準備
「大五郎、卸してくれる洋菓子屋はここでいいのか?」
「ああ、発注用紙もらったからこの売上計画を元に発注用紙を埋めて欲しい。後で挨拶を兼ねて持っていこう」
「大五郎くーん、衣装用の生地をもらってきたよ! 女子グループは裁縫始めるね!」
「うん、田代さんが服飾得意だから田代さん中心にお願いするよ」
「大五郎っ――」
教室は文化祭の準備の真っ只中であった。
クラスメイトは大五郎に指示を仰ぎながらせわしなく動いている。
うちのクラスは多数決により洋菓子喫茶に決まったのであった。
メイド喫茶みたいに衣装を凝らすのではなく、提供するお菓子とお茶の質を重視するスタイルだ。
……まあ、俺は教室の隅で一人でいるけどな。
誰かに手伝いを申し出てもやんわりと断られる……。
いや、まあ昔よりは嫌な空気感じゃねえけど、なんていうかみんなが働いているのに何もしていないニートみたいなポジションで落ち着かねえ……。
実際、俺の仕事……というか、俺と豊洲と有明の仕事は終わってしまった。
冷蔵庫などの機材や什器の教室での配置確認と、売上個数に対しての適切な大きさの確認、それらを既存の業者にレンタルの手配をするだけであった。
……正直一日で終わるよな。あとは文化祭の前に搬入して、設置をするだけだ。
豊洲と有明はすでに帰宅している。俺は小池さんと天道と一緒に帰るため時間を調整しているんだ。
ぶっちゃけ中庭とかで待っててもいいけど、みんな忙しそうに働いている。
非常に気が引けると言うか、サボっているみたいで罪悪感が湧いてくる。
だから俺は教室の隅っこでスプーンやフォーク等のシルバーをひたすら磨いている。
「うわー!! 日向ちゃん超キレイ……」
「日向っち、やばいわー、マジぱねえわー」
「ウエスト細っ!? ……てか最近超キレイになってね?」
日向が田代さんが作った見本の衣装を試着していた。
なんとなく一瞬だけ目を向けると、日向と目が合ってしまった。
日向は何か口を開こうとしていたが、女子グループのざわめきで口を噤んでしまう。
事故があってから、クラスメイトの俺を見る目が変わった。
しかし、俺が黒いモヤを再び手に取ると、俺に対するクラスメイトの態度は再び冷たいものに変化していった。
まあ昔よりは全然マシだけどな。誤解もほとんど起こらない。
……起こったとしても豊洲や有明が否定してくれる。
というわけで、クラスでの俺の立ち位置はただのボッチだ。有明と豊洲以外は俺に関わろうとしない。
大五郎は時折俺に喋りかけてくるが、一瞬で終わる。なんだか俺に対して罪悪感を持っているような気がするが、正直どうでもいい。
日向は、俺が豊洲と有明と楽しそうに喋っていると、何故か視線を向けてくる時が多い。
だけど喋りかけようとして来ない。
俺も特に用が無いから自分から話しかけない。誤解もすれ違いも全てひっくるめて、あいつの心には俺がいないって分かっている。
そんな事を考えていたら、日向が女子グループをかき分けてシルバーを磨いている俺に話しかけてきた。
ほんのりと頬を染めている。その表情は俺が昔好きだった日向そのものであった。
「ね、ねえ……い、衣装どうかな? に、似合ってる? 武蔵に聞いてみたくて……」
ぶっちゃけ今の状況ではあまり話しかけられたくない。
まるで俺が一人ぼっちなのを気にして話しかけているような感じだ。
それに……、あまり俺が話すと大五郎が――
大五郎の方を見ると、やはり俺たちを見ている。その瞳には嫉妬が見え隠れしている。
いや、俺はもう関係ないはずだろ? くそっ。
「あ、あのさ、文化祭って中学の頃を思い出すよね……、ライブ……出来なかったけど、一緒に文化祭回ったね。この衣装も中学の時のを手直しして作ったもらったんだよ」
確かに似合っているが、どう答えてもうまくいかない選択肢しか現れない。
それに、中学の時のライブ……、あまり思い出したくない過去の事だ。
いつもなら助けてくれる有明も豊洲もいない。
俺はなんとも言えない顔をしながら周囲を見渡す。
すると、教室の入り口で大きな体を隠しきれていない小池さんがちらちらとうちの教室を見ていた。
俺の意識が一瞬で切り替わった。選択肢はどうでもよくなった。
「わりい、日向。友達が来たから俺帰るわ。じゃあな!」
「え、む、武蔵……」
しゅんとしている日向を見ると心が痛むが、声をかけるのは俺の役目じゃねえ。
ぼけっと見ている大五郎の役目だろ?
俺は目立たないようにひっそりと教室を後にした。
教室の前で立っていた小池さんの視線は日向に向けられていた。
「ね、ねえ、東雲さんと仲直りできないの?」
俺たちは天道の教室へと向かいながら二人で廊下を歩く。その距離感は前よりも縮んでいる。
物理的な距離ではない。なんていうんだろう、一緒にいることが当たり前というか、非常に心地よい距離感になっていた。
「ん? ああ、普通に話したりするぞ? っていうか、あんまり関わると大五郎に悪いしな。あいつらそのうち付き合うだろ? 一日しか付き合ってない俺がいたら面倒だしな」
そう、一日しか付き合っていない。長い年月をかけて蓄積された思いは一日で崩れ去ったんだ。胸が痛むけど、存外平気であった。
小池さんは少しだけ神妙な顔に変わる。
「う、ん、九頭龍君が大丈夫ならいいけど……」
「まあ気にすんな。誤解は解けたしそんなに嫌われているわけでもねえ。それに俺には小池さん……たちがいるからな!」
「く、九頭龍君、は、恥ずかしいよ……、もう、口がうまいんだから。あっ、そうだ、私ね、白戸さんと――」
小池さんは普通に話しているけど何やら不安気な気持ちが伝わってくる。
鈍感な俺はそれが何かわからない。……いや、それに気がついている時点で鈍感ではないか。
向き合うのが怖いだけだ。何かを突いてこの関係が壊れるのが嫌なだけだ。
……ったく、前に進むって決めたんだからな。
俺は小池さんの大きなカバンに触れる。
「重いだろ? なんだか今日は荷物多いじゃねえか? 一つ持つぜ」
「え、あ、わ、悪いよ……」
俺は笑顔を小池さんに向ける。
「……大丈夫だ。俺は絶対に小池さんたちのそばから離れねえよ」
「え……」
小池さんの足が止まった。
俺も合わせて足を止める。小池さんのカバンを持つ力が弱まっていた。
俺は肩にカバンを担ぐ。
小池さんは俺が日向と仲が良かった事を知っている。
そんな俺が色々な事が積み重なって、日向と距離を置いた。
傍から見たら日向が離れていったように見えるし、俺が離れていったようにも見える。
……きっと小池さんは自分がいつか俺に置いてかれると思ったのかも知れない。
人を好きになるって難しいな……。
……………ん? 好きになる?
俺は心の中でひょっこり顔を出してきた何かを押し込めた。
動揺でカバンを持つ手が震えそうであった。
これはカバンが重いだけだ……。
「九頭龍君、うん、私九頭龍君の事信じてるよ。へへっ……、文化祭、一緒に回ろうね!」
小池さんは何か吹っ切れたような笑顔で俺に言った。
俺は……、その笑顔が眩しすぎて押し込めたものが飛び出してきそうであった。
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