加速する


「てかさ、冷蔵庫の搬入って文化祭でやりすぎじゃない?」


 搬入し終わった冷蔵庫を叩きながら豊洲は愚痴をこぼす。

 書類にサインをし終えた有明が冷蔵庫の中を確認しながら豊洲に言う。


「うちの学校、お金余ってる。別に構わない」

「うーん、まあそうだけどさ、あの微妙なセンスの中庭だってかなりお金使ったんでしょ? 部活も強いし文化系も力入れてるし、マジこの学校すごいね」

「……お菓子食べれる。それでいい」


 搬入業務を終えた俺たちの仕事は特にない。あとは掃除をして当日は自由行動だ。

 ……マジでそれだけしか仕事ないって。まあ他のクラスメイトと絡むのもな……。


「っしゃ!!これ見ろよ。超かっこいい衣装だろ?」

「てか男子〜、終わったらなら買い出し行ってよ」

「あん? どうせならお前らも一緒に行こうぜ。今日は文化祭前だから外出オッケーだしな!」

「いいわよ。わたしポテチ食べたい〜」


 ガヤガヤと楽しそうに喋りながら作業をしている男女のグループ。

 その中心は日向と大五郎であった。

 有明と豊洲もその光景を見て呟く。


「……やっぱ私、学校生活向いてないかも。あのリア充の中には入れないわ」

「同意する。……ちょっと空気感が違うすぎる」


「まあな、人それぞれだからいいんじゃねえか? 無理して入ろうとする必要ねえよ。俺はこのクラスで有明と豊洲がいればいい」


 豊洲と有明が作業の手を止めて俺を見る。

 なんとも言えない顔になっていた。


「あ、あんた、は、恥ずかしい事いってんじゃないわよ! ……大体ね、私はあんたのことなんて……、その……、えっと、うん……、い、一緒にいて嬉しいなんて、思ってないから」


「ツンデレ乙。豊洲はすごく喜んでる。私は武蔵と一緒にいると楽しいから嬉しい」


「あっ、ず、ずるい、私だって嬉しい、あっ、ちょっと、む、武蔵……、いい間違えただけだから!」


「ははっ、わかってんよ。ありがとな」


「う、うう……」


 滅多に笑わない有明も俺たちの前だと時折笑顔を見せる。すごく素敵な笑顔だ。

 豊洲も口下手だけどすごくいいやつだ。


 本当に穏やか時間だ。友達がいればクラスで過ごす事がこんなにも楽しいんだな。

 ……よし、早く掃除を終わらせて――


 有明が俺の脇腹をツンツンしてきた。


「うわっ!? な、なんだ?」

「武蔵はそろそろ帰っていい。……あのマッチョギャルと一緒にライブの準備するんでしょ?」

「そ、そうよ、あ、あの子をまたせたら悪いわ。ここはいいからさっさと準備してきなさい!」


「い、いや、まだ掃除終わってねえだろ? 最後まで――」


「「行きなさい!」」



 普段よりも強めの言葉で俺は追い出されてしまった。

 なんだかお母さんみたいな言い方だったな……。

 まあいいか。それにしてもマッチョギャルか……、小池さんに絶対そんな事言えねえな。


 そんなこんなで、俺のクラスでの文化祭の準備はほとんど終わってしまった。

 あとは、文化祭当日の客寄せとライブの準備だけだ。


 俺は小池さんの元へ向かう事にした。






 俺は最後の準備に追われている生徒たちを見ながら廊下を歩く。

 小池さんとは体育館で打ち合わせをする予定だ。

 天道はクラスの出し物である歌劇の準備が忙しくて余裕がないみたいだ。

 元々脚本だけだったのに、何故かヒロイン役をやる羽目になって今から演技の練習をしているらしい。

 メッセージでは忙しそうだけど充実した準備の日々を送っているようだ。

 まったく、良い友達に恵まれたじゃねえかよ。小麦ギャルだっけ? あとメガネ君も癖があるけどいいやつそうだしな。




 思えば文化祭って準備の方が生徒にとって大切なんだろうな。

 親しい仲間と一緒になって目標に向かって共同作業をする。そこに連帯感や意識の共有、思いもよらない特技を知ったり、知らない生徒と話す機会ができる。


 そっか、これが普通の学園生活か。

 みんな、楽しく生きていたんだな。


 誤解が無くなって、段々と過去の事を忘れそうになる。

 そんな時はハム助の仮面を手に取って今までの人生を振り返る。

 過去があって今の俺がある。

 今ではお守り代わりになっちゃったけど、俺にとって大事な仮面だ。ブサイクだけどな。


 ここ数日、俺は小池さんと二人でライブの準備をしていた。

 歌手の沙羅さんの娘である小池さんは音響関係に非常に詳しかった。それにうちの音響部屋兼カラオケルームを使って練習した時も、素晴らしいハモリをしてくれた。


 二人で歌いながら語り合い。

 二人でどれがいいか語り合い。

 二人で笑い合いながら楽曲について語り合い。

 二人で真剣になって新曲を作ったり。


 まるで夢のような時間だった。初めて時間が止まって欲しいと思った。

 一緒の目標に向かって、大切な人と過ごす時間。


 俺は、これが、幸せなんだって本当の意味で理解した。





 体育館に近づくにつれて鼓動が速くなる。

 小池さんに会えると思うとよくわからない想いが生まれてくる。


 俺はそんな思いを歌に変えようと思う。

 小池さんに内緒で作った新曲。

 ……歌うかわからねえけど……作るだけなら問題ないだろ?


 そして、体育館に着くと小池さんが入り口で立っていた。

 俺はその姿を見て――


「おーーいっ!! 小池さん!!」


 ただ感情を込めて名前を呼んだ。


 一人寂しそうに立っていた小池さんの顔がぱあっと明るくなる。

 俺はあの顔を見るのが好きなんだ。

 本当に本当に、小池さんの可愛い瞬間なんだ。


 俺は息を切らしながら走る。体力があるはずなのになんで息が切れてんだろ?

 小池さんの前まで走ると――


「九頭龍君、最後の準備頑張ろ。一緒に頑張って歌おうね」


 俺はその笑顔を見るのが本当に好きなんだ、って実感できた。







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