第35話 想う 森田匠(歳月が流れたある日の事)


 やっと入室の許可が下りた。


やっとだ。


昨今の事情を加味したとしても

ここ迄待たされるとは想像もしていなかった。


あの時から1ヶ月も待ったのだ


1ヶ月もだ


這々(ほうほう)に待ち草臥(くたび)れてしまった。




だけど仕方がない


自分では何も出来ないのだから。





病院の入り口を通ると、夢のお母さんが出迎えてくれた。

このフロアにいたのは偶然だと打ち明けてくれて

たまたま俺が入って来るのが見えたから

声を掛けようと近づいたらしい。



お母さん「今日はありがとね」


その声に 覇気 は無い。


直ぐに見てとれる程の疲労感が、どっぷりと彼女を覆い尽くしていて

取り巻く現状の過酷さが、犇々(ひしひし)と俺にも伝わってきた。




不安が募るばかり・・・・・


大丈夫なのかな?




病室の前迄来ると、そこには多賀実朱奈が立っていた。


看護師の処置を邪魔しない様にと

自主的に外に出ていたらしい。


彼女も全く元気が無い。


下を向いて何やらブツブツと言っていたが

俺らが近づいてくるのを目に留めると

悲愴感漂う笑顔を浮かべながら


「お疲れ様です」と

力無い挨拶をしてきた。



お母さん「待たせちゃったね」


首を軽く横に振る多賀実朱奈


そうこうしていたら部屋の中から看護師が出てきて

俺たちの方に向かって一度だけ頭を下げると

足早にこの場を去った。




「後は任せておいて、多賀さんお疲れ様でした」


夢のお母さんにそう言われた多賀実朱奈は力無く頷き、俺にも会釈をすると


トボトボと帰っていった。




どうやら交代で付き添う【当番制】にしているみたいで

ここからは多賀実朱奈に代わって、夢のお母さんが傍にいる

みたいだった。


だから説明の通り、この病院に来て直ぐに出会ったのは

休憩をしていただけの偶然で

俺が来るのを待ち焦がれていたという訳では無い。


俺は部外者だからな・・・。


だけど


そんなルーティーンを知ってしまえば

夢のお母さんらの体調を気遣うのは元より

彼女の傍に居たいという願望が強くなってしまうのは当然で


必念的に当番の仲間に加えて貰って


少しでも役に立ちたいとか


少しでも傍に居たいととか

そんなことを考えてしまうのだけれど


そんな申し出を、今の今訴える状態だとは

到底思えなかった訳で


只々その想いをグッと飲み込む以外に方法は無く


一人の傍観者で居るしか無かった。




俺は部外者だからな・・・・・・。





多賀実朱奈が去り際に


「夢、待ってるよ」と俺に告げる。



ああ分かっているよ



其だけで十分に理解出来るさ




俺はまだ、夢には告白していないんだから






それを彼女が待っているんだよな。







扉を開ける前に夢のお母さんが

「覚悟しておいてね」と忠告を入れる。


その意味を理解するには、彼女(夢)を見れば

十分だった。



絶句・・・・



お母さん「昨日集中治療室から出たばかりなのよ」


部屋に入り、お互いに椅子に座るとそう語る。



その説明には否応にも説得力があった。



頭髪は無く、頭には白い紙製のキャップ?を被っていて

口には酸素マスクが付けられていた。

太いチューブが喉に突き刺さっていて、連動する機械が時折

「ガガーッ」と音を立てながら何かを吸い上げていた。

それに着衣の至る所へ、大きさが区々(まちまち)なチューブ達が、これみよがしと夢に向かって突き刺さっていて

これらの連動する機械も、どれもガタガタと忙(せわ)しなく動き

何かしらの仕事をしていた。


腕には点滴が

指にはパルスオキシメーターが付けられていて


更に耳障りな


ダースベーダーの様な呼吸音が


全ての音を打ち消す様に

部屋中に鳴り響いていた。



匠「なんでこんな事に・・・」



予想を遥かに越える現状に、頭の計算が追い付かなくて言葉を選べないでいる俺に


夢のお母さんが


「先生が、末梢神経障害・多臓器障害・ALS(筋萎縮性側索硬化症)の疑いがあるって言ったの」と

絞り出す様に話してくれた。


聞いたことが無い病名だ。




俺は咄嗟に


「夢と会話はできますか?」と

聞いてみる。


すると



お母さん「聞こえていないみたいなの、口は既に動かないし

辛うじて、首と目だけは動くの

瞳孔とか反応しているから、見えてはいると思う

あの事故の直後、しばらくは元気一杯だったのに

急に・・・・」


話の途中で遂に泣き出してしまった。



視線を夢に移して見てみる。



鼻から下辺りから顔が緩みきっていて


なんか別人にも見える。


喉から下は直視出来ない。




涙が出そうになってきた。




堪えようと必死になっていると


夢のお母さんが指で肩を軽く叩き


「夢を見て」と言う。


再度視線を夢の顔に向けると



夢がじっと俺を見ていた。



一瞬も逸らすこと無く



ずっと



ずっと




ずっと



ずっと俺を見ていた。



















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