周りの変化
「先輩が歌うの楽しみっす! へへ、私も何歌おうかな〜」
放課後、俺達は三人一緒に下校していた。
天道が笑いながらスキップをして上機嫌であった。
昼休み、中庭で話した感じだとクラスでは孤立しているが、他の生徒から攻撃されることはなかったみたいだ。
兄貴の噂がまだ浸透しきっていないってのもある。まだ夏休みが明けて始まったばかりだ。
人は噂を鵜呑みにする。実際問題、兄貴は捕まってしまった。
俺が心配そうな顔をして天道を見ると、明るい声で俺に言ってきた。
「せんぱい、心配しなくても大丈夫っすよ。……まあ知らない上級生から指さされてヒソヒソ話されるのはムカつくけど……、気にしないようにしたっす。それに、昨日の夜、両親と本気で話したらなんか良い方向になりそうっす。今日だって、親は喜んで先輩のうちへ行ってこいって言ってたっす!」
「お、おう、そうか。まあ何かあったらすぐに言ってくれ」
だけど、俺は知っている。何かあってから言ってくれても、もう手遅れな時もある。
だから、俺は何か起こる前に助けに行かなきゃいけないんだ。
小池さんは鼻歌を歌いながら歩く。
「お姉ちゃんの歌声って超キレイっすね。なんか音程外れてるけど超癒やされるっす。お姉ちゃんの歌、超好きっす」
「ほえ? そ、そうなの? わ、私ママに比べたら音痴だし下手くそだし……、は、恥ずかしいよ」
「へへ、カラオケ楽しみっすね! ていうか、お家に機材があるって……先輩、超ボンボンっすね」
「あれれ〜、私のおうちのも機材あるよ〜? 普通あるかと思ってたよ」
「いやいや、普通は無いっす!」
二人の他愛もない会話を聞くことがひどく幸せに感じられる。
俺が求めていた普通がここにある。
……ん? そういや親父の顔をもろ見られたけど全く反応が無かったな。
「なあ、つかぬことを聞くけどさ、俺の親父見てどう思った?」
「超渋メンっすね。カッコよかったっすよ!」
「うん、優しそうな人で九頭龍君とそっくりだったよ」
あ、これって俳優だって気がついてないんだ。……親父、知名度がまだまだだな。
自宅に近づくと玄関前に誰かいた。タクヤとボブであった。
「あれ? なんか見たことある人が……、あっ、タクヤさんたちだ」
「え? ちょ、わ、私、緊張しちゃうっす……」
小池さんはタクヤとボブに向かって手を振った。
ってか、仕事は? あの楽屋以来会ってねえから少し気まずいな……。
天道は俺の後ろに隠れた。……タクヤとボブはわかるんだ。あいつ配信やってるもんな。
てか、ジャージの裾を引っ張るなって。
なんか恥ずかしいだろ!?
俺がどう対応していいか戸惑っていたら、タクヤとボブは俺の前にやってきた。
二人は俺の顔をじっと見て、小さくため息を吐いた。
「……ふぅ、問題ない。お前は九頭龍武蔵だ。俺のライバルであろう存在」
「だから言ったでしょ! 逢えば絶対大丈夫だって」
「な、なんだ、一体どうした? とりあえず、うちにあがるか?」
俺は戸惑いながらも二人に対応する事にした。
タクヤは首を振る。
「いや、確認したかっただけだ。あの時楽屋でお前の雰囲気が変わった。俺たちは九頭龍さんの家でしかお前にあったことがない。……びっくりしたんだ。あんなにも雰囲気が違うなんて……」
「ねー、本当にびっくりしたし……、なんか身体の底から嫌な気持ちになったけど……、そんな気持ちになる自分が嫌になってね」
タクヤはそっぽを向いて言葉を続ける。
「ふん、理由はわからんが後付された嫌な気持ちなんて俺は信じない」
「タクヤったらあのあと絶叫してたもんね。超うるさかったよ」
「くっ、お前だっていきなりダンスし始めたじゃないか!? まったく、沙羅さんの楽屋で……」
「いやいや、絶叫の方がヤバいでしょ? 沙羅さんは笑ってたからいいじゃん」
えっと、話が見えない。
いや、あの楽屋で俺への嫌悪感を感じたのはわかった。
今は大丈夫なのか?
俺が不思議そうな顔をしていると、タクヤは俺の胸を小突いた。
「ふんっ、いつもどおり冴えない顔してるな。本当にいつもどおりだ……」
「でしょ? 気合入れれば大丈夫なんだよ。ムサシは私のお婿さん……、あれ? お嫁さんになるのかな?」
「バカ、こいつは俺の弟だ。お前との結婚は認めん」
「私だってタクヤの事お兄ちゃんなんて呼びたくないよ!」
小池さんが口を挟んで来た。
「ボ、ボブ子さん! く、九頭竜君はまだ高校生だから結婚できません! そ、それに……、私、今日、お姫様抱っこされました!」
「え? なに? お姉ちゃん、お姫様抱っこって!? ず、ずるい……、で、でも、私もおんぶされたし……、ひ、引き分け?」
俺の背中に隠れていた天道がひょっこりと首を出す。
タクヤとボブに見られるとすぐに隠れてしまう。
タクヤは二人を見て呟いた。
「……なるほど、親愛されている友達か。……それも影響があるんだろう。沙羅さんの言ったとおりだ」
「にゃは、ムサシにこんな可愛いお友達が出来て良かったね!」
「……そもそもお前は男だろ? 馬鹿な事言ってないで仕事に戻るぞ」
「はーい。タクヤ、ここんところずっとカリカリしてたもんね! やっと普通のタクヤに戻ってボブ子嬉しい」
「う、うるさい、別に俺はずっと普通だ。……じゃあな、武蔵」
「うん、バイバイ!」
なんだか俺は置いてきぼりな気分だ。
二人は止めてあった車に向かおうとする。
「ちょ、まてよ!? け、結局なんのようだったんだ?」
俺が二人の後を追おうとしたけど、小池さんが俺の腕をふんわりと掴んでそれを止めた。
柔らかくて気持ちいい――、ぐっ、そ、そんな変な事考えている時じゃない。
「九頭龍君、二人は九頭龍君が心配だったんだよ。元気な顔を見れて安心したんだよ」
「そうよ、よくわからないけど、先輩の事、超優しい目で見てたっす」
……いや、それはわかるけどさ。二人はいつもどおりだった。
俺が黒いモヤを掴んだ時は、俺の変化に戸惑っていたけど……。
いつもの二人がそこにいる。
それだけで、正直胸が一杯になる。
それにしても、この変化の差はなんだ?
一部の生徒や日向は俺に対して嫌悪感を抱いた。
俺と普通に接してくれる人の数があきらかに以前よりも多い。
以前は仲良くしていた天道や雨宮に対しても、一歩引いた関係を貫き通していた。
俺は呟く。
「誤解か……、この先どうなるんだろう……」
そんなつ呟きに対して答えが返ってきた。
「誤解なんて私がどうにかするよ。九頭竜君には私たちがいるもん!」
「そ、そうよ、先輩は何も考えずに普通に楽しめばいいっす! そ、それに、先輩、友達増えてるし……」
そっか、友達か。
俺には今までいなかった。誤解があったから、迷惑がかかるから、そんな事を理由に俺は距離を置いていた。
小池さんと出会ってからだ。俺が変わったのは。
天道の事を真剣に考えて俺は取り戻したんだ。
小池さんと天道が俺の前で笑顔で並んで、俺が動くのを待っている。
そんな光景を見て、俺は幸せというものを理解できた。
信用できる友達――
信じてくれる友達――
俺は二人に向かって歩き出す。
「わりい、無駄な事考えすぎてたわ。俺、二人がいなかったらきっと生きていけないと思うぜ。――これからもよろしく頼むぜ」
俺はどんな誤解があっても二人がいるなら大丈夫だと心から感じた―――
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