第9話 翼を持つ死神
民間傭兵チーム、ヘルヴァイパーズが、SWに占拠されていたレーダー基地の制圧を完了させた頃、基地の約40km南南西では、
カースドラゴンは、全身を黒い鱗で覆った飛竜の一種で、東洋の鬼のような恐ろしい顔つきと、対象を蝕む強力な呪詛の作用を持つ、黄緑色の火炎
サタリード軍は、カースドラゴンのような飛竜を、地上軍の近接航空支援に用いる事によって、国連軍の歩兵や砲兵、移動式ミサイルランチャー、時には戦車にまで損害を与える為、魔物の中でも脅威度は高めである。
そんなカースドラゴンの群を標的として、上空から虎視眈々と狙っている、二人の傭兵がいた。
2機の戦闘機で、機種はF-4EファントムⅡ。直列複座型の機体で、本来は前席のパイロットと、後席の
ミサイルや航空爆弾の類は搭載しておらず、武装は主翼下パイロンに2基、胴体下パイロンに1基吊るされた、M61A1ヴァルカン、20mmガトリング機関砲のガンポッドと、同じくM61A1が固定武装として機首に1門装備されている。
1番機の機首の片側には、威厳を漂わせる黒竜のノーズアートが、2番機の機首下部には、攻撃性を象徴するような鮫の顔――シャークマウスのノーズアートが、それぞれペイントされていた。
垂直尾翼には、闇夜の空を浮遊する、気味の悪い死神のエンブレムと、『SKY REAPERS』という、恐らくは部隊名らしき文字が描かれていた。
二名のパイロットの素顔は、酸素マスクと、ヘルメットの
「こちらリーパー1、アルバート。
レーダーコンタクト、敵編隊を捕捉した。個体数24、高度4200m、速度520km/h、方位105」
1番機のパイロット、リーパー1、アルバートの報告に、2番機が返答した。
「こちらリーパー2、アルベルト。
たった今、こちらのレーダーでも捉えた所だ。恐らく、敵さんとこの飛竜だろうぜ」
「ああ、俺もそう思うが、目視確認は必要だ。どのみち今の装備じゃ、ミサイルによる視界外戦闘も出来やしない」
「了解した、近付いてみよう」
レーダーに捉えた敵編隊を目視確認する為、アルバートとアルベルトの2機は、敵との距離約7kmまで接近し、識別を行った。
「よし、敵を視認した。
あれは、カースドラゴンだな。俺ん家の爺さんが“闇のドラゴン”とか呼んでた、飛竜の一種だ」
アルベルトが説明すると、アルバートは『フン』と鼻を鳴らして毒を吐いた。
「闇のドラゴン、ね……奴は数々の
それは、俺達戦闘機乗りでも同じ事だ。あの闇竜もどきは、装甲車より脆く、黎明期のジェットより鈍く、ブレスで
「まあまあ、そうカリカリすんな、アルバート」
アルベルトはそう言ってアルバートをなだめると、カースドラゴンの群れを指差してこう言った。
「一見何も長所も無いクソ野郎でも、相手をよく観察して探してみれば、意外と見つかるもんさ。
奴らだってそうだ! ほら、よく見てみろ。意外とイケて―――いや、ブサイクだな……
すまんアルバート、今の無しだ。忘れてくれ……」
普段チャラチャラしてる彼にしては、真っ当なことを言うな、と思った矢先にこれである。
アルバートは咳払いをして気を取り直し、敵編隊に対して攻撃位置に着いた。
「まぁ良い。それより早く片付けないと、国連軍の連中に仕事を取られちまう。
その前に、俺達だけで狩り尽くすぞ」
「
「良いかアルベルト、俺は右翼の
「ガッテン承知だ! 喰らい尽くしてやる!」
アルベルトの物騒な返事を聞いたアルバートは、カースドラゴンの編隊右翼に狙いを定め、僚機のリーパー2、アルベルトと共に突入した。
「リーパー1、
「リーパー2、
敵編隊に向かって降下した2機は、左右上方から斜めに
「覚悟しろ黒トカゲ共!
まだお前が見たことの無い、本当の闇の世界ってやつを、その眼で見させてやるからな!」
アルバートが眼を血走らせながらそう言うと、アルベルトは『おお、怖え怖え』と苦笑しながら、彼と同じように標的に狙いを定めた。
そして遂に、アルバートが
「くたばれ!」
毎秒実に100発近くの20mm砲弾を発射するM61ヴァルカンの、2門同時の一斉射だ。その弾幕は、極めて濃密なものとなる。
無数の機関砲弾を食らった標的は、片側の前足と翼、そして首が吹き飛び、多量の血液を吹き出しながら墜ちていった。
そして間髪入れずに2体目、3体目にも機関砲の掃射を浴びせ、連続して撃墜。
「よし、一回の攻撃で3体なら、上出来だろう」
アルバートはそう呟きながら、アフターバーナーを炊いて急上昇し、降下によって失った高度を取り戻した。
一方のアルベルトも、一度の攻撃で2体の敵飛竜を撃墜。
片方は、まるで激流のように激しく出血しながら、もう片方は破れた腹から、形の崩れた臓腑を
「一度に2体殺れたのは良かったが、一回の攻撃で複数狙うのは、やっぱリスキーだな……」
少し不安そうにそう呟くアルバートに、アルベルトが言った。
「
仮に二兎を追っても、リスクは低い方だと思うぜ」
2機による突然の襲撃に、カースドラゴンの編隊は激しく動揺し、各々が無秩序に散開を始めた。
「遅い、遅すぎる。しかも散開の仕方もまるでなってないな」
そんな冷酷な言葉を吐き捨て、アルバートは反転して
ほぼ完璧な偏差射撃によって、1体目、2体目を機関砲で解体し、続いてすれ違いざまの
着々と
「えー、カモが1羽、カモが2羽、動きの遅いカモはどいつかな……と。
……いや、こりゃ参ったな! どいつもこいつもノロい奴ばっかりだぜ!
だが、あえて選ぶとするなら―――」
品定めを終えると、アルベルトも敵の群れに突撃。スロットルを絞りつつ緩降下し、恐怖のあまりパニック状態に陥っているグループに、その照準を向けた。
「あえて選ぶなら、お前らみたいな弱腰のチキン野郎共を選ぶぜ!」
アルベルトは、兵装に3基全てのガンポッド及び固定武装の機関砲を選択し、バーナーを炊いてからトリガーを引き、4門の機関砲による一斉射を行った。
凄まじい振動が愛機と彼に襲い掛かると共に、スロットルを全開にしているのにも関わらず、反動により対気速度が減速していった。
しかし、その分火力の方はとてつもないもので、20mm砲弾の激流に憐れにも飲まれた敵グループは、血煙と共に続々と退場していった。
「ハッハー! 正しく『
アルベルトは離脱上昇しながら、片手で拳を突き上げ歓喜した。
その後も2機は一撃離脱戦法によって、カースドラゴンの数をあっという間に減らしていき、気付けばその数は一桁台にまで激減していた。
こちらも弾薬が残り僅かであるが、彼らにとってそれは問題の内には入らない。
アルバートが一体撃墜して離脱しようとしたその時、彼の正面から一体のカースドラゴンが、決死の突撃を敢行して来た。
『勇敢な奴だ』と呟きながら、彼は再びヘッドオンを行い、機首の20mm機関砲を発射。
計器板残り残弾カウンターに表示された、38という数字が一瞬で0となり、頭を火箭に貫かれた飛竜は、頭が文字通り空っぽの状態で墜ちていった。
「弾切れか……
「
アルバートは、機内とガンポッドの弾倉に弾薬を装填する為、急上昇して一時離脱。
意識を集中させると、弓矢や銃弾、爆弾などを生成する
その間、アルベルトは動きの鈍い個体を次から次へと撃ち落とし、また不用意にこちらへ突っ込んできた個体も、容赦無く返り討ちにした。
「奴さんも、かなり数が減ってきたな。が、俺の方も弾薬が残り僅かときたか……はぁ、むず痒いなぁ」
アルベルトが心底だるそうに嘆息したその直後、再装填を完了させたアルバートが、反転降下して残敵の掃討に移った。
「待たせたな黒トカゲ共! 今度こそ、残らずあの世に送ってやる!」
そう言い放つと、アルバートは密集隊形で飛んでいる2体を、横薙ぎの機銃掃射によって同時に撃墜。
それに呼応するように、気だるげだったアルベルトも、29発という少ない残弾を、飛竜の尻にどうにか叩き込んで撃墜。残る敵はあと1体となった。
「最後の1体は俺が仕留めたかったが、ここに来て弾切れになっちまった。
奴はお前に任せる、冥土行きの切符を渡してやれ!」
「ああ、任せろ」
アルバートは最後の1体に接近して背後につき、
「闇竜もどきが、墜ちろ!」
トリガーボタンを押して、翼下ガンポッドから20mm砲弾を発射。機関砲の咆哮と共に、橙の火箭二つが吹き伸ばされ、カースドラゴンの身体が破壊され、赤黒い血肉が空中に飛散する。
最後の1体は、なんとも惨たらしい姿となって、地表へと落下していった。
◇ ◇ ◇
基地制圧を終えたアルファ班、ブラボー班、チャーリー班の一行は、2機の
機内の空気は、先程までの重苦しさは軽減され、笑顔で談笑している者も居たが、そうでない者も少なく無かった。
彼――ウィリアムもまた、その一人だった。
「ねえ、ウィリアム」
隣に腰を下ろしていたイリアが、暗い表情で俯いているウィリアムに尋ねてきた。
「……どうした?」
「レーダー基地へ潜入する前、私が『戦闘ってのは、今まで自分が生き残ってきた方法が一番正しいとも言うし』って言ったら、アンタは悲しそうな表情したけど……何か、思う所があったのかな、と」
ウィリアムはしばし黙り込んだ後、以前からずっと思い悩んでいた事を、イリアに打ち明けた。
「……ユージリアで、アラトーバ(アラトーバ州 ユージリア北部の州)海兵隊基地の急襲作戦に、敵の待ち伏せで死んだ、ボブって言う奴が居ただろう?」
「ああ、居たね」
「アイツは、倍率4倍の
俺自身、アイツの見事な
だが、アイツはどうやら、『隊の先陣をきって、敵に斬り込む』という俺の戦法に、憧れを抱いていたみたいでな。俺を真似て、毎分900発の
慣れない銃、不得意な動き方、不利な位置、そういった不幸の連続が、アイツに災いを招いたのか……
それとも、俺がアイツを殺したのか……」
イリアは、普段冷淡に振る舞っている彼が、こんな悩みを人知れず抱えていたのかと少し驚きつつ、普段よりも優しい声音で――戦士ではなく、少女の声でこう言った。
「確かに、ボブの奴はウィリアムみたいに、部隊に先立って、真っ先に殴り込みに行くタイプでは無かったね……その結果、アイツが死んだのは事実だと思う。
けれど、好奇心から他人の真似事をすぐにする奴は、戦場ではすぐに死ぬって、そう相場が決まってるのさ。
少なくともアンタのせいでは無いよ、ウィリアム」
「そうか……悪い、気を使わせて」
「いや、良いんだ」
そんな話をしていると、ヴァイパー03のレーダー
「何だ? レーダーに反応、2フレンドリー!」
「友軍機か?」
機内左側の窓から、2機の戦闘機がこちらの上空を飛行しているのが視認出来た。
上空と言っても、距離はさほど離れていなかった為、雷鳴の様な
「あの機体は……F-4ファントムⅡか? また随分と古い機体で戦争しに来たな」
そう呟くアンドレイの横で、ウィリアムが2機の内、先頭の方の機体の
「あのノーズアートは……」
「ん? あのファントムがどうかしたか?」
アンドレイにそう問われると、ウィリアムは一瞬間をおいてから、首を横に振った。
「いや、何でもない」
◇ ◇ ◇
死傷者を一名出してしまう結果となったが、制圧そのものには見事成功したアルファ班、ブラボー班、チャーリー班の一行は、帰還ヘリに乗って基地へと戻った。
現在時刻は午前3時半、まだ日は登っていない。
2機のヘリがそれぞれヘリポートに着陸して、機体側面のドアを上下に開くと、皆やはり少し重たい足取りでヘリから降りて、今作戦のデブリーフィングに向かった。
今作戦に参加したメンバーは、戦闘で死亡したシルヴィーを除き、装備を外して軽くシャワーを浴びた後、デブリーフィングの為、
デブリーフィングを取り仕切るリーダー、トーマスは、作戦での一連の報告を聞くと、彼女の――シルヴィーの死を悼むように、目を瞑って言った。
「―――シルヴィーが死んだか」
「……ああ。シルヴィーは敵を倒そうと躍起になるあまり、俺達から離れ過ぎて、孤立気味になっていたんだ。
そこに連中が撃ったRPGが無慈悲に炸裂して、黒焦げだ」
ラインハルトが首を左右に振りながら言った。
「しかし、RPGなんて使ってるなら、孤立してるシルヴィーよりも、固まっている俺達を狙ったほうが、勝機があった筈だ。
奴は何故、シルヴィーだけを狙ったんだ?」
エリックが不思議そうに首を傾げると、少し思案してレオニードが、金色の眉をひそめながら、こう述べた。
「……俺が思うに、恐らく奴は、『極限状態における人間の心理』というものを利用して、その僅かな隙を突いたんだろう。
お前達三人と真っ向から撃ち合えば、当然お前達は、自身に銃口を向ける脅威を、真っ先に排除しようとするだろう。
だが……その銃口が、自身とは違う奴に向けられている場合、ほんの僅かではあるが、反応速度が遅くなる」
「だからエリック、ベルティーナ、そして俺の三人を狙わず、孤立してるシルヴィーを狙うことで、反撃を受ける時間を、ほんの0.1秒でも遅らせた……
違うか? レオニード?」
ラインハルトがそう尋ねると、レオニードが小さく頷いた。
「ああ。少なくとも、俺が奴ならそうする」
今回のシルヴィーの死を受けて、トーマスはこのヘルヴァイパーズの基本方針『各自で稼ぐ』について、改めて考え直さざるを得なかった。
「今までは、メンバーの『傭兵としての個人の自由』を重んじていた我々だが……
今回のような大規模な作戦では、チーム全体での動きに重点を置くのは勿論、正規軍のような交戦規定を作る事も、考える必要があるのかもしれん……」
トーマスは少し黙り込んだ後、『それはそれとして、だ』と気持ちを切り替え、言葉を切り出した。
「とにかく、諸君の活躍により、今回の作戦は成功に終わった。
あのレーダー基地を奪還したことにより、周辺一帯の制空権は、間もなく奪取されることだろう。
現在、各自の報酬額を精算中だ。終了次第、各々のウォレットに振り込んでおく。
俺からは以上だ、これよりデブリーフィングを終了する! 解散!」
デブリーフィングは終了し、トーマスを除いた一行は、ブリーフィングルームを続々と退出していった。
◇ ◇ ◇
アルバートとアルベルトが、カースドラゴンの編隊と交戦した地点の地表一帯には、彼らの無惨な死体が、深い闇に包まれた森の中に、ごろごろと転がっていた。
身体を20mmの弾丸に穿たれ、頭蓋骨を砕かれたり腹を破られたりした挙げ句、地表に真っ逆さまに激突し、その衝撃が更に損壊を激しいものにしていた。
体内には、炸裂時に突き刺さった多数の榴弾の破片が、無数に存在し、中にはまだ微かに息が続いている者もいたが、殆どは絶命していた。
彼らの血の匂いに釣られて、この場所へ飛んできた者がいた。
それは、白眼を向いていて、全身を深緑色の鱗に覆われた、全長20m弱という巨躯を有する、獰猛かつ強大なドラゴンである。
カースドラゴンの死体に近寄ると、死肉に勢い良くかぶりついて、身体の肉を骨や機関砲弾の破片ごと、バリバリと音を立てながら貪り喰った。
あっという間に1体目の肉を喰い尽くすと、まだ微かに息がある2体目の方へ振り向いた。
2体目の腹を食い破ろうとしたその時、国連軍のヘリコプター3機が、ローターブレードの風切り音を響かせて、上空を通過した。
機種はCH-47Fチヌーク、2基のメインローターを持ち、物資や兵員の輸送の他、
ドラゴンは、自身の上空を通過する3機の
まるで、人の世の終わりを願う、憐れかつ
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