第67話 もっとも暗い時間のあとに


私は二人が……大狼になったルカと、オズワルドが戦うさまを、ただ茫然と見ていました。


オズワルドが、ルカだった巨大な獣を雷撃で迎え撃ち、雷の槍が、呪文を唱えるたび20、30と現れては、大狼を直撃します。

しかし雷で撃たれるたび、一瞬足を止めるものの、狼は躊躇なくオズワルドに向かっていくのです。


「くそっ、魔獣ごときがっ……俺の手を煩わせるな!!」


オズワルドが叫び、木々の間に身を隠しながら、距離をとるように炎の魔法で何度もルカを吹き飛ばします。しかし、炎を受けても、雷で撃たれても、少しもひるまない闇の獣に、私から見てもオズワルドは追い詰められているようでした。


そう思った刹那、オズワルドを追撃する狼の足が、2,3歩たたらを踏むと、狼は体を支えることができずに倒れこんだのです。


「ルカっ!」


苦しそうに唸り声をあげるルカに、思わず駆け寄ろうとした瞬間、誰かが私の右腕を強くひき、私は体勢を崩し地面に手をつきました。振り返れば、オズワルドが恐ろしい形相で私の腕をつかんでいます。


「お前だけいればそれでいいんだ! さっさと来いっ!」


「いやっ!」


私を引きずるようにするオズワルドを振り払おうとした瞬間、大きな影が、私たちの間に飛び込みました。

舌打ちし、すんでのところでオズワルドは身をかわすと、大きく私から距離を取りました。


「ルカ……」


私とオズワルドの間に飛び込んできた狼は、低く身を伏せ、私を守るように唸り声をあげました。見れば、その毛皮はボロボロでした。オズワルドの攻撃が効いていないわけじゃなかったんですね……。


「ははっ、いいザマだな……呪詛で弱っているくせに、鬱陶しい。

とどめを刺してやるっ……!」


そうか、ふらふらしてるのは、呪いのせい……!

私が解呪の祝詞をルカに向かって唱えると、少し楽になったのか、狼は体を起こし立ち上がります。


しかし、同時にオズワルドが呪文を唱え終えると、両手をあげたのが見えました。

なんだか嫌な感じがする、と思った刹那。


身を裂くような冷気が吹き付け、私は思わず身を縮めました。次の瞬間には、アルドを突き刺したよりも大きな無数の巨大な氷のつららが、ルカの毛皮にいくつも突き刺さっていました。狼はよろめき、倒れまいと踏ん張っているものの、とどめとばかりに、オズワルドが炎の矢を放とうとしているのが見えました。


このままじゃ、ルカが死んじゃいます。

その考えが頭をよぎった瞬間、私は思わず呪文とともに叫びました。


「炎よ、私の敵を撃て!」


私が呼び起こした無数の炎の矢がオズワルドに向かっていきました。

彼が防護の陣を張り、炎をやり過ごそうとする間に、私は次の呪文を唱えていました。


オズワルドは、私よりずっと強い魔術師です。そもそも私は聖魔術が得意なのであって、攻撃魔法は全然得意じゃありませんし、魔法で戦ったところで、オズワルドに確実に負けるでしょう。

……これは、無駄なあがきというやつです。わかってます。


こうして考えると、私は、愚かですね。

死んだ者に治癒をかけ、負けるとわかっているのにオズワルドに魔術で戦いなんか挑んで。


でも。


――ルカが死ぬのは、嫌なんです。

 

満月の夜、一緒に手を取ってダンスしたこと。私を看病してくれて、私にドレスを贈ってくれたこと。一緒に歌を歌って、毎日楽しく暮らしたこと。木から落ちた私を、抱き留めてくれたこと。

ルカは、ずっと私に、優しかった。思い出せるのは、いつも控えめに笑う彼の笑顔ばっかり。


新月の夜、私が困ったときに、助けてくれると誓ってくれたこと。料理を一緒にして、スターシアを一緒に育てて、お母さまの話をして、これからもルカとまだたくさん話したくてそれで、



ああ、心が痛い。



 ……好きだって、言っておけば良かった。



「来たれ、雷撃よ!」


私は次の攻撃魔法を唱えていました。オズワルドが防御陣を張るのが見えました。


「この森から、

――ここから出て行って!!」


私は、私にできうる限り、最大火力の雷撃の槍を呼び出しました。


「ルチル……! お前っ……!」


私は、信じられないものを見ました。


雷撃は、普通数本、オズワルドだって十数本の矢となって現れるもの、しかし私の雷撃は、私を中心に数百、数千にも見える大きな円となって現れたのです。


「聖なる雷よ、私の敵を倒して!」


オズワルドに襲い掛かる雷が、まぶしく森を照らしました。

私の雷撃が、オズワルドの結界を貫通したのが、光の中でかすかに見えました。

オズワルドが恐怖にひきつった顔と、身をひるがえした姿。


それだけが目に焼き付いています。


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