増える友達
ずっと小池さんの手を握りながら過ごした保健室。
小池さんの体調も安定して、次の授業から教室へ戻ると言ってきた。
「本当に大丈夫か? このまま早退してもいいんじゃね?」
「ううん、もう私は大丈夫」
強い意志を感じられる言葉。
きっと本当に大丈夫なのだろう。
「それにね、私には友達がいるもん。九頭龍君も天道さんも、それに白戸さんたちもね。ママだって応援してくれるから」
「そっか、じゃあ教室まで一緒に行こうぜ」
こうして、俺達は自分たちの教室へと戻った。
別れ際、小池さんの教室を覗くと、白戸が真っ先に小池さんに走り寄ってきた。
うん、もう大丈夫だろう。教室の雰囲気は気まずさと罪悪感が流れていたけど、二度と嫌がらせは起こらないはずだ。
何かあったら俺が飛んでいく。
俺はそう思いながら自分の教室の扉を開けた。
俺が教室に入ると微妙な空気感になる。
いきなりずぶ濡れになって休み時間から戻り、いきなり授業中に体調が悪いって言って教室を飛び出した俺。
……まあ、本当に保健室へ行ったから大丈夫だろう。
俺は自分の席に着こうと思ったら声をかけられた。
声のする方を見ると、そこには黒ギャルの豊洲が立っていた。後ろには小柄な有明が隠れていた。
有明は無口な女子生徒であまり喋らなくて陰気にみえるけど、前髪を上げると目がくりっとしていてとてつもなく美少女である。……誰も気が付かないのはなんでだ?
豊洲の目はきつくつり上がっているけど、口元は微妙に笑っている。
有明が豊洲の背中とつんつんと押す。
「早く、喋る」
「ちょ、まってよ。ご、ごほんっ。……あ、あんた、へ、変な行動してんじゃないわよ。全く、ずぶ濡れになって授業中出ていって……また誤解されたらどうすんのよ。これだから駄目男は……」
豊洲は黒ギャルなのに内弁慶気質を兼ね備えている。俺と話す時は強気な姿勢を崩さないが、他の人と話す時はいつもおどおどしている。
恥ずかしがり屋なんだろうな。ていうか、有明と仲良かったのか?
「おう、ちょっと色々あってな。てか、久しぶりだな。二人とも元気か?」
「……元気、そっちこそ事故の怪我心配」
「そうよ、あんた事故の怪我っ……、だ、大丈夫そうね、ふ、ふん、し、心配なんてしてないから」
「うそ、ご飯も通らないくらい心配してた」
「あ、有明!? あ、あんただって神社へお参りしに行ってたじゃん!?」
「私は心配してた。それに二人でお守り買った」
「あ、う、うん、あ、お守り……」
豊洲はポッケからお守りを取り出した。そっぽを向きながら俺に突き出す。……厄除けのお守りが二つだ。
きっと二人が選んでくれたんだろう。
俺はそれを手に取った。なんだか、柔らかい空間が形成された気がした。
「おう、二人ともありがとな! 怪我は大丈夫だ。記憶もばっちりあるぜ! 豊洲は俺の前ですっ転んでスカート破けてパンツ丸見えになったから俺が制服で隠した事あるな。有明はメイド喫茶で偶然出会って、厄介オタクからメイドを一緒に守ったな!」
「おお。本物の武蔵」
「ほえ? あんた九頭竜の事名前で呼んでるの!? ず、ずるいわよ。ってか、変な事ばっかり覚えてないでよ!?」
豊洲をなだめる有明。なんだ、仲が良くてよかった。二人はボッチで寂しそうだから気にしていたんだ。……俺が関わると迷惑がかかるって思ってあまり教室では話さないようにしていた。
豊洲は恥ずかしいのか、話題をそらすように俺に言った。
「そ、そんな事どうでもいいでしょ! ふ、ふん、教室のど真ん中でお姫様抱っこなんてカッコつけちゃって……」
ん? なんでそれを知ってるんだ? あの時は授業中だぜ?
俺が不思議そうな顔をしていると、豊洲はハッした顔になった。
「はっ、ち、違うの。わ、私はお腹痛くなって教室を出たのよ。べ、別にあんたが変な事して誤解されるのを訂正できるようにしてたわけじゃないわ! か、勘違いしないでよ!」
「……武蔵が悪い事してないって証言したかったみたい」
「あ、有明!?」
ほっぺたを膨らませながら怒っているんだか心配してくれてんだかわからない口調だ。
そっか、こんな風に俺の行動を見守ってくれる生徒もいてくれるんだな。
俺は笑顔で豊洲にお礼を言った。
「豊洲、ありがとな! ……文化祭の準備になったら一緒にやろうな」
「ふ、ふん、べ、別に一緒にやりたくないけど……、か、監視できるから、ま、まあいいわ。……でも、本当に気をつけなさいよ。あんた、目立つんだから――」
「本当は嬉しいくせに。ツンデレ乙」
豊洲は有明の言葉を無視して、上目遣いで小さな声で俺に言った。
「それに……あんた悪い事絶対しないし」
「うん、そだね。武蔵良い人。誤解があったら私達が動く」
それだけ言って二人は自分の席へと戻った。
俺はなんだか気持ちの良い気分になって、次の授業を迎えることが出来た。
放課後になり、俺は隣のクラスの小池さんを迎えに行こうとした。
日向が一瞬俺の方を見て、何か話しかけて来ようとしたけど、声は聞こえなかった。
力無く手を振って女子グループの輪の中へと入っていった。
気分を改めて、俺は教室を出ようとしたら、入り口には雨宮が立っていた。
……あっ、そ、そういや雨宮って隣のクラスだ。……や、やべ、存在忘れていた。
俺は隣のクラスに行った時、小池さんが震えて泣いている姿を見て、それしか目に入らなくなっていた。
一部始終を雨宮に見られてたって事だよな? べ、別にまずい事してねえけど……俺、あいつに待ってろよ、とか言っちゃってたわ。
雨宮は俺を鋭い目で見ていた。
や、やべえ、あれって少し怒っている時の雨宮の顔だ。
雨宮は俺に近づく。
「……九頭龍、そ、その、こ、小池さんとは、ど、どんな仲なんだ? い、いつの間にかお姫様抱っこをする仲になっていたのか!? い、いや、わ、私との記憶が無いなら、し、仕方ないが……」
ん? なんか思っていた反応と違うな。
てっきり、俺があの男に水をぶっかけたり授業中に乗り込んだのを怒られるかと思った。
それに俺に嫌悪感を抱いていないのか?
……雨宮の事を気が付かなかった事は気づかれないようにしよう。
「小池さんとは友達だぜ。天道もお姉ちゃんみたいに慕ってるぜ? あっ、ここだと人多いし、廊下出ようぜ」
「う、うん、そうだな」
俺たちは廊下へと移動した。
俺が口を開く前に雨宮が話し始めた。
「さっき、教室でお前を見た時……、すごく懐かしい気持ちになったんだ。不安にさせられるのにお前の事が心配でたまらない。そんな気持ちだ。……その……九頭龍、何かあったのか?」
ちゃんと正直に言おう。
「ああ、思い出したんだよ全部。お前と一緒に部活を頑張ってたこと、一緒に放課後アイスを食った事、歌の配信やゲームが好きでなこと、強がってんのに意外と弱気な所があること……」
「く、九頭竜……、おそいよ……、早く言ってよ……」
雨宮は唇を噛み締めながら俺の肩をポカポカと叩く。
わりい、忘れていた……。
全然痛くないのに、何故か心に衝撃が来る。
あの陸上部の日々が頭によぎる。楽しかったな。だけど、もう陸上部には戻らない。
「そ、そう言えばジャージを着ているが、陸上部には戻るのか?」
「いや、すまん。そっちには戻るつもりはない。……まあなんだ。ちゃんと前に進んでいるから大丈夫だっての」
雨宮は口をモゴモゴさせながら言いづらそうにしている。
「あの、それで、えっと……」
俺は雨宮の言葉を遮った。
「雨宮、待たせたな。こんな俺で良ければまた友達になってくれねえか? ……てか、本当に大丈夫か? 嫌な感じしないのか?」
俺がそう言うと雨宮は嬉しそうに頷く。
とても綺麗な顔をしていた。そうだよな、こんな感じの顔だったよな。
「あ、ああ、もちろんだ!! 全然嫌な気持ちになんてならない、むしろすごくカッコ――ごほんっ……。わ、私は九頭龍の友達だったんだから! ……私は九頭龍武蔵を信じ続ける――」
俺たちは親友だった。大きな誤解はあったけど、もう昔の事だ。
忘れていた思い出も思い出した。あの懐かしい日々を消したくなかった。
「おう、これからもよろしく頼むぜ!」
雨宮は俺のジャージの裾を掴んでモジモジしながら顔をそらしながら俺に言った。
「そ、その……、こ、今度、う、歌を聞かせてくれないか……。なんだか、あの歌を聞いたら、私、心のもやもやが全部無くなって……。あ、い、嫌なら大丈夫だ!? め、迷惑じゃないか?」
なんだ、そんな事か。
元々歌なんて人に聞いてもらうものだ。
ん? そういや、俺の歌を聞いたことがある人ってあんまりいねえな。
幼馴染の日向の前で歌った事ねえな。
まあいいや。
「そんなものお安いご用だ! いつでもいいぜ? あっ、今日カラオケするんだけど来るか?」
雨宮は笑顔で首を横に振る。
「ううん、今日はいい。また、今度、あのアイスクリーム屋さんのベンチでお願いする……。じゃあな、九頭竜」
雨宮は俺に手を振って立ち去った。
陸上部は不祥事を起こしたから、部活は休止している。雨宮の心も傷ついているだろう。
うん、今度気合いれて歌ってやるか。
俺は白戸とじゃれている小池さんが教室から出てくるまでのんびりと待つことにした
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