第3話 異変-2

「せいかーい。ライターったら、何で分かっちゃうのよー?」


母さんは小首をかしげた。さらさらの金髪が一緒に揺れる。娘の目から見ても可愛い、それがわたしの母さん、センダーなのです。


こういう仕草をできるのが小悪魔とか、天使と呼ばれる理由なんだろうなあ。


父さんはそんな母さんを見て目を細めた。父さんが大切なものを見るときの目だ。


「そりゃ分かるさ。何年一緒に暮らしてると思ってるの?君ほど大人しそうに見えてアグレッシブな女性ひとはそうそう居ないよ」


「うふふ、ありがとう」


母さんがにっこり笑う。おお、煽ってるなぁ。『煽りの天使』センダーは今日も絶好調のようです。


「褒めているつもりはないんだけど、喜んでいるようで何よりだよ。どういたしまして」


父さんもにっこり笑い返す。


ものすごい皮肉合戦だけれど、これがうちの日常だ。2人ともある意味似ているから夫婦なんだろうなあ。


そんなことを思いながら2人を見守っていると、父さんが母さんに指摘した。


「でもセンダー、やっぱり鏡作戦は現実的じゃないよ。夜中は光を集められないだろ?」


「あら」


母さんが眉を歪める。


「むぅ…確かに、ライターの言う通りね。改良の余地ありだわ」


「ははは、センダーならそう言うと思った」


「うん、それで母さん。今のところワイバーンに使えないから、これ、母さんに返すね」


わたしが手鏡を持って2人の間に割り込むと、母さんはじっと鏡を見つめた。居間の灯りが反射して、母さんの顔を照らしている。


母さんは首を振って、手鏡をわたしに押し戻した。


「えっ?」


びっくりするわたしに、母さんは微笑んだ。


「それ、セリカにあげるわ」


「ええ?でも母さん、毎朝これ使ってるじゃん。父さんから貰った宝物だって、前に自慢してたじゃん」


「いいのいいの。今までワイバーンが昼に現れたことはないけど、でも、イレギュラーってあるじゃない?」


「そりゃあ、あるだろうけど…」


それでも何となく気が引ける。なんてったって、母さんがこの手鏡を大切にしているのを知ってるし…


ためらうわたしに、母さんは手鏡を握らせた。


「そういうときの奥義おうぎとして、これは持っておいてちょうだい」


わたしは自分の手のひらの手鏡を見た。次に母さんを。その次に父さんを。


「…ホントにいいんだね?」


念押しすると、2人は何度も頷いた。


「もちろんよ」


「僕もセンダーに賛成。それはセリカが持っておいて」


おかしい。


わたしは2人を見比べた。2人ともいつも通りの顔だ。何一つとして昨日と違うところはない。


でも、いきなりわたしに大切なものを押し付けてくるあたりが、すごくおかしい。


2人とも、嘘つくのへったくそだな…


「ねえ、2人ともおかしくない?ヘンだよ。いつもと違う」


「いいえ、おかしくないわ。何一つ」


「えー…」


ジトっとした目をすると、母さんは「それにー」と目をそらして話を続ける。


「憧れてたのよねぇ。ほら、小説とかドラマでよくある、母が娘に宝物を譲るやつ」


そう言って、照れ笑いをする。そこに嘘は感じられないから、きっと本音なんだろう。


くそう。こういうときだけ、母さんは素直なんだよなあ。小悪魔め。


「だから受け取って。母の夢を叶えると思って」


そう言って、母さんが両手でわたしの手を包み込む。


ええ…


そんなこと言われたら、つき返せないじゃん…


困って父さんを見ると、うんうん首を振っている。


「受け取ってあげなよ。…あっほら、もう朝の6時半だよ。寝なきゃ」


父さんがわざとらしく時計を見て言う。


「いや、話を逸らすんじゃないよ…ふわぁ…」


文句を言う口から、あくびが出た。2人が顔を見合わせて、クスクス笑う。


「ナギくんとの戦闘で疲れてるんじゃないの?早く寝た方がいいよ」


父さんが優しい声で囁いてくる。ああ、力が抜けていく…悪魔の囁きだ…


わたしはノロノロと手鏡をしまうと、母さんの座っている寝室を通り過ぎて、自分の部屋に続くふすまを開けた。


「…分かった、手鏡は貰っておくから…もう寝るね。おやすみ…」


振り返ると、2人は優しく微笑んでいた。


「ありがとう、日記に書くことが増えて嬉しいわ。おやすみなさい」


「おやすみ。いい夢を」


わたしは部屋に入って、襖を閉めた。部屋の中が真っ暗になる。でも大丈夫、わたしは夜目が効くのです。


その夜目を使って、楽々と布団を見つけて潜り込んだ。


目を瞑って、眠ろうとする。


『おやすみなさい』


『おやすみ。いい夢を』


ふふっ。さっきのやりとり、小さい頃と似てるな。朝にひとりで寝始めた頃みたいだ…


そんなことを考えているうちに、わたしの意識は墜ちていった。









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