第8話 激戦の末に

 魔導師7人殺害を見事達成し、作戦で指定された位置にて無事合流を果たしたウィリアムとイリアの二人は、チャーリー班と共に当基地の制圧を実行すべく、攻撃準備を行っていた。



 イリアがウィリアムの姿を確認するや否や、彼が新たに調達してきた物騒極まりないに、少し引き攣った顔をした。

「ウィリアム、その、背中に背負ってるそれって……」

「見れば分かるだろう。対戦車ロケットランチャーの代名詞こと、RPG-7V2だが」


 さも当たり前の事のように言うウィリアムに、イリアは少し困惑した。

「そんな装備ブツを一体何処で?」

「この基地の敵から鹵獲ろかくした。

しかも、コイツは少し特別でな。通常の榴弾HEや対戦車用の対戦車榴弾HEATではなく、広範囲の歩兵を焼き殺す事に特化した、燃料気化弾サーモバリックが装填してある」

「……なるほど。そいつで敵を大勢吹っ飛ばしてから、戦闘を開始する訳か。

それで、何処を狙うつもりなの?」


 イリアが尋ねると、ウィリアムは『あの辺りを撃つ』と兵舎西側の1階及び2階の区画を指差した。

 彼が兵舎の脱出時に確認した限りでは、あの辺りに残りの魔導師が少なくとも三人以上おり、強力な火器を装備した兵員も数多く居るという。


 それらを燃料気化弾コイツで一網打尽に出来れば――イリアは彼の策に一つ賭ける事にした。

「分かった。それで行こう。

派手に吹っ飛ばしてやってくれ」

「ああ、そうさせて貰う」


 そう返すと、ウィリアムは携帯式無線機を取り出し、チャーリー班の班長であるエリックに連絡コールした。

「チャーリー1、聞こえているか? こちらアルファ1、ウィリアム。

魔導師ターゲットを指定数排除した。俺が合図次第、基地の制圧を開始せよ」

「アルファ1、こちらチャーリー1エリック。了解した。

一つ聞きたいんだが、そのとは、一体何なんだ……?」


 何となく危険な香りがしたため、念の為エリックはそう尋ねてみたが、ウィリアムから返ってきた答えは案の定のものであった。

「RPG-7ロケットランチャー、それもサーモバリック弾頭だ。号砲代わりにぶっ放して、奴らを高熱の爆炎で業火滅却する」


 それはどちらかといえば、号砲ではなく信号弾の類ではないかと、至極どうでもいいツッコミを心の中でしながら、エリックは軽い溜息をついた。

「……了解」



 エリックは通信を切って、茂みや樹木を遮蔽にして身を潜めていた、チャーリー班の構成員達に言った。

「ウィリアムの奴から連絡だ。当初の作戦通りに、7人の魔導師の殺害に成功し、現在は所定の位置で攻撃準備を整えている。

さて、俺達チャーリーはこれより、当該基地の制圧に乗り出す訳だが、どうやらウィリアムの奴、連中からとんでもなく物騒なものを鹵獲したらしい」

「ほう? そいつは一体何だ?」


 アンドレイが興味津々に尋ねると、エリックが実に爽やかな口調で答えた。

「対戦車ロケットランチャー、RPG-7。それも、摂氏約3000℃の高熱で周囲を焼き尽くす、サーモバリック弾を装填してる。

彼がロケットを発射し、敵兵舎に着弾したその時を合図に、俺達も基地への攻撃を開始する。

まぁ、そんな訳だ。チャーリー班総員、戦闘配置に着け!」


「了解!」

「ようやく出番か!」

「了解よ」


 エリック、ラインハルト、ベルティーナ、アンドレイ、シルヴィーからなるチャーリー班は、基地の敷地内の至近の位置まで接近し、突入のタイミングを待った。



 ウィリアムはイリアの援護の下、残りの魔導師共を灰にすべく、背負っていたRPG-7の発射器ランチャーにサーモバリック弾頭のロケット弾を装填、前後の握把グリップを握りしめ構える。

 確実に敵兵を殺傷する為、照準器の照星フロントを兵舎の窓ガラスに合わせ、射撃準備を完了させた。


「チャーリー1、こちらアルファ1ウィリアム。

射撃準備完了。いつでも撃てる」

「こちらチャーリー1、了解。

こちらも突入の準備は万端だ。そちらのタイミングで撃ってくれて構わない」

「了解。これより攻撃を実施する」


 ウィリアムは浅く呼吸して神経を極限まで研ぎ澄まし、RPGのトリガーにそっと指をかけた。


「おっと危ない、相方の後方噴射バックブラストで吹っ飛ぶなんて死に方はしたくないね……」

 そう言うと、イリアはウィリアムの左横に退避した。


 ロケットランチャーの弾薬であるロケット弾は、当たり前であるが、ロケット推進式の擲弾である。ロケット噴射の強烈な反動を、発射器の後方に逃がす事によって生まれる後方噴射バックブラストは、生身の人間が直撃を喰らえば、まず助からない。

 それで死んだ人間を何人も見てきた彼女にとっては、是が非でも避けたい惨劇であった。


「5、4、3、2、1――」


 カウントダウンが終わると共に、発射器からロケット弾が約120m/sの初速で撃ち出された後、ロケット推進によって300m/sまで急加速。白い噴煙を帯の様に引きながら、兵舎へと迫る。

 基地の兵士達の視界に、RPGのバックブラストが映った、その直後。

 弾痕一つ無い綺麗で清潔な兵舎が、転瞬、燃料気化弾の高熱に焼かれ、建物の一部が凄まじい爆炎に呑み込まれた。

 

「今だ! チャーリー班総員、突入しろ!」

 エリックが無線でそう叫ぶと、チャーリー班の五人が基地へと突入を開始。魔剣士アヴェンジャー気取りのテロリスト共の制圧を開始した。



 真っ先に前に出たのは、ベルティーナだった。


 瞬く間に遮蔽に隠れるや否や、愛銃のブルパップ式自動小銃アサルトライフルターボル21を構え、30m先の敵兵の気管を撃ち抜いて射殺。

 続けざまに右隣の敵兵も殺し、瞬く間に二人の敵を排除した。


 敵は、事態をようやく把握したらしい。基地の各所に設置されたスピーカーから、敵襲を知らせるサイレンが流れ、指揮所CPの通信士が鬼気迫った声でアナウンスを行った。


『各班、こちらCP! 当基地は現在敵襲を受けている!

総員、戦闘態勢に入れ! 繰り返す! 総員戦闘態勢!』


 兵舎中の巡回警備を担当していた兵士達や、先のウィリアムの攻撃から生き延びた者達も、銃器を携え大急ぎで外に出てきた。


「連中、ようやく出てきやがったか。

だが、展開が遅すぎる」


 そう言って、ラインハルトはヘスコ防壁から素早く身を乗り出し、展開途中だった敵複数名を、RPKのフルオート射撃でまとめて薙ぎ倒す。

 そして、彼が撃ち漏らした敵を、シルヴィーがM16A4アサルトライフルの単発セミオート射撃で仕留め、敵の防衛線に穴が空いたところで、エリックとベルティーナの二人が極めて迅速に前方へと躍進、更に苛烈な銃撃を加える。



 激化する銃撃戦の中、基地の奥の方から新手の敵部隊がぞろぞろと駆け寄って来た。

 だが、その内一人が、愚かにも満タンのガソリンに加え、荷台に武器弾薬まで積載したトラックの影に隠れた。


「おい馬鹿野郎! そのトラックの後ろは危険だ! すぐ戻れ!」

 彼の同僚らしき兵士が怒号を発し危険を知らせたが、時既に遅し。

 そのトラックを狙ってエリックが、呪文詠唱によって出力を上げた火炎魔法フレイムを掌から撃ち出し、荷台に着弾すると共に中の弾薬が誘爆し、瞬時にガソリンにも燃え移って大爆発。


 側に隠れていた兵士は無論爆死し、その周囲にいた者達も、不運な者は衝撃波で死に、そうでない者も手酷い火傷を負い戦闘不能となった。


「トラックを遮蔽にしたアイツ、ひょっとして新兵か?

吹っ飛ばした張本人が言うのもなんだが、運が無かったな……」

 エリックが、兵士に同情するように独りごちた。



 突然の奇襲を受け、まともに応戦出来ずに次々と斃されていく仲間達に、兵士達は動揺せずにはいられず、部隊同士の連携は愚か、部隊そのものの足並みも段々と乱れていく。


「クソッ! 怯むな! とにかく応戦しろ!

撃て撃て! 撃て―――ッ!」

 敵分隊長の一人が分隊員及び周囲の分隊に活を入れ、それにより銃撃は更に激しさを増す。


「チッ、奴らヒートアップしたようだな。さっきよりも抵抗が激しくなって来た……

だが、お前らは一つ、重大な事を見落としてるぜ」


 ラインハルトがそう呟くと、彼と対峙していた敵兵達が突然背後から鉛玉を浴びせられ、不意を突かれた彼らは、ほんの一瞬のうちに殲滅された。

 その向こうに見えたのは、基地のレーダーアンテナ付近に展開していた、ウィリアムとイリア、そしてチャーリー班の隊列から一人離れ、迂回攻撃を行ったアンドレイであった。


「どうやら奴ら、私らが二手に分かれて挟撃してくることすら、予想出来なかったみたいだね」

 イリアが苦笑を浮かべて言った。



「このクソッタレ共が! 木端微塵に吹き飛ばしてやる!」

 姑息な挟撃に怒りを爆発させた一人の重武装兵が、RPG-7を持ち出して、ラインハルト達の方にその照準を向けてきた。


「畜生、RPGか!」


 RPGといえば、先程ウィリアム自身が正に使用した火器だ。その威力と恐ろしさは、先のユージリア戦争と今までの傭兵生活とで身に沁みている。

 サーモバリック弾でなくとも、爆発により広い範囲に破片効果をもたらす榴弾を撃たれれば、一度に二〜三名の仲間を失う可能性さえある。


 ウィリアムはそれを阻止するべく、RPGを構えている敵兵の顔に十字線レティクルを合わせた。

 が、ウィリアムが引き金を引く前に、RPGの弾頭から突如、凍えるような蒼白の爆発が巻き起こり、周囲の敵を諸共瞬間冷凍した。



「良くやったレオニード!

テロリストの氷像の出来上がりだ!」


 狙撃を成功させた彼の隣で、セバスチャンが狙撃兵スナイパー――厳密には彼は選抜射手マークスマンであるが――にあるまじきハイテンションでそう言うと、レオニードが大きく嘆息した。

「……狙撃に集中しろ、セバスチャン」


「言われなくとも!」

 セバスチャンは敵に向き直ると、彼の愛銃、SVDS半自動式狙撃銃マークスマンライフルで、意識外からの狙撃によって次々と屠った。



 SVDSは、セミオート式の狙撃銃として開発されたSVDに、折りたたみ式銃床ストックを採用し、銃身長を短縮した空挺部隊向けのモデルだ。

 威力、精度共に高く、抜群の信頼性を誇っており、セミオート式という性質上、ボルトアクション式狙撃銃よりも連射が可能である事から、主に歩兵分隊において狙撃の役割を担う、選抜射手の装備――マークスマンライフルとして用いられる。


 レオニードはM24 SWSで、重武装をした高脅威の目標に必殺の一撃を、セバスチャンはSVDSでレオニードよりは大雑把に、しかし正確に敵を狙い撃っていった。



「あの爆発、弾頭の炸薬に凍結魔法ブリザードが込められてたのか?

もしあのまま食らってたら、こっちが冷凍肉になってたな……」

 アンドレイが先程の爆発によって凍結し、尚且つその衝撃によってバラバラに砕け散った、白い肉塊を見やって言った。


「よし! このまま押しきれ!」

 ラインハルトが一同に向かってそう叫び、戦闘は更に激しさを増していった。



 アルファ、ブラボー、チャーリーからなるヘルヴァイパーズの一行は、巧みな連携によって着実に敵を減らしていき、その数はついに残り十数名程度となった。

 最早軍事用語上の“全滅”をとうに超えて、文字通りの全滅にまで追い込まれつつある彼らは、それでも数的優勢というアドバンテージに微かな希望を見出し、決死の抵抗を続けていた。


 そんな彼らの一人が、非常に殺気立った様子でRPGを持ち出し、こちらにその筒先を向けて来た。


「チッ、性懲りもなくまたRPGなんて持ち出してきあがって……」

 そう毒づくとベルティーナは、RPGの射手に素早くライフルを構え、照準し撃発、5.56×45mmの小口径高速弾を発射した。

 だが―――


「なッ!?」

 ベルティーナがタボールの引き金を引くよりも僅かに速く、彼はRPGを発射したようだった。

 初速約900m/sという、音速の実に2倍以上の速度で5.56mmの弾丸が飛翔し、音速にも満たない速さの高重量のロケット弾とすれ違う。


 そして次の瞬間、射手の眉間に穴が穿たれ、血煙を噴き出して倒れた、それと、ほぼ同時に。

 ベルティーナの十数m左で、ランチャーから発射されたRPGの弾頭が轟音と共に炸裂し、部隊から孤立気味だったシルヴィーが、爆風に呑み込まれたのが見えた。


「シルヴィー!」

 ベルティーナは割れるような声で叫び、敵との応戦を続けつつ、シルヴィーの元へ駆け寄った。




 SWに奪取されたレーダー基地の制圧及び奪還任務を終了した一行は、敵から使えそうな、あるいは高値で売れそうな装備や弾薬を回収した後、基地司令部に帰還のヘリを寄越すよう、無線で要請した。


 そして、あの射手が放ったRPG-7ロケットランチャーによって、シルヴィーは無惨にも爆死し、彼女の亡骸をラインハルト、ベルティーナ、エリックの三人が、それぞれ悲愴の表情で見つめていた。

 どうやら、使われた弾種は榴弾であったらしい。爆発の衝撃で身体が黒焦げ、腕が吹き飛んでいるだけでなく大小様々な金属の破片が、彼女の肉体はおろか、その周囲の物体にまであちこち突き刺さっている。


 ラインハルトがゆっくりと膝をつき、彼女の認識票ドックタグを拾い上げたところで、基地のレーダーサイトの方に居たウィリアム、イリア、アンドレイの三人も、シルヴィーの元へと駆け寄って来た。


「シルヴィーが殺られたってのは、本当か!?」


 アンドレイがそう尋ねると、ラインハルトが小さく頷いて答えた。

「ああ、嘘偽りの無い事実だ。

酷え死に様さ、全身が真っ黒焦げになってて、顔も原型を留めていない。

ドックタグが無きゃ、これがシルヴィーだって事すら分からねぇ……」


「……シルヴィー」

 ウィリアムが弱々しい口調で、その名を口にした。


「シルヴィーは、アンタら三人から孤立していた。

殺られてもおかしくは無かったよ。最も、私もアイツが死ぬなんて予想もしなかったけどね……」


 イリアが淡々と言うと、ベルティーナは声を荒げて、込み上げるやり場の無い怒りを拳に乗せ、それを近くのヘスコ防壁に思い切りぶつけた。

「クソッ!」


 ドスッという鈍い音が、虚しく鳴り響く。

 ウィリアムはとうに慣れた筈のこの痛みに、再び胸を突き刺されたが、それも長くは続かなかった。




 しばらくして2機のハインド――ヴァイパー06と07が、傭兵達の回収の為到着し、基地周辺の着陸地点ランディングゾーンギアを降ろして着陸。ドアを上下に開いて傭兵達を迎え入れた。

 ヘリに搭乗する一行の足取りは、いつもよりもやや重く、表情も暗かったが、彼女の――シルヴィーの死に涙する者は、誰一人として居なかった。


 帰還ヘリの2番機――ヴァイパー07の方へ乗り込んだラインハルトが、座席のシートに腰を下ろすと、操縦席コクピットのヘリパイロットが後ろを振り返って言った。

「聞いたぜ、シルヴィーが戦死したんだってな……」


 シルヴィーの死を“戦死”と言った彼に、ラインハルトは唇を一文字に引き結んで言った。

―――彼女は確かに、果敢に敵と戦って死んだ。だが、彼女は……


「……さ」

「え?」

「俺達みたいな民間で活動している傭兵は、軍人扱いを受けない。

だから戦時国際法なんざ適用されないし、仮に戦闘でくたばっても、“戦死”とは明記されないだろ?」

「……そうか……そうだったな。

俺も、そしてアンタらも……」



 最後の一人であるエリックが乗り込むと、ヘリのドアが閉まり、揚力を得たローターブレードが唸りを上げて、機体を上昇させた。

 2機の機内には、シルヴィーという仲間の一人を失った喪失感が漂い、永遠にも感じられる程の沈黙が続いたが、それは傭兵である彼らにとって、日常の一部に過ぎなかった……

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