第18話 HALO

 ガルターレス共和国の北部ドゥールス県に設置されている、アルティミール空軍の飛行場を目指して、高度2800mを270km/hの速度で飛行する、武骨なフォルムをした大型の戦闘ヘリコプター、Mi-35ハインド。


 溶岩が煮えたぎる灼熱の地獄の底を這う黒いクサリヘビという、何とも禍々しいエンブレムが胴体に描かれたその機体は、民間傭兵チーム“ヘルヴァイパーズ”の所属機だった。

 ヴァイパー02というコールサインで呼ばれるその機には、今回の作戦において重役を担っている二人の傭兵、ウィリアムとイリアが搭乗していた。



 ハインドの円形状の窓から外の風景を眺めていたウィリアムに、イリアが話し掛けた。


「ねぇウィリアム、今回爆撃を担当するストライクイーグルの搭乗員は、どんな連中だと思う?」

「さぁな、腕の良い連中であることを祈るが……」

「同感だね。

まぁ、仮にも重要目標の爆撃を任せられたような奴らなんだし、それなりに腕のある飛行隊だと思うけどね」

「だと良いんだがな」


「爆撃担当が“天空の竜王”とかだったら、心配には及ばかなったんだけどね」


 イリアがその名を口にすると、ウィリアムが苦笑を浮かべて言った。

「確かに、彼なら旧式機のファントムⅡから無誘導爆弾を投下しても、難なくターゲットに直撃させそうだな。

だが国防軍の連中としては、何でもかんでも傭兵頼みというのは、面白く無いんだろう。

それに、F-15Eは高い対地攻撃能力を有する、優れた戦闘爆撃機だ。

それなりに腕の良いパイロットが精密爆撃を行えば、あの塔の破壊はそう難しくは無い筈だ」


「まぁそれも、私らがあの忌々しい装置をぶっ壊さなきゃ、話にならないんだけどね……」

「そうだな。

だから空軍の連中が塔を爆撃出来るように、俺達が6つ全ての装置を破壊しなければ、今回の作戦は失敗する」

 ウィリアムが険しい顔をして言った。


「頼むぜ二人共。

チームの株を上げる為にも、今回のミッションもしっかりとこなして来てくれ」

 ヴァイパー02のパイロットが二人に言った。


「それと、必ず生きて帰って来いよ。

念波塔破壊のミッションさえ達成すれば、国連軍の連中はそれで満足なのかもしれないが、チームにはお前らの帰りを待ってる奴らも少なく無いからな。

それに、戦場から帰還して報酬金を頂くまでが、傭兵稼業ってもんだ。 違うか?」


 ヘリガンナーにそう問われたイリアは、クスッと笑った後、自信に満ち溢れた返答をした。

「分かってるさ。

必ずミッションを完了させて、生きて帰って来てみせる」

「ああ、頼んだぜ」




 それからしばらくして、ウィリアムとイリアを乗せたヴァイパー02は、ドゥールスの飛行場に到着した。

 機体の降着装置を下ろしてから、基地の航空管制官の誘導に従ってゆっくりとヘリポートヘ下降し、特に何事も無く着陸した。


 ハインドの上下開閉扉が開き、ウィリアムとイリアの二人がヘリから降りると、基地司令官のリンカーン中佐が二人を出迎えた。

 ウィリアムとイリアはリンカーン中佐に対して挙手の敬礼を行い、リンカーン中佐も二人に敬礼を返した。


「民間傭兵チーム“ヘルヴァイパーズ”の二人だな?

私はここの基地司令をやっているアレックス・リンカーン、アルティミール国防空軍中佐だ。

参謀本部から話は聞いている、君達がそうなんだな」

「ええ。

この度、念波塔破壊作戦に参加する、ヘルヴァイパーズ所属のウィリアム・アンダーソンです。

どうぞよろしく」

「同じくヘルヴァイパーズ所属、イリア・イヴァノヴァです」


 リンカーン中佐は、ウィリアムとイリアの年齢不相応の面構えを見て、数え切れない程の修羅場を潜り抜けてきた事を察した。

「ふむ……二人の面構えを見る限り、その年齢では考えられないような修羅場を、幾度となく経験してきたようだな。

“凄腕の傭兵”という話も嘘では無さそうだが、それはこれから確かめるとしよう。


さて、そちらでも作戦の概要について説明を受けたとは思うが、これから二人には、当基地で改めてブリーフィングを受けてもらう。

ブリーフィングが終わったら、しばしの休息をとった後装備を整え、本日16時に君達を乗せたハーキュリーズが発進する手筈だ。


それでは、今からブリーフィングルームに二人を任案内する。

着いてきてくれ」


 ウィリアムとイリアはリンカーン中佐の案内を受け、飛行場の兵舎ヘ向かう中佐の後に同行した。




 二人が兵舎へと向かう途中、近くを歩きながら話している二人のパイロットの話し声が聞こえてきた。

 アルティミール国防空軍第427戦闘航空団所属“スピリット隊”の隊長とその僚機だった。


「隊長、先程の戦闘で遭遇した、ノーズに黒い竜が描かれたファントムⅡの事ですが……

あれは……本当に幻では無かったのでしょうか?

あんな飛び方をするファントムⅡなんて、見たことがありません」

「いや、間違い無くあれは現実だ。

だが、信じられないのも無理は無い……

俺達スピリット隊が、ガルターレス北東空域でメテオファルコン(超音速飛行を可能とする燃える隼)と高度9000mで空中戦を繰り広げていた最中に、俺達に加勢しに来たそいつが、メテオファルコンを次から次へと墜としていき……」

「結果、メテオファルコンの群れは、まさかの全滅。

本当に想定外の出来事でした……我々が先に戦って数を減らしていたとはいえ、まさかあの数のメテオファルコンを、単機で全滅させるなんて……

しかも、新鋭機であるF-35Aで戦った我々よりも、旧式のF-4Eで戦ったあのパイロットの方が、多くのメテオファルコンを撃墜しているようでした」


 ノーズに黒竜が描かれた、F-4EファントムⅡ。

 それを聞いたウィリアムの頭の中には、あの男の事しか思い浮かばなかった。


「隊長……あれは一体、何なのでしょうか?」

「さぁな。

きっと、凄腕の傭兵パイロットか何かだろう。

ガルターレス空軍に、あんな凄腕の戦闘機乗りが居るとは考えにくいしな」

「魔王軍じゃなくて良かったですね、我々」

「ああ、全くだ。

もし俺達が魔王軍の竜騎兵だったらと考えると、怖くて空になんざ上がれやしないだろうな」



 天空の竜王という二つ名を持つ最強の戦闘機パイロット、アルバート・ウィルソン。

 スピリット隊のパイロット達が、彼の話をしている今この瞬間も、彼はこのガルターレスの血染めの空を、大気を燃やしながら飛んでいるのだろうか……


 そんな事を考えながら、ウィリアムは自身の前方を歩くリンカーン中佐の後に続いた。






 ブリーフィング後のしばしの休息を終え、HALO降下用の装備を整えたウィリアムとイリアの二人は、大型輸送機C-130Jスーパーハーキュリーズの後部ハッチから機内へと搭乗した。


 4発のターボプロップエンジンから放たれる、魔獣の唸り声の様なエンジンノイズが、ウィリアムとイリアの闘志を燃え上がらせ、熱くなった血が全身の血管を駆け巡った。



 今回の二人の装備は、HALO降下用に自由降下傘と防寒装備、酸素マスクの他、腰にはやや小型のバックパックを装備し、ミッションに必要な様々な物がしまわれている。

 ウィリアムが空軍から支給された対空無線機も、このバックパックの中だ。


 武装はウィリアムがAK-74Mを、イリアがAS VALをそれぞれストックを折り畳んだ状態で脇に固定しており、またセカンダリウェポンとしてMk.23を右太腿のガンホルスターに備えている。


 また、今回はステルスミッションなので、元から消音機構が備わっているAS VAL以外は、マズルにサプレッサーを装着している他、小口径高速弾である5.45×39mmライフル弾を使用する、AK-74Mのボックスマガジンには、銃口初速を音速よりも遅くしたサブソニックタイプの5.45mmが詰められている。

 元々亜音速弾であるAS VALの9×39mm弾と、Mk.23の45.ACP弾は特に詰め替える必要は無いが、5.45mmの場合はサプレッサーの付いた状態で射撃しても、弾丸の音速突破によって大きな騒音が生じてしまう為、亜音速弾に詰め替える必要があるのだ。


 そして二人が愛用している深緑色のコンバットナイフは左胸に鞘が固定されており、咄嗟の時はすぐに鞘から引き抜いて、構えられるようにしている。



 二人が機内の座席に座りながら作戦の事について考えていると、ハーキュリーズの後部ハッチが閉まった。

 その後、機体各部の動作確認を行い、搭載された電子機器類に異常が無いことを確認してタクシー準備を整えると、ハーキュリーズの機長が管制塔に滑走路への移動許可を求めた。


「管制塔、こちらモスキート1。

機体の準備か整った、ランウェイヘの移動許可を要請する」

「モスキート1、こちら管制塔。

ランウェイへのタキシングを許可する」

「ラジャー、これよりタキシングする」


 許可が下りると、エンジン出力を僅かに上げて機体を前へと進ませ、コースに沿ってタキシングを始めた。



 モスキート1が滑走路まで辿り着くと、滑走路上に障害が無いことを確認した管制塔が、離陸許可を出した。


「モスキート1、こちら管制塔。

離陸を許可する」

「ラジャー、モスキート1離陸する」


 滑走路上で待機していたモスキート1が離陸を開始した。

 機長がスロットルレバーを前方に大きく倒すと、4発のレシプロエンジンから、超巨大な雀蜂の羽音の様な凄まじいノイズが発せられ、それらのエンジンが生み出す推進力が、鈍重な機体をぐんぐんと加速させていった。


 一定速度まで加速すると、副操縦士が操縦桿をゆっくりと引き、ハーキュリーズの巨大な機体が浮き上がった。



 モスキート1が滑走路から飛び立つ様子を、リンカーン中佐が険しい顔をしながら見守っていた。

 まだ20歳にも満たない若き傭兵が、今後の戦局を左右するほどの重要な任務を、見事達成するのを信じて……


「頼むぞ、若き傭兵達よ……」






 ドゥールスの飛行場から飛び立ったモスキート1は、ガディークの上空高度8200mを飛行していた。

 現在は降下予定時刻の20分前となっており、既にハーキュリーズの機内では減圧が開始されていた。


 それまである程度快適に過ごせた機内が、減圧が開始されたことによって、機内の温度と酸素分圧が徐々に下がっていき、ウィリアムとイリアもそれを自身の肌で感じた。



「二人共、降下まで約10分前だ。

酸素ホースを機体のコネクターに接続、マスク装着せよ」


 二人が装着の最終チェックを終えた直後、マスク装着の指示を受けた。

 指示通り、二人は酸素ホースを機体のコネクターに接続して酸素マスクを装着した。


 酸素マスクによって跳ね返って聞こえて来る、自身の呼吸音。

 久々に聞いたその懐かしい音は、昂りでは無く、安らぎに近いものを二人に与えてくれた。



「機内減圧完了。 酸素供給状態確認」


 減圧完了した機内は、防寒装備が無ければ凍え死んでしまいそうな位に気温が低く、また酸素も極めて薄かった。

 当然といえば当然だ。 現在輸送機が飛行している高度は、地表から8200mも離れている高高度なのだから。


「降下6分前、後部ハッチ開け!」


 ウィーンという独特な機械音と共にハーキュリーズの後部ハッチが開いた。

 外の光が機内に差し込んだ直後、風が怒号を上げているかの様な轟音と共に、高空の凍てつく寒風が機内に勢い良く吹き込み、機内の緊張感を一気に高めた。


 降下2分前になると、二人は『スタンドアップ』と起立指示を受けて座席から立ち上がり、降下1分前になると後部ハッチの手前辺りまで移動して、そのまま待機した。


「降下10秒前、スタンバイ!」

 降下10秒前を知らされ、二人は降下準備を万全に整えた。

 獲物を睨みつけるクサリヘビの様な鋭い眼をしながら、降下の合図を今か今かと待ち続ける……


 そして遂に、“その時”がやって来た。


「降下用意――5、4、3、2、1……

降下! 降下! 降下!」



 降下の合図と共に、ウィリアムとイリアは助走をつけてハッチから飛び出し、高高度を飛行する輸送機から降下した。


 降下した直後、二人は空気抵抗を減らす為頭を下にする姿勢をとり、身体を殴りつけるような氷点下の暴風を浴びながら、およそ300km/h程度まで増速した。


「よし、コースをそのまま維持しろ」

 無線での指示通り、ウィリアムとイリアは現在のコースを維持したまま降下を続けた。

 高性能の防寒装備を纏ったその身で、高空の大気を切り裂きながら、降下地点に向かって急降下していく……



 ある程度まで降下すると、今度は俯せの姿勢になって、全身で空気抵抗を受けながら200km/h程まで減速。

 その状態を以上したまま、風に流されないように注意しながら、目標地点を目指してスムーズに降下していった。


 高度3000――2000――1000と、高度は段々と下がっていき、パラシュートの開傘高度である高度500mに達する直前、無線機からパラシュート開傘の指示が来た。


「パラシュート開け!」


 上空高度500mで、ウィリアムとイリアはパラシュートを開き、自由降下傘を2年ぶりに扱うとは思えないような洗練された操縦で、目標地点へと滑空していった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る