第68話 夜明けはやってくる
私が目を覚ましたのは、ルカの家のソファでした。
どうしてここにいるのだろう、と思いながら、私はボロボロになってしまった玄関の扉と、割れてしまった窓から差し込む光をぼんやりと眺め、何が起きたのかをゆっくりと思い出しはじめました。
夜の森、アルド、追ってきたオズワルド……。
体中が痛くて、喉も痛くて、私は、とても疲れていました。
「…………」
「あっ、起きたんすね! 大丈夫っすか」
そこにいたのはアルドでした。
「夢……?」
「いいえ違いますよ」
アルドは目を細めて静かに笑いました。
「だってあなたは死んでしまった……」
「いや、生きてるっす。俺が聖女さんと先輩を、森からここまで運んだんっすよ」
アルドはにこにこしました。
「聖女さん、あなたはやっぱり、すごい人なのかもしれませんね」
「どうして」
「心臓を貫かれたものを生き返らせ、手足を戻した。
まるで神祖の大聖女さまみたいに」
彼はかつて義手だった手を、私の目の前でひらひらしました。
「手、どうして、戻ってるんです」
「あなたがやったんですよ。俺に治癒の魔法をかけて」
「……本当に? そうなんですか?
生きてて……」
そこから、声にすることはできませんでした。声の代わりに、涙が私の頬を伝うので、どうしても言葉がでてきません。
それでもようやく、私は言葉を絞り出しました。
「あのっ、オズワルド、は」
「もういないっすね」
私は、ゆっくりと夜のことを思い出しました。雷の魔法、オズワルドの恐怖に歪んだ顔。オズワルドは……退けられたってことですよね……?
それに、そうだ、
「ルカは……」
「生きてますよ」
彼は安心させるように私に言いました。
「きっと大丈夫です。驚かないでくださいね。先輩は、ほら、そこに」
アルドが指さす方を見れば、大型犬ほどの大きさの狼が、クッションの上に横たわって眠っていました。
私は思わず起き上がると、おぼつかない足で駆け寄りました。
◇◇◇
すぐ戻りますから、と出て行ったアルドを見送り、私は、壁に寄り掛かって、ルカをずっと撫でていました。狼の頭を私の膝で膝枕して、掛け布団をかけてやって、小さな狼になってしまった、人間だった人を。
毛並みはふわふわして、絨毯みたい。ルカはぜんぜん目を開けません。
「ねえルカ。
私、あなたのこと好きだったみたいです。
死んでしまったら、たまらないって思ったんです。あなたが元気な時に、好きだっていえば良かったって」
私が話しかけても、やっぱり、ルカは全然目を開けません。
呼吸とともにゆっくりと上下する、ルカのおなかのふわふわの毛をそっと撫でながら、私は小さな声で歌を口ずさみました。
いつかルカがヴァイオリノで私に弾いてくれた歌です。私は、この歌を全部そらんじて歌うことができました。だって、これはお母さまが、私に子守歌として歌ってくれていた歌だったから。全部知っています。ルカの国の美しい歌。
よい子はお休み、また会う日まで
夕暮れ暮れゆく向こうの国へ
寄せてかえすは波の音
港の向こうの、月の影
いくども帰る この場所へ
いとしいあなたの
その声で
いつでも帰る、この場所へ
いとしいあなたの
まなざしで――
「……懐かしい歌だな」
私は彼の柔らかな髪の毛を撫でながら、微笑みました。知らず、涙がこぼれていました。狼だったルカは、人間の姿になると、うっすらと目を開けていました。
「あなたの国の、ラブールの歌……私のお母さまが、よく私に歌ってくれて……母は、ラブールで生まれて……海の見える美しい海国からこのリディスに来たんです。そして巫女になり、巫女をやめ、私を生みました」
「ああ、そうなのか。君もラブールの血を引いていたのだな。
……でも、そんな気がしていたよ」
「どうして?」
ルカは優しく笑いました。
「君の目は、いつか俺の国で眺めた、美しい朝の海に似ている。
とても綺麗な、深い青い色をしているから」
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