第4話 捕食者の噂

 ガルターレス共和国南西ヴィラーク県。人里から少し離れた山岳地帯の麓。

 そこには、中規模程度の軍事基地が建てられており、ヘリの発着場が数箇所と、幾つかの格納庫が立ち並んでいて、時折物資輸送の為に軍用トラックが、厳かで物々しい、頑丈そうな門を出入りしていた。

 何処の国旗も掲げず、階級章無き隊員達によって守護されているこの基地は、現在世界最強の実績を誇る民間傭兵チーム“ヘルヴァイパーズ”の前線基地である。



 基地の2番ヘリポートに1機のMi-35ハインドが、色鮮やかな機外灯を点灯させながらゆっくりと降下していき、着陸した。

 丁度、任務を完了させた傭兵達を回収し、基地に帰還したところだろう。


 任務遂行の為傭兵達を乗せ、航空支援や対地攻撃などの任務も同時に請け負っている、ヘリのパイロットとヘリガンナー。

 彼らもまた、ヘルヴァイパーズに所属する傭兵である。



 ハインドのドアが上下に開き、四人の傭兵が軽快な足取りで降りてきた。

 降りてきたのは、戦闘から帰還したデルタ班のウィリアム、イリア、ラインハルトの3名。そしてチャート班のレオニード1名の計四名である。


 全員がヘリから降機したタイミングで、イリアが『あっ』と何かを思い出し、レオニードに質問した。

「そう言えばレオニード。アンタ、今回の戦闘では狙撃銃にモシンナガンをチョイスしてたよね?

何か理由でもあるの?」


 それを尋ねられたレオニードは、実に無愛想な口調で答えた。

「弾薬代が安く済むからだ。それ以外に理由は無い」


 二人の会話にウィリアムが口を挟むように言った。

「モシンナガンの7.62×54Rライフル弾は、一発辺りの値段が安価な割に高威力で、モシンナガン本体もかなり安く、それでいて高い信頼性と精度を誇る。

俺も節約したい時は世話になった」


 そう聞くとイリアは、顎に手を当てて呟いた。

「ほう。それは良いね。

もし機会があれば、私も使ってみるとしよう」



 四人がヘリポートの階段を下って兵舎の方へ向かおうとすると、顎に薄く髭を生やした一人の男が駆け寄って来て、挨拶をしてきた。

 ワインやウィスキーよりもビールがよく似合う彼は、元エルガリア海兵隊員のオーウェンだ。


「ようお前ら! お疲れさん! ミッションの帰りかい?」

「アンタかオーウェン。生きてて何よりだ」


 イリアがそう言うと、オーウェンは自信満々に言い放った。

「当たり前だ!魔物やテロリスト相手に殺られる俺じゃねぇからな!

……ま、相手も俺達みたいな傭兵だったら、手こずるかもしれねぇけどな……」


 彼のその自信なさげな発言に、ウィリアムが呆れたように鼻で溜息をついて彼に忠告した。

「自分の実力に自信が持てないのか?

だったら日々鍛錬に励むことだ。さもないと冥界の門を潜る羽目になるぞ」


 オーウェンが笑いながら返答した。

「言われなくたって分かってるよウィリアム。

あ、そうそう。トーマスから伝言だ。

本日2000に作戦会議室ブリーフィングルームへ集合しろだってさ。

明日の作戦について説明するそうだから、それまでに夕食を済ませた方が良いぜ。

なにせ、彼は真面目な男だからな。ブリーフィングも手短には済ませてくれないだろう。

腹が減っては頭も回らぬ、だ。きちんと食っとけよ」


 オーウェンから業務連絡を受けたラインハルトは、身に着けているデジタル腕時計で現在時刻を確認した。

「現在時刻は1742だ。十分間に合う。

命が惜しい奴はメモ帳とペンを忘れるなよ。

それじゃ、また後でな」


 ラインハルトのその言葉と共に、一同は互いに軽く手を振ったりして解散し、それぞれの個室へと向かっていった。


 ◇ ◇ ◇


 ウィリアムが自身の個室に向かう途中、兵舎内の廊下で立ち話をしている二人の男の声が聞こえて来た。

 声の主は、アルティミール陸軍空挺部隊出身のポールとジョエルであった。


 ウィリアムはいつもの無駄話だと思って素通りしようとしたが、彼にとって気になる話題が彼の耳に入って来た。



「それでな、1ヶ月位前にリーサリア(リーサリア州 アルティミール北東部の州)に住んでる俺の3つ下の弟から聞いた話なんだけどな……

弟が度胸試しがてら、三人のダチを連れての四人で心霊スポットに行ったらしいんだ。

それも、アルティミール国内でも屈指の最恐スポットって名高い廃村にな……」

「……それで? 幽霊でも見たって言いたいのか?」


 ジョエルが呆れた様子で首を振りながら言うと、ポールが話を続けた。

「いや、弟は昔っから霊感が強くて、幽霊には慣れっこだから、ただの幽霊とかじゃちっともビビりゃあしねぇよ。

まあ聞いてくれ……

話によるとな、その廃村は凄え不気味ではあったが……

そこは幽霊が出るどころか、霊的な気配すら一切感じなかったらしいぜ」

「そうなのか? じゃあ心霊スポットなんてのはガセネタじゃないのか?」


 ジョエルがそう指摘すると、ポールが顔をしかめながら続けた。

「俺も最初はそう思ったさ。

けれどな、その心霊スポットは、確かに過去に幽霊の目撃情報や、霊的エネルギー反応が多数検知されてるみたいなんだ。自治体すらそれを認めている程にな」

「だが、お前の弟さんが行ったときには、幽霊はおろか、ネズミの霊一匹だって居やしなかった……そうだろう?」

「そうだ。その通りなんだ。

だが弟曰く、幽霊なんかよりも、もっと遥かに――想像を絶する程の恐ろしい奴と遭遇したらしい……」

「……一体なんだっていうんだ? そいつは?」



 ウィリアムは心霊スポットで霊的な気配を一切感じなかったことや、幽霊よりも恐ろしい存在と言われるに興味対して一定の湧き、彼らの話に耳を傾けた。


「弟曰く、そいつは全長20m程で、全身が深緑色の硬い鱗で覆われてる、白目を向いたおっかねえドラゴンだったらしい……」

「ドラゴンだと!?」


 それを聞いたウィリアムは、眼を大きく見開いて驚愕した。

 そして何かを思いだしたと同時に、心当たりがあるような顔をしていた。


「おいポール……そのドラゴンってまさか、ラハマード空軍基地を襲ったあの――」

「いや、その件とは無関係だと思う。

その証拠に、その日の夜は快晴だったとアイツは言っていた。

ラハマードを襲撃した黒いドラゴンとやらは、出現前に空が闇に染まるらしいからな……」


 そう聞くと、ジョエルが深刻そうな面持ちで尋ねた。

「なら一体全体何だってんだ? そのドラゴンの正体は?」

「さぁ。それは俺にも分からん。

だが一つ気になる事をアイツは言ってた……」

「何だ?」


「幽霊が出るって噂の地点に、ドス黒い血溜まりが出来てたらしいんだ。

しかも、弟達がそのドラゴンを見た時、口の辺りが血塗れだったそうなんだ」


 それを聞いたジョエルは、唾を飲み込んで言葉を紡いだ。

「つまり、その幽霊達は……」

「そのドラゴンに喰われた……そう考えるのが妥当だろう。

だが、幽霊を喰うドラゴンなんて、アンデットドラゴン(白い鱗におどろおどろしい黒い模様を持った半霊の飛竜)くらいしかいない。

それなのに、アイツが言っていたドラゴンは、アンデットドラゴンの特徴とは全く合致しない……」

「……つまり新種か?」

「さぁな……」



 二人の話を立ち聞きしていたウィリアムは、何処かで聞いた覚えのあるその深緑色の巨大なドラゴンの事を気掛かりに思いつつも、今ここで話に加わるのも変だと自分に言い聞かせて、静かにその場を去って部屋に向かった。


 ◇ ◇ ◇


 自身の個室に戻ったウィリアムは、静寂に包まれた部屋の電気を付けて、銃と装備品を片付けた後、グレーのオフィスチェアに座り込み、一人考え込んだ。


「幽霊を喰らう、深緑色の巨大なドラゴン……か」


 ウィリアムには、ポールの話していたドラゴンに心当たりがあった。

 そっと目を閉じて、以前祖国の姉から聞いた、ある生物兵器の噂を思い返す……

 



 それは、今から2年前。ユージリア戦争が集結して間もない頃だった。

 15歳で軍を退役し、祖国の家に帰ってまだ数日しか経っていない時期に彼が、自身の姉であるシャーロットから聞いた、ある生物兵器にまつわる噂話だ。


「ねぇウィリアム。アルティミール国防軍が密かに研究してるって噂の生物兵器の話、知ってる?」


 シャーロットがそうウィリアムに尋ねると、ウィリアムは心底うんざりした様子で返した。

「いや、知らん。聞いたこともない。

毎度言っているがな姉さん。俺はそう言う陰謀臭い話には、全く興味が無いんだ……」


「ふぅん。相変わらずつれないねアンタは……

分かった分かった。分かったよ。

じゃあ、せめて話だけでも聞いてよ。聞き流すだけでもいいからさ」


 ウィリアムは嫌そうな顔をしつつも、彼の唯一の家族であるシャーロットと、久々にじっくりと腰を据えて会話が出来るという嬉しさもあり、しぶしぶながらも彼女の話に耳を傾けた。



「その生物兵器って言うのは、多種多様な能力と、凄まじく旺盛な食欲、そして巨大な図体に凄まじいパワーを持つドラゴン。

その名も“ドラゴン・プレデター”」

「ドラゴン……プレデター……?」

「そう。何でも、恐ろしい程の生命力と、高い戦闘能力。おまけにジェット戦闘機並みの飛翔速度を持つ、人工的に生み出されたドラゴン。

中でも特に特筆すべき点は、魔力エネルギー、生命エネルギー、霊エネルギーの3つをエネルギー源としていて、無機物以外のあらゆる生物や存在を喰い付くし、しかも捕食すればするだけ強くなる……

そんな悪夢みたいな生物兵器だよ」


 その情報を聞いたウィリアムが、険しい表情をして言った。

「食欲旺盛でどんなものでも喰らい、しかも捕食すればするだけ力を得る……

そいつは正に、頂点捕食者エーペックスプレデターと呼ぶに相応しい奴だな。

で? そいつがどうしたって言うんだ?」

 

 ウィリアムの面倒臭そうな言い方に、シャーロットは少し不満そうに返した。

「……どうもしないよ。

ただ軍がそういう奴を開発してるっていう噂があるって、それだけの話」


 それを聞き、少し疲れた様子でその場を去ろうとしたウィリアムに、シャーロット返した思い出した様に言った。

「待って! もう一つ面白い話があるの!」


 引き止められたウィリアムが、大きく溜息をついて言った。

「何だ?」

「そいつね! 幽霊まで捕食しちゃうんだって!」

「ほう。それで?」

「えっ……?」

「幽霊を捕食するんだろそいつは? それで何なんだ?」


 ウィリアムの余りにドライな反応に、シャーロットは戸惑いながらウィリアムに尋ねた。

「だ、だって幽霊を食べちゃうんだよ? 怖く無い……?」

「いや、そうでも無いな。

幽霊を喰う奴なんてこの惑星じゃ珍しいが、驚くほどでも無いだろう?

半霊の竜――アンデットドラゴン。漆黒の巨鳥――シャドウイーグル。幽霊専門の喰人鬼――ゴーストグール。死霊を狩る略奪者ラプトル――ラプトルゾンビ。

最近じゃ違法なゴーストハンター(幽霊の捕獲及び排除を専門とするハンター)の集団まで出てきてる。そいつが幽霊を喰うと言われても、俺は別に驚きはしない」


 その彼らしいドライでクールな回答を聞かされたシャーロットは、申し訳無そうに彼に謝罪した。

「そ、そっか……なんかごめん……」

「いや、別に良いさ」




 ウィリアムは、その時シャーロットから聞いた話の内容が脳裏に浮かび、何かを睨むような目をしながら呟いた。

「まさか、軍が研究してるとか言うそいつが脱走して、今回の事件を起こしたとでも言うのか……?」


 ウィリアムはしばらく黙り込み、姉のシャーロットから聞いた人工の捕食者――ドラゴン・プレデターの事について思考を巡らせた。

 だが思考する内に、それが彼にとって至極無駄な事であると気付くと、頭を横に振って思考を止めた。


「分かった所で一体何が出来る? 今の俺には関係無い事だ……」


 ウィリアムは自分にそう言い聞かせるように呟き、様々な考えや憶測が糸の様に絡まってしまったものを、頭の片隅にほっぽり出して、本日分の夕食を摂るべく基地の地下食堂へと向かった……

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