第2話 異変-1

ナギとの戦闘練習も終わり、わたしは村はずれの空き地から家に帰っていた。


生まれた頃から住んでいるこの集落は、残念ながら古い。おまけにめっちゃボロい。


江戸時代は宿場町として栄えていたらしいけれど、明治維新以降人口がどんどん減ってしまって、今は20人程度しか住んでいない。そんな集落だ。


山に囲まれた盆地…コウフ盆地だったかな?にあるので修繕費も高くつく。そんな訳で修繕されていない木造の民家はボロボロだ。


小さいころ、親に都会…トウキョーの街並みの写真を見せてもらったことがあるけど、トウキョーとはえらい違いだ。電気もガスも水道も通ってないし、道路は土丸出しだし。ここはボロすぎる。


かといって、あんな人混みの中で生きていくのは無理そうだけどね。ただ、ここにも電気とか水道が通ったら、すごく便利なのになあ。


「ただいまぁ」


わたしはあばらやの引き戸を開けた。


元宿場町の端も端、空き地のすぐそばに我が家はあった。集落の東端にあるので、日の出が見れるのがオススメポイント。


とはいえ、もうわたしは見飽きた。どうせ見るなら都会の夜景がいい。


そんなことを思いながら中に入り、戸を閉めると、上りかまちに座った。


重力のなすがままに板間に寝転がる。ホント、ナギとの戦闘練習は疲れる。体格差とか、性別とかのハンデが全然無いからだ。ヤツは毎日毎日、容赦なくわたしを叩きのめしてくる。


まあワイバーンは性別とか体格差とかで手加減してくれるわけじゃないし。ナギもそれを考えて戦闘に付き合ってくれるから仕方ないんだけどね。


それにしても疲れた。さっきの戦闘で体がほてっている。あー、床がひんやりしてるー。気持ちいー。


「へうーーー」


あまりの気持ちよさに、思わず変な声が漏れた。そのとき、居間と玄関を繋ぐふすまが開いた。


「…何してるの?セリカ」


頭の上から若い男の人の声が降ってくる。


顔を上げると、そこには呆れた顔をしたイケメンが立っていた。


ちょうど、板間にへばりついているわたしを見下ろす構図だ。


わたしは答えた。


「…涼んでるんだよ、父さん」


「…へー…」


平坦な父さんの声。思わず板間から起き上がる。なんとなくバツが悪い。


この変な空気を変えなければ。


「あ、そうだ父さん」


「ん?」


「今日の戦闘の成果聞いてくれない?」


「おっ。…聞こうじゃないか」


父さんはわたしの横に座った。父さんはわたしが強くなるのが嬉しいらしい。ホントに分かりやすいなぁ。


「今日もまた、ナギと戦闘したんだけどね、久々に勝てたんだ!」


「へぇ、ナギくんに?」


父さんは目を丸くする。そんな父さんを見て、わたしはさらにドヤった。


「ナギくんとセリカじゃ、体格差が凄いよな。どうやったの?」


「ふふふ、これを使ったんだあ」


手鏡を見せると、父さんは何かを悟ったようだ。流石父さん、話が早い。


「この前、猫だましが効かなくてナギに負けちゃったでしょ。だから今日は手鏡を使ったんだ。そしたら上手いこと隙を突いて勝てた!」


「なるほどなぁ」


父さんは納得したようだ。


「それで、セリカ。鏡というアイディアには関心だけど、大切なことを忘れてない?ワイバーンは夜中に人を襲うんだよ?夜中にその技は使える?」


中々に痛い指摘がきた。わたしは口を尖らせる。


「…うん、使えないね」


残念ながらこの集落には、魚の油を使った街灯しかない。目をくらませるほどの光を集めることはできないのだ。


ああ、電気が通ってればいいのに!電気が通ってれば使える作戦なのに!


…いくら目眩ましが朝、人間に使えても、夜中、ワイバーンに使えない技だったら意味がないよね。今はナギという人間を相手に戦闘してるけど、本番は電動人間ワイバーンなんだから。


「あーあ、せっかく考えたのになぁ」


手鏡作戦が使えないことが分かって、わたしはがっくりと肩を落とした。


名残惜しく手鏡を見ていると、頭の上に父さんの手が乗った。そのまま、ポンポンと叩かれる。


「まあでも、もしもだけど、ワイバーンが昼に動いてしまったときには使えるかもしれないね」


父さんを見ると、わたしに向かって笑っていた。


「…うん」


わたしが笑い返すと、父さんは笑ったまま、後ろを振り返った。


「ね。センダー?」


ん?


「…どうして母さんの名前が出てくるの?」


わたしはにっこり首を傾げる。父さんはわたしのマネをして、首を傾げた。


「え、だって、この作戦考えたのセンダーだろ?セリカはそれを黙って自分の手柄にしようとしたんだろうけど」


………。


はは。全部バレてら。


わたしが引き笑いするのと同時に、居間と寝室を繋ぐ襖が開いた。


襖の奥では母さんが不満げに口を尖らせていた。


「せいかーい。ライターったら、何で分かっちゃうのよー?」





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