第2話 資料を回収せよ
ウィリアム、イリア、ラインハルトの三人は、研究施設に移動する道中、瓦礫に潜む敵などを警戒しながら慎重に、そして迅速に進んだ。
そして施設の裏に回り込んで裏口へ行き、扉の前で周辺の
突入直前のタイミングで、イリアが一個の問いを投げかけた。
「突入前に一つ質問良いかな?
今回のクライアントからの依頼は、この建物の制圧と重要な重要書類の回収だったよね?
その書類ってのは何の書類なの?」
「ガルターレス軍で開発中の新型の歩兵用重火器の資料らしい。
クライアントのおっさん曰く『あの武器の資料が敵の手に渡ったら、我が国はこの戦争に敗北する可能性すらある』だとよ。
一体どんな代物を作ってんだか……」
ウィリアムが険しい表情で言った。
「こうして話してる間にも、敵がその資料を探してるかもしれない。
さっさと突入して、ここを制圧した方が良いんじゃ無いか?」
「違いねぇな。
奴らに同調する勢力も存在する。放っておくのは危険だ」
イリアはM870ショットガンにドアブリーチング弾を装填し、扉の前で銃を構えた。
「よし、それじゃ今からドアの蝶番を破壊する。
突入の準備は良いかい?」
二人がイリアからの問いに無言で頷くと、彼女はそれぞれ2箇所のドアの蝶番にショットガンの銃口を突きつけ、トリガーを引いた。
辺りに重たい銃声が響き渡ると同時に、熱い鉄粉が蝶番をいとも容易く粉砕し、扉の鍵を無効なものにした。
「よし! これで蝶番は壊せたはずだ!
突入するよ!」
イリアが蝶番を破壊し終えると、今度はウィリアムがドアの前に立ち、力強く蹴破って大声で叫んだ。
「突入開始! 抵抗する者は性別、種族問わず殺害せよ!」
三人は
研究施設の内部は電灯が一切無く陽光だけが頼りで、暗くてどんよりとした重い空気が充満していた。
衛生環境も良いとは言えず、床や壁は塵や埃で汚れており、建物自体も老朽化が進んでいて、それに加えて戦闘の痕跡などもあった。
三人が施設内を慎重に進んでいると、上の階から魔物達のおぞましい唸り声が続々と聞こえて来た。
多種多様な声が折り重なり、聞くに耐えない混声合唱が施設内に響き渡る。
彼らの余りに無警戒な様子に、イリアが呆れたように小声で呟いた。
「やれやれ、静かにしてれば奇襲のチャンスがあったかもしれないのに……
どうしてわざわざ自分から場所を晒すような事をするかな……」
「連中は俺達の存在には気付いてねぇって事さ。
だが油断するなよ、取り囲まれて集団リンチにでもされたら、俺もお前も殺されかねないぞ」
「分かってるよラインハルト。慎重に行こう」
三人は施設内の中央にある薄汚い階段から、2階へと慎重に上がっていった。
足音を立てず、銃を構えながら、一段一段静かに登っていく。
階段を登っている最中、ウィリアムが左手を上げて“止まれ”のハンドサインを二人に出した。
どうやら、2階の階段付近に1体孤立してる魔物がいるようだ。
黒い鱗に覆われ、ロングソードを装備したトカゲの
ウィリアムは二人に“そこを動くな”と指で指示し、ブラックリザードマンの背後へ慎重に忍びよる……
そして、ウィリアムは鞘からナイフを引き抜き、ブラックリザードマンに掴みかかったかと思うと、そのまま階段近くのボロボロの部屋に引きずり込み、その首にナイフを突き付け、囁くような低い声で尋問した。
「お前の仲間はこの施設の何処に何体居る?
吐け。今すぐに」
ブラックリザードマンはナイフを突き付けられ、今にも自分の首が掻き切られるかもしれ無いという恐怖に襲われ、震えた声で仲間の居場所を吐いた。
「に、2階に14体、3階に11体、4階に31体、5階に17体、3階に隊長が居る……
そ、それと俺の同族は俺を除いて計5体居る……
あ、あ、後は俺は知らない……ほ、本当だ……!」
情報を聞いたウィリアムは、口封じの為にブラックリザードマンの喉にナイフを強く突き立てた。
彼は断末魔を上げることすらも無く、大量の血を流して息絶えた。
ウィリアムは表情を一切変えず、死体除去魔法を使用して殺した標的の死体を処理。
周囲の安全を確認し、二人の所へ戻った。
「尋問か?」
「ああ。敵の配置は2階に14体、3階に11体、4階に31体、5回に17体で、連中の
その情報を聞かされたイリアは、厄介だなと言わんばかりに顔をしかめた。
「あの腰抜けトカゲがホラ吹き野郎じゃ無ければ、制圧は思った程簡単じゃ無さそうだね……」
「ところでウィリアム。その尋問したリザードマンはどうした?」
「殺した。生かしておく訳にはいかないからな。
死体は処理してある。ステルスミッションじゃあるまいし必要無いとは思うが、念の為だ」
聞くまでも無かったなとラインハルトは心の中で呟き、軽く頷いて言った。
「了解だ。先を急ごう」
ウィリアムを先頭に、三人は建物の廊下を警戒しながら奥へ奥へと進んだ。
そして曲がった先の通路に大勢の魔物が密集しているところを発見すると、三人は曲がり角に身を隠し、跋扈する魑魅魍魎の様子を伺った。
何か思いついた様子のウィリアムが、二人に小声で指示を出した。
「ラインハルト。俺は40mmグレネードを撃ち込んで奴らの陣形を崩す。
グレネードが爆発したら、お前はそのまま突撃してくれ。俺とイリアで援護する」
指示をされたラインハルトは、ニヤリと笑みを浮かべて承諾した。
「
「私もそれでいい」
ウィリアムは背中に背負っていたM79グレネードランチャーを取り出すと、弾薬ポーチから40mmグレネードを装填し、廊下の曲がり角に居る魔物達目掛けてグレネードを撃ち込んだ。
ランチャーから射出されたグレネードは廊下をコロコロと転がっていくと、一体の魔物の足に当たった。
彼らはそれが自分達を殺す為の
「よし今だ! 根絶やしにしてやる!」
そう叫ぶと同時にラインハルトは、魔物達の眼前に飛び出し、RPKの7.62×39mm弾をばら撒くように射撃。
直後すぐにウィリアムとイリアがラインハルトの後方に周り、彼の後ろで援護するような形で射撃を開始。
魔物達は断末魔を上げて次々と倒れていき、魔物で溢れていた廊下はほんの10秒足らずで制圧された。
ウィリアムが残敵を確認すると、廊下の奥の方で、灰色の身体と赤い目を持つゴブリン――シャドウゴブリンが死に損なっているのを視認した。
彼はすぐさまライフルを構え、立ち上がろうとしている標的の顔を照準器の
「ぐぇッ!」
シャドウゴブリンは悪餓鬼の様な断末魔を上げて倒れ、頭を撃ち抜かれた状態で床に横たわった。
「シャドウゴブリンか。
奴は確か、一体辺り450ルードだったな」
「……死に損なった敵にトドメを刺した後に出てくるセリフがそれとは……
やっぱりアンタには敵わないよ。ウィリアム」
ルードとはこの世界の共通通貨の事で、国際連合加盟国の全国家において流通している。
その価値は1ルードで缶のソフトドリンクが1本買える程度であり、今回ウィリアムが殺したシャドウゴブリンの懸賞金450ルードならば、リゾートホテルでも一泊するのみであれば、宿泊可能な額である。
ウィリアムの性格では、戦闘で得た報酬でリゾートへ行くなどとはとても想像出來なかったが、敵を射殺した直後に銭勘定を始めた彼に対し、イリアは苦笑を禁じ得なかった。
ラインハルトがRPKのマガジンを交換しながらウィリアムに質問した。
「一つ聞いておきたいんだが、その新型火器の資料って言うのは何処にあるんだ?」
「資料は4階の研究室にあるそうだ。
4階は敵が一番多い。敵が意図して配置してるのか、それとも偶然そこに資料があっただけなのか、そこまでは分からんがな」
そう聞くとラインハルトが大きく溜息をつき、首を横に振りながら言った。
「よりによって4階とはな……骨が折れるぜ。
まあ良いさ。敵を倒した分報酬は高くつく筈だからな」
「それで、ここの階はもう制圧したの?」
イリアがそう聞くと、ラインハルトが険しい表情で答えた。
「分からん、まだ敵が潜んでるかもしれない……
警戒しろ」
すると言ったそばから、廊下の向こうから何者かの唸り声が聞こえて来た為、三人は敵の存在を確信し、すぐさま臨戦態勢へと移行。
反射的に声のした方向へ銃口を向け、恐怖の砥石で殺戮本能を研ぎ澄ました。
「やはりまだ居やがったか……」
ラインハルトが顔をしかめて毒づいた。
すると、その隣でイリアがRGD-5
イリアは敵の数を確認し、“7”とハンドサインを送ってきた。
それを確認したラインハルトは、ウィリアムに小声で指示を出した。
「ここはアイツに任せよう。
俺達は先に階段に行って待機だ」
「了解だ」
ウィリアムとラインハルトが階段の方に向かうと、イリアは静かにグレネードの安全ピンを引き抜き、魔物が密集している廊下の中央に向かって投擲した。
魔物達が彼女の存在を認識するその前に、耳をつんざく爆音と共にグレネードが炸裂。
7体の内5体が爆風をもろに受けて死に、残り2体は破片が身体に突き刺さって行動不能となった。
イリアはその2体に一切の情けをかけず、瞬く間に2体とも射殺。
大口径の9mmライフル弾で確実に急所をぶち抜いて、2体の魔物を痛みと苦しみから解き放った。
「よし、これで2階は制圧……」
イリアはそう呟くと、ウィリアム達と合流する為その場を後にした。
彼女が階段の所へ戻ると、ウィリアムとラインハルトの二人が階段と周囲の安全を確保していた。
特に戦闘の痕跡も無く、銃声も聞こえて来なかった為、イリアは特に何事も無かっただろうと推察した。
「イリア、無事か?」
「逆に聞くけど、無事じゃないように見える?」
イリアを気遣った結果、質問を質問で返されてしまったラインハルトは、苦笑いしながら言った。
「つまり無事って事だな?
よし。では例の4階を目指そう。他の階は後回しで良い。
戦闘は極力回避しろよ。考え無しに戦ったら、弾切れを招くリスクがある。それだけは避けたい」
三人は4階を目指し、階段を静かに、なおかつ迅速に登って行き、3階へ上がると、周囲に敵が居ない事を確認し、そのまま4階へ。
そして4階に上がる手前の階段で、先頭のウィリアムが足を止め、周囲を確認した。
ウィリアムが“OK”のハンドサインを出すと、三人は敵の目をかいくぐるようにして、研究室を目指した。
三人が研究室の手前まで来ると、研究室の扉の前で青紫色の体毛を持つ不気味なオーク――イヴィルオークがうろついて居るのが見えた。
ウィリアムが撃つか撃たまいか迷っていると、突然イリアがイヴィルオークの元に素早く忍び寄り、ナイフで後頭部を刺した。
ナイフを抜くと、息絶えたイヴィルオークが倒れた時に音を立てないように、静かに床に置くようにして倒し、死体を処理する為に研究室の隣の部屋に運び込んだ。
その隙にウィリアムとラインハルトは周囲を確認し、他の敵が来ない内に研究室の扉をそっと開け、研究所へと侵入。
研究室のデスクには様々な武器の部品が散らばっており、部屋の端には金属製の棚がいくつか置かれていた。
室内に入ると、二人はすぐさま銃を構えて室内を一通りクリアリングした後、例の資料が入っているという棚に向かった。
ウィリアムが棚の手前まで来ると、ラインハルトが後ろから囁くように小声で言った。
「良いかウィリアム。お前は資料が入っている引き出しの鍵を開けろ。
その間俺は敵が来ないか見張る」
ウィリアムは無言で頷き、引き出しの鍵のピッキングを始めた。
慣れた手付きで素早く鍵を解錠し、引き出しを開け、資料を手に取る。
今回の回収目標であるその資料は、複数枚の紙の資料に新型火器の詳細なデータやカタログスペックなどが記載されており、軽く目を通した限りでは、どうやら魔力を弾薬として魔弾を発射する、いわゆる“魔導兵器”の類であった。
ウィリアムは背中に背負っていたバックパックから革製の黒いドキュメントケースを取り出し、ケースに資料を収納した。
「よし、資料の回収が完了したな。
それじゃあ施設内の敵を残らず排除しよう、俺は5階を制圧する。
お前とイリアで4階を制圧してもらいたい」
ラインハルトがそう提案すると、ウィリアムは彼の無謀な提案に対し、眉間にしわを寄せて
「ラインハルト。いかにお前が
訝る彼の疑念を機銃で吹き飛ばすかの如く、ラインハルトは自信満々にこう答えた。
「なに、可能さ。それも十二分にな。
お前やイリアだって、やろうと思えば無茶って程でも無い筈だぜ。
弾さえあれば、だがな」
「……了解した。その作戦で行こう」
ウィリアムは溜息をつきながらも頷き、ラインハルトの提案に同意した。
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