第1話 少女

まだ肌寒い山奥の集落。集落の外れの砂地で、少女は身構えていた。


「……」


猫毛の赤髪を持つ、思春期真っ只中といった感じの少女は、鋭い眼光を向かいの少年に向けた。まさに野良猫のような雰囲気を醸し出している。


対して少女と同い年ぐらいの少年は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。雑に括られた長髪が、早朝のそよ風に揺れる。


少年の構えに隙は無い。少女は眉を歪めた。


と、次の瞬間、少女は少年の脇腹を突く。少年は横にずれて攻撃をかわした。その顔は余裕だ。


少女はその一瞬を逃さなかった。手を軽く握り、ほんのわずかに手首を返す。


「!?」


少年の眼に閃光せんこうが入ってくる。いきなりの刺激に、彼は思わず目を覆った。それを見計らって少女は少年の足を引っ掛ける。少年の体はぐらつき、鈍い音を立てて地面に倒れた。


少女は少年の上に馬乗りになる、少年が暴れる。


少女は背負っていたバールを抜き、強く握る。そしてそのまま真上に振り上げた。少年の顔は真っ青だ。


少女はバールを振り下ろす。…仕草をして、少年の背中にコツンと当てた。


少年はがっくりうなだれる。少女はにぱっと笑う。野良猫から一転して、犬ころのような笑顔だ。


「わたしの勝ちぃ」


その得意気な声に、少年は溜め息をついた。肩をすくめて、降参する。


「はいはい、俺の負けだ。さっさと下りてくれ」


「はーい」


素直に少女が少年から下りる。


と、少年が体勢を変え、少女に襲いかかろうとした。


「……」


少女は再び手首を返す。またもや目にダメージを受けた少年は、目を押さえたままゴロゴロ転がるハメになった。


悶える少年を見て、少女はぼそり呟く。冷静な顔だ。


「ねんごろ…」


少年はキッと少女を睨んだ。


「うっさいな、お前が卑怯な使うからだろうが!鏡は反則だろ!」


少年が少女の手の中を指差す。少女の手中には手鏡が握られていた。


今まで少年が受けていた閃光の発生源である。


少女は手鏡を使って、朝日の光を反射させて少年の目に入れていたのだった。


指摘された少女は、しれっと目を逸らす。


「戦う前にボディチェックしなかったナギが悪いん

じゃーん。ワイバーンは、いつ何を持ってわたしたちを襲いに来るのか分からないんだよ?」


少年は一瞬目を見開き、悔しそうに眉を歪める。


「、…分かってるよ」


少年はうつむいて呟いた。


ワイバーン。


この集落は昔からそれに悩まされてきた。


それは突然夜闇に現れ、無差別に人を殺す電動人間。


人々はそれに対抗するために戦術を身につけた。かくいう2人もそのうちの2人である。


「もう朝か」


少年が呟く。つられて少女が東の山を見る。


時刻は早朝5時。山からはすでに朝日が昇っていた。


「だんだん日が昇るの、早くなってきたよねー」


少女が目を細めて言う。少年は相槌を打った。


「な。夏が来るなあ」


朝日を眺める少女の額には汗が浮かんでいた。


少年は太陽に光る少女の汗を見つめている。少女はそれに気付き、首を傾げた。


「どうかした?」


少年は現に返り答える。


「あ、何でもない。…汗かいてるよ、ハイ」


少年が腰に据えた手ぬぐいを投げて寄こす。少女はそれをキャッチ。顔に押しつけ汗を吸わせる。


「ありがと」


「うん。…もう寝る時間だ、帰ろうぜ」


少年が言う。


この集落では、ワイバーンの急襲に備えて、日暮れと共に起き夜明けと共に寝る生活をしていた。


そんな訳で、この2人も当然昼に眠り、夜に活動する生活をしている。


「うん」


少女も少年の提案に頷いた。早く寝たいのだろう、少女はあくびを頻繁に繰り返している。


2人は頷くと、それぞれ親の待つ家へ駆け出した。


そう、ここは、『夜中の集落』。

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