第7話 ステルスキル

 ウィリアムとイリアの二人からなる元エージェント組のアルファ班は、レーダー基地に潜入するべく、敵に気付かれないように斜面を静かに、かつ迅速に下っていった。


 斜面を下り終えた二人は、警備が比較的薄い箇所から基地へと潜入し、身を隠す為ウィリアムは輸送トラックの影に、イリアは陣地防御用の大型土嚢――ヘスコ防壁の裏に身を潜めた。


 すると兵士一人がウィリアムが遮蔽としている輸送トラックの方へ近寄って来た。

 ウィリアムすぐさまトラックの荷台へと隠れ、息を潜めて向かって来る敵を待ち伏せした。


 敵兵がトラックの横を素通りしようとしたその一瞬、ウィリアムの翠緑エメラルドの双眸と目があった。

 が、反応するのが遅すぎたようだ。

 次の瞬間、ウィリアムは敵をトラックの荷台に瞬時に引きずり込み、喚き声一つ上げる隙さえ与えず喉笛にナイフを突き立て、音もなくそれを引き抜いた。

―――遅すぎる。


 鮮血に紅く濡れ、目を見開いた状態で息絶えた死体をトラックの荷台にそっと置いた後、魔法を発動してその死体を処理。

 直後、彼は荷台から無音で降りて、警備の目をかいくぐりながら少しずつ着実に前進した。




 一方のイリアは、持ち前の隠密技術スニークスキルを活かして警備を掻い潜り、ターゲットの居る兵舎を目指して姿勢を低くしながら素早く前進していた。

 ウィリアムより先に兵舎の側に辿り着くと、兵舎裏側の窓が一箇所だけ空いているのを視認。

 そこから建物内部へ侵入しようと彼女は試みたが、その部屋に一人敵兵が居るのを確認し、踏み止まった。

―――危なかった……


 イリアはすぐに無線機を取り出し、狙撃手のレオニードに連絡コールした。

「ブラボー1、こちらアルファ2のイリアだ。

座標ポイントB-2の部屋の中に敵兵一名を確認。狙撃による排除を要請する」

「こちらブラボー1レオニード、了解。何処の部屋だ?」

「そちらから見て、兵舎の一番左の1階に居る奴だ」


 レオニードが愛用の高倍率光学照準器ライフルスコープ越しに指定の位置を索敵すると、確かに敵の姿が確認出来た。

「よし、こちらからも敵影を確認した。

これより狙撃を行う。3つ数えたら突入しろ」

「了解、頼んだよ」


 レオニードは前回のモシンナガンとは対象的にモダンな印象を受ける手動槓桿式狙撃銃ボルトアクションスナイパーライフル――M24 SWSに装着しているスコープの倍率を上げ、レティクルを微調節すると、距離と風向き、風速などを計算しつつ標的を照準に捉え、引き金にそっと指をかけた。


「3、2、1――」

 カウントダウンが終わると共にレオニードがM24を撃発トリガ。大口径高威力の弾丸が敵の心臓を精確に喰い破った。


 それをほぼ同時にイリアが窓から侵入し、レオニードが狙撃した敵の死体を消滅させて、魔導師ターゲットの捜索を開始した。




 ウィリアムの方も警備を何と掻い潜って、兵舎の窓から建物内へ潜入しようと試みていた。

 慎重に辺りを見回していると、右から3番目の部屋の窓が、がらんと空いているのを確認した。

 敵戦闘員の侵入など想定していないから換気の為開けているのだろうが、無防備だなとウィリアムは眉をひそめる。


「あそこから舎内へ入るか」

 彼の鳴く声よりも小さく呟いて、ウィリアムは窓の手前まで行って部屋の様子をひっそりと伺った。


 中を覗くと、青色の魔法杖マジックスタッフが描かれたワッペンを肩に着けた、漆黒の戦闘服コンバットスーツを着用する敵兵が、何やらゆったりとくつろいでいる様子で座っていた――ターゲットの魔導師の一人だ。


「黒い戦闘服に魔法杖のワッペン……奴がターゲットか。

ずいぶん呑気だな。これならいつスナイパーに頭をふっ飛ばされても、可笑しくないぞ」


 そう呟いてウィリアムは周囲の警戒に目を配りつつ、魔導師が自身と反対側を向くそのタイミングをじっと待った。

 魔導師がウィリアムの反対側を向いた瞬間、彼は瞬時に窓枠から身体を出し、消音器サプレッサー付きのMk.23自動式拳銃オートマチックピストルで魔導師の後頭部に45.ACP弾を1発叩き込む。

 標的がその場にたおれ、頭から赤黒い血を流して絶命した。


「まずは一人目……」

 ウィリアムは音を立てずに窓から部屋内へと侵入すると、直後魔導師の死体を消滅させて処理。

 そして部屋の扉の向こうから敵の足音がしない事を確認し、そっと扉を開いて廊下の様子を伺った。



 扉の隙間から廊下を覗き込むと、敵一人が通路上を巡回しているのが見える。

 こちらの存在を悟られた様子は無い。特段警戒もしていなさそうだ。


「奴を生かしておくと面倒だな……

だが、あそこはこの兵舎の廊下だ。ナイフや銃で殺せば、血痕で他の敵に存在を悟られる」


 当たり前ではあるが、動物は刃物で刺されたり、銃弾を撃ち込まれれば多数の血管が破れ、血管内を通る血液が体外へと出血する。

 今このタイミングで廊下のタイルを血で汚せば、彼は墓穴を掘る羽目になるだろう。

―――それなら。


 ウィリアムは隙を見計らって部屋から退出し、周りに他の敵が居ない事を確認すると、巡回してる兵士に背後から素早く頭を掴み、そのまま首をぼきりとへし折った。

 ナイフキルよりも敵の反撃に合うリスクも大きいが、今はこの殺し方が最善であった。


「ここで死体処理をしていたら敵に気付かれるな……」


 ウィリアムは素早く死体を持ち上げて背中に担ぎ、その状態のまま兵舎地下への階段を下って、次の目標を探した。



 ウィリアムは魔導師達が待機しているとされる、兵舎の地下区画の捜索を開始した。

 地下の通路上は等間隔に設置された照明によって照らされていたものの全体的に薄暗く、また人の気配も少なかった。


「妙だな、巡回してる奴がロクに居ないぞ……?」


 Mk.23を正面に構えながら慎重に進んでいくと、通路を曲がった先に一人の兵士が居るのが見えた。

 だが、その兵士は今回の標的である魔導師の特徴とはどう見ても一致せず、しかも呑気なことに一服しているときた。

 白い煙草の先端に橙色の火が無音で燻り、周囲の者を等しく蝕む有毒の紫煙が、瘴気の様に辺りに満ちる。


「……こんな所で一服か。何も、野外で吸えば良いものを。

何か一つでも、情報を持ってると良いが」

 そう小さく呟くと、ウィリアムは一服している兵士に背後から忍び寄り、ナイフを首に突き付けた。

 光の反射を防止する加工が施されたステンレス鋼の刃が、冷や汗の垂れる喉を切先に捉える。


「お前は何者だ? ここで何をしている?」


 ウィリアムがそう尋ねると、兵士が恐怖に震えた情けない声で返答した。

「お、俺はこのレーダー基地の警備を担当してるSWの隊員だ!

俺は、た、ただ煙草を吸って一服してただけだ……!

頼む! み、見逃してくれ……!」 


 歯をガチガチと鳴らしながら必死に救いを求める兵士に対し、ウィリアムは魔導師の居場所を吐かせようと尋問した。

「基地防衛を担当する魔導師は何処だ?」

「え、えっと……」


 彼の問いに迅速に答えず、おどおどと狼狽える兵士であったが、無慈悲にも彼は殺気立った低い声で唸り、威圧した。

「言え……!」

「こ、この兵舎の各階にうろついてる! 詳細な場所までは知らない!

ほ、本当だ! 信じて――」


 分かりきった情報を聞かされたウィリアムは、兵士の必死の命乞いを最後まで言わせずに、その喉を掻き切った。

 恐怖に震えていた身体が、生命の糸を切断され沈黙し、赤黒い液体で壁と床が濡れた。


「収穫無しか……クソッ!」

 苛立ちを込めてそう吐き捨てたウィリアムは、兵士の死体を処理して階段を登り、兵舎の2階を目指した。



 音を立てずに階段を登って兵舎2階へ上がると、ウィリアムはフロアの全体を見回して敵情を伺った。

 左右の通路上を巡回する敵兵は今の所見えなかった為、今の内だと階段から右手の方へ曲がった。


「この階にもターゲットが居る筈だが……」

 小声で呟きがら、彼は標的の魔導師が居ると考えられるを箇所を一箇所ずつ入念に捜索。


 すると、廊下の左側から3番目の部屋に敵兵二名が、何やら以前の戦役での功名談こうみょうばなしに、互いに花を咲かせているようだった。

 二人の肩には青い杖の徽章きしょう――ターゲットだ。それも同じ空間に二名。


「運が良いな。二人のターゲットが同じ部屋に居るとは……

二人まとめて始末したい所だが、片方を銃で撃ち殺せば、もう片方がこちらに気付く。

叫ばれたりでもしたら、かなり面倒だ……」


 銃による射殺も、ナイフによる白兵戦も無理だとなると、残る手段はかなり限定される。

 ウィリアムは腰に携えていた投擲用スローイングナイフを2本引き抜き、左右の敵に1本ずつ構えて素早く投擲した。

 右手から放たれたナイフは標的の左こめかみ部分に、左手のナイフは頭頂部の右側面に深く突き刺さり、二人の魔導師はほぼ同時に骸と化した。


 ウィリアムは部屋の中へ迅速に入り、背負っていた兵士の死体をその場に下ろすと、死体除去魔法を使って三人の死体をまとめて処分した。


「これで残すターゲットは、あと四人か」


 ウィリアムは部屋を出て、引き続きターゲットを捜索した……




 兵舎西側でターゲットの排除にあたっていたウィリアムとは反対に、兵舎東側を捜索していたイリアは、兵舎3階の部屋で無駄話をべらべらと駄弁っている魔導師を狙っていた。


 会話を終え、兵士が魔導師に踵を返したタイミングで、イリアはAS VALで魔導師の頭を撃ち抜き、倒れた音に反応して振り向いた兵士も、騒ぎ立てる前に弾を叩き込んで黙らせた。


「よし、これで二人目……」


 イリアが死体を処理しようと部屋に入ろうとすると、無線機に通信が入った。ウィリアムからだ。


「こちらアルファ1ウィリアム、ターゲットを計三人始末した。

イリア、そっちはどうだ?」


 イリアは周囲の警戒を厳とした、険しい表情のまま応答した。

「こちらアルファ2イリア、こちらはたった今二人目を排除したところだ」

「なるほど二人か、了解した。

となると、魔導師をもうあと二人始末すればチャーリー班が突入出来るな」

「……いや、あと一人だ」

 突如通信に割り込んでそう言って来たのは、狙撃班のブラボー1レオニードだった。


「兵舎4階の部屋の中で孤立していたターゲット一名を、狙撃により排除した。

つまり、あと一人殺ればチャーリー班の突入が可能になる。ヘマをするなよ」

「……了解」



 高脅威目標の狙撃を担当するレオニードとセバスチャンのブラボー班は、アルファからの要請があった際は勿論だが、ターゲットである魔導師を狙撃のみで排除可能な状況であれば、要請がなくとも独断で狙撃を実行出来る。

 ブリーフィングで事前に決めた事とは言え、あのタイミングで報告を行って来たレオニードには、二人は悪意を感じずにはいられなかった。


 ウィリアムは呆れた様子で小さく嘆息し、イリアに何も言わぬまま無線を切った。

 イリアは無線越しに聞いたウィリアムのそれよりも大きな溜息をつくと、小声で愚痴をこぼした。

「全く、あのスナイパーはいつもいつも冷酷無比なクセして、変なところで人間臭いというか、なんというか……

まあ良いさ、いつまでもここにいたら、奴らに見つかるだけだ」


 無線機をポーチに収納すると、イリアは兵士と魔術師の死体をそれぞれ消滅させ、最後の目標を探しに行った。



 イリアが部屋を出て、3階のフロアを引き続き捜索していると、一人の敵兵が階段をこつこつと音を立てて登ってきた。

 咄嗟に近くの無人の部屋に身を隠すと、彼女は部屋の入口から敵兵の様子を伺った。

 黒い戦闘服の肩に魔法杖の徽章。魔導師の特徴と完全に一致する。


「あの戦闘服、ターゲットか!」

 そう呟くとイリアは、携えていた消音ライフルを強く握り締めて、射撃のチャンスをじっと待った。


 周りに他の敵が居ない事を確認すると、赤色光点照準器レッドドットサイトの光点に標的の頭部を迅速に捉え、引き金トリガーを引いた。

 撃発と共に9×39mmの亜音速の弾丸が大脳を穿ち、魔導師はその場に倒れ込んで、頭から血と脳漿のうしょうを垂れ流した。


「よし、これで七人目!」


 イリアは念の為すぐに死体の処理を行い、大急ぎで無線機を取り出してウィリアムにコールした。

「アルファ1、こちらアルファ2イリア。

七人目のターゲットの排除に成功。これより兵舎を脱出し待機位置に向かう」

「こちらアルファ1、ラジャー。

よくやった。俺も兵舎から脱出後、すぐにそちらと合流する」



 今回のレーダー基地奪還作戦の作戦第一段階である、敵魔導師排除を見事達成したウィリアム、イリアの二人からなるアルファ班は、静かなる死の亡霊の如く兵舎を出て、互いの合流を目指した。

 彼らの目撃者は、ただ一人の例外もなく、この世から消えていた。

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