始まりの


 文化祭が始まった。

 この学校は有明が言ったとおりお金が有り余っているようだ。

 かなりの予算を使っていいし、売上コンテストなんてあるくらい気合が入っている。

 しっかりと店舗を運営して経済活動というものを学んで欲しいという事らしい。 


 生徒たちは寝不足で疲れているのにテンションが異様に高い。

 みんなこの日を待ち望んでいたんだ。


 今日の俺の仕事は教室の前に立って客引きをすることだ。

 まだ午前中だからお客さんも少ない。といっても自由時間の生徒が友達と楽しそうに歩いている姿を見かける。


 教室の中を見ると純喫茶店の雰囲気を感じる内装に仕上がっており、店員であるクラスメイトたちもシックな衣装が似合っている。

 高校の文化祭としては落ち着いた雰囲気だけど、お客さんは有名洋菓子店のケーキを美味しそうに食べていた。


 俺はシャツにベストを着ただけの簡単な服装。

 ……他のクラスメイトとの距離感を感じるが、俺にはこれがちょうどいい。


 クラスメイトたちは和気あいあいと接客をしていた。

 教室の中を見ていると接客している日向を目が合ってしまった。


 日向はお客さんが入らないから少し暇をしているのか、俺の方に向かって歩いてきた。

 俺は会計をしている大五郎に視線を向ける。

 大五郎は肩をすくめるだけであった。


 日向が俺の前に立つ。俺は居心地の悪い空気に包まれた。


「ね、ねえ、そんなに忙しくないね? ……えっと、文化祭、去年休んでいたよね?」


「ああ、そうだな」


「あのね、今日は初めて化粧をしてみたんだ。どう? 綺麗になったかな?」


 いや、それを俺に言っても困る。それは大五郎に言わなければいけないセリフだろ?

 こんな風に日向が話しかけてくる時が多々あった。内容が無い話なので返事にも困る。


「そろそろ忙しくなるだろ? 教室戻った方がいいぞ。大五郎が心配すっぞ」


「う、うん……、あ、あのね、それ、やめない?」


 俺はどの事を指しているかわからなかった。

 思わず目が細くなってしまう。


「……だ、大五郎君と私を一緒にするの……。だ、だって、武蔵とすごく距離を感じるんだも」


「いやいやいやいや、ちょ、まてよ。……大五郎と良い仲なんだろ? 俺と日向はもう……」


 日向は上目遣いで俺を見つめる。

 きっと普通の男子だったら一瞬で惚れるんだろうな。

 俺はもう、何も感じない。それにほんの少しだけ女性の怖さを感じた。

 なんだろ、この圧は言葉では言い表せない……。


「あのさ、午後になったら少し空き時間ができるから……、い、一緒に文化祭まわろうよ……」


「やっ、わりい、午後は行く所があるから……。すまねえ」


「……う、うん……、そっか。じゃ、じゃあさ、ライブの手伝いしようか? 物とか運ぶよ!」


「それこそ今更だろ? 準備は万端だ。あとは歌うだけだしな」


「で、でも、手伝うくらいいいじゃんっ! む、昔の武蔵はそんなに冷たくなかった! も、もっと私と一緒にいても――」


「おい、落ち着けよ日向? ――だっておまえ、俺の事好きでもなんでもねえだろ?」


 これは俺の推測ではない。ただの事実だ。俺は鈍感ではない。日向が俺に向けていた好意は消えて無くなっていた。日向から感じるのは、俺に対しての執着というか、羨望というか、悔しいという感情に近いものだ。


 決して俺に恋をしているわけではない。幼馴染との恋の残滓を見ているだけだ。

 悲劇に酔っていると言ってもいいだろう。


 悲しいけどそこに俺への愛情は感じられないんだよな。


 日向は俺の言葉に対して動揺を見せた。


「あ、そ、そんな事は……、えっと……う、うん。……そうだね」

 

 日向は俺の言葉を否定しない。

 俺は教室の中にいる大五郎に目配せをする。

 大五郎は頷いて立ち上がる。


「ほら、あいつ良いやつじゃねえかよ」

「うん、大五郎君はとても良い人で……、でも武蔵と比べちゃう自分が嫌で……」

「人と他人を比べんな。あいつはあいつだ。俺じゃねえ。ったく、まあいいや、明日のライブは見にこれるのか?」

「い、一応時間は大丈夫だけど……」

「なら大五郎と二人で見に来てくれや。歌でも聞けば少しは元気が出るだろ」

「……ライブ……、う、ん」


 タイミングよく大五郎は俺達の前に現れる。

 そして日向をつれて教室へと戻ってくれた。





 さて、俺は俺の仕事をしよう――

 振り返るとそこに真っ白なギャルがいた。


「ちょっと、あんた、あーしの事無視するんじゃないわよ!!」

「おおっと、白戸じゃねえか! 食べに来てくれたのか?」

「そ、そうよ、あんたのクラスがどんなものか見てあげるわよ!」


 白戸の後ろには千葉と松戸もいる。三人ともメイド服を着ていた……。


「こんちわ。てかリリーはメイド姿を見せたかっただけじゃん」

「うわー、マジイケメンになってっしょ? リリー大興奮」


 二人に言葉に白戸は恥ずかしそうに明後日の方向を向いてしまった。


「ば、ばかっ! あ、あーしは敵情視察をしに来ただけで……、え、なんか、向こうから人が沢山……、あっ、小麦ちゃんだ」


 白戸が見ている方向を見ると、色とりどりの大勢のギャルがこちらに向かって練り歩いていた。その先頭には天道の友達である小麦さんがいた。な、なんだ、この軍団は……。


 小麦さんが俺を見つけると目を輝かせて手を大きく振ってきた。


「はむす……、九頭竜せんぱーい!! 友達連れて遊びに来ました!!」


 教室から大五郎と日向が出てくる。さっきまでのシリアスな雰囲気が全く無い……。

 日向はギャルの集団を見て小さく悲鳴を上げていた。

 大五郎は俺を責めるような目で見ていた。いや、俺のせいじゃねえよ!?


「ちょっと小麦ちゃん、いまあーしが九頭竜と話してんのよ?」

「え、先輩いたんですか? 白すぎてわからなかったですー。あっ、九頭竜せんぱい、天道っちとダブルヒロインの歌劇を楽しみにしてくださいね!」

「あ、あんた、もっとケバケバ殺伐としてたでしょ!?」

「そ、そんな事無いって。リリーちゃんだってもっとギラギリツンツンしてたじゃん! もうデレデレしちゃって!」


 なんだか分かんねえけど、俺に会いにこの教室まで来てくれたんだよな?

 嬉しいじゃねえかよ。


 俺は少し大きな声で演技ぶった言い方でギャルたちを迎えた。


「――当店にご来店頂けまして誠にありがとうございます。では店内までエスコート致します。こちらへどうぞ――」


 俺は二人の背中を押して店内へと移動する。

 二人は借りてきた猫みたいにおとなしく店内へと歩いた。


 後ろからギャルたちの大歓声が巻き起こる。まるでお祭りみたいだな。……あっ、文化祭だからお祭りなんだな。


 こうして、俺は自分の客引きという仕事を全うして午前中を終えるのであった。


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