第6話 少年–1

…気づいたら、ロッカーの隙間から日の光が差し込んでいた。


朝が来たみたいだ。


眠い。


そっか。わたし、あの後寝ちゃったのか。あれだけ泣いたあとにスースー寝れるなんて、我ながら肝が据わってるなぁ、わたし。


耳を澄ましても、物音は聞こえない。静かだ。


きっと、ロッカーの外には、ワイバーンのバッテリー切れした死体がゴロゴロ転がってるはずだ。


今、この集落を出て遠くへ行ってしまえば、もう二度とワイバーンに襲われることはないだろう。


でも、わたしはそうする気にはならなかった。


だって、今更出て行って何になる?


集落の皆で決めていた避難場所…時計塔は、ワイバーンだらけだった。あんな危険な場所に人間なんて居られる訳がない。


あのとき…わたしが起きたときはもう、きっと皆集落の外に逃げたあとだったんだろう。


でも、わたしは、皆と生きていく生活以外、望んでない。


けれど、その望みは、もう消えてしまった。


かといって、夜にノコノコ出て行ってワイバーンに殺されるのも癪だ。


じゃあ、この後どうしよう?


外には出ないで、ロッカーの中で考えてみる。


…やっぱ、死ぬしかないか。


たしか、人が餓死するまで3日あれば充分だったはずだ。


あと2回、太陽と月が出ればいい。それまで、ロッカーの中で静かにしてよう。


わたしがゆっくりと目を閉じた、そのときだった。


「うっわーひどい村!!ボロボロじゃーん」


突然、底抜けに明るい声が聞こえた。


うん!?


わたしは目を開けた。ロッカーの隙間から、誰がいるのか確認しようとするけれども、砂地の地面しか見えない。


「しかも擬人、あちこちに転がってるしぃー」


さっきの声だ。少年、変声期を迎える直前の声がする。


少年ということは、ナギかな?


いや、違うか。ナギはあんな高い声じゃない。というかあんなおかしなテンションじゃない。


「多分、擬人の住みかだったんだろうな。産業廃棄場も近いし」


今度は違う声。声変わりの終わった、男の人の声だ。


誰か人間が来た?こんなワイバーンだらけの集落に?


それとも…ワイバーンの、罠?人間の音声を使って、わたしをおびき寄せようとしているの?


罠だったら、戦わなくちゃいけない。右手を背中のバールに伸ばす。


バールに手を掛けた瞬間、ぴんと空気が張った。


「!」


ザクリ、ザクリ。


2つの足音が近づいてくる。


来る…!!


わたしは唾を飲み込んだ。バールを引き抜き、構えの体制をとる。


ザクリ。


足音が止まった。


どきどきどきどき。


扉をじっと見つめる。側面の隙間から人間の影が見える。影は2つ、大きいのと小さいの。さっきの2人だろうか。


ゴトンガタンドンッ。


いきなりロッカーが横転した。あらゆる角に体がぶつかる。痛い。


ゆらゆらとロッカーが上下する。多分、ロッカーの扉が上手いこと開かなくて苦戦してるんだろう。


わたしはバールを構えたまま、待った。待って、揺られて、待って…ようやく、そのときが来た。


バン!!


金属の板がひずんで揺れる。ロッカーの扉が空いたのだ。正面に見える朝日に、目が眩む。


「うわあああああああああ!!!」


わたしは人影にバールを振り下ろした。


人影は動じなかった。


バシリ。バールが受け止められる感触がした。腕を根元から掴まれる。


「よっ」


掛け声と共に視界が一回転して、地面に激突した。


ジャリッ。口の中に砂の感触がする。うわあ、最悪…


圧しかかる力が強くて、全然動けない。


「…だれ…?」


尋ねると、上から素っ頓狂な声が降ってきた。


「あれっ。女の子だー」


さっきの少年の声だ。


「ねぇカナタ、この子どうする?野郎だと思って思わずひねり潰しちゃったんだけどー」


中々にバイオレンスなことを言う子だ…


そんなことを思っていると、体が宙に浮かんだ。


「え!なに、なに!?」


暴れると、視界に男の人が見えた。茶髪の怖そうな人だ。


怖そうな人は仏頂面でわたしをロッカーに放り込み、バタンと扉を閉めた。


「ロッカー閉じて、ほっとく」


金属越しに籠った声が聞こえる。


ひ、ヒドイ!


女の子の首根っこ掴んで、ロッカーに放り込むなんて!!


「あーちょっ、カナタ!ダメでしょー、女の子ほったらかしは」


男の子がそう言ってロッカーの扉を開ける。


「バカ言え、俺らだって生きてくのに精一杯なんだぞ、口のある生き物増やしてどうする」


男の人の声がクリアに聞こえる。結果、わたしがこの人に拾われた犬扱いされているのが分かった。失礼な、わたしは人間だぞ。


それにしてもまぶしいな。ずっとロッカーの中で縮こまっていたから、仕方ないか。


目を細めたところで、男の子と目があった。黒髪短髪の、賢そうな顔をした男の子はにっこり笑った。


見たとこ、わたしと同い年か、年下だろう。


「さっきはごめんね。殺気を感じちゃったから、つい本気出しちゃった」


そう言うと、男の子はわたしの手を取ってわたしの体を起こした。


「僕はハルカ。こっちの強面ヤンキーはカナタね。君は?」


「…セリカ」


わたしが名乗ると、男の子…ハルカは手を握る力を強めた。


「セリカ。セリカかぁ。いい名前だね。よろしくね、セリカ」


そう言われて、何故だろう、わたしはつい、言ってしまったのだ。さっきまで死のうとしてたのに。


「うん、…よろしく」

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