準備室
アイスクリーム屋さんからの帰り道、俺たちは言葉少なに歩いていた。
俺はハム助の仮面を手に持っている。こいつを使う機会はもうない。だけど今まで俺を守ってくれたものだ。俺は仮面をそっとカバンの中へと仕舞った。
「せ、先輩……、あ、あの……」
天道が俺の様子を気にしながら話しかけてきた。
「ん、どうした? ああ、ハム助の楽曲の件か? あれなら勝手に使っていいぞ。なにせ天道のクラスだからな」
「あ、ありがとうござまいます……、って、その事じゃなくて、先輩……もう歌わないんすか?」
「ん? 俺はこれからも配信続けるぞ? 色々思う所はあってハム助は引退するけど、素の俺のままで続けっぞ」
「そうじゃなくて……、先輩、前に中学の文化祭の事を話してくれたじゃないっすか? ……すごく嬉しそうに話してて、でもライブができなくなって悲しそうで」
小池さんは俺が持ってきた試食用のフィナンシェを食べながら俺たちの会話を見守っている。
「……そうだな、色々あって出来なかったな。……また誤解が起きたら面倒だし、何が起こるかわからねえよ。それにもう時期的に間に合わねえだろ?」
――いや、違うだろ。お前は逃げているだけだ。
――俺を捨てるならしっかりしろ。
――何か起こる? そんなもの無視して歌え。
なんだよ、まだ声が聞こえんのかよ。……まあ構わないか。
「わ、私、先輩の歌をちゃんと聞いて……、もっとみんなにも聞いてほしいと思ったっす。……だから、だからっ」
俺は泣きそうになっている天道の頭の上に手をぽんっと乗せた。
「そんなに悲しそうな顔すんなよ。……俺は大丈夫だよ。別に今文化祭で歌わなくてもいいし、この先沢山歌う機会なんてあるだろ? 中庭で今度天道に歌ってやんよ」
口を挟んで来なかった小池さんがいきなり俺の腕を掴んで来た。
小池さんは足を止める。俺も自然と足が止まる。
「――んっ、もぐもぐ、ごくん。……ふう、九頭龍君、学校戻ろっか?」
「へっ? な、何言ってんだ? これから、小池さんの家に遊びに行くんじゃ――うおわっ!?」
「お、お姉ちゃん!?」
小池さんは俺の手を引っ張りながら走り出した。その足は学校へと向かっていた。
小池さんは何も言わない。ただ俺の手を引っ張りながら走っている。
――って、ちょっと速すぎじゃね!? 天道が付いてこれねえよ!?
走りながら小池さんはやっと口を開いた。
「はぁ、はぁ……、九頭竜君は、いつも、自分を隠してるの。はぁ、はぁ、好きな人がそんな顔していたら、嫌だもん、大切な、と、友達だもん。――きっと、まだ、間に合うよ。ライブ、やってみたいんでしょ?」
「こ、いけさん?」
俺は話の内容よりも、小池さんが好きな人、って言ったことに衝撃を受けてしまった。
いや、これは友達として好きって意味だ。へ、変な勘違いをしちゃ駄目だ。
「うぅ……、わ、私も、手伝うから。はぁはぁ、だから、一緒にライブしよ――」
俺は返事をする代わりに、小池さんの手を握り直した。それは俺の意志を伝える仕草。
小池さんは可愛らしい笑顔を俺に向けてくれた。
俺たちは日が暮れる前の学校に再び戻る事になった。
****************
天道を置いてきたしまった……。
メッセージで確認すると、天道は途中で白戸さんと出会ったらしい。とりあえず白戸さんに楽曲が使える事を話すとそのままメガネ男子を交えてMTGが始まったようだ。
『せんぱいはお姉ちゃんと仲良くして下さいっす!』
……なにやら意味のわからないメッセージだったが、気にしないでおこう。
というわけで、俺は小池さんと一緒に文化祭の実行委員の教室へと目指す。
まだ学校には沢山の生徒たちが文化祭の準備をしている。
時折下級生から視線を感じる……。これは全部タクヤのせいだと思っておこう。
「むむ……」
息も切らしていない俺たちは二人で並んで廊下を歩く。妙に小池さんの距離が近い……。
小池さんが何故かほっぺたを膨らませながら俺の制服の裾を掴んでいた。
「小池さん? どうしたんだ?」
「う、ううん、なんでもないよ。えっと、迷子にならないようにしないとね」
慣れ親しんだ学校で迷子になることは無いと思うが……、なんだか可愛いから構わないか。
自然と俺たちは歩く速度がゆっくりとなる。
……さっきまで走っていたのに変な俺達だ。
もう来週には文化祭が開催される。二日間に別れて開催される文化祭。
二日目の午後から中庭でライブが開催されるんだ。スケジューリングはすでに組まれているはず。
小池さんが俺の背中を押してくれたんだ。ダメ元でライブの時間が空いているか聞いてみよう。
文化祭当日か……。
俺はクラスでの仕事は一日目の午前中に接客をする。後は自由時間だ。
……そういや小池さんはメイド喫茶なんだよな。
「小池さんは文化祭当日はずっと接客してるのか?」
さっきから小池さんの顔が妙に赤い。……気にしないでおこう。
「えっと、や、やっぱり衣装着るのが恥ずかしいし、わたし大きいからサイズが特注になっちゃうし……、裏で料理を作る係になったよ」
「そっか……、見たかったな」
思わず心の声が出てしまった。
「ほえ!? く、九頭龍君……見たかったの? うぅ……、そっか、見たかったんだね……、うぅ……ううぅ……」
「あ、いや、小池さん?」
小池さんは何やら唸りながら俺の横を歩く。制服を掴む力が強くなっていた。
そして、鼻息を荒く吐き出して俺に言った。
「あ、あのね、わ、わたし、ぶ、文化祭にちゃんと参加したことなくて……、今、クラスで準備してて楽しくて、九頭龍君とお歌も一緒に歌いたくて……、えっと、それでね……、えっとね」
小池さんが何を言おうとしているのかわからないが、俺は自然と口を開いていた。
「なあ、小池さんが空いている時間に二人で文化祭回ろうぜ」
「……あっ」
俺は小池さんの手を掴んで微笑んだ。
無駄な言葉は必要ない。手を触れているだけで気持ちが伝わってくる。そんな不思議な女性なんだよ、俺にとって小池さんは。
小池さんは小さく頷きながら手を握り返してくれた。
「う、うん……、えへへ、ゆ、勇気を出して言おうと思ったのに九頭龍君が言っちゃうんだもん。……ありがと、一緒に回ろうね」
俺たちはお互いの存在を確かめ合うように手を握りながら準備室のドアを開けた。
「――っ!? は、ハム助……く、九頭竜!?」
「はっ? なんで雨宮がここにいるんだ? ここは文化祭実行委員の準備室じゃねえのか?」
雨宮はごほんっと咳払いをして身なりを正した。何故か息を切らしていて、まるで全力疾走したみたいに汗を滝のように流している。
「……わ、私が委員長だ。全く、お前は何も確認してないのか? ……前からそういうところがあったな」
「わりい、全然気にしてなかったぜ」
準備室には雨宮と数人の女子たちがいた。書類仕事をするでもなく、なにやら雨宮と話し合っている最中であった。
「先客がいるなら少し待つぜ?」
「い、いや、話は終わっている。九頭竜が来てくれて、う、嬉しいというか、なんというか、その……九頭竜、ラ、ライブに出ないか?」
「はっ?」
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