第一章  前半

第1話   初めての姉の反抗

 わたしと姉は、あまり仲の良い姉妹ではなかった。


 顔立ちは似ていたけれど、何でもパーフェクトにこなす姉と要領の悪いわたしは、いつも比較されていた。


 物心ついた時から、姉は特別な存在として、家族の中で大切にされていた。その反面、わたしは、お世継ぎの男子を望まれていたのに、女の子として誕生して、生まれたときから落胆されていた。


 何かと言えば、どうして男の子じゃなかったのかと言われ続けた。


 それなら、もう一人産んでしまえばいいのにと、母に言った事がある。母は、「それができればしているわよ」と、わたしに反論した。なんと母はわたしを産むときに大量出血を起こして、子宮をなくしているらしい。なので、3人目の子供は、どう頑張っても生まれないのだと言った。



 子宮をなくしたのは、わたしのせいになっているし、わたしが男ではないこともわたしのせいになっているし。わたしはどう頑張っても、突然男に変わることもできない。償いを求められても、わたしにはどうすることもできない。


 理不尽だと思うけれど、生まれ落ちた直後から家族の中で、わたしは期待外れの悪い子として扱われている。物心つく前から実の両親からは体罰を受けて、いつも体中に傷ができていたようだ。物事が分かる頃になると両親は体罰に理由を付けた。『美緒が悪い子だから』と言われたら、そうかもしれないと思ってしまう。


 実の両親だけでなく、祖母からはもっと酷く扱われていた。


 お小遣いもお年玉も、姉よりかなり少ない金額しかもらえなかった。あからさまなのは、おやつや食事の量だった。わたしはいつも姉より少なかった。


 姉はいつも優越感に浸っていたように見えた。そして姉はわたしを奴隷のように扱うようになった。


 それは、わたしが中学1年の夏休みの前だった。


 前日の夜に両親に酷い体罰を受けて、体中が痛くてフラフラになっているわたしに、姉は容赦なく言い放った。



『私の鞄を持って学校に行きなさい。教室まで運ぶのよ。帰りは先に帰らずに、私が下校するまで、私の教室の前で待っていなさい。重い鞄を持たせてあげるわ。勿論部活はせずに、私の奴隷のように働くのよ』



 なんの躊躇いもなく、わたしに命令する姿を見て、両親は考えを改めた。


 考えを改めたのではなく、両親は外にわたしに対する体罰を知られたくないだけだと思う。



『静美ちゃん、それはいけない事よ』


『どうして?お父さんもお母さんも同じ事をしているでしょ?』


『お父さんもお母さんも間違っていた。だから、静美ちゃんも止めなさいね』


『つまらないわね』



 両親が改心すると、姉は面白くなさそうに、わたしを相手にしなくなった。


 幼い頃は、男の子に見えるように髪を短く切った事もあった。けれど、短く切った髪を見て、祖母はみっともないと怒り狂った。



「男の子でもないのに、その髪型はみっともない。女の子なら女の子らしく髪を伸ばしなさい」



 どんな時代錯誤かと思ったほどだ。


 髪が伸びるまで、毎日、祖母に折檻された。祖母を怒らせないために、わたしにできることは、祖母が気に入る姿でいることだった。


 姉のように髪を伸ばし、淑女のような女の子らしい洋服、……姉のお古の洋服を身につけ、礼儀正しくいることで自分を守っていた。


 少しでも祖母の気に入らないことがあれば、祖母は着物を仕立てる定規で、わたしの手を真っ赤に変わるほど叩いた。姉には手を上げたことがないのに、わたしには手を上げる。


 叩かれるのが怖くて、祖母の言いなりになって、姉の分身のように、わたしはいい子にいるように努めていた。


 高校卒業と共に、家を出ようとしたけれど、家賃や授業料を自分で支払うことはできない。高卒では、わたしの目標は達成できない。将来のことを考えると、どうしても大学を出たかった。


 成績は良かったので、教師から進学を勧められた。『どの大学でも入れるでしょう』と教師に唆された両親は、大学くらいは出なさいと言ってくれたので、家から通える大学に進んだ。ただ姉とは違う大学を選んだ。


 姉は有名国立大学に進学したけれど、私は国立の姉とは違う大学を選んだ。


 家でも学校でも比較されるのが嫌だったのだ。


 わたしは大学に入る事で、姉からも家族からも、少し距離を置くことができたような気がしていた。


 家は裕福な家だった。


 祖母と父は和服作家だった。母も家業を手伝い、家には修行に来ている者もいた。泊まりの家政婦が一人いて、洗濯も料理もしてくれていた。


 両親は姉を、家の跡取りにするつもりでいたようだ。修行に来ている男性を選ぶようにと言い出した。わたしではなくて良かったと思った。


 突然の事だった。


 一度も反発したことのない姉が、祖母の一言でキレた。



「お見合いの話が来ているのよ」


「私は嫌よ」



 姉のこんな冷たく素っ気ない言葉は初めて聞いた。



「お相手は円城寺光輝さんと言って、円城寺グループの継承者よ」


「誰が相手でも、お断りよ」


「どうしたの?静美ちゃん」


「このクソばばあ!俺はこんな格好をしているが、男に生まれたかったんじゃ!」


「静美ちゃん?」


「好きな女の子もいる。クソばばあ!こんな家から出て行ってやるわい!」



 姉は突然、裁ちばさみで長い髪を、根元から切り落とした。



「何をしているの?静美、ああ、あっ……」



 祖母は豹変した姉の姿を見て、胸を押さえて倒れた。



「お婆さま。大変、救急車を!」



 母は動転して、救急車を呼ぶために117番を押しているし、父は祖母に水をぶっかけようと金魚鉢を持ち上げているし、結局、わたしは、父を止めて、母の代わりに救急車を呼んだ。姉はそんなドタバタした自宅から姿を消した。


 居間の畳に姉の長い髪だけが残されていた。


 荷物は元々纏めてあったのか、最低限に必要な物は持ち出されていた。


 わたしは、姉の思いきった行動に感動さえ覚えてしまった。


 けれど、姉の行動がわたしを後々苦しめるなんて、その時は思ってもみなかったのだ。

 



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