ほのぼの
「昨日のハム助の配信見た!? 超すごくない?」
「うん、今までとはレベルがだんちっしょ」
「はぁ……何回聞いたかわからないわ」
「なんかね、私の事歌っているみたいで」
「あっ、わかるわ〜。超共感できるんだよね〜」
「うんうん――あっ、東雲さんだ……泣いてる、の? でも笑ってる?」
教室はいつも通り騒がしかった。
……俺は確か教室ではほとんど誰とも喋っていなかった。
思い出の中の日向も、教室では俺がいざこざに巻き込まれないようにあまり話しかけて来なかったな。まあ、俺はボッチて奴だな。
そんな俺が視線を集めるのは、悪い噂が流れた時や、妙な誤解を受けて言いがかりをされる時くらいである。
――くそっ、なんでみんなハム助を知ってるんだ!? そ、そんなにリスナーが多かったのか? サブ次郎さんの他の知り合いのアカウントに比べたらへなちょこだぞ。
視線の質がいつもと違う。というよりも、俺と日向が一緒にいる事に好奇の視線を向けている。……悪意の視線よりはいいか。
あれは心を強く持たないと押しつぶされる。
教室の生徒たちの顔は認識出来ないが、今は気にしないようにしよう。
……なんだろう、変な感じだな。
あそこにいるボッチギャルの豊洲さんはよくわかるのに。
黒ギャルと言われている豊洲さんとは何度か喋った事がある。
なんだっけ? あっ、豊洲さんの靴が無くなって一緒に探したんだ。
悪ぶっているけど、結構面白い奴なんだよな。そういや、あいつもボッチだったな。
あいつから誤解を受けた事がほとんどねえや。超イイヤツなんだよな。
俺が豊洲さんを見ていると、豊洲さんと目があった。
豊洲さんは「ふ、ふんっ」と言いながらそっぽを向いてしまった。
もしかして俺が事故にあって心配かけたのかな? 後で話してみっか。
そう言えば、泣いている日向と教室に入ってしまった。
昔だったら一発で俺が悪い事になって、クラス中から糾弾される……。
だが、そんな誤解は起こらなかった。
「ずびー、ひっく、む、武蔵、もう大丈夫だよ。はい、ハンカチ返……、あ、洗って返すね」
「お、おう、いつでも構わねえよ。っていうか、いまいち日向とどう接していいかわからんな。……うーん、雨宮もあれだし……」
「へ? あ、雨宮さんの事もわからなかったの!?」
「ああ、ぶっちゃけこの学校のほとんどの人間がわからん。今も顔が認識できん」
「……そ、う、雨宮さんの顔も?」
「そうだな、雨宮の顔は半分くらいわかるぞ。すごく綺麗な目をしてるよな」
「む、むむむぅ……、なんかずるい……。まあ、雨宮さん、あんたと仲良かったしね」
「そうらしいな。ていうか、あいつの事もまるっと忘れていたしな」
さっきまで泣いていたのに、ふくれっ面をしている。なんだ、随分と子供っぽいんだな。
「大丈夫だ日向、お前の事は口元だけわかるぜ!」
「え? な、なんかそれ……微妙。えっと、わ、私、ぶ、ぶさいくに見えない?」
「んあ? 大丈夫だ、顔なんて気にしねえよ!」
「ちょっと、あんた失礼よ!!」
他愛もない話をしながら、俺たちはクラスの視線を無視しながら教室を突っ切る。
大五郎はむっつりしながら俺たちの後を付いてくる。
……まあ構わないか。
「あれ? 仲直りしたのかな?」
「ていうか、九頭竜やばいっしょ。なんであんなにカッコよくなってんの?」
「……ねえねえ、噂なんだけど、お父さんが芸能人とかなんとか――」
「えーー、うっそだー! ……でも、アイドルって言われてもおかしくないよね」
……なんだ、このむず痒い感じは。ハム助が褒められているのはまだ我慢できる。俺自身の事を褒められると……、慣れねえな。
大五郎が髪をかきあげながら俺に言った。多分イケメンにしか許されない仕草だ。
「ふん、クラスメイトへの説明は僕に任せろ。これくらいしか出来ないからな」
「ん、あんがとな」
「調子が狂うな。全く、君は本当に掴みどころがわからない。だが、僕も、君には負けない――」
そう言いながら日向をしばらく見つめて、他のクラスメイトの元へと向かっていった。
……朝から色々大変だったな。なんだか眠くなってきた。昨日はボブたちが騒がしかったし……。あれ? 寝ぼけててあんまり覚えてないけど、どこかへ行きたいって言っていたような気が……。
まあいいや、大した事ないだろ。
「わりい、日向。俺、超眠いから寝るわ。すまんな、また後で話そうぜ」
日向は小さく頷く。なんだかその顔が懐かしく思えてきた。
「う、うん、ゆっくり休んでね……。――おかえり、武蔵……、私を、助けてくれて、ありがとう……」
俺はその言葉を聞きながら眠気をこらえきれず、意識が飛んでいった――
気がついたら昼休みが始まっていた……。
なんと俺はずっと寝ていたらしい。変な夢も見なかった。みんな事故に巻き込まれた俺に気を使って起こさなかったみたいだ。
軽く伸びをすると身体がすごく軽い。寝ぼけた頭で周りを見渡すと、教室ではクラスメイトがグループを作りながら昼食を食べていた。
日向も女子グループの中でご飯を食べている。
……流石にあの中に入る勇気はない。日向は俺が起きたことに気がついて、手招きしていたけど、俺は手をヒラヒラを振って断った。また今度な――
俺はピコンとひらめいた。そう言えば小池さんとメッセージ交換してなかったな。せっかく自宅にお呼ばれされたから、これを機会に交換しておこう。
……ちょっとウキウキしている自分がいる。うん、これは必要な事だ。自分にそう言い訳をする。
あっ、隣のクラスなんだよな。……小池さん、もしかして一人で飯食ってのかな?
そう思うとちょっと嫌な気持ちになる。
俺は立ち上がって、後ろの扉から教室を出た。
ん? 黒板側の入り口から入れ替わりに俺のクラスへ入っていく小さい女子生徒の姿が見えた。
顔は認識できねえけど、なんか見たことあるような……。
特に気にせず、俺は隣のクラスへと向かった。
「あんた、生意気なのよ!! ちょっと綺麗になったからって調子乗らないで!!」
白いギャルが小池さんに向かって罵声を浴びせている。白いギャルの周りには二人の女子生徒がいた。どちらも白に近い灰色のギャルである。
俺は一瞬、行動を起こしそうになった。
だけど、小池さんの反応を見て理性が働いて様子を見ることにした。
小池さんは随分とのんびりとしたものである。落ち着き払って弁当を食べている。
圧倒的強者の雰囲気が漂っている……。
「う、うーん、白戸さんのアドバイス通りにダイエットしたら痩せたんだよ。白戸さん、ありがとう! でもね、私よりも白戸さんの方が全然細くて可愛いから羨ましいな〜。お肌もすごくピカピカだし」
「え? あ、あらそう? ふ、ふふん、やっとあんたも美に目覚めたのね。私は毎朝のジョギングから始まり、夜はバストアップのために腕立てを――」
周りに二人に灰色ギャルが困惑している。
「ちょ、リリー……、なに普通に話してんのよ」
「そうよ、あんた、この子の事嫌いじゃなかったの?」
白戸リリー、この白ギャルの名前か……。
自分が褒められて嬉しかったのか、誇らしげに胸を張っている。……平らだな。まあ身体的特徴は仕方ない。
「はっ、うっさいわね。私はイジイジしてる子が嫌いなのよ。……今の小池は、まあ、悪くないんじゃない」
「えへへ、ありがとう、白戸さん。あっ、唐揚げ食べる?」
「い、いえ、流石にそれは太るから……、って、あなたそれだけ食べて、そんなに痩せたの?」
「うん! 運動いっぱいしてるからね……」
「ふ、ふーん、ち、ちなみにどんな運動をしてるの?」
「えっと、準備運動に、スクワットとか腕立てを百回して、その後、軽くスパーリングを――」
「あっ、も、もういいわ。あなたもっと化粧がうまくなれば……伸びるわよ。ふんっ、私の化粧品を教えてあげるわ。明日持ってきてあげるから感謝しなさい!」
「ありがと〜、楽しみにしてるね。あれ? 九頭竜君!? わ、わわ、き、教室に来てくれたんだ……」
俺に気がついた白ギャルの白戸が俺と小池さんと交互に見る。
そして、ちょっとニヤニヤをしながら教室を出ていこうとした。
「……うちらテラス行くわ〜。小池、頑張りなさい」
「え、テラスだるくね?」
「私、パン買いたーい、イケメンいるかな〜」
三人は教室を出ていった……が、扉の所で隠れて俺たちを観察しているのがわかる。まあ気にしなくていいか……。悪意はなさそうだし。
教室の生徒たちが俺に気がついてざわつき始める。
そういや雨宮はいないな。……あっ、前は俺と雨宮は昼飯を部室で一緒に飯食ってたのを思い出した。……今も部室にいんのかな?
「おい、あれってクズ竜なのか? ……別人じゃね?」
「昨日から噂になってるのよ。なんか雰囲気変わったっていうか」
「オーラやばいね」
「てか、小池さんと友達だったんだ」
「えー、俺はあいつ嫌いだよ。だって猫いじめたんだぜ」
「うん、私は痴漢したって聞いたよ」
なんとも言えない視線を受ける。敵意はない、害意もない、嫌っている生徒もいれば、そうでもない生徒もいる。
そんな事はどうでもいい。所詮、俺にとって他人なんだ。
俺は自分の周りの大切な人を守れればいい。
視線が煩わしくなって、俺は小池さんに話しかけた。
「おっす、なんかギャルたちは大丈夫そうで良かったな! なあ、ちょっと一緒に歩こうぜ。ほら、朝のお呼ばれの日程とか決めたりさ」
「く、九頭竜君!? あ、う、うん、えへへ、じゃあ一緒に歩く? 中庭にでも行こうか? もう食べ終わるからちょっと待っててね」
「ゆっくりでいいぞ。俺もここでパン食べていいか?」
「もちろんだよ。あっ、わ、私、いつも、こんなに食べているわけじゃなくて……、マ、ママが今日のお弁当張り切って……」
「ん? 超うまそうな弁当じゃん。ていうか、いっぱい食べる子は見てて気持ち良いから好きだぞ」
「〜〜〜〜っ、もう、九頭竜君のバカ。恥ずかしいよ。……へへ、でも嬉しいかも。く、九頭竜君も少し食べる?」
「お、いいのか? じゃあいただくぜ! えっと、手で掴んでもいいか?」
「もう、お行儀悪いよ……、えっと……、あ、ど、どうしよう……、わ、私が使ったお箸しか……」
小池さんは少しテンパり気味になって、俺に向かって大きなミートボールを「え、えい!!」と言いながら突き出した。
な、に? 食べさせてもらうだと? こ、小池さん、冷静になれ!?
だが、小池さんの目はぐるぐると回っていた。
俺は親父の息子だ。女の子に恥をかかせるわけにはいかない――
恥ずかしさを押し殺してミートボールをパクっと食べる。
すごい、これは――
「超うまいな……、ヤバ、お母さんはプロの料理人か?」
「そ、そんな事ないよ。あれ? わ、私、なんかすごく恥ずかしい事を……」
「小池さん、わ、忘れるんだ。俺はもう大丈夫だから食べちゃいな。今度のお呼ばれがもっと楽しみになったぜ」
小池さんはハニカミながら弁当を食べ始めた。大きな小動物が食べている姿みたいでとても――『可愛い』かった。
だから、俺は思わず呟いてしまった。
「……超可愛いな」
小池さんは聞こえないふりをしていたが、耳まで真っ赤になってしまった……。
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