申請書
雨宮から話を聞くと、どうやらライブのキャンセルが出たらしい。初めは一組だけだったキャンセルが、ほぼ全ての参加者がキャンセルをしてきたみたいだ。
準備室にいる女子生徒たち……随分と派手な格好をしている。
色とりどりのギャルが揃っている。小さな黒ギャルや平成風のギャル、清楚系のギャルまでいる。
俺の方をチラリと見て準備室を去っていった。
……な、なんだ? 一体……。
雨宮は少し疲れた顔をしていた。そしてゆっくりと喋り始める。
「い、いや、思い立って学校に戻ったら、まさかライブをキャンセルしたいっていう生徒がどんどん来て……。ほ、本当は、九頭竜がいつでもライブに出れるように処理をしようとしていたが、これでは……」
「そっか、よくわかんねえけど、俺のために動こうとしてくれてありがとな」
「ば、ばかっ、べ、別にお前のためでは……な、くもないか。ま、まったく、これで資料を全部作り直さないといけないではないか」
文句良いながらもなんだか嬉しそうに見える疲れ顔の雨宮。雰囲気も随分と柔らかい。
「それで……、俺は本当にライブに出て良いのか? そんなにキャンセルがあったらライブ自体中止になるんじゃないのか?」
「……大丈夫だ。九頭龍がライブをしたいなら私が絶対にどうにかする。絶対にだ。それよりも文化祭まで日が無いが準備は大丈夫なのか? もし出るなら通常よりも長い時間の演奏になる」
雨宮は心配そうに俺を見ていた。なんだか懐かしい気持ちになる。こいつとは陸上部で色々あったよな……。すごく昔に感じるけどつい最近のことなんだよな。
やっぱこいつは良いやつだ。
俺は雨宮を安心させるように笑顔で言い放った。
「任せろ。俺が全力で歌ってやるから」
「――っ!? ば、ばかっ、そ、そんな顔をされたら……。くそっ、わかった。ライブの申請をするからこの用紙を書いてくれ」
俺と小池さんは空いている席に座って用紙を記入し始めた。
ライブは特別ゲストとして外部の人も出演する予定である。場を盛り上げるために一番最初に歌うんだ。
準備室のホワイトボードにかかれている進行表を見ると、初めに出演する外部の人以外はキャンセルだ。
……外部の人は仮面女子? っていうグループ? いや個人なのか? ……知らん。
それにしても俺は他の人の時間を全部使って歌う。……なんだか出来すぎてて怖いな。
中学の時みたいだ。何事もなく準備していたら突然起こる悲劇。
昔の事を考えるとペンを持つ手が震えて止まる。
そんな時、隣に座っている小池さんが俺のペンをそっと手に取った。
「うん、私が書いてあげるよ。えっと、九頭龍君は口で説明してくれればいいよ!」
「お、おう、ありがとう……」
小池さんがそう言ってくれるだけで手の震えは止まっていた。だけど、俺は楽しそうにしている小池さんを止めなかった。
だって自分の事のように嬉しそうなんだよ。くそ、すごく可愛いじゃねえか。
ふと、雨宮の強い視線を感じた。俺と小池さんをじっと見ていた。
「お、お前らは付き合っているのか? そ、その、すごくお似合いだと思って……」
「ば、ばかっ!? お、おまえ何言ってんだよ! こ、小池さんは……」
小池さんは用紙に夢中で話を聞いていない。……でも耳まで真っ赤になっている。
なんだろう、これは真剣に答えなきゃいけないと思った。
感覚的な事だ。この選択肢を間違えると、一生後悔すると思った。
俺は姿勢を正して雨宮に向き合う。
「小池さんは――、俺にとって……大事な大事な……人だ」
「……そっか。うん、私はこれ以上何も言わない。九頭竜、いつでも応援してるぞ」
横から制服を引っ張られた。
さっきよりも顔が赤くなっている小池さんがうつむいて用紙を見ていた。
「く、九頭龍君……、えっと、ここ、なんて書けばいいの?」
「おう、曲のリストアップか。……なら一発目はみんなが知ってる曲を歌って――」
また小池さんとの心の距離が縮まったように感じられた。
本当に不思議な女の子だな。まるで天使みたいに可愛くて、海外のモデルさんみたいにたくましくて……。
一緒にいるだけで嬉しくなる。話すだけで胸がきゅうっとする。
なんだろうな、本当に……。
「全く……、まあいい。書き終わったら呼んでくれ。私は向こうの席で書類仕事をしている」
雨宮の声は今まで聞いた中で一番優しく聞こえた。
俺たちは緩やかな時間の流れを感じながら二人で一緒になって書類を埋めていった――
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