第5話 レーダー基地奪還

 時計の針が夜20時を指す前、ウィリアムを含めたヘルヴァイパーズの傭兵達は、基地1階のブリーフィングルームに集合していた。


 室内は傭兵達の喋り声でガヤガヤとしており、世間話をする者、今回の作戦について話す者、達成したミッションでの武勇伝を語る者などが、その構成要素であった。

 そんな中、ウィリアムは席に座り込み、寝る訳でも無くただただ沈黙していた。



「ようウィリアム!」

 爽やかな口調でそうウィリアムに声を掛けてきたのは、サラサラとしたブルーの髪と、サファイアを連想させる蒼い瞳をした好青年であった。


 彼の名はエリック・ジョンソン。年齢19歳、身長183cm。

 エルガリア王立陸軍において最強と謳われる部隊の一つ――第1竜騎兵ドラグーン戦闘団の出身者で、小隊長を務めていたらしい。


「エリック! いつ戻った?」


 ウィリアムがそう尋ねると、エリックが不満そうな表情で言った。

「多分2時間くらい前かな。

思いの外、捕虜救出作戦が長引いちゃってさ。

まともに疲れが取れないぜ……ま、いつもの事だけどさ」



 疲れきった顔で大きく溜息をつくエリックの隣で、ウィリアムは彼が今日エコー班の構成員であった事を思い出し、続けざまに質問をした。


「そう言えばエリック。お前、今日のミッションではエコー班だったよな? お前以外に誰が居たんだ?」

「ああ。今日の奴らか?

確か、ベルティーナにアンドレイ、それにセバスチャンが同じメンバーだったな」



 ベルティーナ・グラツィアーニ。性別女性、年齢21歳、身長172cm、髪は茶髪のショート、目は茶。

 元はアルティミール国防陸軍の特殊部隊の一つ“神速突撃隊”の隊員で、その凄まじい剣技と並外れた身体能力、そして優れた射撃技術から“殺戮の女王キリングクイーン”という異名で恐れられていた。

 彼女の事を知る同僚達からは『狂戦士ベルセルク』などと呼ばれており、その荒くれっぷりは今も健在である。


 アンドレイはユージリア陸軍特殊部隊の出身で、ユージリア戦争で数々の激戦を戦い抜き、戦死した隊員が過半数を占める陸軍特殊部隊において生き残った、数少ない猛者の一人である。

 同じ元ユージリア軍人のレオニードと同様に、彼もまた非愛国者であり、特殊部隊に入った理由も、最後まで連合軍に抵抗を続けた理由も『己のプライドの為』だと彼は言うが、郷土愛が皆無という訳では無いという点が、レオニードとは大きく異なっている。


 そしてセバスチャンは元ヴェンタービア海軍陸戦隊の選抜射手マークスマンで、ユージリア戦争では終戦までに敵兵を計61人殺害という、マークスマンとしては異例の戦果を上げた異端の殺戮者である。


 皆一癖あるが、頼もしい存在である事には相違無い。

 エリック自身も、彼らを傭兵仲間ビジネスパートナーとして強い信頼を寄せているようだ。

 が、その一癖ある性格が、彼にとっては疲れを生む要因であるようだが、彼もまたその内の一人であるという事を、彼は認識していなかった。



「……ところでウィリアム。お前の方は疲れて無いのか?

顔を見た感じじゃ、随分お疲れの様に見えるが」


 エリックがウィリアムを気遣う様に言うと、彼は鼻で軽く溜息をついて答えた。

「魔物共を大勢殺して、回収を依頼されていた新型火器の資料を回収して来たからな。

疲れていると言えば疲れているが、音を上げる程では無い」

「そうか……タフだなぁ、お前」



 二人が話してる内に時刻は20時丁度となり、ブリーフィングルームの手前のドアから、迷彩服を着用した一人の黒人男性が入室してきた。


「お、来たぜ!」

「リーダーがおいでなすった」


 彼がスクリーンの前に立つと、先程までベラベラと無駄話を駄弁っていた傭兵達が、瞬く間にに静まり返り、室内は静寂と緊張包まれた。


「諸君、本日はよく集まってくれた。

これよりブリーフィングを開始する」


 彼の名はトーマス・ハワード。性別男性、年齢30歳、身長189cm、スキンヘッド、目は黒色、そしてヘルヴァイパーズでは数少ない黒人でもある。

 そんな彼はこの民間傭兵チーム“ヘルヴァイパーズ”の傭兵達を取り仕切っているチームリーダーであり、この荒々しい凶暴な蛇ヘルヴァイパー共の頭を務めるだけの頭脳とリーダーシップ、そして強さを備えた人物だ。


 元々はアロランド合衆国の陸軍第148空挺旅団隷下の第103歩兵連隊第1大隊第3中隊の中隊長を努めており、ユージリア戦争ではその優れた戦闘指揮能力と射撃技術、カリスマ性、そして部下想いな性格から、第148空挺旅団の者達は勿論、それ以外の空挺部隊の隊員達からも英雄視されていた。


 

 トーマスはモニター前のデスクに置いてあった、今作戦に関する原稿を手に取り、傭兵達に向かって説明を始めた。


「今回のクライアントは、ガルダーレス空軍だ。

ターゲットは、当基地から北西140kmに位置する、敵の対空レーダー基地だ」


 それを聞いたイリアが、鋭い目つきでトーマスに質問した。

「それって、数日前にテロリスト連中の攻撃を受けて制圧された、ガルターレス軍のレーダー基地の事?」

「その通りだ、イリア」


 トーマスが説明を続ける。

「イリアが言ったように、この基地は元々はガルターレス空軍が本土防空の為に運用していた、対空レーダー施設だった。

だが諸君らも知っての通り、ここ最近、親魔王軍派国際武装集団――通称“SW”が、ガルターレスやリンギアを中心とした地域で、勢力を拡大して暴れ回っている。

そのSW所属のテロリスト達が、当該基地を制圧、占領し、その後レーダーサイトを運用可能な人員をヘリで輸送した事によって、SWはガルターレス軍の航空機を警戒・監視する能力を手に入れた。

基地の占領により、SWの部隊は空爆を未然に防ぐ、もしくは退避する事が可能となり、また鹵獲した地対空ミサイルの十分な運用が可能となった事で、ガルターレス空軍をはじめとした国連軍の航空部隊に一定の損害が出ている」



 それを聞いたベルティーナは、トーマスの説明に口を挟むように言った。

「レーダーサイトと言っても、低空侵攻してくる攻撃機やステルス機は探知出来ないだろ?

それに、マルチロール戦闘機に対レーダーミサイルを積んで敵の射程圏外アウトレンジからぶっ放せば、レーダーだってSAMサム(地対空ミサイル)だってローリスクでぶっ壊せるだろうが」


 ベルティーナから鋭い指摘を受けたトーマスは、彼女の疑問に答える形で説明を続けた。

「その通りだベルティーナ。ステルス機や対レーダーミサイルを用いれば、敵のレーダーを潰す事は、航空優勢さえ獲得出来ていればそれほど困難では無い。

現に国連軍もベルティーナが言った事と同じことを考えた。そしてそれを実行した。

しかし、連中は魔導師達の力を用いて、ミサイルや敵の攻撃機を目視すると、魔力防壁フォースフィールドを展開して、こちらの攻撃を防御してくるそうだ……」



 多大な魔力を消費して、指定範囲に高強度の魔力結界を張り巡らせる陣地防御魔法、フォースフィールド。

 そんな大魔法を用いてレーダー基地を空爆から守るなど、今までの戦争では一切前例が無かった為、傭兵達は度肝を抜いた。


「何だと!?」

「フォースフィールドで防ぐなんて……」

「敵も馬鹿じゃねぇみてぇだな……」


 騒ぎ立てる傭兵達を前に、トーマスが引き続き説明する。

「そのフォースフィールドは非常に堅固で、通常兵器では破壊することが極めて困難だ。

国連軍の兵器の中には、防壁を破壊可能な兵器も無い訳では無いが、各国軍の各々の事情により、今回の作戦でそこまでの費用は掛けられないそうだ。

だが、一つだけ朗報がある。

どうやら連中は、フォースフィールドで国連軍の攻撃を防ぐ為、魔導師達に魔力補給剤マナポーションを供給するのに必死で、対空兵器を含めた武器や人員の配備、弾薬の補給などが遅れていてるらしい。


そこで、俺達の出番という訳だ。

戦闘ヘリコプター、Mi-35ハインドによる低空侵入で敵のレーダー網をかいくぐり、そのまま敵基地付近の森林地帯へ降下。

その後は敵の監視網を潜り抜けながら徒歩で基地を目指し、基地ヘ潜入。魔導師を排除したのち、基地を占領しているテロリスト共を残らず殲滅せよ!」



 作戦内容を聞いたエリックが、やれやれと手を広げて呟いた。

「毎度の事だが、今回もかなりヤバい仕事が回って来たな……

まあ、当然と言えば当然か。軍の連中に出来ない事をやるのが、俺達の仕事だからな」


 そう呟くエリックの隣で、ウィリアムがトーマスに質問した。

「とろこでトーマス、その魔導師とやらは合計何人居るんだ?」


 トーマスは手元の資料を念の為再確認し、自身の記憶と照合して間違いが無い事を確かめてから、ウィリアムの疑問に答えた。

「12人だ」


 それを聞かされたウィリアムは一瞬目を丸くし、やがてしかめっ面となって唸った。

「多いな……」


「そうだ。その為全ての魔導師を暗殺によって各個撃破するのは不可能と思われる……

そこでだ! 作戦を説明する!


まず、少数の潜入班が基地を偵察、潜入を行い、連中の魔導師12人中7人を排除し、フォースフィールドの発動を防ぐ。

その後は後続の制圧班が基地へ突入。全ての敵を排除し、基地を制圧。

そして、狙撃班は潜入、基地制圧時に、他班からの指示の元、高脅威目標を狙撃し、味方を支援せよ!」


 作戦内容を聞いた傭兵達は、正気とは思えない少数での基地奪還ミッションに動揺を禁じ得ず、騒ぎ始めた。

「7人!?」

「そんな基地に少人数で潜入して魔導師を殺せって言うのか!? しかも7人も!?」

「無茶だ!」


 あーだこーだと騒ぐ彼らに向かって、トーマスが傭兵チームのリーダーというよりも、軍司令官と表現した方が適切な、厳格厳正な態度で言い放った。

「その通りだ諸君。だからこそこの仕事は、諸君にしかこなせない仕事と言う訳だ。

本作戦は明日あす夜決行する。

成功報酬は6万ルード。参加希望者は今夜2200までに俺の元に名乗り出てくれ!」


「……やれやれ。やっと私好みのミッションが回って来たと思ったら、今回も随分と派手な戦闘になりそうだね」

「まあそう言うなよイリア。たまには派手に暴れて敵をブチ殺すのも良いもんだぜ?」


 静かなる殺戮を望む年若き少女、イリアと、圧倒的な暴力を渇望する獰猛な戦の女王ウォークイーン、ベルティーナ。

 対象的な性質を持つ二人は異なる部分の方が多かったが共通点も多く、最大の共通点は、屈強な男さえ凍り付かせる程の強烈な“殺気”の使い手であるという所であった。



「本日のブリーフィングは以上だ! 各自、自身の装備のチェックと体調管理を怠らないように!」


 トーマスの『解散!』という言葉と共に、傭兵達は次々と席から立ち上がり、ブリーフィングルームからぞろぞろと退出していった……


 ◇ ◇ ◇


 ブリーフィングから約20分が経過した頃。ウィリアムは作戦参加の申し出をするべく、トーマスの居る2階の司令室に向かった。

 司令室のドアの前に着くと、軽く3回ノックした後、間髪入れずやや無遠慮にドアを開けた。


「ウィリアムか。お前ならきっと来ると思ったよ」

「他の奴らはまだ来てないのか?」


 ウィリアムがそう訪ねると、トーマスが心なしか嬉しそうにしながら言った。

「ああ。今回もお前が一番乗りだよ、ウィリアム」


 ウィリアムが鼻で軽く溜息をついた。

「……別に一番乗りなんてつもりは無いんだが」

「分かってるさウィリアム。からかっただけだ。

明日の朝1000に、作戦参加希望者を集めて再びブリーフィングを行う。

それまで、今日はゆっくり休んでくれ」

「了解。気遣い感謝する」


 その一言のみを残して、ウィリアムは相変わらず無愛想に司令部から退出していった。

 

「相変わらず無愛想な男だな。まあ、それが彼の魅力、なのかもしれん……」

 トーマスが溜息をついて呟いた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の午前10時。ウィリアムを含めた作戦参加希望者は、再びブリーフィングルームに集っていた。


「ウィリアム、イリア、エリック、ラインハルト、レオニード、ベルティーナ、アンドレイ、セバスチャン、シルヴィー。よし、全員揃ってるな」

 トーマスが参加者のリストを確認しながら言った。


「それでは、各班の編成について説明を行う。

まず、元エージェントのウィリアムとイリアは、潜入と暗殺を担当するアルファ班だ。

敵基地へ潜入、亡霊の如く敵に忍び乗り、静かに始末しろ」


「了解した」

「分かったよ」

 ウィリアムとイリアは頷いて承諾した。


「次は狙撃を担当するブラボー班だ。

狙撃の腕に定評のあるレオニードとセバスチャンにやって貰う。

狙撃地点スポットの選定については、お前達二人の判断に一任する」


「ほう。アンタにしちゃ、随分と無責任な事を口にするじゃないか?」


 セバスチャンが腕を組んでそう言うと、トーマスは余裕の表情でこう返した。

「ここはそういう場所だセバスチャン。

無論チームワークを軽視する訳では無いが、基本は各自で考え、各自で動いて、各自で稼ぐ。

それが俺達の仕事ビジネスだ。言ってなかったか?」


 正論を叩きつけられたセバスチャンはぐうの音も出なくなり、『はいはい』と言わんばかりに軽く頷いた。

 不満気な様子のセバスチャンを余所に、トーマスは説明を再開する。


「エリック、ラインハルト、ベルティーナ、アンドレイ、シルヴィーの5人はチャーリー班として基地制圧を担当する。

アルファ班が指定数の魔導師を排除した後、すぐに合流してアルファ、チャーリーの2班で、ブラボーの支援の元基地を攻撃し、テロリスト共を速やかに制圧せよ」


「任せておけ。敵を切り刻むのは私の得意分野だ」


 ベルティーナが自慢気にそう言い放つと、すると、エリックがそれに張り合うように言った。

「剣なら俺だって負けてないぜ。ベルティーナ」 

「ああ。けれどお前の場合は、機関銃マシンガンの弾を剣でスパスパ斬るような無茶な使い方を頻繁にやるもんだから、剣の修理費がかさんじまって、稼ぎが悪いんだろ?」

「……はいはい。無茶しないようせいぜい努力しますよ」


 魔女の様な意地の悪い笑みを浮かべてからかってくるベルティーナに対し、エリックは酷くだるそうな顔をして適当に流した。



 二人の生産性皆無の無意味なやりとりが終わったのを確認したトーマスは、咳払いをして続ける。

「以上9名が本作戦の参加者だ。

尚、潜入を担当するアルファ班の使用する銃火器は、銃声による位置の発覚を防止する為、サプレッサー及びサブソニック弾の使用を義務付ける」


「なるほど。まあ私のAS VALは元々消音銃だから問題無いね」

「俺もAK-74用のサプレッサーとサブソニックは武器庫にしまってある。問題は無いだろう」

「よし。二人とも大丈夫そうだな。

説明は以上だ。何か質問は?」


 トーマスが一同を見渡して質問の有無を確認すると、アンドレイが挙手して言った。

「一つ聞きたい」

「何だ?」

「今作戦の参加人数は9名だが、この基地で運用している重武装戦闘ヘリコプター――Mi-35ハインドの兵員搭乗可能数は8名のみだ。

しかもほぼ全員が重装備をしていくとなれば、1機でこの人数を乗せるのは到底不可能だぞ?

そこはどう対処する?」


 アンドレイから鋭い質問を受けたトーマスは、『良い質問だ』と言いたげに口角を上げて、返答した。

「それについては、2機のヘリに分けて君達9名を搭乗させるつもりでいる。重量過多の心配は無用だ」

「なるほど。それなら良いんだが」

「うむ。他に質問は?」


 トーマスが一同にそう訪ねると、一同は互いに顔を見合わせ、互いに何も不明点が無い事を確認すると、沈黙をもってそれに答えた。


「よし。それでは各自、健闘を祈る! 解散!」


 トーマスの号令と共に一同は速やかに解散し、必要な装備の確認や状態のチェックなどにそれぞれ向かった。

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