第5話 深まる友情

 恵みの村を襲ったヘルシャフトが実りの街に現れ、一人レイフォン兄弟の家から飛び出し、夜の森を進むヨキはヘルシャフトを探していた。

 ヘルシャフトに連れ去られたリースを助けるには、自分が行くしかないと思っていた。

 例え自らの命と引き換えにする事になったとしてもリースを助けられる、そう信じるしかなかった。

 ただヨキには、最後にケイとマリに会えないのが心残りに思っていた、丁度そう思っていた時だった。


「こんな時間に何処へ行くんだい?」


 ヨキは驚いて後ろを振り向いた。顔はよく見えなかったが、違うが自分と同じ黒髪で、青い民族衣装を身に纏った青葉ぐらいの青年がいた。

 ヨキは青年から懐かしさを感じていた。

 青年は不意に人差し指と中指をぴんと伸ばし、ヨキに向かって呪文のような言葉を言った。


「チェーン・ロック」


 次の瞬間、優しい風が吹き始め、ヨキの周りを囲み、そのまま消えていった。

 ヨキは何が起きたのか解からず、戸惑っていた。


「君にあるおまじないをかけた。今君に死なれたら困るからね」


 青年はそう言い残してその場を去って行った。

 ヨキは青年を追いかけようといしたが、そんな暇があったらヘルシャフトの居場所を探し出してリースを助けようと思いなおし、ヨキもその場を去って歩き始めた。



*****



 一人飛び出したヨキを森の中を探し回っているバンの前に、ヨキのもとに現れた黒髪の青年が姿を現した。

 その顔はどことなくヨキに似ていたが瞳の色はヨキとは違い、オレンジ色だった。

 自分の目の前に現れた青年に不信感を抱いたバンは、いつでも対応できるように臨戦態勢に入った。


「誰だ⁉」


「安心してくれ、君の敵じゃない」


 自分は敵ではないとバンに伝えた青年は、不意に人差し指と中指をぴんと伸ばしてヨキの時と同じようにあのまじないをかけた。


「チェーン・ロック」


 次の瞬間優しい風が吹き始め、ヨキの時と同じようにバンの周りを囲み始めた。

 バンは突然起きた事に驚きを隠せずにいた。


「今君にあるまじないをかけているところだ。バン君、君に聞いてほしい事がある」


「どうして俺の名前を⁉」


 バンはとても驚いていた。何故 自分の名前を見ず知らずの人間が知っているのだろう。


「詳しく説明してる時間はない。僕はヨキの事を知る唯一の人物だ」


「アンタ、ヨキの知り合いなのか⁉」


「僕は昔からヨキの事を知っている。バン君、ヨキにはヘルシャフトに対抗する力がある、だが今ヨキは記憶を失っているせいでその力は眠ったままなんだ。

 その力を目覚めさせるには君の力が必要になる。ヨキの事を頼んだよ」


 青年は一歩下がってまた人差し指と中指をぴんと伸ばして『ワープ・ワープ』と唱えて強い風が青年を包み込んだ。

 バンは慌てて青年に近付こうとしたが、青年を包む風のせいで近付く事ができなかった。


「ちょっちょっと待てアンタ!」


「ヨキにも君と同じおまじないをかけた。風が君達を引き合わせる」


 そこまで言うと青年は風と共に姿を消した。

 やがてバンを囲んでいた風が一つの方向に吹き始めたため、バンは青年の言った通りに風の吹く方向へと走り始めた。

 その先にヨキがいると信じて。



*****



 リースを助けるべく、一人ヘルシャフトを探していたヨキは森の途中にある大木に辿り着いた。

 ヨキはある事に不自然を感じていた。


「さっきから風が吹きっぱなしだ。どうしてだろう?」


 先程から同じ方向に吹き続ける風に対し、疑問を抱いていた時、向こうの茂みから音がした。

 その事に気付いたヨキは、持っていた杖を構えて臨戦態勢に入った。

 ケイとマリを探すために旅に出る事を決めてから、野盗や獰猛な獣から身を守るためにとキバに護身術を叩き込まれたのだ。


 習い始めた頃のヨキは棒を持って襲い来るキバに恐怖を感じ、泣きながら逃げ回りバン達や近所の人々にまで迷惑をかけてしまうというオチになっている。

 今ではマシな方だが戦う事に対してヨキはまだ怖がっていて、既に混乱状態に陥っていた。

 だが、茂みの中から出てきたのはヨキを驚かせる物、いや、人物だった。

 茂みの中から出てきたのは家にいる筈のバンだった。


「ヨキ!」


 バンは茂みから飛び出してヨキの傍まで駆け寄り、そのままヨキに飛びついた。

 バンに抱き着かれたヨキは家にいる筈のバンが何故ここにいるのかわからず、先程とは違う意味で混乱状態に陥っていた。


「バン、どうしてここに⁉」


「目が覚めたらお前がいなくなってたから、心配になって探してたんだ。ほら、これお前のだろ」


バンはポケットにしまっておいたヨキのキーホルダーを出してヨキに見せた。


「あっそれ僕のだ! いつの間に?」


「これだけじゃお前を見つけるのは無理だったんだ。

 なんか知らない人にチェーン・ロックとかいうまじないをかけてもらってさ」


「そのおまじない、僕もかけてもらったよ!」


「え? それ本当か⁇」


 どうやら二人は同一人物に誰かと誰かを引き合わせるまじないをかけられたらしい。

 ヨキから同じまじないを掛けられたと聞いたバンは、青年がヨキの事を知っていると言っていた事を思いだし慌ててヨキにその事を話し始めた。


「そうだ! 俺達にまじないかけた奴、お前の事知ってるみたいだったぞ!」


「え! 本当⁉」


「けど、説明してる時間がないって言っていなくなっちまったんだけど、ヨキ、お前の中にはヘルシャフトに対抗する力があるらしいんだ」


「えっえぇ! 僕にそんな力があるの⁉」


 バンから自分にはヘルシャフトに対抗するための力があると聞かされたヨキは、信じられないという顔でバンを見た。

 自分を知っている人物がいた事にも驚いてはいたが、ヨキにとっては自分がヘルシャフトに対抗できる力を持っている事の方が一番の驚きだった。


「お前が記憶を失くしてるせいでその力は眠ったままらしい、その力を目覚めさせるには俺の支えが必要だって言ってたんだ」


「バンの支えって事は、バンの力が必要になるって事?」


 それを聞いたヨキは思わず暗い顔をして俯いてしまった。

 自分が記憶を失った事でヘルシャフトに対抗するための力が眠ったままだと知り、その力を目覚めさせるにはバンの力が必要になるという事は、バンに迷惑をかける事になるとヨキは思ったのだ。

 本当のところ、これ以上バンに迷惑をかけたくなかったからこそ一人でヘルシャフトのもとまで行くつもりだった。


「なんだよヨキ、そんな暗い顔して」


「ゴッごめん、本当なら僕が一人で解決しなくちゃいけないのに」


「何言ってんだよヨキ、そんなの気にすんな。それに俺達仲間だろ?」


「仲間…?」


 ヨキは前にもその言葉を聞いた事はあったが、やはり不思議に思っていた。


「バン、仲間と友達ってどう違うの?」


「え? そうだな~、友達みたいな感じもあるけど、なにより気があってどんな事があっても力を合わせる。それが仲間ってものさ」


「そうなんだ……バン、リース君は勿論、キバ君やいろんな場所にいる君の仲間とも仲間になれる?

 ケイやマリも一緒に」


 バンから友達と仲間の違いを聞いたヨキは、自分もバンやリース、他の場所にいるバンの仲間達と仲間になる事はできるかと尋ねた。

 それを聞いたバンは当たり前のように言ってのけた。


「ヨキ、あったりまえだろ。ケイもマリも皆仲間だ!」


「バン……」


「さぁ、俺達でリースを助けにいくぞ!」


「うん!」


 こうしてヨキとバンは、ヘルシャフトに連れ去られたリースを助けに森の中を進み始めた。

 ヨキの今までの不安は、仲間と呼べる存在によってかき消された。

 ヘルシャフトが何処にいるのかはわからないが、ヨキとバンは森の中を進み続けた結果、高い崖がある場所に出た。


 そこでヨキとバンはヘルシャフトの居場所を知る重要な手掛りと遭遇する。

 バンが崖の高さを確認していると、上から何か落ちて地面に突き刺さった。

 地面に突き刺さったそれは、実りの街の広場でヘルシャフトが出した氷と同じ物だった。


「この氷、ヘルシャフトが僕に向かって投げたのと同じ形だ!」


「って事はこの上にリースが……よし! 行くぞ、ヨキ‼」


 ヨキとバンは崖の上にヘルシャフトとリースがいると確信して崖を登り始めた。

先にバンが登って足場を見つけ、そのあとにヨキが登るという形で崖を登って行った。

 やがてヨキとバンは崖の頂上に辿り着いた。


 そこにはいくつかの木と多めにある茂みがあり、その奥にヘルシャフトの氷が置いてあった。

 よく見ると氷の中に見覚えのある、たけが膝まである紅い道士袍服どうしほうふくの少年の姿があった。


「 「リース/君!」」


 ヨキとバンはリースの姿を見てすかさず走りだす。だがリースはそれを止めようと大声で叫んだ。


「兄さんヨキさん来ちゃダメです、止まって下さい!」


 リースがそう叫んだ直後、ヨキとバンめがけて鋭く尖った氷が数本飛んできた。

 運良くヨキとバンの二人に当たらずそのまま通り過ぎたが、氷が飛んできた事に気付いたヨキとバンは、氷が飛んできた方向を見た。

 そこには空中にいるヘルシャフトがいた。


「ようやく来たか、スピリットシャーマン!」


 ヘルシャフトの姿を見たヨキは思わず身震いを起こしたが、恐怖心を押し殺してヘルシャフトにリースを開放するように言った。


「ちゃんと来たよ! さぁ、リース君を返して!」


「嫌だね」


「えっ⁉」


 それを聞いたヨキは思わず大声で反論した。


「どうして⁉ 約束が違うじゃないか!」


「俺は人間も来いなんざ言った覚えはねぇよ」


 ヨキの反論に対しヘルシャフトは堂々としらを切ったが、それを聞いたバンも反論で言い返す。

 その声はヨキ以上だった。


「ふざけるな! 俺はリースの兄でありヨキの仲間だ、勝手な事言うな‼」


 バンは、自分はリースの兄として、ヨキの仲間として当然の行動をとったのだと主張するように反論した。だがそれでヘルシャフトを怒らせてしまった。


「人間如きがうるせぇんだよ!」


 ヘルシャフトはそう言うと鋭く尖った氷を数本作りだし、ヨキとバンの方に飛ばした。

 バンは自分が持っていた護身用のエアー・ガンを取り出し、鋭く尖った氷を打ち落としていった。


「俺がフォローする、お前はヘルシャフトに攻撃しろ!」


「わかった!」


 ヨキはバンのフォローを受けながら、キバに教え込まれた通りに動き、ヘルシャフトの氷を躱(かわ)していく。

 ヨキに当たりそうな氷をバンが次々と打ち落としていった。

 やがてヘルシャフトの近くまで辿り着いたヨキは持ってきていた杖を思いっきり振った。


 杖は見事にヘルシャフトに直撃したが、ヘルシャフトはヨキを睨みつけて丸い形状の氷塊をヨキにぶつけた。

 とっさに防御したヨキだったが、その衝撃で吹っ飛ばされてしまい、体勢を立て直そうにも間に合わず、今にも崖から落ちそうになりかけていた。


「ヨキ!」


 バンは急いでヨキの元に走る。だがヨキの右手には杖があり、自分の方にはエアー・ガンがある。

 そのためバンは左手でヨキの左手を掴む。

 だが次の瞬間、鋭く尖った氷が二人の手を貫いた。


「うわぁああっ!」


「いぎっ!」


 ヨキは痛さのあまりに叫んだ。バンはヨキと同じように痛かったがその痛みに耐え、ヨキを引き戻した。

 だがヘルシャフトは二人に攻撃を仕掛けてきた。


「危ない!」


 それに気付いたヨキはバンを突き飛ばす。その直後に氷塊がヨキの頭に直撃し、ヨキはそのまま倒れこんだ。


「ヨキ!」


 バンは慌ててヨキの傍へ駆け寄る。ヨキは意識を失っていて返事はなく、その間にもヘルシャフトは攻撃を続ける。

 バンはヨキを抱えて近くの木に隠れた。


「痛っ!」


 ヘルシャフトの氷に貫かれた左手が急に痛み出し、次の瞬間、バンは全く知らない場所にいた。

 そこは地獄絵図でも見ているような光景だった。

 ヘルシャフトが次々と人々の命を奪っていき、その中には小さな少年が自分より年上の少年に手をひかれ逃げ惑っていた。


 バンはその小さな少年がヨキであるという事がすぐにわかった。

 次の瞬間、バンは元いた場所に戻っていた。

 どうやら今の光景はヨキの記憶らしい前にヨキから聞いた話とは全く違うおそらくヨキの失われた記憶だとバンは確信した。


「ヨキ…」


 バンはヨキが幼い頃に、自分の故郷をヘルシャフトに襲われ、恐ろしい体験をしていたせいで記憶を失ってしまったのではないかと考えた。

 バンは昔の事を思い出していた。あれはまだ幼い頃にブラックリストに載っていた悪人の一味に実りの街を襲われてパニックを起こしていた時だった。


 その時のバンやリースはまだ幼く、とても太刀打ちできなかったため、バンはとても悔しかった。

 それと同時に恐怖を感じてもいた。

 今思えばあの時の自分はヨキと同じ思いをしていたのだろう、そう思っていた。


*****


 意識を失っているヨキは夢を見ていた。そこはバンとリースの暮らす実りの街だった。

 一瞬街に戻ってきたのかと思ったが、そうではないと気付いた。

 実りの街は悪人に襲われ、建物を破壊されていく中人々はパニックになっていた。

 その中には幼いバンとリースもいた。


*****


「う…ん」


 ヨキは不意に目を覚ました。その隣にはバンがいた。


「バ…ン…」


「ヨキ⁉」


 ヨキの声に気付いたバンはすかさずヨキの方を向いた。

 ヨキが意識を取り戻した事を確認したバンは、ヨキは頭を怪我していたため大丈夫かどうかをヨキに尋ねた。


「ヨキ、大丈夫か?」


「なんとか。バン、僕、夢で僕の記憶を見たんだ。でも、次の瞬間、小さな君がいた」


 ヨキはさっきまで見ていた夢を話す。ヨキから夢の内容を聞いたバンはそれが自分の記憶であると確信した。


「多分、それは俺の記憶だと思う」


「えっ、バンの記憶?」


 それを聞いたヨキは驚いた。ついさっきまで見ていた夢がまさかバンの記憶だとは思ってもみなかったからもある。

 何故バンの記憶を見たのかヨキは不思議に思っていると、バンは自分がヨキの失われた記憶を見た事を伝えた。


「俺もヨキの記憶を見たんだ。あれは、お前が失くした記憶の一部だと思う」


「バンも、記憶を見たの⁉」


「でもなんでヨキの記憶が見えたのかわからないんだ」


 バンもなぜ自分がヨキの失った記憶を見る事ができたのか、その事に対して疑問を感じていた。

 何故お互いの記憶を知る事ができるようになったのか混乱していると、ヨキは不意に左手から痛みを感じた。


「痛っ!」


 ヨキは左手を見てみると、手当てはされていたが左手は血まみれになっていた。

ヘルシャフトに氷で手を攻撃された事を思いだしたヨキは、バンの方を見るとバンもまた、同じように左 手が血まみれになっていた。


「バン、その手…」


「お前の手を掴んだ時にヘルシャフトに攻撃されて、よく見たら貫通してて、お前も同じようになってるみたいだ」


 たいした大きさではないが、試しに動かしてみた結果、間違いなく左手には穴が開いている感覚があった。

 その時ヨキは、ある仮説を思いついた。


「バン、確かヘルシャフトに貫かれたって言ったよね?」


「え? そうだけど…」


「その間の何秒ぐらいかで、僕達の血が混じって互いの記憶を見られるようになったんじゃないかな?」


 言われてみれば確かにヨキの言う通りかもしれない、崖から落ちかけたヨキを引き戻す間、バンは数秒ぐらいの間はヨキの左手を掴んだままだった。


 その結果ヨキとバンの血が混じり、ヨキはバン、バンはヨキの記憶を見られるようになったのかもしれない。

 その事に関して追求したかったが、ヘルシャフトの氷が二人の視界にはいたため、今はその事について考えている暇はない事を思い出す。


「ヨキ、いけるか?」


「うっうん、なんとか。バンは?」


「俺もギリギリって感じだ、次で決めなきゃこっちがやられちまう。なんか作戦を考えねぇと」


 バンがそう言った時だった。ヨキは不意に何か呪文のような言葉を思い出したのだ。


「スマッシュ・スマッシュ、チェック・ダ・ロック?」


「なんだそりゃ?」


「バン、もしかしたらなんとかなるかもしれない」


「本当か⁉」


 それを聞いたバンは驚いたようにヨキを見た。ヨキも不意に思いだした呪文のようなその言葉に自信があったようだ。


「うん、でも、一人じゃ難しいかも。バン、力を貸してくれる?」


 思い出したとはいえ、その言葉が何を意味するかまでは思い出せなかったヨキは、恐る恐るバンに問う。

 するとバンは簡単に答えた。


「当たり前だ。だって俺達仲間だろ?」


「バン……ありがとう」


 バンのその言葉を聞いたヨキは安心した。そしてヘルシャフトへの反撃の準備に入った。

 ヘルシャフトは余裕の表情で二人が隠れている木を攻撃していた。

 リースは氷の中で心配そうにその木を見ていた。


「兄さん、ヨキさん…」


 その時だった。ヨキとバンが急に飛び出してきた。それを見て驚いたリースは何を考えているのだろうと思った。


「二人とも何を考えているんですか⁉ 危ないですよ!」


 リースの言葉もお構いなしにヨキは進み始めた。ヘルシャフトは再びヨキに向かって氷を飛ばし始める。

 ヨキは次々と飛んでくる氷を器用に躱し、当たりかけた氷をバンが再び自分のエアー・ガンで氷を次々に打ち落としていく。

 そしてヨキはまた、杖を振り下ろした。それはヘルシャフトに直撃した。


「つぁっ! 貴様ぁまたやりやがったなぁ!」


 一度ならずに共攻撃を受けたヘルシャフトは頭に血が上り、またヨキに向かって鋭く尖った氷を飛ばす。だが、ヨキは突如消えたのだ。

 ヘルシャフトは酷く動揺し、突如消えたヨキを探す。


「僕はここだよ!」


 ヘルシャフトはヨキの声がした方を見た。

 そこには宙にいるヨキの姿があり、ヘルシャフトはヨキに向かって鋭く尖った氷を飛ばした。


「ヨキさん危ない!」


 リースが叫んだその時、ヨキは杖を氷の方に向け、思い出した呪文のような言葉の一つを言う。


「スマッシュ・スマッシュ!」


 そう言った途端、杖から強い風が吹き始めたのだ。その風はヘルシャフトの氷を粉々に砕いたのだ。


「何⁉ 俺の氷を砕いただとぉ⁉」


「行けぇっ! ヨキーっ!」


「チェック・ダ・ロック!」


 ヨキはもう一つの言葉を唱えてヘルシャフトに向かって杖を振り下ろした。

 その瞬間、杖が光始め、青く輝く風がヘルシャフトを包み込んだ。


「グァァァ! そんな、馬鹿な、俺様がこんなガキにぃい‼」


 ヘルシャフトはそのまま光に包まれ、小さな宝石になってしまった。

 ヘルシャフトが小さな宝石になったのを見たヨキは体勢を立て直すのを忘れ、そのまま地面に落ち、バンは慌ててヨキのもとへ駆け寄った。


「ヨキ、大丈夫か⁉」


「うん、それよりリース君は?」


 ヨキとバンはリースの方を向いた。ヘルシャフトが小さな宝石になったにも関わらず、リースはまだ氷の中に閉じ込められたままだった。

 ヨキとバンはリースのもとへ駆け寄った。


「リース、大丈夫か⁉」


「僕は大丈夫です。それよりお二人とも左手に怪我をっ!」


「大丈夫、今は痛くないよ。それよりこの氷を何とかしなくちゃ。リース君ちょっと下がってて」


 リースはヨキに言われた通りに後ろに下がった。そしてヨキはヘルシャフトの氷を粉々にした言葉を言った。


「スマッシュ・スマッシュ!」


 再び杖から風が吹いて、リースを閉じ込めている氷を破壊した。

 ヨキの力で氷を破壊されると、バンは思わずリースを抱きしめたがリースは苦しそうな顔をしていた。 ヨキはその様子を見ていたが小さな宝石になったヘルシャフトを見た。

 そして小さな宝石を拾い、それをバンとリースに見せた。


「これ、どうしよう。このまま放っておく訳にもいかないし……」


「兎に角帰りましょう」


「そうだな」


 こうしてヨキとバンは無事にリースを救い出し、三人揃って実りの街に戻った。

 実りの街の近くまで戻る頃には既に朝日が昇り、その道中にキバの姿があり、キバはすぐに三人の元に駆け寄って喜ぶのかと思うと何故かヨキとバンの二人を怒鳴り散らした。


 キバに急かされ三人は急いで実りの街に戻ると、実りの街ではとんでもない事になっていた。

 何故このようになったのかというとヨキとバンが消えたからである。

 大人達はヘルシャフトが二人を連れ去ったと勘違いしたため、武器になりそうなものを持ってヘルシャフトの居場所を探し出そうとしていたのだ。


 幸いにもヨキとバンがリースを連れて帰ってきたため、それ以上の騒動は起きなかった。 

 宝石になったヘルシャフトはヨキが実りの街の人々に説明して信じてもらい、警察が来て厳重に保管される事になった。



*****



 それから数刻すうこく後、ヘルシャフトに命を狙われているという事もあり、ヨキは実りの街を出て旅に出る事にした。

 その旅にはバンとリースも一緒にいた。

 ヨキは最初こそ断ったが、世界は広いため一人で行くのは危険だと言われた。


「本当に良かったの? 僕なんかのために危険な旅に出るなんて…」


「大丈夫です。僕も兄さんも長旅をした事がありますから」


「それに俺とお前は繋がってるようなもんじゃねえか」


 バンはそう言って左手をあげる。左手の穴は完全に塞がっていたが傷痕は残っていた。

 それはヨキも同じだった。


「一人で抱え込もうとしないで下さい」


「俺達仲間なんだから気にすんなって」


「バン、リース君…ありがとう」


 こうしてヨキは、バンとリースと共にケイとマリの二人と自分の記憶を探す旅に出た。

 全ては平穏な日々に戻るために。

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