天道の教室
文化祭の雰囲気は意外と嫌いじゃない。
特に準備の雰囲気は好きだ。みんながわいわい作業している姿を見ているのが好きだ。
俺が下手に手を出すとおかしな事が起こった。だから俺はいつも教室の隅で見ているだけであった。
そんな俺の背中を押してくれた中学校の時の日向。中学の文化祭のライブに出るために一緒になって色々動いてくれた。
その時は誤解が生まれなかった。クラスメイトも徐々に俺に気を許して、準備を一緒にやった覚えがある。
やっと誤解が終わったんだと思った。……でも違ったんだ。
あれは、誤解が起こる前兆だ。
結局は俺は冤罪と悪意にまみれた視線を受けながら、雨の中、警察に引っ張られて文化祭を後にした――
だから、俺は文化祭が楽しみでもあり、怖く感じる。
生徒たちは浮足立っている。先生だって今だけは寛容な目で見てくれる。
だけど、俺は気を抜かない。
もうライブなんて二度とやろうと思わない。冤罪よりも、せっかく回りが準備してくれたのに全て台無しにした事がとても辛かった。
歌を歌うのは配信だけで構わない。……そう思い込んでいた。
だけど、俺は沙羅さんのライブを見て衝撃を受けてしまった。
やっぱあんな所で歌ってみてえよな――
***********
小池さんと一緒に天道の教室へ行くと、生徒たちは文化祭の準備に取り組んでいた。
天道は、小麦色の肌で超でかいルーズソックスをはいているギャルと何やら話しこんでいた。
……嫌な空気を感じない。真剣に文化祭の準備について話し合っているみたいであった。
小麦ギャルが大げさな手振り身振りで熱弁していた。
「だから〜、うちとしては〜、ハム助の楽曲をベースでやればいいとおもうじゃん」
「小麦……さん、えっとね、歌劇だけど配信者さんの曲を勝手に使うのは駄目っす。ほ、ほら、メガネ委員長が用意してくれた曲があるっすよ?」
「えー、選曲ダサいじゃん。てか、うち主人公っしょ? 天道っちが脚本書いたっしょ? ならいいじゃん、ハム助じゃなきゃ気分のらない〜」
俺は思わず叫びそうになった声を抑える。
「―――っ」
「……九頭龍君? だ、大丈夫? なんか変な顔してるよ」
「だ、大丈夫だ……」
あんまり大丈夫ではない。
というか、天道はまだ教室から出られそうにないな……。
天道は趣味で物語を作るのが好きみたいだ。どういった経緯があって天道が脚本を書くことになったかわからないが、クラス内での雰囲気は問題なさそうだな。
……上級生の陰口だけが問題か。
他のクラスメイトたちは歌劇の衣装を作りながらも二人のやり取りを見守っている。
メガネの男子はあたふたしながらも「小麦氏……はオタクに優しいギャルだから何でもいい」とほざいていた。
「てか、うちだって男の子の役やるじゃんか? てか、天道っちってよく見ると可愛いよね? ……脚本なんて書かずにうちのヒロイン役やればいいっしょ?」
「ほえ!? え、演技なんて無理っす!? わ、私は陰から見守るのがお似合いっすよ。えと、楽曲の件だけど――――あっ、せ、せ、せんぱい!?」
天道の声に合わせるかのように、教室にいる生徒たち全員が一斉に俺に視線を向けてきた。
ちょ、怖いんだけど!?
クラスの雰囲気が変わった。
なんだこれは? 今まで感じたことのない空気感だ。
い、嫌な空気じゃない。疑惑と悪意に満ちた視線ではない。
一人の女子生徒が何やらクラスメイトに指示を出した。
「こら! タクヤ様のお友達であるハム助様を見過ぎちゃ駄目でしょ!! 普通に作業して意識しないようにしなさい! それが礼儀でしょ!!」
「がっ!?」
俺は今度こそ思わず声が漏れ出してしまった。あいつタクヤのファンクラブ会員じゃねえかよ!?
隣にいる小池さんも動揺して困った顔をしていた。
天道はどうしていいかわからず小麦ギャルの後ろに隠れてしまった。
ちょ、まてや、なんで俺がハム助だってバレてんだよ……。
天道と話していた小麦ギャルは俺を見ると、みるみるうちに顔が真っ赤に染め上がる。
「あ、はわわ……、は、ハム助さん、ほ、本物……、わ、私、えっと――」
「えっと、なんで俺の事知ってるんだ?」
「はう……、こ、声が頭に響いて、超ヤバい……」
小麦ギャルがルーズソックスの位置を直して俺にフラフラと近づいてくる。
なんかヤバい。ちょ、ち、近いって!?
俺と小麦ギャルの間に天道が割って入ってくれた。
「ちょ、待つっす! 近いっす! せ、せんぱいはハム助さんじゃないっすよ!」
小麦ギャルを引き離すと、天道が慌ただしく説明し始めた。
「え、えっと、なんか最近先輩がハム助さんっていう歌い手さんっていう噂がこのクラスで広まってて……、えっと、ち、違いますよね?」
小麦ギャルが口を挟んできた。
「えっ、いま『なんで俺の事知ってるんだ』っていってたじゃん。……あ、あの、文化祭で……ライブやらないんですか!! は、ハム助さん、ライブを全然しないから……、いつか絶対生歌を聞きたくて」
――ライブか……。俺は生歌を披露した事なんてほとんどねえな。小池さんや一部の人間だけしか俺の歌を直接聞いた事ない。って、今はそんな事どうでもいい。
「小麦さんは黙るっすよ!!」
「…………ああ、天道、面倒だから構わん。確かに俺がハム助だ。だけど、そんなに騒ぐような配信者じゃねえだろ? サブ次郎さんには登録数負けてるし」
軽い感じで俺が言うとクラスのざわめきが一層ひどくなった。
「えっ? マジで? サブ次郎さん基準? 狂ってるって?」
「いやいや、ハム助さんの登録者数って最上位クラスでしょ?」
「あ、歌しか興味ないって本当だったんだ」
「いつもハムスターの仮面被っているけど、絶対イケメンだと思ってた!」
「タ、タクヤ様もカッコいいけど……、ヤバいわね……」
「天道さん……、ハム助さんを知らないって、ある意味すごいわ」
「てか昨日も新曲がニュースサイトで取り上げられていたじゃん!」
まて、ハム助ってそんなに有名だったのか? し、知らなかったぞ。お、俺、歌って配信する事にしか興味なかったし。サブ次郎さんの配信しか見ないからサブ次郎さん基準でモノを考えていた。
タクヤのファンクラブ会員の女子生徒が手をバンバンと叩く。
「はいはいはいはい、みんな静かにしなさい! 今は準備の時間よ。天道さんはもう帰っていいわよ。ほら、メガネ、あんたが指示出しなさいよ。ちょっとそこの男子――」
メガネの男が「……これだから三次元は」と言いながらもみんなに指示を出し始めた。
天道はどうしていいかわからない顔をしていたが、小麦ギャルが天道の背中をぽんっと押した。
「て、天道っちを助けてくれた先輩でしょ。……が、楽曲の件はまた明日でいいから、ほ、ほら、は、ハム助さんと一緒に帰りなよ」
「うん、小麦さん、また明日ね!」
「あっ、あ、あのね、うち、天道っちが言ってた『先輩』がハム助さんって知らなかったじゃん。……ハ、ハム助さんと友達だから天道っちに話しかけたわけじゃないから……、そ、それだけは信じて欲しい」
天道は優しい目で小麦ギャルを見つめていた。
「うん、嫌な上級生に文句言ってくれたもんね。分かってるよ、大丈夫……」
「い、今まで通りだからね? は、ハム助さんは関係ないからね。……文化祭、一緒に頑張ろうね」
二人は笑い合いながら手を握る。
なんだか見ててほっこりするな。
天道はクラスメイトに手を振って俺達と一緒に教室を出る。
視線が気になったけど、嫌な視線ではない。
こんな特殊なパターンもあるんだな……。
多分、これは人の繋がりなんだろうな。俺が前に進んで出来た関係を土台として構築されたものだ。
……てか、誰が俺をハム助って言ったんだ? ……雨宮に確認すっか。
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