第2話   存在が消えたわたし

 祖母は急性心不全と診断された。


 意識を取り戻した時、祖母からわたしの存在が綺麗に消えていた。


 自己防衛本能でも働いたのか、わたしの姿を見て、「静美ちゃん」と手を伸ばしてきた。



「わたしは美緒よ」


「美緒?誰だ、そいつは?うっ!」



 祖母の凄みのある声がして、その後に胸を押さえた。



「あまり興奮させないでください。今度、発作を起こせば、命の保証はできません」



 医師はきっと悪気はなく、祖母の病状の説明をしただけだと思う。


 そうじゃなかったら、わたしは、きっと殴りかかっていたに違いない。



「静美ちゃん、お婆さまの手を握ってあげて」


「そうよ、静美ちゃん、お婆さまを励ましてあげて」



 両親はわたしを静美ちゃんと呼び、わたし、美緒は家族の中から消されてしまった。



「静美ちゃんは思いやりのある優しい子よ。お婆さまは静美ちゃんが大好きよ」



(あらそう。そうよね、お婆さまはわたしを嫌いだったものね。その大嫌いなわたしを身代わりにするの?変じゃない?)



 祖母はわたしの手を放そうとはしなかった。



「病院は寂しいわ。静美ちゃん、一緒にいてくれるわよね?」


「学校があるわ」



 絶対に無理。


 少しでも一緒にいるなんて、わたしの胃に穴が開くわ。


 蕁麻疹も出てきそうよ。


「静美ちゃん、それならお婆さまが眠るまで一緒にいてあげたら、どうかしら?」


「お母さん!」



(とんでもない!なんてことを言うの?)



「静美、頼むよ」


「お父さん!」



(冗談でも止めて!)



「静美ちゃん、お願いよ」


「……眠るまでね」



 医師の目が、縋るようにわたしを見ている。


 他人からは、わたしは冷酷非道な娘に見えたかもしれない。


 意志の弱いわたしは、祖母の手を振り払えなかった。


 大嫌いな人なのに……。



「さあ、椅子に座りなさい」



 母が椅子を持って来た。


 わたしは仕方なく、椅子に座った。



「では、家族の方に病状の説明と入院に必要な物を説明しますから、別室に移動しましょう」



 医師は両親を連れて、部屋から出て行った。



「静美ちゃんがいてくれて、助かったわ」



 祖母はわたしの手をしっかり握って、目を閉じた。




(もう、早く寝てよ!わたしは帰りたいの!わたしは静美じゃないの!)




 怒りで怒鳴り散らしそうで、必死に堪えた。


 祖母が寝たのは、0時近かった。


 死にかけたなら、さっさと寝てくれたらいいのに、わたしがいるか、時々目を開けて確かめている。


 ニコニコ微笑む笑顔が気持ち悪いわ!


 絶対にわたしに向けられなかった笑顔を、静美だと思っているわたしには向けるのね?



(お姉ちゃんもストレスだったかもしれないわね。こんなに溺愛されて)



 祖母を起こさないように、ゆっくり手を布団の中に入れて、わたしは急いで病室から出た。


 ナースステーションに寄って、帰宅することを伝えてから、自宅に帰った。



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