第4話 ヘルシャフト、襲来

 ヨキがバンとリース、レイフォン兄弟の家に上がりこんで数日、山の中にある恵みの村ではない実りの街の暮らしに慣れ始めていた。

 ケイの両親から教わった薬草の知識もあり、近くの森や山に入っては薬草を見つけ、実りの街にある薬師の店や薬草を使った料理を扱う料理店などに卸し、生活費を稼ぎながら生活していた。


 時折ガラの悪いやからに絡まれ、人見知りが発動して対応できない事もあったが、そういった相手はバンとリース、時折キバのおかげで避ける事ができた。


「ヨキも大分街での生活にも慣れてきたな」


「希少な薬草を見つけてくれるおかげで助かっていると近所でもひょうばんになってますからね」


「ケイのお父さんとお母さんのおかげで、薬草の知識は結構豊富なんだ。

 でもやっぱり、ケイの方が薬草には詳しいよ」


 ケイの両親から薬草の知識を教わっっていたおかげで、実りの街の住人達から薬草採取の腕がいいと評価されている事をリースから聞いたヨキは、自分が役立っている事に喜びを感じていた。

 まるで恵みの村にいるような気持ちになり、何より実りの街の人々のおかげで穏やかに過ごす事ができていた。


「そういやヨキ、旅に出る準備もできたのか?」


「薬草採取のおかげで、旅の資金も貯まってきたよ」


「じゃあ、近い内にケイとマリを探しに行くのか?」


「ん~、地図とか道具とかも買う予定だから、まだ先になるかな?」


「一人旅となると野党にそうぐうする危険がありますからね。その辺りは注意するべきだと思いますよ」


 ヨキが薬草を集めて実りの街にある様々な店に卸している理由は、生活費を稼ぐだけではなく、ケイとマリを探す旅の資金を貯めるためでもあった。


 ケイとマリも自分と同じように、ヨキが持つ杖から発生した竜巻のせいで恵みの村とは違う場所に飛ばされたのではない考えたヨキは、実りの街を出てケイとマリを探しに行こうと考えたのだ。


 だが、ヘルシャフトの襲撃と竜巻に飛ばされたせいでヨキは所持金を持っていなかったため、どうするべきか考えている時に、恵みの村での生活を聞いたリースの提案で薬草採取の経験を利用して旅に出るための資金を稼いでいたのだ。


 その結果、旅に出るための資金が着々と貯まって行き、ヨキが実りの街から旅立つ日が近づいていた、そんな平穏な生活の中で、事件は起きた。

 それは夜遅くの事で就寝しようと三人が布団を敷いている時、外から爆発音に似た音が聞こえて来たと同時に、地震ほどではないが大きな揺れが起こった。


 突然聞こえてきた音と地震に驚いた三人は家を飛び出して外に出た。

 ヨキに至っては、驚きのあまり外に出る途中で階段から転げ落ちてしまい、リースに介抱されていた。


「なんだ今の音⁉」


「音の感じと揺れからして何かがばくはつしたというより、落ちた音、に近い気がしますね。

 それよりもヨキさん、だいじょうぶですか?」


「イテテテッ。ごめん、こんな大変な時に迷惑かけちゃって。それより、凄く大騒ぎになってるみたいだね…」


 家の外に出たヨキ達は、外では既に騒ぎになっている様子を見て先程聞こえて来た音がただ事ではないという事を感じた。


 現に家の周りにいる住民達は音が聞こえてきたと思われる方向を見て何事がと騒いでおり、音が聞こえて来た方向から人が来て、周りにいた人々が話を聞くと音が聞こえて来た場所へ次々向かっていた。


 一体何が起きているのか把握するため、音が聞こえて来た場所へ向かおうとしていた大人に声を掛けた。


「すみません、この騒ぎは一体何事なのでしょうか?」


「それが、広場の方に何か落ちたみたいなんだ。しかもかなりでかいらしいんだよ」


 リースが考えた通り、聞こえて来たのは爆発音ではなく何かが落ちた音だったようだが、広場に何かが落ちたという話が出てきたためヨキ達は自分達が家の中で感じた揺れの事に関する疑問が残っていた。


 バンとリースの家から広場までの距離はそこそこあるが、それでも揺れを感じる程となるとかなり大きな何かが広場に落ちた事になる。

 広場に落ちたものの正体が気になったヨキ達は、その正体を確かめるべく広場に向かった。


 三人が広場につくと、広場には既に街の人々が集まっていた。

 その中にはヨキ達と同じように騒ぎを聞きつけ広場にやって来たキバの姿もあったため、ヨキ達は人混みをかき分けて近付いた。


「キバさーん!」


「バン、リース。それにヨキも」


「何があったの⁉」


「うわっ! なんだこのバカでかい氷⁉」


 キバのもとまで辿り着く事ができたヨキ達は、一体何が起きているのかを聞こうとしたが、何かに驚いたバンの言葉によって遮られた。

 バンのその言葉に反応したヨキとリースは、バンが見ている方向に視線を向けると、思わず言葉を失ってしまった。


 そこにあったのは、ビル十階分の高さはあるであろう氷塊だった。

 いくらなんでもこんなに大きな氷は見た事がなく、あったとしても北国にしかないと思われる。


 それ以前に、なぜこれだけの大きさの氷塊が広場に突き刺さるような形で存在しているのかという疑問の方が強かった。

 氷塊を見たヨキ達は、本当に何が起きているのか全く分からなかったため、先に来ていたキバが何か知っているのではないかと思い話し掛けた。


「キバ、なんで広場にこんなでっかい氷があるんだよ⁉」


「それが、空から降ってきたみたいなんだ」


「「「えぇっ! 降ってきた―っ⁉」」」


 広場に突き刺さっている氷塊が空から降ってきたと聞いたヨキ達は、とても驚いた。

 広場に来る前に何かが落ちたとは聞いてはいたが、まさかビル十階分の氷塊が空から降ってきていたとは思っていたため、いくらなんでもそんな訳のわからない事が起きる筈がない、そう思っていたからである。


 どちらにしろ、本来ならありえない事が目の前で起こっている為、実りの街の住人であるバンとリースを含めた街の人々は混乱していた。


(話でしか聞いた事がなかったけど、確か氷塊って寒い海にしかない筈だよね?

 どうしてそれが、空から降ってきたんだろう…)


 そんな事を考えながら、広場に突き刺さっている氷塊を観察していた。

 だがヨキは氷塊の上を見上げて何かを見つけ、目を凝らして確認してみると、ヨキはそれを見て固まってしまった。

 それに気づいたバンはヨキに声をかけた。


「ヨキ? どうしたんだ⁇」


 様子が可笑しいヨキに声を掛けたバンだったが、ヨキは氷塊の上を見たまま全く反応せず、ヨキの顔色は既に青ざめていた。

 リースとキバもヨキの様子が可笑しい事に気付き、キバがヨキの視線がずっと氷塊の上を向いたままである事を指摘すると、バンも氷塊の上を見て何があるのかを確認すると、氷塊の上に影が見えたため思わず目を疑った。


「バン、何かわかったか?」


「それが、氷塊の天辺に人影っぽい物が見えるんだけど…」


「そんなまさか、これだけ大きなひょうかいの上にダレかいるはずありませんよ」


「まぁ、そうなんだけどよ。なんか違和感がある気がするんだよな…」


 リースの言う通り、目の前にある氷塊の上に人がいるなどありえない事なのだが、氷塊の上から見える人影を見たままヨキが固まってしまった理由は他にある気がしたバンは、目を凝らして人影を確認した。


 そうやって確認している内に、その人影に違和感を覚えたバンは人影の背後に翼のような物がある事に気付いた。

 翼の色は黒く、現在の時刻が夜という事もありすぐには気付く事ができなかったが、その黒い翼を見たバンは、何故ヨキが固まったのかを理解した。


 そして、氷塊の上から見える人影を認識してから硬直していたヨキは、恵みの村での出来事を思い出し、氷塊の上の人影の正体にいち早く気付き、恐怖のあまり、大声で叫んだ。


「へ、ヘルシャフトだ!」


 氷塊の上から見える人影の正体が恵みの村を襲ったヘルシャフトである事に気付いたヨキは混乱していた。

 恵みの村にいる筈のヘルシャフトが、何故実りの街にいるのかわからなかったのだ。


 ヨキからヘルシャフトの特徴を聞いていたバンも、現在進行形で自分達が危険な状況にある事に気付き、リースやキバ、周りにいる街の人々に避難を呼びかけた。

 ヨキの叫び声に気付いたヘルシャフトはヨキの方を睨んだ。

 ヘルシャフトはヨキの右腕にある痣を見て驚き、嬉しそうな顔でヨキには全く理解できない事を言った。


「見つけたぞ、シャーマンの生き残り!」


 シャーマンの生き残りと言われたヨキは、ヘルシャフトが何を言っているのか全く解らず、ヘルシャフトに対する恐怖から動けずにいた。ヘルシャフトは勢いよく飛び降り、ヨキの方へ向かって飛んできた。

 ヘルシャフトがヨキに向かって飛んでいる事に気付いたバンは、大声でヨキに身の危険を知らせた。


「ヨキ、危ない‼」


ヘルシャフトは手から鋭く尖った氷を出し、ヨキに向かって投げつけた。

 恐怖で動けずにいたヨキだったが、バンの声に反応して我に返り、ギリギリヘルシャフトの氷をかわす事ができた。


 ヨキがいた場所にはヘルシャフトが投げた氷が突き刺さり、それを見た広場に集まっていた人々は突然起きた事を理解する事ができず、一気に混乱状態に陥った。

 リースとキバは積極的に街の住民達に声を掛け、避難を促すが全員混乱しており、二人の言葉に耳を傾ける者はだれ一人としていない。


 バンの声に反応してヘルシャフトの氷を躱したヨキはその場に座り込んだまま動く事ができず、自分が何をしたのか、何か問題でも起こしたのかと思っていた。


「ヨキ! 大丈夫か⁉」


「なっなんとか大丈夫! だけどどうしてヘルシャフトがこの街に…⁉ (それに僕の事、シャーマンの生き残りって言ってた。一体何の事を言ってるだろう?)」


 座り込んだままのヨキの傍に駆け寄ったバンは、無理やりヨキを立ち上がらせて逃げるための準備をした。

 ヨキは何故ヘルシャフトが街に現れたのかという事が理解できず、何よりヘルシャフトが自分に向かっていったシャーマンという言葉とヘルシャフトに対する恐怖でヨキの頭はいっぱいになっていた。


 リースとキバは、逃げ惑う人々を掻き分けてなんとかヨキとバンの二人と合流しようとした。

 するとヘルシャフトはヨキとバンに近付くリースに気が付き、怪しげに笑った。

 ヘルシャフトは吹雪を起こし、その吹雪でリースの周りを囲んだ。


「え、なんですかこれ?」


「リース逃げろ!」


 自分の周囲に発生した吹雪に困惑するリースは思わずその場で立ち止まってしまい、リースの身に起きている現象が普通ではない事に気付いたキバはリースを助けようと駆け寄ろうとしたが、リースを囲む吹雪にさえぎられ、近付くことができなかった。

 だんだんリースを囲む吹雪は勢いを増していき、次の瞬間、リースを囲んでいた吹雪が光り、知らぬ内にリースは氷の中に閉じ込められていた。


「「リース/君⁉」」


 氷の中に閉じ込められたリースを見たヨキとバンは、慌ててリースのもとへ駆け寄る。


「なんなんだよこれ⁉」


「リース君大丈夫⁉ 怪我はない⁉」


「僕は平気です。でも、この氷は一体……」


 氷の中に閉じ込められてしまったリースを助け出そうとするバンだが、叩いても蹴っても氷はびくともせず、ヨキは氷の中にいるリースに声を掛け無事かどうかの確認をした。

 氷の中にいるリース自身には問題はなかったようだが、自分を閉じ込めた氷が何処から現れたのかという疑問が浮かんだその時だった。


 突然リースを閉じ込めている氷が宙を舞い、ヘルシャフトのもとへ行った。

 混乱状態に陥り逃げ惑っていた人々も、氷に閉じ込められたリースを見て思わず立ち止まり、意識をヘルシャフトの方へと向けた。


「リース君‼」


「おいてめぇ! 弟を返せ!」


「兄さん、ヨキさん‼」


 リースは脱出するべく、体当たりで自分を閉じ込めている氷を割ろうとする。

 だが氷はびくともせず、割れる気配がない。

 リースを氷の中に閉じ込めて捕らえたヘルシャフトは、ヨキとバンの方を見ながら勝ち誇ったように笑い、そしてヨキ達に向かって堂々と言い放った。


「コイツを返してほしけりゃ俺を探してみな! 必ずシャーマンの命を持ってこい、ヒャハハハハハハハハ!」


 そういいながらヘルシャフトは氷の中に閉じ込めたリースを連れて姿を消してしまった。

 リースがヘルシャフトに連れ去られるという予想外の事態が発生した事により、街の人々は先程までのように逃げ惑う事はなかったが、違う意味で混乱状態に陥ってしまった。


「リース! リース! リースゥウウウウウッ‼」


 ヘルシャフトの姿を見失ったバンは、必死に弟であるリースの名前を叫んだが、リースからの返事が返ってくる事はなく、その声は空しく虚空に消えているだけで何も変わりはしなかった。

 そしてヨキは、リースを連れ去ったヘルシャフトが自分の命を持って来いという言葉から、自分が原因でリースが連れ去られてしまったと思い込んでいた。


「僕のせいだ、リース君がさらわれたのはきっと僕のせいだ」


 ヨキは震えた声でそう言うとその場に倒れるような形で座り込む。

 自分が記憶を失くさなければ、リースが連れ去られる事はなかったと考えたヨキは、記憶を失った自分を責めていた。


「僕のせいで、僕が記憶を無くしたせいでこんな事に……」


「ヨキ、戻ろう。兎に角今は休んで明日の朝リースを探そう」


 我に返ったバンはヨキに優しく声をかける。だがヨキは変わらず自分を責め続けた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ヨキは何度もそう言って涙を流していた。しばらくしたら広場に警察が来るとキバから聞いたバンはヘルシャフトが言っていた事もあり、警察が来る前にヨキを連れて自宅に帰り、二人は眠った。



*****



 いつもならバンの右側にリースがいる筈なのにいない。

 なんだか寂しい気持ちに襲われ、バンは不意に目を覚ました。

 横を見てもやはりリースの姿はなく、バンはこの現実が夢ならいいのにと、心からそう思った。


(どうしてこんな事に……。あれ?)


 もう一度眠ろうとしたバンだったが、ある事に気が付いた。

 いつもなら左の窓側で眠っている筈のヨキの姿が見当たらず、ヨキがいない事に気付いたバンは慌てて家の中を探し回った。

 何処を探し回ってもやはりヨキの姿がなく、そしてバンは玄関に置いてあったヨキの杖がなくなっている事に気付き、ヘルシャフトの言葉を思い出した。


「アイツ、まさか一人で⁉」


 ヨキがヘルシャフトの言葉を真に受けてリースを助けに行ったのだという事に気付いたバンは、このままではヨキが危険だと考え家を飛び出した。

 広場まで来ると、既に警察が誰も広場に入れないように広場を封鎖しており、ヘルシャフトが作りだした氷が放置されたままだった。


 その様子からヨキが広場に足を踏み入れていないのはまず間違いなく、リースが何処にいるのかヨキはわからないと思ったバンは広場付近を見渡し、ヨキの姿を探す。

 すると、森のほうで何かが光った。

 光る何かを見つけたバンはそれに近付き、手に取ったそれが何なのか分かった。


「このキーホルダー、この前ヨキが買った奴だ」


 バンが手に取ったそれは、何刻なんこくか前にヨキが気に入り、採取した薬草で稼いだ金銭で購入したカナリア色の風車のキーホルダーだった。

 それを見たバンは間違いなくヨキがリースを助けに言った事を確信した。


「やっぱり、ヨキの奴、一人でリースを助けるつもりだ……!」


 リースを連れ去ったヘルシャフトの口ぶりから、ヘルシャフトはヨキの命を狙っている事に気付いていたバンは、ヨキがヘルシャフトの元に辿り着く前にヨキを見つける必要があった。


 ヘルシャフトは間違いなくヨキを殺そうとしている事が嫌でもわかった。

 何故ヘルシャフトがヨキの命を狙うのかわからなかったが、恐らくヨキが失った記憶と関係している可能性がある。


 何よりヘルシャフトはリースを人質として連れ去り、リースの命を盾にしている。

 一人先走ってしまったヨキの状況は、目の前でリースを連れ去られた事で冷静な判断ができなくなっており、今のヨキならば間違いなく命を差し出すだろう。


(急いで見つけないと、ヨキが殺されちまう! 頼むから無事でいてくれ、ヨキ!)


 バンはキバや誰かに助けを求めている時間はないと考え、ヨキが入っていったと思われる森の中へ入って行き、ヨキを探した。


 だがまだ夜という事もあってあたりが暗く、更に森の木々のせいで月明りを遮り、ヘルシャフトに命を狙われているヨキを見つけなければいけないという焦燥感から、森になれている筈のバンでさえも方向を見失ってしまった。

 ヨキを探すバンは、ヘルシャフトの罠にでも嵌ったかのように光を見失ってしまうのだった。

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