第1話 全ての始まり

 ここは『恵みの村』。この村は山の中にあるが、雑穀や山菜に木の実などが豊富に実り、村の人々は何不自由なく暮らしている。

 そしてここには百種類以上の薬草が生えていてその薬草を薬にして売っている家族がいる。

 恵の村ではたった一軒の薬屋である。今は薬屋『流れ星』では、四人家族の薬師(やくし)家と一人の少年と少女が流れ星を経営している。そしていつものように一日が経とうとしていた。


「こらーっ! ケイ、お前また家の壁に落書きしただろ⁉」


「別にいいじゃんか、子供は遊びざかりなんだからさぁ、兄ちゃんも遊べばいいじゃんか!」


「何いってんだ! 俺もう十七になるんだから遊ぶ訳にはいかないんだぞ!」


「うるさいなあ~、青葉兄ちゃんは」


 ケイと青葉は流れ星を経営している両親を手伝っている兄弟であるのだが、ケイはヤンチャで悪戯好きで遊びざかりであるがゆえにケイの兄である青葉でさえ手を焼いている。

 しかし村ではムードメーカーとして人気者である。

 ただ違う点があるとすれば家族とは違い、髪と瞳の色が違う事と他よりも肌が青白い。

 そんなケイの兄である青葉は、毎日のようにケイが悪戯をすればいつも説教をしていたが、叱られている本人は全く聞く耳を持っていなかった。


「兄ちゃん代わりに落書き消しといてよ、俺遊んでくる!」


 そう言ってケイはそのまま走りだしてしまった。それを見た青葉は慌ててケイの後を追って走り出した。


「あっ待て!」


「やだよーだ。悔しかったら捕まえてみろよ兄ちゃん!」


 ケイはそのままその場にいた少年と少女の二人とすれ違う……筈だったのだが、そこにいた少女がいとも簡単にケイの首根っこを掴んで捕まえたのである。


「ケイ、また悪戯したのね?」


「ゲゲッ! マッマリ! それにヨキまで」


 未来マリ、彼女は薬師兄弟の従姉だ。

 何故薬師家と共に暮らしているのかというと、マリがまだ幼い頃に両親を交通事故で亡くし、マリ一人が残されてしまったため、孤児となってしまったらしい。


 今はクールで頼りがいのある性格なのだが、突然両親を失った幼いマリはその真実を受け入れる事ができなかったため心を閉ざし、容赦なく人に怪我をさせてしまう性格だったらしく親戚に預けられてもその性格が原因ですぐ他の親戚に預けられてしまい、幾度となくタライ回しされたらしく、その結果マリの性格は更に激しさを増していったのだ。


 そんなある日、薬師兄弟の母である四葉がマリを引き取りにきた。

 四葉とマリの父親は兄弟らしく、マリの性格はマリの父親と同じだったため大丈夫だと思い引き取る事にしたのだそうだ。


 今のマリがあるのはケイのおかげといった方が良いのかもしれない、その時のマリは氷のように心を閉ざしていたのだが、当時のケイはまだ三歳だったので両親の手伝いをしていた青葉とはあまり遊んでもらえず、年が二つしか離れていないマリに遊んでもらおうとして積極的に話しかけていた。


 それが良い影響になりマリは次第に心を開き、薬師家や村の人々仲良しになる事ができ特にケイとは本当の姉弟のように仲良しになった。

 そのためどう動くかもだいたい予測できるようになり、ケイをすぐにでも捕まえる事ができる。


「罰として壁および家の周りを綺麗にしなさい!」


「は~い」


「ケイはいつもマリに掃除をさせられちゃうね」


「そんな事言うなよヨキ」


 黄昏ヨキ、八年前にケイとマリが連れてきた気が弱くとても大人しい少年である。

 ヨキはケイ達や村の人々とは違う部分がある。一つは右腕に不思議な痣がある事、もう一つは五年間の記憶がない事である。

 それが何故なのかはいまだにわからないままである。


 ヨキは恵の村で最も神聖な場所である『聖なるほこら』と呼ばれる小さな洞窟の中にあった石の箱の中で眠っていたのをケイとマリに見つけられたのだ。

 名前もわからず、二人に祠の外に連れ出されて丁度黄昏時だったため、ケイが不意に『黄昏ヨキ』という名前を思いつき、マリもそれに納得したのである。


「っていうか、二人は薬の配達終わったの?」


「今日の分も終わったよ。風邪薬に傷薬、それから、肩こりや腰痛に効く薬が一番多かったかな?」



「畑の手入れや巻き割り作業はどうしても肩や腰に負担がかかるからね。村の人達からしたら需要が高いのよ」


「じゃあまた肩こりと腰痛に効く薬の調合しとかないとな。兄ちゃん、腰痛に聞く薬草どれだけ残ってる?」


「そうだな、そろそろ採取に行かないと心もとないって父さんが言ってたよ」


 村に薬の配達に言っていたヨキとマリの二人から報告を受けたケイが、腰痛に聞く薬草がどれだけ残っていたかを青葉に訊ねると、青葉はそろそろ採取に行った方が良いと答えた。

 それを聞いた三人は足りなくなっている薬草の採取に向かう事にした。

 流れ星は恵みの村にある唯一の薬屋であると同時に診察所としての役割もあり、恵みの村は山の中にある。


 病院がある山の麓の町に行くには長時間歩かなければいけないため村民達の治療ができない状況になる事だけは絶対になってはいけないのだ。

 そのためヨキ達三人は幼い頃から流れ星の手伝いをしており、主に薬草の採取や薬の調合、そして調合した薬の販売などを担当していた。


「おーい、そっちはどうだ?」


「私の方はヨモギが沢山見つけられたわ。ヨキは見つけられた?」


「ん~、試しにマタタビを探してみたけど見つからないんだ。やっぱりまだ夏になったばかりだからかな?」


「仕方ない、今日の所はヨモギとビワの葉を大量に採取して帰ろう。マタタビの代わりに、村長さんとこの生姜と鶏の卵を分けてもらおうぜ」


 三人は互いの状況を報告しながら、今の時期では採取できない薬草があった場合に何で代用するか、他にも採取した方が良かった薬草はなかったかを聞きながら薬草の採取に励んだ。

 不意に風が吹き、ビワの葉と近くにあった他の薬草の採取をしていたヨキは手を止めて空の方を見た。

 空の様子はいつものように変わらず、雲がゆっくりと流れているように見えたが、ヨキは不安そうな表情をして薬草の採取をしていたケイとマリに声を掛けた。


「二人とも帰ろう! 嵐が来る!」


「何言ってんだよヨキ。まだ緑季りょくきになったばかりだし、それにこの時期はまだ嵐は来ないだろ?」


「風がいつもと違ってピリピリしてるんだよ! 兎に角帰ろう!」


 嵐が来ると訴えて来たヨキの言葉にケイとマリは互いに顔を見合わせて困惑したが、ヨキは幼い頃から風を感じる事で天候を当てるのが得意で、不思議と全て当たっていた。

 それらの前例とヨキの顔が青ざめていたため、二人は薬草の採取を中止して恵みの村に帰る事にした。



*****



 その夜はヨキの読み通り季節外れの嵐が来ていた。その度に問題が起きる。

 嵐はヨキの嫌いなものと共に来るからだったのだ。それが何なのかというと…


『ゴロゴロゴロゴロドドーンッ』


「うわあああああああ!」


『ドドーンッ』


「うわあああああああっ!」


 たいした事のない雷に、ヨキは酷く怯え、悲鳴を上げる。ヨキは記憶を失う前から雷が大の苦手らしく、泣き喚いていたのだ。


「まぁた始まった」


「ヨキ君大丈夫かい?」


 薬師兄弟の父、ミトがヨキに話しかけた。それでもヨキは泣き叫び続けていた。

 記憶喪失になった事と関係があるのかヨキは雷の音が聞こえてくる度にいつも怯え、混乱状態に陥り家の中で暴れ回っていたため、雷が鳴りやむか雷が鳴りやむまで誰かがヨキを抱きしめて落ち着かせる必要があった。


 薬師兄弟の母親である四葉が抱きしめる事でヨキは漸く暴れまわるのをやめ、自分を抱きしめている四葉にしがみついた。

 ヨキは四葉の腕の中でまだ怯えており、雷への恐怖心から過呼吸を起こしていたため、それを見たケイは近くに置いてあった紙袋を手に取ると紙袋をヨキの口元に当てた。


「ヨキ、落ち着け。ほら深呼吸」


「ケイ、紙袋を当てるのは良いけど酸欠になる危険があるから少し隙間を開けないとだめだぞ」


「言われなくったって分かってるよ父さん」


 ミトから注意されたケイはヨキの口元に当てていた紙袋の一部を離し、ヨキの過呼吸の対処に当たった。

 それからしばらくして落ち着きを取り戻したヨキは四葉の腕の中で眠りにつき、その様子を見ていたミトと四葉はケイ、マリ、青葉に自室に戻るように伝えると青葉は四葉から眠ったヨキを受け取り、そのままケイと共同で使用している自室に運ばれ、三人もそのまま自室に戻って行った。

 ケイ達が自室に戻った事を確認したミトと四葉は、そのまま話を始めた。


「今回も酷く怖がっていたわね、ヨキ君」


「そうだなぁ。あんなに雷に怯えていると、昔何があったのか気になるよ」


「それもそうだけど、あの子が何処から来たのかも不思議なのよね。

 八年前にケイとマリちゃんが聖なる祠で見つけて連れてきたって言うし」


「気にしても仕方がないよ。それに、思いださない方が幸せな事だってあるかもしれないし、何よりヨキ君も大切な子供である事に変わりないさ」


 ヨキが何処から来たのか、記憶喪失になる原因は何だったのか、その事が気になってはいたが、ケイとマリがヨキを連れてきた八年前から面倒を見て来た二人にとって大切な家族である事に変わりはなかった。

 嵐が過ぎ去るまでの間、ヨキはそのまま翌日まで眠り続けた。



*****



 それから嵐がすぎて一週間後に事件は起きた。その日ヨキはケイとマリの二人と薬草を採りに森に行っていた。


「ケイー、この薬草は?」


「それはいらないから、採らなくていいぞ」


「必要な薬草は大体採取できたから、そろそろお昼になるから帰りましょう」


 三人は一週間前にダメになってしまった分の薬草と一週間の間に消費した薬草の採取に来ており、必要な分の薬草を採取し終えた三人は、薬草を入れた籠を抱えて恵みの村へ帰る事にした。

 そのまま村に向かって歩きながらヨキは右腕の痣を見た。


「どうしたヨキ?」


「何か思い出せそう?」


 生まれ付きのものなのかまではわからなかったが、右腕の痣を見る度に懐かしい気持ちが込み上げた。

 この不思議な模様をした痣は何か意味があるように思い、ヨキにとって唯一に記憶の手掛かりとなっていたのだが、それが何を意味しているのかまでは全く思いだせないでいた。


「ううん、やっぱり思い出せそうで思い出せないよ」


「ゆっくりでいいから、思い出してみたら?」


 右腕の痣が何を意味しているのか思い出せないでいるヨキに対し、マリがそういった直後だった。

 突然、爆発音が辺り一帯に響き、そのような物騒な事とは縁のない三人は何が起きたのかわからず動揺していた。

 三人は爆発音が何処から聞こえて来たのか確認するために辺りを見回していると、恵の村がある方角から煙が上がっている様子が見えた。


「何、今の爆発音⁉」


「二人とも見て! 村の方から煙が上がってるよ!」


「急いで戻ろう、もしかしたら怪我人が出てるかもしれない!」


 恵みの村から煙が上がっているのを見た三人は村にいる家族や村人達の安否が気になり、採取した薬草が入った籠を置いて大急ぎで恵みの村に戻った。

 そして、村の近くまで戻った三人は驚くべき光景を目の当たりにしたのである。


「ななななんだアイツら⁉」


「二人ともあそこ! おじさん達がいる!」


 建物のいくつかは破壊され、作物を育てていた畑も荒らされ、恵の村は滅茶苦茶にされていた。

 そしてケイの家族を含めた村人達は、村の広場に集められている状態で襲撃犯と思われる黒い翼を持った者達に囲まれ、中にはその黒い翼で空中を飛んでいる者もいた。

 幸い、広場に集められている村人達は無傷ではあったが恵みの村は得体のしれない襲撃者達に乗っ取られてしまったらしく、無事なのは薬草採取に出かけていたヨキ達三人だけだった。

 そして恵の村を襲撃した犯人の一人が、広場に集められた村人達に向かって高らかに宣言した。


「我らは『ヘルシャフト』、この世界を支配する種族なり! もし逆らう者がいれば容赦なく殺す!

 わかったな⁉」


 襲撃者の一人がヘルシャフトと名乗った途端、広場近くにある小屋が何の前触れもなく燃えだした。

 突然小屋が燃え出すという現象を目の当たりにした三人は、何が起きたのかわからず混乱したがヘルシャフトと名乗った襲撃者達が、自分達の常識を逸脱した存在である者達であるという事だけ理解し、このままでは自分達もいつ捕まっても可笑しくない事を自覚した。


「なんだ! 何が起きてるんだ⁈」


「あの人達、普通じゃないよ。このままじゃ僕達も捕まっちゃうよ」


「兎に角聖なる祠へ行きましょ! あそこなら安全かも!」


 目の前で起きている光景に困惑するヨキとケイだったが、マリのその一言を聞いた二人は今は自分達の安全を確保する事が先だと判断し、慌てて聖なる祠まで走った。

 ヘルシャフトが恵みの村にいる全員だけだったのか、ただ単に気付かれていなかっただけなのか、聖なる祠へ向かう道中にヘルシャフト達に見つかる事はなく、三人は無事に聖なる祠に逃げ込む事ができた。

 先にヨキとマリが聖なる祠の中に逃げ込み、ケイは聖なる祠のあたりを見回して誰もいない事を確認してから中に逃げ込んだ。


「この辺りにヘルなんちゃらってやつらはいないみたいだ。そっちの方は?」


「祠の中にも誰もいないわ」


「だけど僕達以外に逃げて来た人もいないみたい…」


「何はともあれ、ようやく一息付けるな」


 無事に聖なる祠に逃げ込む事ができた三人は、恵みの村を襲ったヘルシャフトから逃げる事ができたと安心してその場に座り込んだ。

 しかし、恵の村から離れているとはいえ見つかるのも時間の問題であった。

 それにヘルシャフト達に乗っ取られてしまった恵の村にはケイの家族や恵みの村の村人達が残っているため、このままという訳にもいかなかった。


「これからどうするの? ずっとこのままって訳にもいかないし……」


「武器になりそうなものを持って村に戻ろう! 父さん達を助けないと」


「待ってケイ、相手は空を飛んでいて、しかも常識外れの連中なのよ?

 このまま村に戻っても逆に捕まってしまうだけよ!」


「じゃあ父さん達を見捨てて逃げろって事かよ⁉」


「そんな事言ってないわよ! 伯父さん達を助けるためにも、山を下りて麓の町に助けを呼びに行くべきだわ」


 ケイとマリが、ヘルシャフトに乗っ取られてしまった恵みの村にいる家族と村人達をどうやって助けるかで言い争っていると、壁にもたれかかって休んでいたヨキはケイとマリが自分を見つけてくれた聖なる祠の中を見渡していた。

 ケイとマリに連れ出されて以降、八年間足を踏み入れる事はなかったがどこか懐かしく思い、ヨキが入っていたと思われる石の箱が視界に入ると、石の箱の奥にある小さな祭壇が視界に入った。

 祭壇の上には鳥の両翼の上に風車が組み合わさったような形をした、宝石のように青く美しい石を見つけ、立ち上がって祭壇まで近づいた。


「なんだろう、これ? なんとなくだけど、僕の腕の痣と同じ…?」


 祭壇の上に安置されていた石の形が、自分の右腕の痣と同じだった事もあり、気になったヨキが石に触れた途端、突然石が光始めたのだ。

 あまりにも突然の事に、ヨキは反応できずその場を離れる事ができなかった。


「えっ⁉」


「なんだ⁉」


 入り口付近で言い争っていたケイとマリもその光に驚き視線を祭壇の方に向け、恵みの村がヘルシャフトに乗っ取られたのとは違う意味で信じられない事が起こっている事に気付き、慌ててヨキのもとに駆け寄ろうとした。

 だが時既に遅く、祭壇に安置されている石から強い風が吹き、石は形を変え杖となってヨキの手に納まり、右腕の痣に青い色がついた事にとても驚くヨキ。

 異変に気付いたケイとマリもなんとかヨキの傍に行こうとするが、ヨキの手の中にある杖から吹く強風に邪魔をされ、思うように進む事ができないでいた。


「なんだよこれっ⁉ 祠の中なのに、なんで風が⁉」


「ヨキ、その杖を捨てて。早く!」


「えっ? あっ。えっ? えっ⁉」


 聖なる祠の中で風が吹き始めた原因がヨキの手の中にある杖であると理解したマリは、ヨキに杖を捨てるように言った。

 だがあまりにも突然の事に、混乱していたヨキの耳にマリの言葉は届かずヨキはそのまま杖を握りしめたまま行動を起こせずにいた。

 次第に杖から吹いている風は更に強さを増し、遂には聖なる祠から溢れ出して竜巻となって三人を包み込んでしまった。


「わぁああああああああっ!」


「きゃあああああああっ!」


「け、ケイ―ッ! マリーッ!」


 そして三人は竜巻に巻き込まれそのまま引き離され、遠い場所へと飛ばされてしまった。



*****



 風が収まった事を感じたヨキは目を開けると、先程までいた聖なる祠ではなく見知らぬ場所にいた。

 自分の近くにケイとマリの姿は見当たらず、あるのは二人と離れ離れになる原因となった杖が一本あるだけだった。


「……ここは、何処⁇」


 何が起きたのか分からず放心状態になっていたヨキだったが、暫くしてケイとマリの二人と離れ離れになってしまった事に気付き、慌てて二人の姿を探した。

 混乱していているあまり自分が見知らぬ場所にいる事に気付かなかったヨキだったが、ケイとマリを探している内に崖に辿り着き、そこから見える位置に大きな街があるのが見え、そこでヨキは初めて今いる場所が知らない場所である事に気がついたのだ。


 何故自分が知らない場所にいるのかわからなかったヨキだったが、崖から見える街を見て、ケイとマリが見つからないのはその街に二人がいるからなのではないかと考えた。


「あの町に行けば、ケイとマリがいるかもしれない……っ!」


 ケイとマリがいるかもしれないと考えたヨキは、辺りを見回して崖の下にある街に行く道はないか探した。

 だがヨキがいる場所から下に降りる道は見当たらず、どうするべきかとしばらく考えると、ヨキは自分が今いる場所から崖の高さを確認した。


 崖から地上までかなりの高さがあり、その高さに一瞬躊躇ためらってしまったがケイとマリを探すためにも自力でがけを下りる決意を固めた。



 崖を降りる決意を固めてからのヨキの行動は早い物だった。

 手に持っていた杖はなぜか手放す気にはなれなかったため、近くの木から生えていたつたを採取するとその蔦を持っていた杖に巻き付け、落とさないように自分の体に巻き付けると危険を冒して崖を降り始めた。


 元々薬草の採取の時に崖を何度か上り下りしていたため順調に降りる事ができていたが、ヨキが今降りている崖はヨキが知っている崖よりも高く、何より命綱がない状態で崖を降りているで少しでも気を抜けば真っ逆さまに落ちてしまい、最悪死に至る危険な状態である事に変わらなかった。


(うぅ、怖い。この高さから落ちたら…。でも、ここを下りないとあの町には行けないし、ケイとマリにも会えない。頑張って降りなくちゃ……)


 気の弱いヨキからすれば崖を下りているという行動はかなり恐ろしい物であったが、それでも崖を下りようと覚悟を決める事ができたのは、ケイとマリに会いたいという気持ちの方が勝っていたからだ。

 ヨキが崖を折り始めて手からしばらくして、ようやく地上まであと少しという高さまで降りる事ができた。


(地面が近くなってきた。もう少しで降りられる!)


 地上が近づいてきたという実感がわき、少しだけ余裕ができたヨキ。

 だが、それがいけなかった。

 もう少しという余裕ができた事で緊張の糸が切れてしまい、次にヨキが手を動かした瞬間足を滑らせてバランスを崩してしまった。

 完全に油断していたため、体勢を立て直す事も出来ずヨキはそのまま崖から落ちてしまった。


「うっうわあああああああっ‼」


 ヨキはそのまま落ちてしまい、近くの木に引っ掛かりながらも落ち続けた挙句地面に強く叩きつけられそのまま目を閉じ、意識を失ってしまった。

 ケイとマリの二人と離れ離れになった挙句、思わぬ形で恵みの村の外に出てしまったヨキ。

 しかしこれは、まだ始まりでしかなく、この日離れ離れになった三人は、それぞれ異なる形で運命に翻弄され、迷い、そして世界を旅する事になる事をこの時はまだ知らずにいたのだった。

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