BLOOD MERCENARIES
フランカー大尉
プロローグ 緊急発進
ロードルスタン民主共和国南東イスラースク。ラハマード空軍基地。
砂漠地帯特有の乾き切った風が吹くそこには、列強国ロードルスタンの誇る空の戦士達が、その剣を日々研ぎ澄ましていた。
不気味な厚い雲に覆われ、尋常な状態では無いその空の下では、パイロット達の愛馬――もとい愛機の世話役である整備兵の二人が、生産性の無い無駄話をしていた。
アマンダ整備兵とレオナルド整備兵だ。
空の深い闇を案ずるように、アマンダ整備兵がレオナルド整備兵に話を持ち掛けた。
「なあレオナルド。最近のロードルスタンの空模様、随分と変だと思わねぇか?」
そう問われると、レオナルド整備兵は楽観的な返答をした。
「空か? 確かに可笑しいとは思うな。
だが空がドス黒くて厚い雲に覆われてるとはいえ、多少視界が悪くなるだけだろう?
この基地の戦闘機は、最新鋭のコンピュータと魔法技術を組み合わせた、数々の画期的なシステムを搭載している。
飛行に大した支障は出ないだろう。問題無いさ。多分な」
彼のその返答を聞いたアマンダ整備兵は、深刻そうな表情を浮かべて返した。
「俺が言ってんのは、そのドス黒い雲の事なんだ。
よく見ると色が気味の悪い紫で、とてつもなく禍々しいオーラを放ってやがる。
しかも雷まで色が変だし、まるで空が魔に蝕まれちまったような、そんな感じなんだよ……
おまけにウチの女房の友達から聞いた話なんだがな、この雲が立ち籠めると、蚊や蝿、ゴキブリ、おまけに蜘蛛や鼠まで、家からキレイサッパリ姿を消すらしいんだ」
「何だって?随分気味の悪い話だな、そりゃ。
まるで大災害の前兆じゃねぇか」
「だろう? しかも話はそれだけじゃねぇんだ。
うちの基地に、悪夢を見るとそれが高確率で正夢になるって噂のパイロットが居るだろう?」
そう聞かれると、レオナルド整備兵は少し間を置いて、思い出したように答えた。
「あぁ! そう言えば居たなそんな奴!
確か中尉だっけか? 腕っぷしの良い隊長さんだったよなぁ」
「あぁ、そうだ。
で、そいつがな『禍々しくて恐ろしい怪物が、この基地をぶっ壊しに来た』っていう夢をつい数日前に見たらしくてな……」
「ヒェェ……おっかねぇなそりゃ」
「もし話が本当なら――」
アマンダ整備兵が何か言いかけたその時、基地内に
「スクランブルだ!」
「スクランブル!? この状況でか!?」
二人が酷く慌てた声色で叫んだ。
要撃機が駐機する2つの
パイロットは梯子を駆け登り、機体に乗り込んで左右のエンジンを始動し、ヘルメットと酸素マスク装着後、すぐに
機体の動作や各種計器、レーダーなどに異常が無いことを確認すると、要撃機のパイロットは
「コントロールタワー、こちらデーモン3。たった今離陸準備が完了した。
滑走路へのタキシングを許可を求む」
「デーモン3、こちらコントロールタワー。
了解した。タキシングを許可する。僚機のデーモン4と共にタキシングを開始せよ」
「了解」
通信を終えると、2機の新鋭戦闘機が格納庫から出て来て、基地の滑走路へと
今回スクランブルの当直に就いていた彼らは、ロードルスタン空軍第334戦闘航空団隷下の第149戦闘飛行隊“デーモン隊”の3番機と4番機――デーモン3とデーモン4である。
機種は多用途戦闘機MiG-29ファルクラムの発展型である、MiG-35Sスーパーファルクラムを運用しており、その2基のターボファンエンジンから発せられるエンジンノイズは、基地内にいつもとは全く異なる、異様で異質な緊張を走らせていた。
アマンダ整備兵とレオナルド整備兵がデーモン隊の彼らを心配そうに見ていると、同僚のフランク整備兵が不穏な一言を発した。
「……帰ってこない……」
「何!?」
「い、いきなりどうしたんだよおい!」
フランク整備兵は震えながら、何かを悟ったかの様に言う。
「デーモン隊のアイツら、きっと帰ってこない……
アイツらだけじゃ無い……この基地に居る奴等も……大勢死んじまう……」
怯えた様子のフランク整備兵が恐ろしい事を口走る中、苛立ってるレオナルド整備兵は、フランク整備兵の不吉な発言に対し激怒し、胸倉を掴みながら怒鳴った。
「てめぇ! 縁起でもねぇ事言いやがって!
まだ上がってすらいねぇだろうがアイツらは!」
激怒するレオナルド整備兵を止めようと、アマンダ整備兵が止めに入った。
「おい! お前ら二人とも落ち着けって!」
整備兵達が揉めている間に、要撃機のデーモン3は既に滑走路へ移動しており、たった今から離陸を開始する所であった。
スロットルレバーを倒してアフターバーナーの火炎を吹き伸ばし、凄まじいバーナーノイズを轟かせながら加速していく……
十分加速すると機首上げを行い、テイクオフ。
浅い角度で上昇しながら更に加速を続けた。
「デーモン3、規定高度500mに到達。高度制限を解除する」
離陸時規定高度である500mを超えた事を確認した管制塔が、デーモン3の高度制限を解除。
デーモン3はそれに伴い大きく機首を上げ、稼いだ速度を使って急上昇を行った。
デーモン3に続いて、デーモン4も同様の手順で離陸。
滑走して十分な速力を得ると、
「頼む……どうか無事に終わってくれ……」
アマンダ整備兵が酷く不安そうに呟いた。
デーモン3と4の上昇中、イスラースクの上空を飛行していた
「デーモン隊、こちらAWACSサンドスピア。
防空識別圏内に
直ちにアンノウンへコンタクトし、確認、識別せよ」
「デーモン3、了解した。高度7000mまで上昇を行う」
高い角度で急上昇を行っていたデーモン隊の2機は、通信が入ってから10秒と経たない内に高度7000mへ到達し、上昇を止めて水平飛行に移ると、サンドスピアに通信を入れた。
「サンドスピア、こちらデーモン3。現在高度7000m」
「デーモン3、こちらサンドスピア。
これよりターゲットへの誘導を開始する。デーモン隊、目標への進路を取れ。同高度にて方位183」
「ラジャー」
サンドスピアの指示を受け、2機は現在の方位190から左旋回して183へ変針し、不明機へと迫って行った……
◇ ◇ ◇
同じ頃、基地の兵舎内では、この不穏極まる天候状況でのスクランブル発進に不安を感じ、基地のパイロット達がざわめいていた。
そしてそのパイロットの中には、整備兵達の噂する『悪夢が正夢になるパイロット』も存在した。
同じく第334戦闘航空団隷下の第201戦闘飛行隊“タナトス隊”隊長のエーベル中尉である。
彼は生まれつき予知夢を見る事が多く、彼の予知夢に助けられたパイロットは少なくない。
しかし、彼の予知夢が当たるのは決まって悪夢であり、良い夢が正夢となった事は、生まれて一度も無いらしい。
そんな彼が今回みた悪夢は『正体不明の黒い怪物がこの基地を破壊しに来た』と言う血の凍る様な恐ろしい悪夢であり、彼は得体の知れない脅威に対する強い不安を抱いていた。
彼が一人うつむいていると、彼を励ますようにタナトス隊のパイロットが彼に励ましの言葉を投げかけた。
「大丈夫ですよ隊長! もしそれが予知夢だったとしても、我が飛行隊の腕にかかれば、そんな黒い怪物なんざ大した驚異ではありません!」
「我々がそんな奴に負ける訳がありません! 心配無用であります! 隊長!」
二人の励ましに対し、エーベル中尉は二人に感謝を伝えた。
「二人ともありがとう。
たが、どうしても不安が拭えないんだ……俺自身、あそこまで恐ろしい夢は、今まで生きてきた中で一度も見たことが無いからな……」
二人の隊員の励ましを受けても、彼はまだ尚強い不安を抱えていた。
それもその筈だ、彼は良い夢は全く当たらないが、悪夢だけは恐ろしい程当たる。
そんな彼が、このラハマード空軍基地が破壊される夢を観てしまったのだ。彼自身が一番恐怖を感じてるのは言うまでも無いだろう。
エーベル中尉は自身の強い不安と一人戦いながら、要撃に上がったデーモン隊の無事を、ただひたすらに祈った。
◇ ◇ ◇
デーモン隊の2機が離陸してからしばらく経った頃、彼らは既に機体のレーダーにターゲットを捕捉し、目視確認の為フルスピードで接近している所であった。
邪悪な気を放つ積乱雲の上を、超音速で飛ぶ彼らの肌は、ターゲットに接近するにつれ、対領空侵犯措置のミッションでいつも感じている緊張感とは全く別の――言葉に出来ない何かを感じ取っていた。
それでもデーモン隊の彼らは任務を放棄することはせず、段々と目標へ迫って行く……
デーモン隊がアンノウンの10km近くにまで接近した時、アンノウンのシルエットが段々と浮かんで来た。
だが、彼らの目にしたそのシルエットは、戦闘機でも無ければ爆撃機や哨戒機でも無く、他国の軍用機かどうかさえ判別不能だった。
唯一分かる事と言えば、そのシルエットはまるで生き物のようであるという事だけだろうか。
数分後、彼らがアンノウンをはっきりと目視、識別可能な距離にまで接近した時、デーモン3は唖然として言葉を失い、デーモン4はコクピットの中でで『冗談だろ!?』と一人叫んだ。
彼らが目にしたそれは、体色が黒く、全身から禍々しいオーラを放ちながら、戦闘機並みの速度で飛行している巨大なドラゴンであった。
数多の魔物が跋扈するこの世界において、ドラゴンは決して珍しい存在では無い。
が、通常ドラゴンの飛行速度はどんなに速くても700km/h前後であり、1000km/hを超える速度で飛行可能なドラゴンは、野生にも軍用にも存在しない筈だ。
もしそんなドラゴンが居るとすれば、それは人の手の届かない強大な存在――真の意味での怪物である。
「サンドスピア! こちらデーモン3!
ターゲットは航空機では無い! 繰り返す! 目標は航空機ではなく、生命体である!」
「何だと? デーモン3、それは確か?」
サンドスピアが興奮気味のデーモン3の正気を確かめるように問い直すが、彼からの答えは変わらなかった。
「こちらデーモン3! 間違い無く生物だ!
生体反応が極めて強く、サイボーグのようにも見えない!」
「……了解した。デーモン3、目標を詳しく識別出来るか?」
サンドスピアにそう言われたデーモン3は、目標の詳細をやや興奮しながら報告した。
「ターゲットはドラゴンだ! 繰り返す! アンノウンの正体は、大型の黒いドラゴンだ!
種族は不明! 恐らくは未確認種と思われる!」
デーモン3の報告を聞いたサンドスピアは、一瞬訳が分からなくなって混乱し、外界からの情報を受け付けなくなった。
が、軍人らしくすぐに冷静さを取り戻し、デーモン隊に対領空侵犯措置の指示を下した。
「了解。デーモン隊、ターゲットのドラゴンは、既にロードルスタン領空の36kmにまで接近しており、今尚領空に接近中である。
無線機のテレパシー機能を使用し、ターゲットに通告を実施せよ!」
「ラジャー! 通告を実施する!」
ドラゴンなどの亜人種以外の魔物は、テレパシーなどを使って人間を交信を行う為、デーモン3はテレパシー機能を使用可能な特殊な無線機で、ドラゴンに通告を開始した。
「飛行中のドラゴンへ通告する!
こちらは、ロードルスタン空軍である!
現在貴君はロードルスタン領空へ接近中である!
直ちに逆方位へと変針せよ!」
その通告を2回繰り返し実施したが、ドラゴンは彼の通告に一向に従う意思を示さない。
「サンドスピア! こちらデーモン3!
ターゲット、誘導に従わず! 進路を維持して飛行を続けている!」
「了解。ターゲット誘導に従わず」
防空指揮所及びAWACSの機内に、電撃的で凄まじい緊張が走る中、ドラゴンが遂にロードルスタン領空へと侵入した。
「デーモン隊。ターゲット、領空侵入。領空侵犯個体と判定された。警告を実施せよ!」
「ラジャー! 警告実施!」
サンドスピアから警告実施の指示を受けたデーモン3が、我が物顔でロードルスタンの空を飛ぶドラゴンに警告を行う。
「黒いドラゴンに警告する!
貴君はロードルスタン領空を侵犯している! 繰り返す! 貴君は我が国の領空を侵犯している!
直ちに逆方位へと変針せよ!」
警告を実施したが、された本人はまるで聞いていないようであった。
それでも、デーモン3が懸命に警告を行う。
「誘導に従え! 繰り返す! 誘導に従え!」
警告行動を行う彼らを、まるで鬱陶しい蝿を見るような目で見てくるドラゴンに、苛立ちと恐怖を感じつつも、彼らはこれまでのスクランブル訓練通りの手順をとった。
「こちらデーモン3! 対象の行動に変化無し!
ターゲットへの警告射撃を上申する!」
サンドスピアから上申の答えが帰ってくるまでに少し間があったが、彼はデーモン3からの上申を受け入れ、指示を下した。
「了解。デーモン3、警告射撃を実施せよ!」
指示を受け、デーモン3はごくりと唾を飲み、冷や汗を垂らしながもそれを承諾した。
「ラジャー! 警告射撃を実施する!」
指示を受けたデーモン3が、巨大なドラゴンに対して弾丸を命中させないよう注意しながら、MiG-35SのGSh-30-1、30mm機関砲による警告射撃を行った。
すると、ドラゴンは攻撃を受けたと思ったのか戦闘態勢に移行し、全身に凄まじい魔力エネルギーを集中させ始めた。
赤く禍々しい光が煌めき、暗黒の稲妻がドラゴンの身体を蛇のように這う。
「お、おい! 何なんだあの光は!?」
動揺を隠せないデーモン4とは対象的に、デーモン3は冷静に情報報告を行った。
「こちらデーモン3! 目標が戦闘態勢に移行した!
膨大なエネルギーを全身に集中させている模様!」
サンドスピアは酷く慌てた様子で、デーモン隊に退避を促した。
「警告! デーモン隊、ドラゴンの周囲から退避せよ!
繰り返す! ドラゴンの周囲から直ちに退避せよ!」
サンドスピアはデーモン隊に必死に退避命令を出したが、現実は無情であった。
怒れる竜はまばゆい閃光と共に
「ウワァァァァァァァァ!」
「グオァァァァァァァ!」
デーモン3とデーモン4の機体は爆風に呑まれ、一瞬にして火だるまとなり、乾いた爆発音と共に空中で爆散し、無線に入った断末魔の後、ノイズと共にレーダーから反応が消失した。
「デーモン3、デーモン4、ロスト!」
「何だと!?」
AWACSがデーモン隊の被撃墜報告を行うと、防空指揮所の管制官が酷く動揺した声色で怒鳴った。
慌てふためく人間達を他所に、ドラゴンは不気味な光を放ちながら急加速し、イスラースクのラハマード空軍基地へと針路を取った。
天地に轟くようなおぞましく凄まじい咆哮を上げながら、彼は闇の翼でロードルスタン領空を飛翔し、人間達に“真の暴虐”を知らしめに向かうのであった……
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