第12話 番外編 ウィル

「ルナは可愛いいし、頭も良くて淑女教育も問題なくこなしている。だが、僕はシャロンを一目見た時に雷に打たれた。僕の前に現れたミューズ!これが真実の愛だと。シャロンはルナにはない魅力があり僕は君の虜だ。ルナには悪いが、シャロンだけを愛していきたい。婚約を破棄する」



そう言った俺は彼女を永遠に失った。


俺は自分に酔っていた。


彼女ほど最高の女は何処にもいない。毎日、こんな筈じゃなかったと言い訳ばかりが口を衝く。




 あの日、彼女が倒れた後、俺は父に引き摺られるように会場を後にし、馬車で急ぎ伯爵家へと帰った。邸に戻ってからはサロンでシャロンと共に正座をさせられた。


「父さん、あの場で言うしか無いと思ったんだ。僕はシャロンと結婚したい。これからはシャロンと2人で伯爵家を盛り上げていくよ」


「私、1日でも早く伯爵夫人となるように明日から伯爵家へ入りますわ。お義父様、お義母様。宜しくお願いしますわ」


その言葉に父も母も弟までもが呆れている気がする。


「お前達は馬鹿なのか?公爵家のパーティーを潰しておいて伯爵家を盛り上げる?お前が不貞をした上に婚約破棄を言ったんだ。慰謝料を払わねばならない。


パーティーを台無しにした費用も掛かる。公爵家を敵にして事業が成り立つと思っているのか?お前はこれから領地へ療養に出す。嫌とは言わさん。伯爵家はライナが継ぐ」


「!!…はい。分かりました」


 俺は、今更ながらに事の重大さに気づいた。シャロンを愛して止まないが、貴族、それも公爵家の顔に泥を塗っては貴族社会で生きていけるほど甘くはない。むしろ自殺行為だ。


「そこのお前、シャロンと言ったな。お前は今すぐに伯爵家から出て行け。お前達の不貞を許すことは無い。伯爵家からも男爵家に抗議と慰謝料を要求する」


「待って下さい。お義父様。私のお腹にはウィルの子がいます!私もウィルと伯爵家の領地へ向かいますわ」


「!!?シャロン、初耳だが、それは本当か!?」


僕は驚き、シャロンを見る。シャロンは意気揚々と父を見ている。するとライナから思わぬ声が。


「兄さん。子どもが出来たんならさよなら、だね」


「どう言う事だ?」


「まだ分かんないの?数年領地で過ごして熱りが冷めた頃に未亡人との結婚も考えられたのに、平民落ちする男爵令嬢との子どもだよ?むしろその浅ましい女の子供を伯爵家の血筋に残すと問題だよね」


「ウィル、子供の為にお前とそのシャロンと言う女の結婚は認めてやる。だが、伯爵家にはお前は置けぬ。平民となり、男爵家へ今から行く事だ。これは決定事項だ」


 そう言われ、荷物を纏めさせられる。母は涙ながらに餞別を父に内緒で渡してくれた。伯爵家の馬車は僕とシャロンと荷物を乗せて男爵家へ送られた。


 男爵家ではもちろんヒル男爵は烈火の如くシャロンを叱った。


「シャロン!お前はなんて事をしでかしたのだ。お前は勘当だ。我が家も爵位返上し、平民となるだろう。


ここに伯爵家から届いている婚姻届にサインしろ。せめてもの情けだ。サハル村にある家はお前の子供にくれてやる。さあ、出て行け」


 そう告げられ、2人は婚姻届にサインをした。今度は男爵家の馬車に詰め込まれ、サハル村に向かう。


 サハル村は王都から一番近い村だが、貧しい村の一つである。これからの事を考えると不安しかない。


シャロンはサハル村の家に入ると、ぶつくさ文句を言っている。2人の家は簡素で寝室1つに小さな風呂場。台所と食事を摂るスペースがあるだけだった。


「シャロン、ようやく2人になれたな。子供の事もこれからの事を2人で考えよう」


「はぁ!?子供なんていないわよ。馬鹿じゃないの?」


「じゃあなんで嘘付いたんだ!?」


「領地で療養なんでしょ?ついて行けば働かなくて良いじゃない」


「僕はお前の嘘で平民に落とされたのか!何故嘘だと言わなかったんだ!」


「言える雰囲気じゃなかったでしょ!」


「もう、婚姻して平民になってしまった。後戻りは出来ない。とりあえず、食事を取ろう。シャロンの作る手料理は美味いのか?」


「はぁ!?料理なんてした事ないわよ」


 それからは毎日、シャロンとの喧嘩が絶えなかった。俺も、シャロンも平民の生活の仕方も知らなかったのだ。


俺は隣に住む夫婦に生活の仕方を教えてもらいながら何とか生活出来るようになると、シャロンは毎日俺に文句を言って食堂へ働きに出かける。


俺は、街の警備兵として働きはじめなんとか生活が出来るようになってきた。


弟は元気だろうか。


父も母も病気をしていないだろうか。


俺は皆に迷惑をかけた。


後悔と、反省の毎日だ。弟に反省している事や両親に迷惑を掛けたと手紙に書く。毎月、少しずつだが稼いだお金と手紙を送ることにした。


 俺とは反対に日に日にシャロンは小綺麗な服になり、化粧を始め、酒の匂いまで付けて帰ってくるようになった。俺が問い質しても逆に怒り狂い、暴力を振るうようになっていった。


 そんなある日、シャロンが珍しく昼間に酒を持って帰ってきた。俺にたまには飲めと言う。2人で久々にテーブルに座り、乾杯をする。いつ振りのワインだろうか。


一口飲んでみるが少し苦味が強いな。


「そろそろ効いてきたんじゃないの?私、お金のないウィルは好きじゃないの。これから私は王都で貴族の妾になる予定なの。そろそろ行くわ。さよなら。ウィル」


「シャロン?どういう事…だ。身体が…う、動かない…」




 気がつくと俺はベッドで寝ていた。懐かしい我が家のベッド。


これは夢か?


「兄さん、目が覚めた?危ない所だったんだよ。間に合って良かった」


俺を覗き込む弟のライナ。


「どういう事だ?俺は一体…」


「あの卑しい女、子供がいるって嘘ついてたね。兄さんを働かせていた上、邪魔になると今度は毒で殺そうとしていたんだ。兄さんは飲んだ量が少なくて助かったんだよ」


「だが、俺は勘当された身だ。帰る場所はあの場所しかない」


それに貴族にはもう戻れないし、戻るつもりもない。


「そうだね。騙された兄さんが悪い。あの女が居なくなって良かったよ。


兄さん。僕が助けた理由なんだけど、領地内で一昨年の疫病が流行ってしまった。亡くなった人が多く、人手がどうしても足りない町があるんだ。そこで働いて欲しい。


町長一族が亡くなってしまって町を治める者が居ないんだ。読み書きが出来て人を纏める事が出来る、裏切らない人物が急ぎ必要なんだ。やってくれるよね?」


「…分かった。ライナに従う」


それから俺は町長となり、酒やタバコ、女もいない真面目一辺倒で暮らしている。



【ウィル編 完】

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