第1話 侵攻開始

 アルティミール連邦共和国、首都アルターゼル。

 世界最大の国力と領土、そして最強の軍事力と経済力を有する“世界の盟主”とも言うべき超大国の首都であるそこは、世界で最も発展した巨大都市の一つであり、世界経済の心臓とも言える都市であった。


 アルターゼルに住まう人々は、他州のアルティミール国民と同じように、皆高い国防意識を持っており、自分達の主権を脅かす者を退ける強さも持ち合わせていたが、治安もそれなりに良く一定の秩序が保たれており、戦争とは遠くかけ離れているような都市で生活していた彼らは、銃声や軍靴の音よりも自分達の生活に強く意識を向けていた。


 しかし今日、そんな彼らの比較的穏やかな日常に激震が走り、彼らを再び戦乱の恐怖の渦に引きずり込んだ。


 その理由は、泣く子も黙るような一つの恐ろしいニュースにあった。

 内容はこうである。


「昨日、アルターゼル時間の14時17分。ロードルスタン南東部イスラースクのラハマード空軍基地が、黒いドラゴンの様な巨大な未確認の魔物から、突如として激しい攻撃を受けました。

ロードルスタン政府の発表では、今回の攻撃で、死者300人以上、行方不明者120人以上、負傷者580人以上との事で、また基地に駐機していたロードルスタン空軍第334戦闘航空団の所有する航空機のほぼ全てが破壊され、ラハマード空軍基地は壊滅的な被害を受けた模様です。


そして、昨日の16時50分。ワールド・ベルタ(この世界で2番目に発見された異世界の名称)の魔界統一国家“サタリード連合王国”の王立魔界軍、通称“魔王軍”が、リンギア王国、ガルターレス共和国、ヴァントラム共和国の3ヶ国に対し、宣戦を布告。侵攻を開始しました。

リンギア、ガルターレス、ヴァントラムの3ヶ国は、サタリード軍の魔物による大規模な侵攻を受けており、現地の軍は応戦していますが、民間人の避難、退避は間に合っておらず、各地に多数の死者と甚大な被害が出ています。


――えー、たった今速報が入りました!

先程17時15分に、我が国をはじめ、アロランド合衆国、エルガリア王国、ヴェンタービア共和国などの国連主要国各国政府が、サタリード連合王国に宣戦を布告したと発表がありました!

アルティミール大統領府は、アルティミール国防軍全軍に、『我々は暴虐非道なる魔王の手先から友人達を守り、同時に国際秩序も守り通さねばならない。

直ちに彼らの戦線へ加わり、反撃を開始せよ』と、命令を下し、既に空軍は現地に戦闘機などの派遣を開始しており、陸軍のいくつかの師団や旅団も駐屯地を出立し、移動を開始しています。


国民の皆様にお伝えします。我が国は、戦争状態に入りました。

繰り返します、我が国は戦争状態に入りました……」



 アルターゼル放送局から衝撃の報道を聞かされた市民達は愕然とし、酷く狼狽えた。


「また戦争か!? また始まるのか!?」

「何がどうなってるんだよ!?」

「おいおい、勘弁してくれよ……!」

「どういう事なの!?」

「不味い……不味いぞ……」



 アルターゼル市民を含めた多くのアルティミール国民が、このような平静ならざる反応を示すのは、無理もない話と言える。

 何故なら、アルティミールはつい2年前程まで、他の国と大規模な全面戦争を行っていたからだ。


 アルティミールと対峙したその国の名は、ユージリア人民共和国。アルティミールと隣接している社会主義国家である。

『労働者の、労働者による、労働者の為の世界建設』という無謀極まりない公約を、国家のスローガンとして掲げていたその国は、反体制派を容赦無く粛清し、意見の違いを認めぬ抑圧的な政治体制が特徴で、また他国に対しても強硬な姿勢をとっていた。


 ユージリア軍部の暴走から始まった、近年稀に見る大戦争――“ユージリア戦争”は、両陣営の人心と国力を疲弊させ、多大な犠牲者及び戦死者を出す羽目になったが、結果としては物量で負けたユージリアの大敗北に終わった。


 ユージリアとアルティミールの戦力差は歴然であり、開戦当初からアルティミールの勝利は目に見えていた。

 だが、ユージリアの技術力は世界的に見ても極めて高水準であり、中でも無人兵器やエネルギー兵器、ミサイル、レールガンなどの最新鋭兵器の開発においては、アルティミールの技術を上回っているものも多かった。


 アルティミール本土での戦闘こそ無かったものの、ユージリアの底知れぬ技術力はアルティミール国民に恐怖を与え、無人攻撃機や巡航ミサイル、長距離光速魔弾砲などで本土を攻撃してくるのでは無いかと、彼らは日々怯えながら生活していたという。


 その戦争が終戦したのは、ほんの2年前。

 つい2年前に大きな戦争が終わったばかりだというのに、『また戦争が起きるのか』と、多くの国民がそう思うのは、当然と言えば当然だ。



 アルティミールを含む各国の都市部は騒然としていた。

 テレビニュースも新聞もネットニュースも戦争の話題ばかりであり、あらゆるマスメディアやソーシャルメディアにおいて、戦争に関する情報が氾濫していた。


 また、爆撃の恐怖に怯えながら生活しなければならないのか……また、軍靴の音に耳を澄まさなければ、生きられないと言うのか……

 各国の国民はそんな不安を胸に抱えながら、日々の生活を送っていた。


 ◇ ◇ ◇


 あの最悪のニュースから一週間が経った頃。

 アルティミールをはじめとした各国はリンギア、ガルターレス、ヴァントラムの各政府軍をそれぞれ支援すべく国連軍を結成し、3カ国にそれぞれ軍隊を派遣。

 サタリード軍の魔物達と、大規模な戦闘を各地で繰り広げていた……


 その中でもガルターレス共和国南東ボルーラの市街地はかなりの激戦区で、ガルターレス軍や国連軍も多くの死傷者を出していたが、サタリード軍の方はその何十倍という犠牲を払っていた。



 そんな混沌とした戦場で、サタリード軍の魔物を次々と倒している精強な兵士が、まるでルーティンワークをこなすかのように標的を狙い、引き金を引いていた。

 だが、彼等はガルターレス軍の兵士でも無ければ、他国から派遣された兵士でも無い。


 そう、彼らは民間傭兵チームに所属する傭兵だ。


 彼らは魔物などにかけられた懸賞金や、依頼されたミッションの報酬金を、主に現地の軍や民兵組織などの依頼主クライアントから受け取ったり、現地で調達した物品を売却したりなどして生計を立てており、その金で自分達の装備を調達し戦っている、いわば殺しの申し子達であった。



 彼らの中に、一際多くの敵を掃討している一人の傭兵がいた。


 その名はウィリアム・アンダーソン。アルティミール連邦共和国の元武装エージェントである。

 年齢17歳、身長179cm、髪は金髪のミディアム、眼はエメラルドグリーン。

 少年と言うには余りにも卓越し過ぎている戦闘技能と、少年らしいあどけなさの残る彼の顔つきは、少年兵特有のギャップを生んでいた。



 彼は照準器スコープやフォアグリップなどを着けたAK-74Mアサルトライフルで、建物や瓦礫などの遮蔽物に身を隠しながら、禍々しい気を纏った黒い骸骨――アンデッドスケルトンと、酷く荒れている市街地で交戦していた。


 5.45mm×39mm弾の放つダァンという銃声が連続して鳴り響き、その度に骸骨達は敵弾に倒れ、名もなき一兵士として役目を終えていった。

 一体、一体、また一体と続々倒れていき、大勢で攻め込んでいた筈の彼らも、次第にその数を減らしていく……


 すると、ウィリアムは自身の背後に敵が一体周り込んで来た事に気が付いた。

 彼はこちらを睨み、その手に刀剣を握りしめるアンデッドスケルトンに銃口を向けたが、彼が撃つ前にアンデッドスケルトンは横から頭蓋骨を撃ち抜かれ、倒れて動かなくなった。



「余計な事をしたかな?」

 風変わりな銃を装備した、ウィリアムと同じ年頃の武装した少女が、微笑しながら話し掛けて来た。


「いや、俺がもう少し反応が遅れていたら、あの骸骨に首を取られていたかもしれなかったからな。

“助かった”とだけ言っておこう」


 ウィリアムがそう返答すると、その女性がウィリアムの元に寄ってきた。

「それはどうも。

なにせ、アンタには稼ぎで負けてるんでね。殺れる時に殺れる奴を殺っておかないと……」

「お前はその分潜入工作と破壊工作で稼いでるだろう?」

「まぁね」



 彼女の名はイリア・イヴァノヴァ。武装エージェント時代のウィリアムの同僚だ。

 年齢17歳、身長164cm、髪はダークブロンドのポニーテール、眼は青色。

 潜入や暗殺、爆破やハッキングといった事が得意で、エージェント時代は軍司令官からかなり信頼されていたらしい。

 直接戦闘も決して苦手では無いが、正面切っての銃撃戦ケンカはウィリアムの方が幾分か得意なようだ。


 彼女が愛銃としているのはAS VAL。消音性能で定評のあるアサルトライフルだ。

 高威力で魔物相手にも十分な殺傷性能を誇る強力な銃だが、9×39mmの亜音速弾サブソニック――つまり銃口初速が音速よりも遅い弾薬を使用する為、遠距離での戦闘は他のライフルに部がある。

 彼女はこれをエージェント時代から愛用していたようで、ウィリアム曰く彼女とAS VALの組み合わせは、鬼に金棒ならぬ“忍者に刀”だそうだ。


 傭兵となった今は、そのステルス能力を活かし奇襲攻撃やスニークキル、爆破などでチームに貢献し、稼ぎを得ているらしい。 



「骸骨連中は一通り片付けたぞ。そろそろ目当てのブツの回収に行った方が良いんじゃないか?」

 そう言うとウィリアムは、彼から見て2時の方向にそびえ立つ、古びた研究所のような建物を凝視した。


「そうだね。それが今回のミッションだからね。

あのおっさんと合流したら、今回の本命ターゲットの所へ向かうとしよう。

……と、噂をすれば来たようだ」



 ウィリアムとイリアが話して居ると、瓦礫だらけの住宅地の奥の方から、大柄な男性が駆け寄って来た。

 イリアがと呼んだ彼こそ、今回の作戦行動を共にするメンバーの一人、ラインハルト・ディンドルフである。

 年齢27歳、身長194cm、髪は黒髪の坊主頭、目はエメラルドグリーン。

 筋肉隆々とした肉体を有し、重装備の似合う彼はウィリアムやイリアと同じく民間傭兵チームの人間であった。



 三人の所属するチームの名は、“ヘルヴァイパーズ”という民間傭兵チームであり、近年世界中にその名を轟かせつつある精鋭部隊だ。

 メンバーのほとんどは退役軍人で、軍や戦役での経験を活かし、傭兵稼業に日々勤しんでいる。


 ラインハルトもそんな彼らの一人で、軍にいた頃から凄腕の機関銃手として名を馳せていた。

 彼のその極めて精確な指切りバースト射撃は大勢の敵の命を奪い、威信を砕き、そして恐怖を与えたと言われている。



 ラインハルトが二人の元に合流した。

「よう二人共。こっちも一通り掃討しといた。

あのドス黒い骸骨共め。俺のRPK(AK-47をベースにした軽機関銃)に仲間が次々蜂の巣にされていく光景を見たら、尻尾巻いて逃げていきやがった。

アイツらは一体辺りの値段が他のスケルトンよりお高めだから、もう少し賞金キルを稼いでおきたかったんだがな……」


 ラインハルトが冗談半分でそう言うと、ウィリアムが呆れた様子で忠告した。

「ラインハルト、お前の腕が信用出来ない訳ではないが、欲を張りすぎて弾薬を消費し過ぎると、そのうち弾切れで死ぬことになるぞ」

「フフフッ、分かってるさ。

お互い、弾の使い過ぎには気をつけよう。

ところで、今回回収を依頼されている重要書類は、あの古臭い建物にあるのか?」


 ラインハルトが建物を指してそう言うと、イリアがもう一つ重要な事を付け加えた。

「そうさラインハルト。アンタが指しているあの研究施設に目当ての書類がある。

が、依頼はそれの回収だけじゃない。施設内の制圧も含まれている」

「何だって? 獲物が増えるのは別に良いが、どうして制圧までする必要がある?」

「さぁ? 最優先はその書類だけど、他にも色々敵に渡したくない物があるんじゃないか?」

「そうか。まぁ、どのみち制圧は行うつもりだったがな。

獲物は多すぎるくらいが丁度良い。狩り尽くしてやろうじゃないか」


 自信満々にそう言い張るラインハルトに、イリアがからかうように言った。

「調子に乗って弾薬を消費し過ぎて赤字、なんて事になるなよ?」

「ああ、分かってるとも。銭勘定もミッションの内だからな。

せいぜい気をつけるさ」



 苦笑いをするラインハルトの隣で、ウィリアムがイリアに尋ねた。

「それで? どうやって中に入るつもりだ?

確かあの施設の扉の鍵は、かなり厳重に作られてあった筈だ。

ピッキングは時間が掛かりすぎるし、かと言って正面玄関をプラスチック爆薬C4で破壊したら、建物の一部が崩落する危険がある」


 くそ真面目にミッションの事を考えているウィリアムとは対象的に、ラインハルトは気の抜けるようなジョークを放った。

「どっかのRPGゲームみたいにわざわざ鍵を探してたら、その間に俺達が殺されかねないしなぁ」


 イリアはラインハルトの呟きに対して苦笑いしながら、背中に背負っている銃を持ち出した。

「まさかそんな馬鹿な真似はしないよ、ラインハルト。こいつを使う」


 そう言って彼女が持ち出したのは、木製ストックのポンプアクション式散弾銃ショットガンだった。

「M870ショットガンさ。民間ハンター向けの安価なモデルだけどね。

こいつに扉破壊専用ドアブリーチング弾を込めて、施設裏口のドアの蝶番を破壊する」


 背負ったM870をその手に構えるイリアに、ウィリアムは『ほう』と感心して言った。

「ショットガン、しかもドアブリーチング専用弾まで持ってくるとは、用意周到だなイリア」

「ああ。けど散弾バックショットは安くて威力の弱いやつしか持ってきて無いから、室内戦ではそこまで役に立たないよ。

奴ら、意外と生命力が強いからね……」


 イリアがそう言うと、ウィリアムが彼女の愛銃――AS VALを指して言った。

「そこでこいつの出番だろう?」

「ああ、そうさ。

AS VALは消音性能が高く、使用する9×39mm弾は弾速は遅いけど、威力、貫徹力共に高い。

室内戦ではかなり頼れる銃だよ」



 二人の話が終ったところで、ラインハルトがウィリアムに質問した。

「そう言えば、他の班の連中は呼んでこなくていいのか?

あの建物はデカくて広そうだ。しかもクライアント曰く、それなりに強い種族がわんさかいるって話だぜ。

三人じゃ何かとキツイと思うんだが……」


 ラインハルトの質問にウィリアムが答えた。

「この周囲じゃ俺達デルタの他に、エコー班とチャーリー班が作戦行動中だが、エコー班の方は別のミッションに――サタリードの捕虜として囚われているエルガリア海兵隊員数名の救出に行くそうだ。

何でも連中、こんな最前線から1kmも離れていない廃工場に捕虜を囚えているらしくてな。馬鹿な話だ」

「そいつはひでぇな。考えた奴はとんだアホだ。

にしても、あのエルガリアの王立海兵隊の兵士が捕まっちまうとはな……」



 エルガリア王立海兵隊は、アルティミールの同盟国であり国連軍の構成国である島国――エルガリア王国の保有する、伝統ある遠征部隊である。

 海外派遣や外国への侵攻などの際には、陸軍よりも先に敵地へ上陸し、小規模な紛争ならそのまま敵を制圧し、全面戦争の場合なら後続の陸軍部隊の為に、港などの橋頭保を確保する。

 国によっては海兵隊ではなく、“海軍陸戦隊”として海軍の隷下である場合も少なくないが、先進国の場合は海兵隊として独立している事が多い。



「それで、チャーリー班の方はどうだ?」


 ラインハルトにそう尋ねられたウィリアムは、顔をしかめて返答した。

「さぁな。何も聞いていない」

「そうか……となると、結局はこの三人でやるしか無いか。

まぁ良い。今に始まった事じゃ無いからな」



 ラインハルトが会話を終えて溜息をついたタイミングで、イリアが二人に尋ねた。

「お二人さん、そろそろ良いかい? 突入の準備を整えないといけないからさ」


 ウィリアムはAKのマガジンを力強く再装填リロードすると、猛禽の様な鋭い眼をして言った。

「ああ。こちらは準備OKだ。

ラインハルト、お前は大丈夫か?」

「勿論だ。それじゃ、景気良くといこう」



 突如として開始された、異世界の魔物の軍勢によるガルターレス、リンギア、ヴァントラムの3ヵ国侵攻。

 彼らの旗を魔の血で染め上げるべく、傭兵達は今日も前進を続けるのであった……

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