おうちでコーヒー
二人を連れて自宅は着くと、親父は目玉が飛び出るほど驚いていた。
「わ、わりい、親父、なんか連れてきちまったよ……」
「…………っ!? おっ、おっ、おっ」
「親父?」
親父はオットセイのような言葉を呟きながら俺を抱きしめる。
ちょ、な、なんだよ? どうしたんだ?
「おっ、おっ、お嫁さんだと?? ついに……、ついに武蔵がお嫁さんを連れてきやがったぜ!! 今夜はパーティーだ!! ……む、武蔵……、俺は、この日をずっと、待ち望んで……」
親父は俺を抱きしめながら男泣きをしていた。
俺はドン引きだ。小池さんと天道だって反応に困るだろ。そう思って二人を見ると……
何やら二人はモジモジしていた。
「わ、私なんか九頭竜君には、も、勿体ないですよ……。え、えっと、突然お邪魔して失礼します……」
「お嫁さん……、ほわわ……、せ、先輩と…………」
「おい!? しっかりしろ! ったく、親父、パーティーはいいからさ、コーヒー淹れてくれよ。親父のコーヒーはうまいからな」
「お、おう、ずびーっ……、な、泣いてなんかいないぞ。これは……、汗だ。……コーヒーか……気合入れて淹れてやんぞ」
親父は泣きながらサムズアップをする。
絶対こいつ勘違いしてるだろ……。まあ、嬉しそうだから構わないか。
というわけで、俺達はリビングのテーブルで囲んでコーヒーを楽しむ事にした。
親父はキッチンから俺たちの様子を見ながらコーヒーを飲んでいる。
立ち姿は非常に様になっている。流石、ハードボイルドオタクだ。立っている角度まで計算されている。
コーヒーは自家焙煎で豆から煎る。バーに行ったらドライマティーニかジャックダニエル。
泣いている女性と子供には優しく、権力に屈しない……。身内には限りなく優しい。
漢のこだわりの生活スタイルを崩さない。
なんか、こうやって改めて思うと、親父、なんかすげえな。
ったく、そんなに嬉しがると対応に困るぜ……。
天道はすでに家に電話していた。流石に男子生徒の家にいるって言うと問題だから、小池さんがうまくとりなしてくれたらしい。なんなら今日は泊まっていけと言われたらしい。
……家庭問題が気になるな。
そういや、ストーカーの件を思い出したけど、あいつは捕まったから大丈夫だろ。
小池さんも沙羅さんにメッセージを送っていた。
「うわぁ、良い匂い……、へへ、結局わたしが先におうちに来ちゃったね」
「ははっ、そういやそうだな、ってか……、俺って小池さん家に行っても大丈夫なのか?」
「へ? 全然大丈夫だよ。ママも楽しみにしてるって言ってたよ」
……マジか? 楽屋ではっきりと沙羅さんの顔は見えなかったが、気にしていないのか?
隣に座っている天道が俺の腕をつつく。
「……ね、ねえ、あ、あとで色々教えてね。……こ、小池さんとの仲とか」
「ん? ああ、なんか話す事沢山あんな。小池さんとは友達だぜ! まあ、コーヒー飲めや。砂糖とミルクいるか?」
「う、うん、もらうっす……」
二人はコーヒーをすすると驚いた顔をした。
「美味しい……」
「超うまいっす」
親父はそんな二人を見て満足気に頷き、クールにキッチンの奥へと向かった。
いや、あんたがいた方が俺の過去の事とか説明できるんだけど……、まあいいか……。
さて、どこから話していいものやら。
ここは俺から話さなきゃならない。小池さんからしたら、打ち上げを断っていきなり楽屋と飛び出した不審者だ。
そもそも、あの黒いモヤは何なんだ?
そんな事を考えていたら、天道が口を開いた。
「なんで、先輩の事を、信じられなかったんだろう……? 不思議っす。中庭で会うのが毎日楽しみで……。でも、ストーカー事件と、お兄ちゃんの事件が重なって……、あっ、せ、先輩、お兄ちゃんを止めてくれてありがとうございます、それに、わ、わたしをストーカーから……、じ、じ、自殺から……助けてくれてありがと、う、ございます……」
「……ったく、気にすんなよ。この先、絶対変な考え起こすんじゃねえぞ。何かあったら俺が駆けつけるからな」
「う、うん……、へへ、もう大丈夫っすよ」
俺はコーヒーを一気に流し込んで一息をつく。
「―――よし、俺の事を話すぜ。よく聞いてくれよ」
俺は二人に俺の人生というものを説明した。
簡潔にまとめた話を聞き終わった二人は、呆然としていた。
小池さんには歩道橋で話した部分もある。だが、それは一部分である。
その先の事は話した事がない。
事故にあってから俺の記憶……思い出が曖昧だった事や顔が判断つかなかった事。
誤解が無くなって平穏に暮らせていた事。楽屋で嫌な予感を感じて、再び黒いモヤを受け入れた事……。再び、俺は人から嫌悪感を与えたり、誤解を受けることになる、という事を。
いや、自分でも突拍子もない話だってわかる。
こんなの誰も信じない、そう思っていたが――
「だ、だから先輩、私の事を無視したんすね……。辛い思い出に関わった人の顔がわからなくなったっすね……。先輩……」
「えっとね、昨日までの九頭竜君も素敵だったけどね、楽屋でいきなり雰囲気が変わった九頭竜君も……もっと素敵だよ。だって、素の九頭龍君って感じたんだ」
「ちょ、まてよ。お、俺の話を信じるのか?」
二人は首を傾げる。
「あ、当たり前っす。先輩は……嘘をつかないっす」
「うん、そうね。九頭竜君から嘘の匂いを感じたい事ないよ? あっ、私、嫌がらせを受けていたから嘘ってすぐわかるんだ」
俺は衝撃を受けた。
俺の事を信じてくれる。それだけで、胸が一杯になってきた。
……ちくしょう、二人から親愛の気持ちがすげえ感じる。
それが、温かくて、心地よくて、俺は自分の状況を忘れそうになってしまう。
だが、忘れるな。俺は誤解を受けまくった人間だ。落とし穴はどこにでも潜んでいる。
天道はコーヒーにミルクを足しながら俺に言う。
「先輩とずっとにいた私だからわかるんですけど、以前とは雰囲気がちょっと違うっす。以前は中庭以外の場所で出会うと嫌悪感をバリバリ感じてたっす……、すいません……」
「いや、かまわねえよ、続けてくれ」
「う、うん。今は、嫌悪感というよりも、そ、その、せ、先輩を大事に想う気持ちが勝っているっていうか……、き、気にならないっす」
俺はその言葉で以前の記憶を思い返す。
俺と幼馴染、お互い好きで告白をして付き合った関係。
心に愛情を感じてたが、いま思うとあの時は依存に近かったのだろう。
悪い噂や誤解がある俺と一緒にいてくれる人。
お互いの愛情を確認しあい、最高の時からの転落……。
天道も雨宮も、ある場所以外で突発的に出会うと、微妙な距離感を感じられてた。
幼馴染にはそれが無かった。
だから、俺は大丈夫だと思った。それなのに、特大の誤解が生じてしまった。
これは何を意味しているんだ?
好きになったら、何か起こるのか? お互いの好意が高まると……取り返しのつかない事が起こるのか?
俺が心の中で考えていると、小池さんが手をあげた。
「あ、あの……、お母さんからメッセージが来て……、九頭龍君に一言って」
「あん? 俺に?」
小池さんは俺にメッセージを見せてくれた。
そこには――
『何があっても大切な人を信じて諦めないで下さい。どんなことがあっても諦めないで下さい。ひどい事が起きても諦めないで下さい。苦しくても諦めないで下さい。それがあなたにできる事です。週末楽しみにしています』
な、なんだこれは?
沙羅さん、俺のことを知っているのか?
その時、ディスティニーランドのテーマ曲が小池さんのスマホから流れてきた。
「う、うわぁ!? マ、ママから電話だよ!? ど、どうしよう?」
小池さんはあたふたしながら電話と取る。
沙羅さんと数回やり取りをしてから……、俺に言った。
「え、えっとね、ママが、く、九頭竜君のお父さんとお話したいって。……い、いいかな?」
「あ、ああ、良いんじゃね? ちょ、親父!! 小池さんのお母さんが親父と話したいってさ!」
親父は「ああん?」と言いながらキッチンの裏から出てきた。
渋くきめているが、小池さんから電話を借りると表情が一変した。
「マジで、さ、沙羅ちゃん? ……あ、ああ、あがががががっ。――武蔵、わりい、う、裏行くわ……」
親父は借りてきた猫みたいな面をしながら裏へと消えていった……。
な、なんだあれ? あんな顔の親父初めてだ。し、知り合いなのか?
俺たちは一旦親父の事を気にせず、そのまま今後について話し合った。
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