第2話   お見合い相手とデート

 デートはお見合いの翌週の日曜日に予定された。


 土曜日にしましょうかと電話で誘われたけれど、土曜日は授業があった。その都合で日曜日にしてもらった。


 日曜日の朝に、円城寺光輝さんは自宅まで迎えに来た。まずは両親と祖母に挨拶をして、それから車で出かけることになった。


 普通のデートなら、当人同士で済むはずなのに、まったく面倒な事だ。円城寺光輝さんは、こんな交際をして楽しいと思えるのかと不思議に思う。



「静美さん、喉は渇きませんか?」


「大丈夫です」


「そうですか?私は喉が渇いてしまったので、どこかで休憩してもいいでしょうか?」


「気付かずにすみません」


「謝る必要はありませんよ。この先に喫茶店がありますから、そこに寄って行きましょう。この先はトイレ休憩ができる場所が減ってしまうので、ゆっくり休んで行きましょう」


「心遣い、感謝します」



 緊張していて忘れていた。トイレ休憩は確かに助かる。車の移動に慣れてないので、トイレ休憩が必要な事を忘れていた。



「わたし、あまり外出したことがないので、いろんな事を知らないのです。教えていただけると助かります」


「旅行は行かれないのですか?」


「はい、車に乗ったのもどれくらいぶりでしょうか?記憶にありません。……そうですね、大学に入学したときにオリエンテーションがありバスで出かけました」


「ご家族で出かけないのですか?」


「出かけた記憶はありません」


「それならこれからは、私と一緒に出かけましょう。いろんな場所を案内しましょう」



 円城寺光輝という人は、人当たりが優しくて、おおらかに見える。


 背が高く見栄えもいいけれど、人としてできた人だと感じた。この人から欠点を探すのは、大変な気がする。


 わたし自身には欠点はたくさんありそうだけれど、彼からはわたしを包む包容力のような物を感じる。


 もしかしたら、姉のように演じている可能性もないとは言えないけれど……。



「円城寺さんは、優しいお方ですね」


「光輝と呼んでくださいますか?」


「お名前をお呼びしてもよろしいのですか?」


「ええ、光輝と呼んでください」


「……光輝さん」


「そうです。私達は近い未来に結婚するつもりです」


「光輝さんは、嫌じゃないのですか?お爺さまの言いなりになって」


「静美さんは、嫌なのですか?」



 光輝さんは、チラリとわたしを見て、視線を前に戻した。



「まだ出会ったばかりですので、結婚と言われましても、戸惑ってしまいます」



 季節は初夏だ。ゴールデンウィークにお見合いをしたので、ゴールデンウィークの翌週の道は比較的空いている。昨夜は雨が降ったので、緑が洗われたように美しい。


 光輝さんは、ドライブに行こうと誘ってくれた。


 高速道路を走った後に、一般道を走り出した。目的地はお楽しみだと言っていた。


 白いシャツに麻のジャケットを着て、とても爽やかな姿だ。わたしは姉のお下がりのワンピースを着ている。水色のワンピースに白いカーディガンを羽織っている。色はそんなに褪せてはいないと思うけれど、カーディガンはほつれを縫った物だ。わたしはお下がりの洋服しか持っていない。洋服も靴も通学用の物だ。バックは100均のトートバッグだ。余所行き着はわたしには必要のなかった物だ。


 見窄らしいと思われて断られてもいいと思って、特にお洒落はしていない。お洒落のしようもないのだけれど……。



「それもそうだね。まだ出会って二度目だ。いきなり結婚の話をするには早すぎるね」



 少し口調が変わった。


 わたしは微笑んだ。


 素顔を早く見せて欲しかった。



「光輝さんは、将来有望な方だとうかがっています。わたしのような家柄も取り柄もない女に興味を持つとは思えないのです」


「そうかな?」



 光輝さんは、顔に笑みを浮かべていた。


 車を駐車場に入れて、車が駐まった。



「先にお店に入ろうか?」


「はい」



 光輝さんの車は、黒色の……外車だと思う。車に興味がないから車種は分からないけれど、母が車を見て、「凄いわ」と言っていたので、きっと高級車のような気がする。




 …………………………*…………………………





 喫茶店で、わたしは遠慮もなくパフェを頼んだ。最後のデートなら、美味しい物を食べようと思った。光輝さんは、アイスコーヒーを頼んだ。




「ずいぶん、美味しそうに食べるね」


「美味しいですよ」



 山間部だからか、ブルーベリーがとても美味しい。添えられたメロンも美味しい。普段の食事で、わたしには食べさせてもらえないフルーツがふんだんにのったパフェを頼んだのだ。これくらいは許されるような気がする。


 イチゴも甘くて、アイスクリームや生クリームも美味しい。


 初めて食べるパフェに感動した。


 アルバイト料は殆ど貯金をしているわたしには、おやつを食べるお金もない。家で出される食べ物しか食べてはいない。姉より数の少ない料理の中で、一番始めに削られるのは、フルーツやアイスクリームのような嗜好品だ。その次に削られるのは、おかずの量だ。姉が家出をしてから、わたしの料理が減らされることはなくなったけれど、姉が家出をして、まだそんなに時間は経っていない。わたしの満たされない欲求は、継続している。


 ペロリと全て食べ終えると、水を飲む。



「何かお代わりをするか?」


 光輝さんは、メニューを開いて、わたしの前に見せた。



「いいの?」


「どうぞ」


「じゃあ……」



 わたしはメニューをめくりながら、美味しそうな物を見つけた。



「ワッフルって食べた事がないの。これを頼んでもいいですか?」


「食べた事がないのか?」


「ないわ」


「それなら、それを注文しよう」



 光輝さんは、ウエイトレスを呼ぶと、ブルーベリーのワッフルを頼んでくれた。それには、生クリームもアイスクリームも紅茶もセットで付いている。なんてお得なのでしょうか。


 ワクワクして待っていると、光輝さんは、わたしの顔を見て微笑んでいる。



「何かおかしいですか?」


「噂ではT大のクイーンだと聞いていたから、ワッフルも食べた事のないお嬢様だとは思わなかったよ」


「そう?……ふーん、クイーンなんだ」


「そう呼ばれているんじゃないのか?」


「どうかしら?」



(お姉ちゃんがどんな呼び名で呼ばれているなんて、わたしは知らないもの。こんな話に付き合う必要なんてないわ。知らないものは知らないのだから)



 大きなプレートに写真と同じワッフルが並べられて、ブルーベリーのソースと生クリームとアイスクリームの上にブルーベリーが飾られている。まるで絵画を見ているようで、とても綺麗だ。



「わー、すごく綺麗ね。美味しそう」



 ナイフとホークを使って、切り分けて食べてみる。


 サクサクとして美味しい。



「見ても美味しいけど、食べても美味しい」



 食べていると、光輝さんは、ティーカップに紅茶を注いでくれる。



「ありがとうございます」


「どういたしまして」



 メイプルシロップも付けられていたので、せっかくなのでたっぷりとかける。



「うーん、甘いわ。こんなに美味しい物があるなんて知らなかったわ」



 生クリームを載せて食べても、アイスクリームも載せて食べても美味しい。ブルーベリーのソースを絡めても美味しい。どんな食べ方をしても美味しいなんて、初めて知った。今日、ここに来てよかった。


 食べ終わって紅茶を飲むと、ちょうど飲み頃になっていた。


 口の中がさっぱりして美味しい。



「このレモンはどうするのかしら?」


「紅茶に搾ると、レモンティーになるんだよ」


「そうなのね。でも、輪切りのレモンなんて搾れないわ」


「カップの中に入れて、新しく注いでごらん」


「うん」



 言われたようにしてみたら、僅かにレモンの香りがした。


 これはこれで美味しい。



「美味しいか?」


「さっきと違う味がして、……さっぱりして美味しい」



 美味しいかどうかを聞かれたから、違う答えを口にしたら駄目だ。


 叱られてしまう。


 そう思った途端に、急に怖くなった。



「ごめんなさい。こんなにたくさん頼んでしまって」



 両掌が熱くなる。痛くないはずなのに、掌が痛く感じる。



(どうしよう、手を見られたら駄目だ。隠さなくちゃ)



 膝の上で両手を隠す。



「急に俯いて、どうした?」


「なんでもないの、ごめんなさい」


「寒いのか?震えているぞ」



 席を立った光輝さんが、わたしの隣の席に移ってきて、わたしの手を握った。そのとき、急に気持ちが悪くなった。


 急いで立ち上がると、トイレに走った。




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