第16話 蛇と死神

 ガルターレス共和国中部に位置する都市、マラーシャ。


 ガルターレスの主要都市の一つだが、時折SWが少人数の部隊を潜り込ませてテロを起こす為、県民特に都市部の住民は、日々テロの恐怖に怯えながら生活していた。


 また、都市と言っても裕福な訳では無く、公共施設やインフラはあちこち老朽化が進んでおり、構造物を一時的に補強する魔法を定期的にかけて、どうにか安全性を保っている現状であった。

 経済面も褒められたものではなく、労働者達は貧困に喘ぎ、資本家や事業家さえも、厳しさを増す経済状況に頭を悩ませていた。


 ガルターレス共和国は軍事国家、しかもそれが戦争中で自国の領土が侵攻されているとなれば、元から高い軍事費が更に増えるのも、働き盛りの若者が戦争に駆り出されるのも、必然と言って良い。

 各国からの援助により、飢餓に苦しむ人々は少しずつ減らせているものの、国民の所得が増える気配は一向に無かった。




 マラーシャ郊外のとある平原に、小さな航空基地が建てられていた。


 基地には比較的短い滑走路が1本あり、ハンガー(格納庫)の数は4つしか無い。

 航空基地としてはかなり小規模だったが、基地の規模の割に出撃回数が多い為、燃料庫と弾薬庫は大きめのサイズだった。



 基地の滑走路へ進入して来る、1機のF-4EファントムⅡ戦闘機。

 機首には黒竜のノーズアートが描かれ、垂直尾翼には民間傭兵チーム“スカイリーパーズ”のシンボルである夜空を漂う不気味な死神のエンブレムが、美しいオレンジの夕陽に照らされていた。


 本来複座戦闘機であるファントムⅡにただ一人搭乗している彼は、現在世界最強の傭兵パイロットと言われているアルバート・ウィルソンだ。

 ユージリア戦争におけるアルティミール国防空軍の撃墜王でもあり、ウィリアムの親戚でもある。



 アルバートは十分減速した後、ジェット旅客機でやったらクビにされてしまいそうな勢いで滑走路へ降下し、元空軍パイロットとは思えないような荒っぽい着陸を行った。

 まるで“制御された墜落”の如く、ドスンという振動と共にファントムⅡの頑丈なランディングギアが滑走路に着地した。


 機首を下げて前輪が地面に着くと、エンジン出力をゼロにし、展開していたエアブレーキに加えてホイールブレーキを使用。

 更にドラッグシュート(戦闘機の着陸時に使用するパラシュート)を展開し、ラダーを用いて機体が滑走路中央から外れないよう調整しつつ、ファントムⅡのやや大柄な機体を減速させた。

 機体はオーバーランすることなく、余裕のある滑走距離で無事停止し、アルバートは自分の格納庫へ向かってタクシー走行を開始した。




 格納庫に到着し、機体のエンジンを停止させたアルバートは、キャノピー(風防)を開けてヘルメットと酸素マスクを取り外した。

 整備兵によって掛けられた梯子を下り、格納庫の床に一人降り立った彼は、その全貌をあらわにした。


 性別男性、年齢22歳、身長191cm、髪は黒髪のハイフェード、目は茶色。

 厳格で凛々しい顔立ちと、長身で筋肉質な肉体は、彼の“天空の竜王”という異名に違わぬ風格を漂わせていた。



 アルバートが夕陽の淡いオレンジの光を浴びながら兵舎に向かって歩いていると、その道中で一人の女性が彼を出迎えてくれた。


 彼女の名はアイラ、スカイリーパーズ所属の傭兵パイロットだ。

 元アルティミール国防空軍の攻撃機乗りで、ユージリア戦争ではA-10CサンダーボルトⅡに搭乗して無数の敵地上軍を撃破し、アルバートなどと同様、戦争の英雄となった。

 世間からは世界最強のアタッカー、CAS(キャス 近接航空支援)クイーン、破壊の女神などと呼ばれている。


「お帰りアルバート、無事で何よりだわ。

今日も随分と荒っぽい着陸をかましたわね、すっかりファントムライダーの仲間入りじゃない」

 アイラが皮肉交じりに言った。


「アイラか、久しぶりに顔を見た気がするな。

ファントムⅡは元々艦載機でランディングギアが頑丈に作られている、俺はその性質を活用しているだけだ。

ところで、お前が基地でお出迎えだなんて、一体どういう風の吹き回しだ?」


 アルバートがそう尋ねると、アイラは軽い溜息をついて答えた。

「理由は二つ。

一つは、私はあまりここのチームの連中と面と向って話さないから、たまには顔を見せないとって思ったこと」

「そうか、それは良い心掛けだな。

それで、もう一つは?」


「もう一つは、リーダーが貴方に何やら話があるそうだから、それを伝える為。

私がどんな要件があるのか訪ねたら『作戦には直接関係無いが、彼にとっては重要な話をするつもりだ』って言ってたわ。

少し急いだ方が良いんじゃない?」


 アイラからそれを聞かされたアルバートは、何か心当たりがあるような顔をした後、ハリの無い声で礼を言った。

「……分かった、伝言感謝する」


 その場を後にして兵舎へと向かったアルバートは、整備兵達に声を掛けられても振り向かず、少しばかり早足で一人兵舎の中へ入っていった。



「なぁ、今日のアルバート、何か変じゃ無いか?」

「ああ、どう変なのか説明しにくいが、とにかく少し変だな」


 整備兵達はアルバートの態度を不思議に思いながら、雑談を続けた……




 アルバートが兵舎2階の司令室まで足を運び、部屋の扉をゆっくりと開けた。

 扉を開けると、各国軍の飛行隊の部隊エンブレムや戦闘機の模型などが飾られた賑やかな司令室の奥に、眼鏡をかけた中年男性が一人佇んでいた。


 彼はヨーゼフ、元ヴェンタービア空軍大佐の大物事業家で、現在はスカイリーパーズのチームリーダーを務めている。

 世界初の航空戦力主体の民間傭兵チームが設立出来た背景には、アルバートやアルベルトなどを始めとしたトップエース級パイロットの存在と、ヨーゼフの莫大な資金力あっての事だったのだ。



 窓から基地を眺めていたヨーゼフが、アルバートに気付いて後ろを振り返った。


「来たかアルバート、アイラから伝えられて来たのか?」

「ああ、だから話の内容も何となく察しがつく。

……アイツの事だろう?」


「その通りだ、アルバート」

 ヨーゼフが低いトーンで言った。



 アルバートは喜びと不安が入り混じった表情で頷き、ヨーゼフに質問した。

「それで、消息はつかめたのか?

俺の親戚……ウィリアム・アンダーソンについて……」


 ヨーゼフはその問いに対して、後ろを向いて窓の外を見つめながら答えた。

「アルバート。

君は、ここガルターレスで最も高い戦果を上げている民間傭兵チームの事を知っているかね?」

「ああ、知ってるさ。

地獄の底を這う蛇達……“ヘルヴァイパーズ”だろう?」


 その名を口にした直後、アルバートは気付いてしまった。

 自分よりも若く、まだ少年であるウィリアムが“傭兵”という道を選んでしまった、非情な現実に……


「おいヨーゼフ……まさか、ウィリアムの奴は……!」

「そうだ、その“まさか”だアルバート。

君の親戚であるウィリアム・アンダーソンは、そのヘルヴァイパーズで傭兵として戦っている。

君が傭兵という道を選んだように、彼もまた、傭兵になることを選んだのだよ」


 その事を聞いたアルバートは、哀しそうな目をしてうつむいた。


「お前も……お前もなのか? ウィリアム……」

「彼の人生に何があったのかは、私には分からん。

だが、戦場という極限の環境下で生き抜いて来た退役軍人の中には、平和な日常に戻ることが出来ず、自らの意思で再び戦場に戻る者も少なくない。

君がそうであるように、きっと彼もまた、そうなんだろうと、私は思う」


 ヨーゼフの言葉を聞いたアルバートは、目を瞑ってしばらくの間黙り込んだ。



「まぁ、私から言えるのはこんなところだ。

これからどうするかは、君自身で決めたまえ」

「ああ……分かった。

ありがとう、ヨーゼフ」

「気にするな、これも仕事の内だ」


 アルバートは話を終え、浮かない顔をしたまま司令室を退出した。



 アルバートが部屋を出ると、ヨーゼフは窓から基地の滑走路へ着陸して来る、1機のファントムⅡを眺めた。

 機首にシャークマウスのノーズアート、アルベルトの保有する機体だ。


 ヨーゼフは轟音と共に着陸するアルベルトのファントムⅡを眺めながら、一人呟いた。

「ここのパイロットは話には聞いていたが、本当に化物ばかりだ……


彼らは私から金を借りて自分用の戦闘機を購入し、私は彼らを傭兵パイロットとして雇用して、このスカイリーパーズを設立した。

チーム設立後、当時内戦中だったフリゼランド(フリゼランド共和国、北西の海に浮かぶ大きな島国)に基地を設営し、民間の傭兵として戦ってもらった訳だが……

彼らはその後、瞬く間に敵を殺して、瞬く間に大金を稼いで、私が催促するまでもなく借金を返済してみせた。


そして異世界の魔王軍がこの世界に攻めて来たのを知り、ここガルターレスに急ぎ基地を移すと、彼らは再び荒稼ぎを始めた。

アルバートとアルベルトに関しては、もう新しい戦闘機が自腹で買える程だ……恐ろしいよ全く」


 長い呟きを終えると、彼は革製のチェアに座ってPCを起動させ、ガルターレス軍からの依頼に関する情報を確認し始めた。






 日が沈んだ頃、基地の地下食堂で食事をとっていたウィリアムは、同じテーブルの席に座っている仲間の事など見向きもせず、糧食を黙々と口に運んでいた。


 黙食を続けるウィリアムの隣で、右目に眼帯をつけた白髪の老兵、アルノルドがロバートに尋ねた。

「ここの糧食の味には慣れたかね? ロバート」


 アルノルドの質問に、ロバートは笑顔で返答した。

「ああ、大分慣れてきたよ。

稼ぎの良い傭兵チームだけあって、下手な外人部隊の食事よりよっぽど美味い。

時々、海軍時代に食べた糧食の味が恋しくなるがね……」


 そう聞くと、アルノルドは微笑して言った。

「ここはあくまでも“傭兵チーム”だからな。

先進国の軍隊の飯なんぞに勝てるわけが無い、しかもそれが海軍となれば尚更だ」

「ハハッ、違いねぇ」



 ロバートとアルノルドの話が終わったところで、ウィリアムの前方の席に居たイリアが、ウィリアムに険しい表情で話しかけた。


「ねぇウィリアム、今度の作戦の事……聞いた?」

「ああ、聞いたとも。

久しぶりに俺とお前の本領発揮と言った所だな。

この戦争が始まって以来、過去一危険なミッションになりそうだが……」


 そう聞くと、イリアは鼻で笑って言った。

「なに、エージェント時代にこなした無茶なミッションの数々に比べれば、幾らかマシさ」

「それはそうだが、ここはユージリアでは無くガルターレスだ。

サタリードの魔物の中には、人間の兵士以上に厄介な奴も少なく無い……ユージリアの時のようにはいかないぞ」


「……ならどうする? 辞退する?」

「まさか、少し難しいミッションというだけだ。

辞退する必要は無い、いつも通りにミッションを遂行して報酬を受け取る……それだけだ」



 いつにも増して力強い言葉を聞かされたイリアは、微笑して小さく頷いた。

「そう聞いて安心した。

今夜22時にブリーフィングルームで、その作戦についての説明が行われるから、忘れずにね」

「ああ、分かってる」


 今度実施される危険な作戦についての会話を終えた二人は、トレーに乗った残り少ない料理を再び口に運んだ。






 同じ頃、夕食を終えたアルバートは、彼のハンガーの中で木箱に座りながら、鉄製のコップに入ったホットコーヒーを、彼の相棒と一緒に飲んでいた。

 相棒とはそう、アルベルト・ハルトマンの事である。


 性別男性、年齢24歳、身長185cm、髪は朱色のレギュレーションカット、目は赤色。

 いつもテンションが高めで、“大空の人喰鮫”という物騒な異名とこれまでの戦績が何かの冗談かと思うくらいに、明るい性格をしていた。



 夜のハンガーの中で、木箱の上に置かれたランタンの灯りに照らされながら飲むコーヒーの味は、彼らにひとときの癒やしを与えてくれた。


「なぁアルバート、お前の親戚――ウィリアムの件だが……何か分かったか?」

 アルベルトが珍しく真面目なトーンで尋ねてきた。


「ああ、ヨーゼフに調べて貰った。

彼は今……あの民間傭兵チーム“ヘルヴァイパーズ”に所属しているそうだ」

 アルバートが顔をしかめて答えた。


「ヘルヴァイパーズだと!?

ということは、彼もお前や俺と同じく、民間の傭兵になったのか!?」

「そうらしい。

詳しい経緯は分からないが、とにかくウィリアムはそのヘルヴァイパーズ所属の傭兵として、ここガルターレスで大勢の敵を殺してるそうだ。

俺やお前が、そうしているように……」


 それを聞いたアルベルトは、首を横に振りながら言った。

「地獄の底を這う蛇と、大空を舞う死神ね……

獲物や殺し方に違いはあれど、その目的に大差は無い――か。

嫌な世の中だぜ、全く……」


「ああ、全くだ。

一体どうして、こんな世の中になっちまったんだろうな……」



 アルバートはハンガーに駐機している自身の愛機、ファントムⅡを見つめた。


 ランタンの灯りにほのかに照らされながら佇むその姿は、まるで洞窟の中で恐ろしい怪物が静かに眠っているようだった。


 だがアルバートの目には、暗い夜のハンガーに駐機するファントムⅡが、部屋の中で一人寂しそうにしながら眠る、子供の様に映った……

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