点に偵察衛星を飛ばし、写真撮影及び画像の解析を行った。

するとそこには、昨日までは無かった筈の、黒い塔の様なものがあったそうだ。


国連軍はその黒い塔の正体を確かめる為、UAV(無人航空機)による航空偵察を行い、どんな機能を持った施設なのか、詳しく分析した。

そして分析の結果あの塔は、こちらの干渉を一切受け付けずに、送信元からのテレパシーを中継し、より遠距離の送信対象にテレパシーの送信が可能となる、テレパシーの中継施設であることが判明した。


国連軍はこの施設を“念波塔”と呼称し、現在はガルターレス戦線における重大な脅威の一つとして認識しているそうだ」


 にわかには信じ難い説明をトーマスから受けた二人は、コイツは面倒だなと言わんばかりに顔をしかめた。


「傍受も妨害も不可能な通信施設か、厄介極まりないな……

しかも、俺達の方に仕事が回ってきたと言うことは、恐らく爆撃やミサイル攻撃での施設破壊は不可能という事だろう。

まるで悪夢みたいだな、コイツは……」

 ウィリアムが大きな溜息をついて言った。


「まぁ、そういう事だろうね。

ミサイルや爆弾では破壊出来ないほど頑丈か、戦闘機もミサイルも近付けない位の対空兵器を備えているか、あるいは前回のレーダー基地の時みたいに、フォースフィールドなどの高度な防御手段を有しているか……

理由は何であれアルティミール軍は、私らを敵地の奥深くに潜り込ませるつもりみたいだね」


 二人の見事な考察にトーマスは感心し、思わず何度か頷いた。

「今日は一段と冴えてるな二人共。

念波塔には、その周囲を取り囲む様に6つのフォースフィールド発生装置が設置されており、敵襲が伝えられると装置を作動させ、塔の周囲に極めて強固なフォースフィールドを展開するという方法で、こちらの空爆から塔を守っている。


アルティミール軍は特殊部隊を空挺降下によって塔周辺に潜入させ、6つの装置を破壊する作戦を発案したが、敵の監視を潜り抜ける為には、凄腕の傭兵によるごく少人数での潜入が望ましいと考え、お前達二人を直々に指名して来た」



 たった二人で敵地に空挺降下し、敵の防御システムを破壊する。

 気が狂ってるとしか思えない無茶な作戦であったが、その無茶をこなすのが傭兵である自分達の仕事だと、二人は自分に言い聞かせた。


 一瞬間を置いて、ウィリアムがトーマスに言った。

「トーマス、そのフォースフィールド発生装置の、詳細な特徴を教えてくれるか?」


「ああ。

塔防衛の要であるフォースフィールド発生装置は、幅50cm、高さ3mの黒い石碑の様な外見をしており、その魔力は塔から地下の魔力回路を通じて直接供給されている。


装置の数が6つなのは、六芒星を形成するような形で装置を設置することにより、少ない魔力で高出力のフォースフィールドを展開出来るようにするためだと、アルティミール軍は分析している。

しかしそれは、魔力量さえ足りれば、装置一つでもフォースフィールドを展開可能という事だ。


必ず6つ全ての装置を破壊するように」


 聞けば聞くほど嫌な情報が出てくるこの状況に少しうんざりしつつ、イリアがトーマスに質問をした。

「その装置の耐久性はどうなってるの?

あと、装置の位置が、塔からどのくらい離れているかも知っておきたい。

それと、警備の数についてもね」


 一度に3つの質問をしてきたイリアに対し、トーマスは丁寧な説明を行った。

「1つずつ説明しよう。


まず耐久性についてだが、銃器や鈍器での破壊は、困難を極める。

C4などの爆薬による破壊が望ましいだろう。 


次に装置の位置についてだが、各装置は塔から約400m離れた箇所に、それぞれ北、北東、南東、南、南西、北西の方角に設置されており、巨大な正六角形を形成している。

その為、塔の周辺まで無事たどり着ければ、装置の発見はそう難しくは無いだろう。


最後に警備についてだが、連中にとっても簡単に侵入を許せる施設では無いらしく、塔の周囲は多数の魔物によって守られており、更にSWのテロリストも警備に加わっている。

敵との接触は極力避け、万が一敵と接触した際は、可能な限り素早く沈黙させる事が、重要なミッションとなるだろう」


 それを聞いたウィリアムは、顎に手を当てながら言った。

「今回は前回のレーダー基地の時とは違って、完全なステルスミッションという事だな。

そうなると、必然的に消音性能の高い装備が求められるな」

「その通りだ、ウィリアム。

今回の作戦は敵の殲滅や拠点の制圧などでは無く、あくまで装置の破壊だ。

使用する銃火器にはサプレッサーを装備し、使用弾薬には亜音速弾を用いなければ、任務達成は極めて困難となる。

サプレッサーと亜音速弾を忘れるな」



 トーマスは二人から質問が来なくなったのを確認し、今作戦の全体の概要についての説明に入った。


「よし、それでは作戦の概要について説明する。


まずお前達二人は、当基地からヘリで飛び立ち、ガルターレス北部ドゥールスに設置された、アルティミール国防空軍の飛行場に向かう。

そこでアルティミール空軍の輸送機、C-130Jスーパーハーキュリーズに搭乗し、飛行場から発進してガディーク上空へと向かい、住宅地から離れた林の中ヘHALO(ヘイロー 高高度降下低高度開傘)降下を行う。


降下後は敵との接触を避けつつ市街地へと潜入し、塔の方へ向かう。

その後、全ての装置を破壊し、フォースフィールドを展開不能にさせた後、アルティミール空軍から支給された対空無線機を使用し、ガディーク上空を飛行中のAWACSにコールせよ。


お前達からのコールを受け取った後アルティミール空軍は、レーザー誘導爆弾“ペイブウェイ”を搭載した、戦闘爆撃機F-15Eストライクイーグルを直ちにガディークに向かわせ、無防備になった念波塔を爆撃し、塔を連中の“希望”ごと破壊する。


作戦成功後はフルトン回収システムを用いて、お前達二人を輸送機で回収し、そのまま飛行場ヘ帰投するという流れだ」



 高空を飛ぶ輸送機から降下し、自由降下傘を用いて敵地に降り立つHALO降下は、主に特殊部隊などが、少数で敵地への潜入を行う為の手法の一つである。

 ウィリアムとイリアはエージェントを辞めて傭兵になって以来、HALO降下を行う機会は全く無かった為、今回の作戦では、二人が初めてアルティミールの武装エージェントとしてでは無く、民間の傭兵として、HALO降下を行う事になる。


 二人は久しぶりに、心の奥底にある闘魂が燃え上がり、全身の血が滾るのを感じた。



 闘志を燃やす二人の様子を見たトーマスは、流石だなと思わず感心し、微笑を浮かべた。


「尚、分かっているとは思うが、フルトン回収の際は、周囲の安全を十分確保してから回収を行う。

間違っても、敵に狙われているような状況で、フルトン回収装置を起動させたりはするなよ。


そして今回の成功報酬についてだが……一人、約25万ルード。

非常に危険は伴うが、民間傭兵が一度のミッション報酬として受け取る額としては、破格の額だ。

今回の依頼は、悪く無いビジネスだと思うぞ」


 25万という報酬額を耳にすれば、大抵の民間傭兵ならば、喜々として作戦に参加するか、恐れ慄いて辞退するかのどちらかである。

 だがウィリアムとイリアの二人は、一切平静さを失う事無く、淡々とした口調で作戦の参加を申し出た。


「そうだな、その内容で25万なら、悪く無いビジネスと言えるだろう。

俺はこの作戦に参加させて貰う」

「左に同じく。

報酬も良いし、何より私好みのミッションだ。

拒否する理由が無いね」



 二人の返答を聞いたトーマスは、内心では二人が作戦に参加することを分かってはいたものの、二人のあまりの迷いの無さに、トーマスは少し驚いた。


「……そう言うと思ったよウィリアム、イリア。

ドゥールスへの出発は2日後だ、二人共決して準備を怠らないように。

それでは、ブリーフィングを終了する」


 トーマスの号令と共にブリーフィングが終了すると、ウィリアムとイリアは席を立ち、ブリーフィングルームを退出していった。




 二人が出ていった後、トーマスはスクリーンの前で腕を組み、一人考え事を始めた。


「あらゆる妨害を無視して、より長距離の味方部隊にテレパシーを送信することが可能となる、テレパシー通信の中継施設、念波塔……

だが念波塔が設置されたことによって、部隊同士の連携や情報伝達がいかに綿密になったとしても、この戦局を大きく変える程までには至らないという事は、恐らく連中も承知の筈だ。

連中には何か、もっと大きな企みがあるに違い無い……だが、一体何を企んでいるんだ……?」



 ウィリアムとイリア、二人の傭兵としての腕に対して、絶対的とも言える程の強い信頼を置くトーマスは、今回の作戦自体は成功するだろうと思っていた。

 だが彼は、魔王軍が腹の底で何を企んでいるかがまるで分からず、その胸の中に、得体の知れないものに対する不安と恐怖を、人知れず抱いていた……

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