第6話 作戦行動開始
出撃時刻である19時前、ウィリアムをはじめとした9名の作戦参加者は、基地の1番ヘリポートの付近にて待機していた。
9名の内殆どは、生真面目に装備の最終点検などを行っている者と、楽しげに仲間と談笑している者とで別れていたが、その中でウィリアムだけが、星々が煌めくヴィラークの夜空を、空虚なグリーンの瞳で見つめていた。
「回せー! 回せーッ!」
ヘリのパイロットが腕を回しながら怒号を上げ、ガンナーと複数名の整備兵を引き連れて、Mi-35の無骨で風変わりな
「ウィリアム、サブソニックの方は準備してきた?」
彼の隣に立っていたイリアが、まるで母親の様な口調でウィリアムに尋ねると、ウィリアムは
マガジンを渡されたイリアは、詰め込まれたライフル弾の中から1発のみを取り出し、手に取って弾種を確認した。
「5.45×39mmの亜音速弾……よし、間違いないね」
確認したイリアは取り出した弾を再びマガジンに押し込んで戻し、ウィリアムに返した。
「なぁイリア。前から聞きたかったんだが……」
イリアの正面に居たアンドレイが尋ねてきた。
「何だいアンドレイ?」
「お前とウィリアムって、大体いつも一緒に出撃してるよな? 何か理由でもあるのか?」
アンドレイの素朴な疑問に対して、イリアは『何て言うのかな……』と言葉を詰まらせた。
頭を掻きながら夜空を見上げる彼女の隣で、ウィリアムは手にした
「……一種の“成り行き”ってやつかもな」
一瞬戸惑った二人だったが、イリアの方はすぐにその意味を理解し、おどけた微笑でアンドレイに言った。
「コイツの言う通りさアンドレイ。本当に成り行きとしか言いようが無いんだよ……」
「成り行き……か。
少なくとも、良い成り行きには見えないな」
アンドレイがそう言うと、イリアがクスッと笑って言った。
「違い無いね……」
そんな
「出撃時刻の1900までもう間もなくです!
機体の準備は既に整っております! 急ぎ搭乗を!」
そう伝えられたウィリアム達は、各自の装備を背負って駆け足でヘリポートに向かい、素早くヘリに乗り込んで座席に腰を下ろした。
「今回同じヘリに乗るメンバーは、ウィリアム、イリア、レオニード、アンドレイ、そして俺だな」
セバスチャンが機内を見回して呟いた。
「だったら何だ? 嫌か?」
レオニードが乾いた低い声で尋ねた。
「どうもしないさレオニード。
ったく、相変わらず氷みたいに冷たいなお前は……」
セバスチャンが首を横に振りながら、うんざりした様子で返答した。
それから数分が経過した頃、ウィリアム達の搭乗しているヘリに基地の
「ヴァイパー03、こちらCP。離陸を許可する。
1番ヘリポートより直ちに離陸せよ!」
「こちらヴァイパー03、了解。これより離陸する!
上昇開始!」
パイロットがコクピット左手の
闇夜に
そして一定の高度まで上昇すると、ランディングギアを格納して垂直上昇を止め、スロットルを上げて前進飛行へと切り替え、旋回して北西へと飛び立った。
◇ ◇ ◇
2機のハインド――ヴァイパー03とヴァイパー05は、ウィリアム達計9名を乗せて、敵のレーダーに探知されないよう、地を這うような低空飛行で作戦区域へと飛行を続け、現在は
地獄の底を這う蛇の
「ヴァイパー03よりヴァイパー05ヘ。LZまで残り約20kmだ。
周囲の警戒を怠るな。
「ヴァイパー05、了解。
SAMを食らうなよ。せっかくの
「全く。最近のテロリストは、こっちが視認出来ねぇような茂みの中から
ヴァイパー03のパイロットがそう愚痴をこぼすと、ウィリアムが彼の恐怖を更に加速させるような指摘をした。
「FIM-92スティンガーか。確かにあれはお前らヘリパイロットにとっては、正に
だが、
誘導機能が無いから命中は難しいが、スティンガーより高威力で、しかもスティンガーなんかよりよっぽど安価で入手が容易だ。連中も相当数配備してる筈だ」
「お、脅かすなよウィリアム!
ただでさえ、おっかなびっくり低空を飛んでるってのに、RPGの事まで言われちまったら俺も
「しかし、仮にも軍の重要なレーダー基地をそんないとも容易く制圧してしまうとは、連中、相当な手慣れのようだね」
イリアがそう呟くと、アンドレイが自身の憶測を述べた。
「ああ。単なるテロリストの集団とは到底思えん。
これはあくまで俺の見解だが、奴らに加担してる国家や企業は複数いるし、そいつらから渡された金で武器兵器の調達だけでなく、俺達みたいな傭兵だって大勢雇ってるだろう。
そうでなきゃ、
一同がそんな話をしてるうちに、ヴァイパー03と05は着陸地点に到着した。
「こちらヴァイパー03! LZに到着!」
着陸地点に到着した2機は
騒音と共に旋風を巻き起こしながら、2機のハインドはLZに着陸を行い、機体胴体のドアが上下に開かれると、搭乗していた傭兵達が一斉にヘリから降りていった。
「各班総員、作戦行動開始! 遅れるな!」
ヘリの周囲に展開してクリアリングを行った直後、傭兵一同はアルファ班のウィリアムを先頭にフォーメーションを組み、厳然と銃を構えながら夜の森林の深い闇の中へと進撃していった……
一同は道中での敵との接触、交戦を避ける為、予め設定した敵の監視網を回避可能なルートを通り、例のレーダー基地を目指した。
闇夜に包まれた森の中は樹木が立ち並んでおり、生い茂った葉が闇を増大させている為に非常に暗く、いかにも出そうな恐ろしげな雰囲気であった。
「いい森だ……ステルスミッションには最適だね」
イリアが小声で呟いた。
「イリアはこういう場所が好きなのか?」
アンドレイにそう問われると、イリアが苦笑いしながら答えた。
「ああ。好きだよこういう所は。
正確には『好きになってしまった』だけどね」
「なるほど。ま、人には色々あるだろうさ」
その一瞬、イリアの表情が少しだけ曇ったのを、ウィリアムは見逃さなかった。
彼女とは国防軍のエージェントだった頃からの、比較的長い付き合いだ。彼女の全てを知っていなくとも、彼女の些細な表情の変化の――その大まかな意味くらいは、彼にも理解出来る。
意味深なイリアのその言葉から様々な出来事を連想するウィリアムであったが、すぐに意識を切り替え、眼前の任務に集中することにした。
「しかし不気味な所ね……怨霊でも出てくるんじゃない?」
シルヴィーが苦笑しながらそう呟くと、ベルティーナは怨霊よりも恐ろしい言葉を放った。
「ハッ! 幽霊が怖くて人殺しが出来るか!
出てきてみろクソ共! 切り刻んでサイコロステーキにしてやる!」
「……冗談よベルティーナ。冗談だからそんな血走った目をしないで……」
ベルティーナをなだめるシルヴィーの後ろで、レオニードが低い声でぼやいた。
「怨霊なんかよりも、生きた人間が一番恐ろしい。
それは、これまで戦場で生きて来た――戦争という醜い世界を渡り歩いて来た俺達が、一番よく知っている事だ」
「ハハッ、違いねぇな……」
レオニードの最もな意見に同意するラインハルトの前方で、ウィリアムはこれまで戦場で経験して来た恐ろしい体験の数々に、一人想いを馳せた。
今の自分が、怨霊のそれよりも遥かに恐ろしい、鉄と樹脂で出来た黒い筒を、今正に握っていると、認識しながら。
アルファ、ブラボー、チャーリーの各班が森から抜け出すと、木の葉の絨毯が薄く敷かれた崖があり、そこから今回のターゲットである対空レーダー基地を一望出来た。
見た所レーダーサイトは目立った異常も無く稼働しており、もしも乗ってきたヘリが飛行中、あれに捕捉されていたら――彼らは背筋が凍った。
隊の先頭に居たウィリアムが、携行していた双眼鏡を手にとって、崖の上から基地の内情を偵察した。
「……連中が結界魔法を使用してまで守っているだけのことはあるな。
警備が厳重だ。ここから見えるだけで、ざっと30人以上は居る」
ウィリアムがそう言ってかぶりを振ると、ベルティーナはライフルを肩に乗せて鼻を鳴らした。
「殺し甲斐が有るって事じゃないか。大いに結構だ」
「ハハハ、相変わらずだなベルティーナ。
よし、それじゃ俺とレオニードは狙撃地点に向かう。
そっちは頼んだぜ。元エージェントのお二人さん」
セバスチャンはウィリアムとイリアに、レオニードと共に狙撃地点へと向かっていった。
「俺達
ヘマしたりするなよ。
エリックが笑いながらウィリアムにそう言うと、彼を先頭にチャーリー班が崖を迂回しながら下へ降りて、基地の付近へと展開しに向かった。
「よし。私らも一仕事行きますか」
イリアが愛銃――AS VALを構えて言った。
「ああ。だがまずは、
情報によると、基地の地下に待機してるそうだが、どうもそこにはいない気がしてならん……」
ウィリアムがそう言うと、イリアが代わり映え無い――いつもの常套手段を提案して来た。
「なら、基地の連中を尋問して、奴らの場所を聞き出せば良いんじゃない?」
それを聞いたウィリアムが呆れた様子で言った。
「いつもと何も変わってないな」
「別に良いんじゃない? 戦闘ってのは、今まで自分が生き残ってきた方法が一番正しいとも言うし」
イリアが何気ない一言を発すると、ウィリアムは何か過去の悲しい出来事を――惨劇を思い出したような、暗い声音で言った。
「ああ、そうだな……行こう」
「あ、ああ……」
イリアは、普段無愛想で感情を余り表に出さないウィリアムが、酷く悲しげな表情を見せたことを不思議に思いつつ、闇夜を突き進む彼に同伴し、テロリストに占拠されたレーダー基地への潜入を開始した。
それはまるで怨霊の――否、静かなる亡霊の如くに……
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