第12話 野戦の恐怖

 ヘルヴァイパーズのヴィラーク前線基地から約70km離れた森林地帯のLZに向かって飛行していた1機のMi-35。

 コールサインはヴァイパー01。


 兵員7名、パイロット1名、ヘリガンナー1名の計9名が搭乗している。

 兵員はブラボー班のウィリアム、イリア、ロバート。 そしてデルタ班のラインハルト、エリック、アンドレイ、レオニードで編成されている。



 機内には出撃時のピリピリとした緊張感が漂い、全員が真剣な表情をしていた。


 そんな中、ロバートが機内の緊張感をぶち壊すかのような質問をイリアにした。

「なあイリア、俺が言うのもなんだが……

今乗ってる連中はお前以外全員男だが、その……暑苦しくないのか?」


「……慣れだよ、慣れ。

まあ、いつもはここまでじゃ無いんだけどね」

 イリアが苦笑いしながら言った。



「ところでお前ら、迷彩はちゃんと施して来たか?

今回のミッションはカムフラージュが命だぞ」

 ラインハルトが一同に訪ねた。


「ああ、大丈夫さ。

それと、今回に限っては誰かさんもちゃんと銃にカムフラージュを施して来たようだよ」

 イリアがそう言ってエリックに視線を向けた。


「何だよイリア……やって来たんだから良いだろ?」






 しばらくしてヴァイパー01がLZに到着。

 着陸した場所の先には見渡す限り木々が広がっており、ゲリラが潜んでいるかもしれないという恐怖を掻き立てた。



 傭兵一同がヘリから降り、LZ周辺のクリアリングを行った。

 クリアリングが完了し、周囲の安全をパイロットに伝えるとヘリが上昇、離脱していった……


 


 傭兵一同は銃を構えながら森の中へと進み、捕虜が捕らえられてる洞窟を探した。


「洞窟を見つけてもいきなり突入するような馬鹿な真似はするなよ。

他に侵入口が無いか探して、どの経路に敵が多いかどうか、敵の行動などもしっかり偵察するんだ」

 

 ラインハルトがそう言うと、ロバートが笑いながら尋ねた。

「ヘルヴァイパーズの連中は一騎当千の凄腕傭兵ばかりなんだろ?

そんな無知なド素人みたいな大馬鹿野郎が居るのかよ?」


「ところが、うちのチームでも極稀に見るんだよ、そんな無知な大馬鹿野郎をね……」

 イリアが軽く溜息をついて言った。


「……奴らの殆どが戦果を我先に上げようとする余り死んでいった。

俺からしてみても、奴らは銃を持っただけのカモだ」

 レオニードが呟いた。




 ターゲットの元を目指しつつ、森林の中を警戒しながら進んでいると、先頭のウィリアムが突然“止まれ”のハンドサインを出した。

 一同がその場で止まると、ウィリアムはしゃがんだ状態で地面に落ちている何かを不審そうに拾い上げた。


「ウィリアム、何か発見したのか?」

 ラインハルトが小声で尋ねると、ウィリアムは顔をしかめて深刻な表情をして言った。


「ビリビリに破かれた血塗れの布切れだ。

かなり年季が入っている。 恐らく、ゴーストが纏っていたローブか何かだろう……」


「何故ゴーストだと分かるんだ?」

 アンドレイが訪ねた。


「ガルターレスの森林には、広範囲である幽体食(幽体を捕食する食性のこと)のモンスターが生息している。

ゾンビと化したラプトルのモンスター……ラプトルゾンビだ」


 それを聞いたイリアが不思議そうに言った。

「ラプトルゾンビはゴーストの天敵の筈……

それなのに、何でわざわざこんな天敵の多い所に……?」

「ああ、俺もそう思ってローブをよく調べて見たんだ、

そしたら……」


 ウィリアムは側にいたイリアにゴーストの残骸と思われるローブを手渡した。

 イリアはそれを手に取って注視すると、おぞましい悪魔のエンブレムが描かれているのが見えた。


「このエンブレム……

コイツ、サタリード軍の所属?」

「そうだ。

わざわざゴーストの天敵の多い地域にゴーストを援軍として送ってるという事だろう、情弱もいいところだ……」


 ロバートが溜息をついて言った。

「各国軍の将官達は“魔王軍を甘く見るな”とか言ってたけど、流石にここまで阿呆だと張り合いが無いぜ……」


「そういう考えが命取りだぞロバート。

例え阿呆でも、持ってる武器や放ってくる技は本物なんだ、油断すると死にかねないぞ」

 ラインハルトがロバートに指摘した。



 するとその時、森林の奥で何かが動いたのが見えた。

 全身に羽毛を生やしており、身体が所々腐敗していて白目を向いている。

 全長は2m程で肉食恐竜のような姿をしていた。


「噂をすれば出てきたな……ラプトルゾンビだ」

 アンドレイが小声で呟いた。



 1体のラプトルゾンビは辺りの臭いを嗅ぎながら、しきりに何かを探している様子だった。

 すると突然ピタッと立ち止まり、一定の方向を向いたままゆっくりと前進し始めた……


「何か見つけたのか……?」

 ウィリアムがそう呟いた次の瞬間、ラプトルゾンビがその“何か”に向かって全速力で走り出した!

 おぞましい咆哮を上げながら大きく口を広げ、姿勢を低くして“何か”に飛び掛かった!


 すると古臭いローブを来た不気味な人影が突然姿を現し、ラプトルゾンビに捕らえられた。


「ゴーストが透明化して隠れてたみたいだな。

だが人間の目から逃れられても、奴らの嗅覚からは逃れられない……」


 ウィリアムがそう言うと、ラプトルゾンビはゴーストの首に足の鉤爪を突き刺して、腹部を貪り始めた。

 叫び声を上げながら必死に抗うも、ゴーストに希望が無いことは誰が見ても明白だった。


 血のように赤い半透明な気体が漏れ出し、ゴーストは為す術もなくラプトルゾンビに喰われていった……


「奴を刺激すると厄介だ、慎重に行くぞ」

 ウィリアムが一同に指示を出し、一同はラプトルゾンビに貪られるゴーストを見ながら、慎重に先に進んだ。




 周囲を警戒しながら進んでいると、川の向こうの少し開けた空間に複数のデーモンナイト(黒い鎧を纏った悪魔の騎士)を発見した。

 先頭に居たウィリアムが“敵”を意味するハンドサインを出し、全員姿勢を低くした。


 デーモンナイト達に存在を悟られていないことを把握するとロバートが敵の方向に手を向け大まかな位置を伝えた。

 するとイリアが双眼鏡を取り出してロバートが指したそれぞれの方向を偵察し、“6”のハンドサインを出した、6体居るということだ。


 全員音を立てないように前進し、いつでも敵を撃てる位置についた。


 ウィリアムの“撃て”のハンドサインと共に全員が一斉に発砲。 銃声と共にデーモンナイトが次々と倒れ、僅か数秒でデーモンナイトは全滅した。


 周囲に他の脅威が居ない事を確認し、一同は更に前進した……




 潜伏場所の洞窟を目指して進んでいると、ロバートがある事に気が付き、エリックに向かって言った。


「おいエリック!」

「何だよ」


 エリックが不満そうに返すと、ロバートがエリックの装備しているTACブレード(特殊部隊向けの剣)を指して言った。

 そう、あることとは、エリックは銃には迷彩塗装を施していたものの、ブレードにはしていなかった事だ。


「お前……ブレードにカムフラージュをしてないのか!?」

「あ、ああ……そうだが」


 エリックのその返事にロバートが小声でキレ気味に言った。

「『そうだが』じゃないだろ!

お前のブレードは普通のナイフと違って大型で目立つんだ! それなのに偽装の一つもしてないなんてどういうことだよ!?

今回は室内戦じゃなくて野戦なんだ! 偽装が勝敗を分けると言っても過言じゃ無い!」


「落ち着けロバート……コイツはいつもそうなのさ」

 イリアが呆れた様子で言った。


「だけどな! そのせいで――」


 ロバートが何か言いかけたその時、レオニードが突然ライフルを構えて発砲した。

 一発撃った後、レオニードは溜息をつきながらコッキングし、一同に喧嘩腰で言った。


「敵の目の前でベラベラおしゃべりとは随分肝が座ってるなお前達。

この先に潜伏していたスナイパーがお前達を狙っていた……俺が撃つのがもう少し遅れてたら、あのスナイパーに殺られていた所だぞ?」


「11時の方向300m先から俺達を狙っていたスナイパーの事か?

俺からも見えたが、俺が報告するより早く、お前は引き金を引いたという訳だな」

 ウィリアムが言った。


「レオニード、チームを守ってくれたのは感謝するが、今回は個別任務じゃ無いんだ。

何の通告も無しに発砲は関心出来ないぞ?」


 ラインハルトがそう指摘すると、レオニードが低い声で返した。

「何とでも言え。 俺がやらなければこの中の誰かは確実に死んでいだろうからな」


「信じられねぇ……

距離は300m程とはいえ、カムフラージュされたスナイパーを瞬時に発見した挙げ句、あの早さで、それも立ち撃ちで命中させるなんて……」

 ロバートが動揺した様子で呟いた。






 捕虜が捕らえられてる洞窟の付近に、SW所属のゲリラ兵士が傭兵達を待ち構えていた。

 射撃、格闘、魔法共に十分に鍛錬を積んでおり、ただのテロリストグループとは思えない練度をしていた。


「この辺りに必ず敵が居る筈だ!

常に警戒を怠るな! 僅かな兆候にも目を光らせろ!」


 ヘルヴァイパーズの一同が鳴らした銃声が聞こえていたのか、ゲリラ兵達は厳戒態勢をとっており、常に姿勢を低くして辺りを警戒した。


 だが、その警戒は完璧では無かった。



 部隊から少し孤立気味の一人の兵士が茂みの中をしゃがんだ姿勢で進んでいると、突然背後から何者かに口と鼻を一瞬で抑えられ、喉をナイフで刺され絶命した。


 その正体は、ブラボー班の先陣を切ってゲリラを潰しに来たロバートだった。


 ロバートは音を立てないように死体をゆっくりと地面に寝かせた後、一番近くに居た三人組の背後をとり、P90PDW(5.7×28mm弾を使用する個人防衛火器)で三人の兵士を一気に射殺。


 近距離で連続した銃声を聞き付けた他のゲリラ兵達が形相を変えて振り返り、ここだという目星をつけて激しい制圧射撃を行った。


 しかしロバートは既にその場から移動しており、ゲリラ兵達は一発も弾を当てることが出来なかった……


 近くに合った岩の陰に隠れたロバートは、手から極太のライトニング(雷撃魔法)を放出し、広範囲を攻撃。

 ゲリラ兵達を激しい稲妻で吹き飛ばした。

 ライトニングの直撃を受けたゲリラ兵達は前進黒焦げになっており、生存者は誰一人としていなかった。


「よし、少し危なかったが何とか片付いたな……」


 ゲリラ兵の全滅を確認したロバートは、他の敵を警戒して、姿勢を低くしながら周囲を見渡した。



「訓練されたゲリラ共を一人で全滅させるとは、流石だな」

 アンドレイがロバートに駆け寄ってきた。


「ゲリラは恐らく他には居ないだろう、先を急ぐぞ」


 ウィリアムがそう言うと、ラインハルトが少し慌ただしそうに言った。

「ちょっと待ってくれ! その前にキラーヴァルチャーズの奴らから連絡だ。

まずグッドニュースからだ、連中ももうすぐ洞窟前に到着するそうだ……」


「……それはグッドニュースなの?」

 イリアがそう尋ねると、ラインハルトが投げやりに言った。


「俺が知るか、連中がそう言ってたんだ。

えー、そしてバッドニュースだ。

そのキラーヴァルチャーズの連中に一人死傷者が出たそうだ。

移動中に、ポイントC-3の辺りで茂みに潜んでたウッドランドコブラ(森林迷彩柄で8〜10m程の巨大コブラ)に頸動脈を咬まれて死んだそうだ……」


「ウッドランドコブラ……アイツに殺られたのか、運が無いな……」

 エリックが同情するように言った。


「業務連絡は以上だ。 とっととポンコツ悪魔共を片付けるぞ」

 ラインハルトがそう言って一同を先導するように進み始めた。



「悪魔は果たしてどっちなのかね……奴らなのか私らなのか……」


 イリアがそう呟くと、ウィリアムが険しい表情をして言った。

「俺達は天使でも悪魔でも無い……血と硝煙にまみれた殺戮マシーンだ。

俺も、そしてお前もな……」

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