中庭
この学校の中庭は気合が入っている。
有名デザイナーに発注をして、莫大な金額をかけたと噂される中庭の施工費。
そんな中庭には抽象的なベンチや用途がよくわからない置物が沢山ある。
……まるで彫刻の木々美術館みたいだな。
中庭よりも吹き抜けのテラスの方が人気があるので、向こうよりは比較的生徒数は少ない。
といっても、だだっ広い中庭は居心地の良い空間であった。生徒たちが思い思いに楽しんで過ごしている。
俺と小池さんはのんびりと中庭を散策していた。
木陰が気持ち良い。
小池さんは何故かおっかなびっくりしながら歩いている。
「わ、私ね、中庭に来たこと全然無くて……、こんな風になっていたんだね。風が気持ち良いね」
「ははっ、ここはテラスよりもいい所だと思うぜ」
「うん、テラスはちょっと……キラキラした生徒さんが多すぎるから怖いよ……」
「てか、白戸だっけ? 仲良くなっていたな?」
「う、うん、ま、前から色々言われていたけど……、結構アドバイス的な言葉が多かったな〜って思って。わ、私も見た目だけで判断していたかも」
「そっか、仲良くなれそうで良かったな」
「うんっ! 私、九頭竜君のお陰で変われたから……」
「お、おう、俺は特別な事なんて――」
「ううん、九頭龍君は特別だよ」
はっきりと言い切る小池さん。俺は恥ずかしくなって視線を木々に向ける。
この中庭はまるで森の中にいるみたいだ。管理は大変だけど、定期的に生徒が大掃除をしている。
文化祭ではこの中庭で沢山の屋台が出て、まるでお祭りのような雰囲気に変わる。
俺はお祭りの雰囲気が好きだった。……あまり良い思い出はないけどな。
文化祭……、秋祭り……、俺は誰かと一緒に周ったような気がする。
それにここでいつも誰かと会っていた――
小さな姿が頭に浮かんだ。それが誰だかわからない。
何故か胸が苦しくなる。
『思い出したいか? もういいんだよ。お前は新しい人生を送れ』
俺は立ち止まって小さく呟いた。
「……そんな事ねえよ」
気がつくと、小池さんが俺の顔を覗き込んでいる。
心配そうな顔をしているのがわかる。
「……大丈夫、九頭龍君? 少しベンチで休もっか?」
「――ああ、わりいな」
俺たちはベンチに座ると無言になる。
小池さんは口を開けながら周りの木々を見ている。ちょっとアホ顔になっているけど、可愛いな。
俺はベンチに深く座って呼吸を整える。
「……へへ、私達、いつもベンチにいるね」
「はは、そうだな。もっと身体強かっだけどな。事故ってからたまに調子が悪くなんだよ」
「びょ、病院は行ったの?」
「ああ、定期的に通ってんぞ。ていうか、特に問題はないけどな」
「そ、そう……」
「だけど、小池さんとこうしていると調子が良くなるんだ。小池さんすげえよ」
「わ、私、何もしてないよ。で、でも、嬉しい……」
実際、小池さんが隣にいると調子が良くなるのは本当の事だ。
理由はわからん。まあ、小池さんが可愛いからかな。
体調が戻った俺は、早速本題に入る事にした。
「で、小池さんさ、スマホ持ってる?」
「あ……、う、うん、パパとママに連絡するために持ってるけど、全然使ってないんだ」
「そっか、あのさ、小池さんがよかったら連絡先の交換しない?」
小池さんは目を見開いた。非常に強い眼力を感じる。嬉しさと……警戒心? を感じた。
俺は慌てて言い訳染みた事を言い放つ。
「い、いやさ、小池さんのうちに遊びに行くし、最近ちょくちょく会ってるし、連絡先知ってた方が便利かなって思って……、駄目だった?」
小池さんはわんこみたいに高速で首を横に振る。
「う、ううんっ! こ、交換、交換しよ! わ、私……、友達いなかったから……、学校で初めての連絡先の交換……、嬉しい……。」
良かった、嫌がっていなくて。
「じゃあ早速交換しようぜ」
俺と小池さんはポッケからスマホを取り出してメッセージアプリを立ち上げる。
二人とも連絡先の交換に慣れていないからやり方がいまいちわからない。
「え、えっと、ふるふるするんだっけ?」
「あ、ああ、このボタンを押して……、おっ、キタキタ! よっしゃっ、これでいつでも連絡できるぜ!」
「えへへ、パパとママ以外のお友達……」
嬉しそうにスマホを抱きしめる小池さん。そんなに喜んでくれると俺も嬉しくなってくる。
多分いまの小池さんなら友達沢山できると思う。あの手強い白ギャルとも仲良くできそうなんだから。
「きっと俺以外の友達も沢山できるぜ。小池さん素敵になったからな」
小池さんは少し遠い目をしていた。
「う、ん……、そうだね。……見た目……か。見た目だけで友達になりたいって言ってくる子はちょっと……」
なんだか小池さんが暗い顔になった。
俺は突然の変化に驚いていた。
「あっ、く、九頭龍君は大丈夫だよ。……だって、私がデブでブスだったのに……可愛いって、言ってくれて」
「わ、わりい、なんか嫌な事思い出させたみたいで……」
「ううん、いいの。んっとね、私、すっごく昔は痩せていたんだ。それこそ白戸さんよりも細かったんだ。……その頃は友達も多かった。でもね、段々わたしがデブになると……私の周りから友達が誰もいなくなって……。ちょっとその事を思い出しちゃったの。――九頭龍君、ごめん、こんな暗い話しちゃって。あっ、もう予鈴がなっちゃった!? 行かなくきゃ!」
「お、おう」
俺はそれしか言えなかった。
俺は立ち上がった小池さんの後を追った。
小池さんの背中を見ながら一人もの思う。
俺は小池さんと出会ったばかりだ。まだ何も小池さんの事を知らない。
自殺をしようとしていた程であった。
俺は思い違いをしていたのかも知れない。白戸さんとの様子を見ていると、あれが原因ではないのかも知れない。もっと違う何かがあるんだ。
きっと俺が想像もできないような苦しい事が――
……踏み入っていいのかわからない。
俺は軽く頭を振った。
あれだ、あんまり悩むのは俺らしくない。俺は俺なりに小池さんの事をこれから知っていけばいいんだ。
「ちょ、まてよ。小池さん、俺を置いていかないでくれよ」
俺は小池さんの手を掴んだ。なんだが遠くへ行ってしまいそうな気がしたからだ。それが自然と感じられたからだ。
手を掴むと小池さんの体温を感じられる。
「ふえ? あ、ご、ごめん、もう大丈夫なのに……、ちょっと昔を思い出しちゃって……」
俺は何も言わずに握る手の力を強める。
「行こうぜ、友達なら手ぐらい繋いでもいいだろ? ……た、多分、だけどな」
「そ、そうだね。と、友達ならいいかもね。ふふっ、九頭龍君、顔が真っ赤だよ。それに、『ちょ、まてよ』って、なんだかドラマのセリフみたいでおかしい」
「そ、そんなに笑うなって、結構恥ずかしいだろ」
小池さんが笑うと、俺も嬉しくなる。
なんだろう、この気持ち。
俺はよくわからない気持ちを胸に抱えて、小池さんと一緒に教室へと向かって歩いた。
手は――繋いだままであった。
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