第10話 戦争の英雄
ガルターレス最大の激戦区、南東の県ボルーラ。
その戦線で発生している戦闘はガルターレス共和国の戦線の中でも段違いの激しさを誇った。
日夜銃声と砲声、爆発音、戦車のキャタピラ音、ジェット戦闘機の轟音、そして魔物達の叫び声があちこちに響き渡り、正にこの世の地獄であった……
全体的な戦況は国連軍がやや優勢。
しかしゲリラ戦術を用いて賢く立ち回ってくる魔物が急増した事により、一部の部隊は苦戦を強いられているようだ。
ガルターレス陸軍、第41歩兵旅団所属の彼らもその一部だ。
「ジェーナよりヴァシーリー29ヘ!
敵の数が多過ぎる! 至急砲撃支援を要請する!
方位角2028、座標4019 6204、効力射(本番の砲撃のこと)、弾種榴弾!
目標、敵中型魔獣部隊!」
分隊の通信兵がそう伝達すると、砲兵大隊のヴァシーリー29の通信士が応答した。
「こちらヴァシーリー29、了解。
要請を受け取った。 直ちに指定座標に支援砲撃を行う!」
通信を終えると、ヴァシーリー29が砲撃準備を始めた。
運用しているのは、ラスカル155mm自走榴弾砲だ。
「ジェーナより砲撃支援要請!
方位角2028、座標4019 6204、効力射、弾種榴弾、目標敵中型魔獣部隊!」
ヴァシーリー29のラスカルが砲塔を旋回させ指定された方位角に合わせ、砲の仰角を調節し、砲撃準備を整えた。
ガルターレス軍による激しい制圧射撃の前に怖気づき、膠着状態になっているオークの軍団が居た。
勇気を出して陣地に突撃しようとした者も居たが、その全員が辿り着く前に集中砲火されあえなく倒れていった。
「俺は突っ込むぞ! 人間の兵隊なんぞに負けてたまるか!」
1体のオークがガルターレス軍の陣地に突撃しようとしたが、仲間がそれを引き止めた。
「止めろ! 早まるな!」
「奴らの前では俺達は銃口の前のカモ同然だ!
撤退命令が出るまで持ち堪えるんだ!」
「ゴチャゴチャうるせぇ!」
彼は仲間にそう言い放って仲間の腕を振りほどくと、激しい弾幕を掻い潜りながら突っ込んでいった。
仲間の1体が舌打ちをして言った。
「あの脳筋野郎め……少しは状況を読むことが出来ねぇのか?」
すると、遠くの方から砲声のような大きな音が連続して聞こえてきた。
そして次の瞬間、空を切り裂くような轟音と共に、多数の砲弾がオークの集団目掛けて降り注いできた!
「皆伏せろ!」
1体がそう叫ぶと、周囲のオークも頭を抑えた状態でうつ伏せになった。
砲弾は爆音を立てて次々と炸裂し、爆風と共に無数の金属片が飛散した。
ある個体は爆風によって身体が吹き飛び、ある個体は衝撃波によって肺を潰され、またある個体は高速で飛んできた金属片が胸や腹に突き刺さって死んだ。
隠れていた魔物達が次々と死んでいき、激しい砲撃は数十分にわたって続いた……
最終弾が弾着して少しした後、生き残った1体のオークが顔を上げた。
そこに広がっていたのは、穴ぼこの地面、大量の瓦礫、破壊された建造物、そして無数の魔物の死体が転がっているという、この世のものとは思えないような光景だった。
生き残った1体のオークは完全に放心状態になり、ぐったりと地面に横たわって呟いた。
「頼む……誰か俺を殺してくれ……
頼む……!」
生き残った彼は軽い火傷程度しか負っておらず、金属片も一つも刺さっていなかった。
大勢の仲間を失い、自分だけが死ねなかった事を悔いているのだろうか……
そんな願い虚しく、その後の彼の元には一発も弾が飛んで来なかった。
彼は哀しそうに、そして虚しそうに仰向けになり、仲間の死体の臭いを嗅ぎながらそっと目を閉じた……
基地の自室でラジオを聞いていたウィリアム。
流していたのは、アルターゼル放送局からのニュースだった。
「続いてのニュースです。
アロランド空軍のB-52爆撃機が、サタリード王都の複数の軍事施設に巡航ミサイル攻撃を行いました。
攻撃に使用されたのは、およそ3400kmもの射程を持つ貫通型通常弾頭の空中発射型巡航ミサイルで、モーデルト空軍基地(アロランドの州の一つ、モーデルトにある空軍基地)から発進した計4機のB-52爆撃機からおよそ48発の巡航ミサイルが発射され、サタリード王都の複数の軍事施設に攻撃を行いました。
アロランドのトンプソン大統領は『我がアロランド軍の優秀な飛行士達が、魔界の邪悪な蛮族共に神聖なる雷を食らわせた』と、アロランド国民、そして国際社会にアロランド軍の強さと正当性を改めてアピールしました。
トンプソン大統領のこの発言に対し、中立国のパルテーゼ(パルテーゼ共和国、社会民主主義の北国)やロスニア(ロスニア共和国、エルガリア王国の隣国)などからは、一国の大統領としてあるまじき過激かつ差別的な発言であるとして――」
ニュースの途中でウィリアムは少し疲れた様子でラジオを切り、大きく溜息をついた。
しばらく黙り込んだ後、ウィリアムが呟いた。
「正規軍の連中は、金持ちで羨ましい限りだな……
3400kmの射程を持つ貫通型通常弾頭の空中発射型巡航ミサイルとなると、AGM-129Cあたりか……?」
すると、何者かがウィリアムの個室のドアを少し強めにノックして来た。
ウィリアムがドアを開けると、そこに立っていたのはイリアだった。
「お前かイリア……何の用だ?」
ウィリアムが尋ねた。
「この前のレーダー基地制圧作戦で帰還ヘリに乗ってたときに見た、2機のファントムⅡの事について聞きたくてね。
何か知ってそうな様子だったから、聞きに来たのさ」
「そうか……」
ウィリアムが少し面倒臭そうに言った。
「まあ良い……俺が知ってる範囲で答える」
ウィリアムが腕を組みながら話し始めた。
「まず、2機の内1機の機首に、黒いドラゴンのノーズアートが描かれていただろう?」
イリアが頷きながら答えた。
「ああ、それは私も見たよ」
「あのノーズアートは正しく、ユージリア戦争の撃墜王である、アルバート・ウィルソンの乗機だ」
イリアが顔をしかめて言った。
「そのアルバート・ウィルソンって、アンタの親戚じゃなかった?」
ウィリアムが頷いた。
「そうだ。
ユージリア戦争のトップエースパイロットであり、そして俺の親族でもある人物だ。
だが疑問なのは、退役したエースである彼が何故ここガルターレスに、しかも戦闘機パイロットとして居るのか……という所だ」
「アンタや私と同じように、傭兵になったという可能性は?
最近じゃ民間傭兵企業でも、航空戦力を主力とする所が出てきてるし……」
そう言われると、ウィリアムが顎に手を当てて言った。
「それにしてはやけに装備が貧相だったぞ……?
旧式のF-4EファントムⅡ……しかも武装はガンポッドのみだ……」
「そんな所まで見てたの?」
「ああ」
イリアは質問を続けた。
「それで、機首にシャークマウスが描かれてたもう1機の方は?」
「もう1機の方は――」
「アルベルト・ハルトマン。
元ヴェンタービア海軍の空母艦載機のパイロットであり、“大空の人喰鮫”の名がついたヴェンダービア海軍の撃墜王だ」
ウィリアムが説明しようとした時、聞き慣れない声が割り込んで来た。
「もしかしてアンタ、この前入ってきた新入り?」
イリアがそう尋ねると、長身の男性が誇らしげに答えた。
「ああそうとも!
数日前、ここに加入した者だ」
彼はロバート・モーガン、性別男性、年齢28歳、身長199cm、髪は金髪のビジネススタイル、目は茶色。
元エルガリア海軍特殊部隊の所属で、世界最強クラスの魔法の使い手だ。
「俺はロバート、ロバート・モーガンだ。 よろしく!」
「イリア・イヴァノヴァだ、よろしく」
「俺は――」
「ウィリアム・アンダーソン。 そうだろ?」
ウィリアムが自己紹介をしようとすると、ロバートがそれを遮るように言った。
「……話を遮るのが好きなようだな。
まあ良い、どうして俺の名を?」
ウィリアムが質問すると、ロバートが得意気に言った。
「当たり前だ!
世界最年少の戦争の英雄の名だぜ! 俺が知らない訳無いだろう!」
ロバートがそう言うと、ウィリアムが大きく溜息をついて言った。
「辞めてくれ……その呼び方は……
俺は英雄なんかじゃ無い。
それに、アルティミール軍とユージリア軍の戦力差は歴然だった、俺が居なくても勝ってたさ……」
ロバートが呆れた様に言った。
「随分謙虚だな、ウィリアムとやら……
それにそれは結果論だろう?
確かに戦力差は歴然だったが、ユージリアはその戦力差を覆すような兵器を研究開発していたじゃないか。
だからお前達みたいな並外れた戦闘能力を持つ武装エージェントが必要だった、違うか?」
そう言われると、ウィリアムが疲れた様子で返した。
「まあ、そうかもな……」
「ところで――」
イリアが話を持ち掛けた。
「何だ?」
「ロバート・モーガンって言ったね?
アンタ、確か魔法が得意じゃ無かったっけ?」
イリアが訪ねると、ロバートが首を横に振りながら否定した。
「ああ、そいつは間違いだ」
「そう? 私の勘違いだったか……」
「ああ、俺は得意とするのは、攻撃魔法を最大限活用したCQB(近接戦闘)さ!」
ロバートが誇らしげなドヤ顔で言った。
「なるほどね……」
イリアが苦笑いした。
「そう言えばロバート、今夜のブリーフィングには行くのか?」
ウィリアムが尋ねた。
「ああ、そのつもりだが?」
「そうか」
「……俺が行ったら何かあるのか?」
「いや、そういうのは特に無い。
確認しただけだ。 じゃあ、後でな」
ウィリアムはそう言ってその場を後にした。
「あ、ああ。 また後でな、ウィリアム……」
ウィリアムが離れたのを確認すると、ロバートが愚痴をこぼした。
「全く、初対面とは言え、愛想もクソも無いな……」
「そういう奴さ、アイツは……」
イリアが言った。
ロバートがイリアの方を向いて質問した。
「イリアだったか? ウィリアムとはどんな関係なんだ?」
「エージェント時代からの同僚さ。
今じゃ相棒みたいな関係かもね。 まぁ、アイツがどう思ってるかは知らないけど……」
イリアがそう答えると、ロバートが頷いた。
「なるほどな……」
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