第8話 手鏡と櫛

「ハルカー、カナター。準備、終わったよー」


リュックの口を絞り、わたしが宣言する。


「はーい」


ハルカとカナタがひょこひょこやってきた。


ここは、我が家の、わたしの部屋だ。


「旅の準備をしなきゃだねー」


さっきの一緒に旅する宣言の後、ハルカにそう言われて戻ってきたものの、ワイバーンに荒らされた部屋はそれはそれは汚かった。ハッキリ言って、お客さんを上げられるシロモノじゃない。


ハルカとカナタには申し訳ないけれど、わたしが荷詰めしている間、父さんと母さんの寝室で待っててもらっていた。


わたしは2人に部屋に入られても良かったんだけど、何か、わたしが「トシゴロの女の子」だからって、部屋に入るのを遠慮してくれたらしい。トシゴロの女の子って何?よく分かんないんだけど。


「…少なくね?」


カナタがリュックを開いて呟いた。


「えっ?」


わたしは聞き返す。何が足りないと言うんだろう。リュックの中身を見下ろす。


携帯食料にサバイバルナイフに着替え少し、あとバール。


「充分だと思いますけど」


「どれどれ」


わたしとカナタの間に入ったハルカが、リュックの中身を覗き込む。


やがてハルカはゆっくりと頭を上げた。困った顔をしている。


「…うーん、確かに、足りない…かも?」


「そうかな…」


「うん。くしとかはいいの?朝使うんじゃない?」


「…使ってない」


わたしが答えると、カナタの顔が引き攣った。


どうしたんだろう?


ハルカも笑顔が固まっている。


カナタはスタスタと父さんたちの寝室に入ると、母さんのドレッサーを漁りはじめた。


そして櫛を持って戻ってくる。


「ホラ、持ってけ」


カナタが、母さんの櫛をこちらに渡してきた。


「ええっ、要らないんだけど…」


わたしは櫛をまじまじと見て、呟いた。


「いいから使え。とにかく使え。これから毎朝使わないと置いてくぞ」


カナタがめんどくさそうに言う。何それ、職権濫用じゃん!


「横暴…」


小さい声で言ったはずなのに、カナタはわたしをギロリと睨む。


「横暴で結構。俺、身汚ねえヤツとは歩きたくねーの」


「なっ…!!」


反論しようとしたけれど、母さんを思い出す。母さんは綺麗な人だった。顔が整っているのもあるんだろうけれど。でもきっと、綺麗だったのはそれだけじゃない。身だしなみが綺麗だったからだろう。


対して、部屋の掛け鏡に映った自分を見ると、ロッカーの埃にまみれたパーカー、ボサボサの髪。


カナタの言う通り、はっきり言って身汚い。


「…はいはいわかりましたー!」


「はいは1回」


「…はーい」


渋々返事をして、櫛もリュックに詰めた。顔を上げて、カナタに噛みつくように言う。


「はい、荷造りホントに終わったよ!」


ハルカとカナタもリュックの中身を見て、頷いた。何とか納得のいく量になったらしい。


「あと、服汚いから、着替えたいんだけど…」


歯切れ悪く切り出すと、2人は顔色を変えることなく、ただ頷いて出て行った。




ふう。


一息ついてタンスを開ける。


軽くて涼しいTシャツを引っ張り出して、閉めようとしたそのとき、グラフィックTシャツとスカートが目についた。わたしが持つ数少ない洋服の中で、1番オシャレなものだ。


『俺、身汚ねえヤツとは歩きたくねーの』


「………」


何故か、さっきのカナタの言葉を思い出した。


「…これも持ってくか…」


グラフィックTシャツとスカートも引っ張り出し、雑にリュックに詰め込む。


うん。カナタはアレでも一応、旅の仲間になる人だからね。やっぱお互いストレスなく暮らしたいしね?こっちも気を遣わないと。


薄汚いパーカーを脱ぐ。カタンと何かが落ちる音がした。


何だろう?


畳の上に落ちたものを拾い上げる。


「あっ…」


それはよく手入れされた手鏡だった。間違いない、母さんが押し付けてきた手鏡だ。


「ポッケに入れてたの忘れてた…」


どうしよう。持ってくか、置いてくか。


母さんの形見みたいなものだし、持って行きたい気持ちもある。


けれど、わたしを置いていった母さんのものを持ってるのって、未練がましいとも思う。


だって、わたしは、裏切られたんだから…


「着替え終わったー?」


「ひゃうっ!」


ハルカの声がふすま越しに聞こえてくる。


「え、どうしたのセリカ。変な声出して」


「な、何でもないよ!」


あああ何でもなくないじゃんわたし!声がなんでもなくないよ!ホント嘘つくの下手だなあ、わたし!


「…ふーん?」


ハルカはそれだけ言って、黙った。すっごく不審がってるけど、黙ってくれるだけありがたい。


慌ててTシャツに腕を通す。


「…っと、着替え終わったよ!今出るね!」


気を遣われて申し訳ないのと嘘がバレて恥ずかしいのと色々な感情でアタマがぐちゃぐちゃだ。わたしはヤケクソで宣言して襖を開けた。


手鏡は、とりあえずリュックに突っ込んでおいた。
















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